全開!の6月-胸膜中皮腫患者の前向き一辺倒-闘病記~死ぬまで元気です/48 右田孝雄

皆さん、ご機嫌いかがですか?私は至って元気です。

が、実は6月に入ってからのハードなスケジュールに結構バタバタして忙しくて少々疲れ気味でした。

6月11、12日に中皮腫・アスベスト疾患・患者と家族の会福岡支部、山口支部で集会があり、キャラバン隊も招かれていました。9日には診察とアリムタ単剤投薬の日でしたが、どうしても福岡や山口の方々に会いたくて行くことにしました。しかしその後、集会日程の前後のスケジュールがどんどん埋まっていくことになりました。

まず、6月6日に、今回から私が委員として参加することになった中央環境審議会環境保健部会石綿健康被害救済小委員会の第1回の開催が決まりました。まあ、この日程なら事前に東京へ行って資料を用意して小委員会へ挑めると考えました。ここまで想定の範囲内でした。

5月中旬になって、建設アスベスト訴訟の件で担当弁護士から連絡があり、大阪第3陣原告の私に6月3日、6回目の期日での意見陳述を頼まれました。頼まれたからにはもちろん承諾しました。この時、担当弁護士に「あまり無理はしないでくださいね」と言われたので思わず、「誰が無理させてるんですか」と言ってしまいました。後の報告集会で弁護士からバラされてしまいました。そのうえ、担当弁護士から再度連絡があり、6月7日の建材メーカー訴訟の全国一斉の提訴の記者会見に出席してくれないかと言われました。弁護士曰く「原告が誰も出ないので代理として出て発言してほしい」ということだったので、私がお役に立てるのであればという思いもあり、快く引き受けました。この時点で私もスケジュールを確認したところ次の通りでした。

6月3日 建設アスベスト訴訟 大阪第3陣原告として意見陳述
  4日、5日は土日
  6日 石綿健康被害救済小委員会の委員として出席
  7日 建材メーカー全国一斉提訴記者会見に出席
  8日 午前中 会議、午後から中皮腫ZOOMサロン
  9日 通院 診察、抗がん剤治療
  10日 福岡へ移動
  11日 福岡支部で講演会に参加
  12日 山口支部で講演会に参加

ということになっていたので、結構なスケジュールに自分でも大丈夫かと思ってしまいました。

その後の調整で、4日に東京へ早いめに移動することにし、5日は東京の患者さんに会って、あとはホテルで資料の整理をすることにしました。

6月に入ってスケジュール通りに、イベントをこなしていきましたが、7日の記者会見が終わった後、あまりに重大な任務を連続でこなしてきたので、睡眠不足も重なり、肉体的にも精神的にも疲れが出ているのを自分でも感じました。このままスケジュール通りにこなせば、たぶん潰れると思い、何かを削ろうとあるところに電話したんです。どこだと思いますか?たぶん皆さんとは違う選択だと思います。

実は、病院に電話して、通院日を1週間ずらせていただいたのです。前々日で無謀とも思えますが、主治医も私の活動のことは知っているので、折り返しの電話ですぐに了解がもらえました。

そのおかげで、福岡、山口では副作用の心配もせずに、患者さんやご家族の方々と無事に交流が図れました。

この後も、スケジュールはどんどん詰まってきて忙しいですが、私はまだまだ元気です。

関西労災職業病2022年6月533号

悪性胸膜中皮腫と言われてどこまで生きれるかやってみよう!とおかげさまで5年経過達成しました~平成28年7月突然の「悪性胸膜中皮腫」確定診断。その後「中皮腫サポートキャラバン隊」中心に全国行脚を展開しながら治療を続けてきました。お蔭で6年を経過致しました。これからは目指すべきものの達成に向けて鋭意活動中です。(右田孝雄氏のブログ)

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