名村造船所マンガン中毒労災認定闘いの記録ー13.日本産業衛生学会における報告(1981年4月)

日本産業衛生学会における報告(1981年4月)船内電熔作業に伴う、環気中のMn濃度(モデル実験)

○渡辺充春、松浦良和、新井孝和-南大阪労働者診療所・松浦診療所、品川興造-大阪市立大学医学部衛生学教室

はじめに

大阪N造船所において、主として建造船中のエンヂン場での配管ボルトじめ作業に約一年半従事してきた一労働者(45歳男) に、明らかなパーキンソン症状を認めた。しかもこのパーキンソン症状は、臨床的には、突進現象が著明であるにも関わらず、振せんや筋強剛が極めて軽度であることから、マンガン中毒によるパーキンソニズムを疑わせる所見を得た。この症例者の従事してきた作業は、エンヂン場という密閉に近い空間で、しかも常時至近距離で電気溶接やガス切断などが同時併行的に行われており、しかも配管工には防じんマスクの支給さえなく、溶接ヒュームをまともに吸入する状態にあったことが判明した。従来日本においては、溶接ヒューム吸入によるマンガン中毒発生の報告は皆無であるが、ソ連では既に多数の報告例があるとされ、又アメリカでも報告例があり、ACGIHでの許容濃度が、マンガンヒュームについては1mg/m3に変更されている。

今回私達は、建造船中における作業環境測定が種々の困難のため実施することができなかったため、以下に示すモデル作業場を設定し、電気溶接作業に伴う環気中の粉じん濃度、マンガン濃度の測定を行った。

実験方法

A.モデル作業所の設定

症例者が従事する造船所で建造された16,600重量トンの船舶のエンヂン場の気積は、設計図より設置される設備・機器類の容積を引くと687m3であった。モデル作業所として1/10の気積を持つ空間を設定した。高さをエンヂン場と同じく3mとすると、一辺4.8mとなるので第1図のようなモデル作業所を設営した。なお、当時のエンヂン場の状態により、モデル作業所では天井の一辺に10㎝の自然換気口を設けた。

B.モデル作業の設定

エンヂン場での電熔作業のおよそ1/10作業量として電気溶接は一台とした。使用溶接棒は、造船所で広く使われているJISD4301規格品(被覆剤中Mn含有量11.64%)の4㎜のものを使用し、電流は180Aとした。

C.デザインサンプリング及び分析方法

エンヂン場での作業態様は第2図に示すごとくであるので、3図イ、ロに示すように、溶接作業者呼吸位置として床上1m、足場位置として床上2m、配管作業者呼吸位置として床上2.5mの測定点を設定した。分析は、ローボリウムサンプラーでろ過捕集(15リットル/分)し、乾燥後ひょう量し粉じん濃度を求め、更に、ろ紙を塩酸処理し原子吸光分析法によりMnヒューム濃度を求めた。

結果および考察

電熔作業より発生するヒュームについて、総粉じん濃度、Mnヒューム濃度、粉じん中に占めるMnヒューム含有率についての結果を表1に示した。

モデル作業所内環気中のマンガンヒューム濃度は、最高床上2.5m地点(配管作業者呼吸位置)で2点で5.0mg/m3に達した。各高さでの平均濃度は、床上2.5mで4.4mg/m3、床上2mで4.4mg/m3、床上1.0mで3.7mg/m3を示した。いずれも産業衛生学会許容濃度5.0mg/m3に近い濃度を示しており、建造中船舶エンヂン場の環気中マンガンヒューム濃度がかなり高濃度であることを推定させるものである。ACGIHの許容濃度(上限値として)の5.0mg/m3(マンガンとして)が1.0mg/m3(TWAヒュームマンガンとして)に変更された事を考え合わせれば、5.0mg/m3のヒューム濃度以下でもヒュームによるマンガン中毒を起こす可能性は否定できない。従って推定される建造船舶エンヂン場の環気中マンガンヒューム汚染は充分に再検討されなければならない。なお、マンガンヒュームの総ヒューム粉じんに対する組成割合は平均6.7%であった。

ヒュームによる総粉じん濃度は、床上2.5m地点で65.8mg/m3、床上2.0m地点で65.6mg/m3、床上1.0m地点で56.8mg/m3に達しており、エンヂン場で作業を行う全ての作業者について、粉じん障害の面でも、再検討が必要と考えられる。

床上からの高さによる濃度比では、図4及び表1にみられる様に、溶接作業者位置よりもエンヂン場で共に作業に従事している配管作業位置である2.5m・2.0m地点即ち、天井近くの方が高濃度になるという傾向を示している。又開口部により自然換気の行われた地点より閉鎖状態の地点の方が高濃度の傾向を示している。これ等の地点はいずれもエンヂン場においてはパイプ類が設置される位置であり、配管ボルト締作業者が専ら作業を行っている位置である。

デジタル粉じん計による補足測定によると、モデル作業場では溶接開始後15~20分で、前述の各高さにおける平均マンガンヒューム濃度に達し、以降溶接作業継続中の時間的濃度変動は、極めて少なかった。建造中船舶エンヂン場では常時溶接作業は行われており、強制換気は行われていたが、船外に排気させるものではなく、溶接作業量の多い時には溶接ヒューム充満のため、しばしば作業を中止したとの報告もあり、換気状態は極めて悪い状態である事を推定させる。

造船職場において配管ボルト締作業者は、この様な密閉度の高い、換気状態の劣悪なエンヂン場において常時作業に従事している。しかし、配管ボルト締工であった症例者は、防じんマスクも支給されていない状態であった。以上の点から、従来の溶接作業者を中心にたてられた対策は検討される必要がある。

引き続き、溶接作業にともなうヒュームの発生状況、時間的・空間的変動等について、更に検討を続けていく予定である。
(注)測定時温度25℃、湿度60%、モデル作業場内風速0.03~0.05m/s但し開口部では0.2~0.3m/sであった。

まとめ

  1. 溶接ヒュームによる、マンガン中毒を疑わせる症例を得た。
  2. 船舶内電熔作業にともなう環気中マンガンヒューム濃度を得るため、モデル作業場で測定を行った。
  3. マンガンヒューム濃度は高いところで5.0mg/m3、平均4.4mg/m3を得た。
  4. 天井に近い位置ほど、高濃度の傾向がみられた。
  5. ACGIHのマンガンヒューム許容濃度は、5.0mg/m3から、1.0mg/m3に変更されている。
  6. マンガンヒュームによる健康障害について、又船舶建造作業における溶接作業者以外の作業者の対策について注意を払う必要がある。

参考文献

松藤元 ソビエト連邦におけるマンガン中毒(Ⅰ)、(Ⅱ) 労働の科学33巻6号、7号1978

C.M.WHITLOCK,et,al Chronic Neurological Disease in Two Manganese Steel Workers Ame.Ind.Htg.Ass.J. September-October,1966