名村造船所マンガン中毒労災認定闘いの記録ー10.Y氏の病状についての意見書(昭和54年4月30日)

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昭和54年4月30日

Y氏の病状についての意見書

大阪市港区弁天2丁目1-30松浦診療所
松浦良和

〔現病歴〕

Y氏は、1971年10月より、名村造船仕上げ組立て工として勤務していたが1972年10月頃より、足のだるさとしびれが出始あ、’73年10月にボルトじめ工から、仕上げ工に配転になったとのことである。

その後も、足のだるさとしびれが徐々に強度となり、’74年頃、住之江糸氏病院に通院し始めたが、更に、マ5年頃からは、歩行が少し不自由になり、よくこけたりするようになってきたため’、76年富永外科病院で精査を受けたとのことである。しかし、病名ははっきりしないまま経過したため、名古屋まで針灸治療を受けに通ったが、これも効かなく中断したとのこと。

その後も更に病状が進み、ふるえ、歩行障害などが強くなってきたため、’77年11月、住吉市民病院にて、「両上下肢しんせん麻痺による両上下肢機能障害」として、6級の身障手帳交付を受けた。

更に昨年頃より、両頚部痛、両上肢のしびれと痛み、なども加わってきた。’78年3月、南大阪病院受診「パーキンソン?」と診断、投薬を受けたとのことである。当院には、’79年1月18日初診。初診時の自覚症状は、歩行障害(つまづき様、前傾姿勢、突進現象を伴う)が著明で、表情はやや硬く、手指の細かい動作が極めて拙劣であり、言語も軽度に障害が認められた。又3年前頃より性欲減退を覚えたとのことである。手指のしんせん、四肢のしびれと脱力感、四肢の痛み、頚部痛、腰痛、などの多採な症状が認められた。

〔既住歴〕

特記すべきものなし

〔家族歴〕

特記すべきものなし

〔職歴〕

自己意見書に詳述されているため略。

〔現症〕

①マンガン中毒症について

意識:清明、貧血:黄染なし
対光反射、眼球運動-正常
視力、聴力-正常 口腔内-正常
頚肩部-後述
胸部、腹部-異常なし

○神経学的所見

  • 姿勢-前傾姿勢
  • Romberg-異常なし
  • 歩行一前傾、すり足歩行、突進様歩行でよくけつまづいて倒れる。
    方向転換-極めて拙劣で倒れてしまう。
    後ずさり歩行も極めて拙劣、ほとんど不可。
  • 突進現象-全方向に顕著に認められる。
  • 言語-単調で、早くしゃべろうとすると舌がもつれる。
  • 表情-軽い仮面様顔ぼうがあり表情に之しい。
  • 書字一小字症及びふるえが認められる。(別添資料参照<略>)
  • 脳神経系-明らかな異常は認めず
  • 錐体路系-腱反射は、下肢腱反射が明らかな充進を認める。握力の低下を認める。(右・22kg、左・22kg)
  • 知覚系-四肢末端に触痛覚の低下を認める。
    振動覚は、下肢でやや低下傾向あり。
    位置覚は、手指では正常、足すりではやや不正確であった。
  • 錐体外路系-trerqor(振せん)…(+)、比較的軽度。
    rigidity(筋強剛)…(++)
    adiadschokinasis…拙劣
  • 指-鼻、指-指試験…正常
  • 自律神経系一特に異常なし
  • 血圧-114~86

○検査所見

検血-正常
検尿一正常
CRP・RA(-)、血沈1時間値9㎜(正常)
肝機能検査-正常
梅毒血清反応-正常
胸部レ線-正常

以上の所見より、臨床的には、明らかな錐体外路症状が認められ、又、若干の錐体路系知覚系の異常も認められた。

臨床診断-パーキンソニズム

②頸肩腕障害について

両頚肩部に筋硬結と圧痛を認める。
頚椎運動制限が強い。

倒屈:左右共15°
全後屈:共に20°

頚椎運動時痛(+)(全方向に)

神経テスト
左右共 Morley test(+)、Adson(±)
その他は(-)

頚椎レ線では、異常を認めず。

以上の所見より、頚肩腕障害と診断した。

〔考察〕

①臨床所見から、Y氏の場合、明らかなパーキンソニズムが認められるが、このパーキンソニズムの原因について考察をしてみると、パーキンソニズムをひき起こす疾病の内、

(ⅰ)ウィルソン氏病については、肝硬変なく、カイザーフライシャーリングを認めず、又、遺伝歴もないことから、容易に否定される。
(ⅱ)梅毒性のものについては、血液検査結果より、容易に否定される。
(ⅲ)脳炎や一酸化炭素中毒性についても、これらの既往がないことから、否定される。
(ⅳ)脳動脈硬化性のものについては、Y氏の場合、血圧も正常、糖尿もなく、脳動脈硬化を疑わせる所見はほとんどなくこれも否定される。
(ⅴ)その他の稀な脳神経系の疾患(例えば多発性硬化症など)についても、Y氏の病状を説明し得るものはない。
(ⅵ)特発性パーキンソニズムとの鑑別が最も問題となるが、この点については、臨床症状のみからでは、完全な鑑別判断は不可能であるが、以下に述べる点で、むしろマンガン中毒性パーキンソニズムの病像に近いものと考えられる。

(a)錐体外路症状の内、特に、突進現象などのBradykinesia(運動減少症)の症状が著明に認められ、振せんが比較的軽度である点。
(b)下肢の腱反射充進や、四肢の知覚障害、性欲減退、握力の減退などの錐体外路系以外の神経症状を伴っていること。
(c)自覚症状の面で、発症が、四肢のしびれと脱力、更に、四肢の痛みなど、マンガン中毒によく見られる発症経過をたどっていること。

以上の点から、病像から考えて、むしろ、マンガン中毒症の病状に一致する点が多いことが上げられる。しかし、何よりの問題は、Y氏が、実際にマンガン粉じんを吸入した職歴を有するかどうかが一番の問題である。この点について以下に述べてゆきたい。

まず、造船職場において、マンガン中毒の発症例が知られているかどうかという点であるが、これは、資料①に示すソビエトの文献によれば、造船職場、なかんずく、電気溶接の職場は、マンガン中毒発生の危険性が高い職場とされている。

溶接棒の被覆剤中には、かなり多量のマンガンが使用されており、これらが、溶接作業中にヒュームとなって発散し、吸入されるためと考えられている。名村造船で使用中の溶接棒は、主として資料②に示した神鋼製のB-14、LB-26V、オートコンであるとのこと。

これらの被覆剤に含まれているマンガン濃度は、下表に示す。

JIS規格、D4301(Mn・11.64%)、D4316(1.55%)、D4327(9.76%)に一致する。LB-26Vを除いて、他の2つは、10%前後のMnを含有していることに注目しなければならない。しかも、Y氏の発症前の作業は、エンジン場における配管のボルトじめでありエンジン場という密閉した中における作業では、常時、至近距離に、電気溶接やガス切断などが同時に行われており、Y氏は直接電溶を扱うことはほとんどなかったものの、逆に、電溶以外の者には、防じんマスクが支給されておらず、むしろ、ヒュームをまともに吸入する状態があったものと考えられる。

以上述べてきた臨床症状の面と、職場環境の面を考慮すれば、Y氏のパーキンソニズムが、むしろマンガン中毒性パーキンソニズムと考えることが妥当であろうと考察する。

②頸肩腕障害について

臨床的には、頚部の筋硬縮と圧痛、頚椎運動制限、両上肢の自発痛、圧痛などの症状は、頚肩腕障害の病像に一致する。

Y氏の場合、73年3月以来、グラインダー(重量約2kg)で、パイプの溶接面を仕上げる作業に従事しており、パーキンソニズムによる不自由な体をおしての作業であり、普通の状態以上に、両上肢への負荷がかかっただろうということは充分予想できる。

この様な作業を5年余にわたり続けたために頚部痛、両上肢の痛みとしびれなどで頚肩腕障害が発症してきたものと考えられる。

以上