名村造船所マンガン中毒労災認定闘いの記録ー04.拡大する重金属中毒に警鐘を!/松浦良和

拡大する重金属中毒に警鐘を!

医療法人南労会松浦診療所 医師 松浦良和

〈事実を科学的に明らかにし、かちとった認定〉

Yさんが自由のきかない足どりで、つまづき転びそうになりながら私達の診療所を受診されてから、既に3年が経過しようとしています。全港湾建設支部名村分会の方がつきそわれ、心配そうに診断結果を待っておられたところへ、「明らかなパーキンソン症状があります。マンガン中毒の症状に酷似しており、その可能性も充分あります」とお伝えしたあとから、労基局にマンガン中毒と認めさせるまでにも、実に2年余の長い時間を必要としました。

労災申請当初、阿倍野労基署は溶接ヒュームによるマンガン中毒の発生例が日本では皆無であったことを理由に、認定に難色を示しました。しかし実際には、それ以上に、溶接ヒュームによるマンガン中毒が認定された場合の、造船工業会を始めとした企業側に与える影響の重大性を知っていたが故に、二の足を踏んでいたのでしょう。事実、現在の造船作業の中心が溶接作業であり、全現場作業者の内、溶接作業者は約5割を占め他の作業者も、溶接ヒュームを吸わない人の方が少ないといっても過言ではないでしょう。

更に、造船業界のみならず、溶接作業は多種多様の産業分野で広く行われており、その影響は非常に大きいものがあります。そのために造船工業会は、当該の名村造船を先頭に、労基署に対して強力な働きかけをしていたことも明らかでした。そのため、阿倍野署は労基局へりん伺し、局が前面に立つことになりました。この様な困難な中での闘いでしたが事実を科学的に明らかにしてゆく地道な闘いの前には、全ゆる妨害も役に立ちませんでした。

最大の焦点は、環境気中のヒュームの中に含まれるマンガン濃度であったため、労基署は会社に命じて、伊万里において職場環境測定を実施させました。名村造船が委託したのは、呉市の微研衛生公害分析センターで、その結果は、ソ連の許容濃度(0.3mg/m3)より更に低い数値で全く問題はないという結論でした。しかし後で分ったことですが、この測定データは、測定方法や測定点の選び方など初歩的なところで全くデタラメな代物であり、労基局自身も、このデータの採用を断念せざるを得ない程のズサンなものでした。

このことは、企業側が行う環境測定では、いかにひどいごまかしが行われているかを如実に示しています。そこで分会と診療所は協力して自分達で職場環境測定を行うことにしましたが、名村造船が職場に入らせるはずもなく、そのため、船のエンジン場の1/10の模擬作業場を作製し、溶接作業を行い3回にわたり作業環境測定を行いました。その結果、最高5.0mg/m3と、日本産衛学会の許容濃度と一致する高いマンガン濃度を記録しました。私達の行った実験とそのデータの正確さは労基局も認めざるを得なくなり、Yさんがマンガンヒュームを多量に吸入していた事実については反論の余地がなくなってしまったので、最後は、マンガン中毒の臨床所見に誤りがないかどうかに焦点をしぼってきました。この点でも多数のマンガン中毒例を診断してきた経験からも、私達の診断内容に反論する術もなく、結局、日赤病院の局医の診断も私達と一致するに至って、遂に業務上認定をせざるを得なくなったのでした。

〈広がるマンガンの用途-遅れている対策〉

マンガン中毒そのものは、既に19世紀初めより発見されたかなり古い職業病といえます。日本においても、既に大正時代に数例の臨床報告例もあり、決して目新しい病気ではないのですが、現在に至るまでもその発生は充分防止されているどころか、逆に新たな発生の危険性が増加してきています。従来は、マンガン鉱山や精錬業などに発生が認められたのですが、マンガンの使用法を考えれば、現在そのかなりの部分が、製鉄や溶接棒の製造に回されており、この分野での中毒発生の報告が日本では現在まで皆無だったのは、むしろ奇異に思われるぐらいです。

特に溶接作業の場合には、多量の金属ヒュームが発生し多数のじん肺患者の発生をみており、このヒュームの中には、マンガンを初めとして、チタン、カドミウム、クロム、銅、鉛、スズなどの多種の有害重金属が含まれています。ところが、溶接作業については、じん肺法の適用があるだけで、これらの重金属中毒に関する特化則健診は何ら適用されていません。労働省も企業も溶接作業での重金属中毒発生の危険については充分知っていたはずですが、労働者には全く知らせず現在まで放置してきました。溶接作業者にマンガン中毒を初めとした重金属中毒の発生は決してなかったのではなく、隠されていたのです。事実ソ連では、溶接工の2~3%にマンガン中毒の発生をみており、アメリカでも最近相次いで溶接ヒュームによるマンガン中毒発生が認められたとの報告が出されています。特にアメリカではこのマンガンヒュームの危険性が指摘された結果、それまでの5mg/m3の許容濃度が、マンガンヒュームについては、1mg/m3に引き下げられました。(ちなみに、ソ連での許容濃度は0.3mg/m3とされています。)

〈溶接作業の周辺で働く労働者にも危険は明らか〉

更にもう1つの問題があります。Yさんは溶接工ではなく配管工だっため、溶接作業のまっ只中で配管作業を行い、溶接工と同等あるいは同等以上のヒュームを吸入していたにも関わらず、溶接工にはじん肺法適用があるために防じんマスクの支給がなされていたのに、配管工であるYさんには何の防じん対策も行われていなかったことです。この点については、私達は既に7年余り前に佐野安造船におけるじん肺問題を追求した時に、労基局に対してこの問題の指摘を行っていましたが、局は何らの改善策もとってきませんでした。

以上述べてきた様に、Yさんの問題を通じて、溶接作業に関する未解決の問題が数多く残っていることが明らかとなってきました。これらの問題点について、今後更に労働行政に対し、労働者の健康を守るための安全対策の実施と企業への行政指導を積極的に行う様に要求してゆくことが必要不可欠でしょう。

名村造船所大阪工場(79年10月1日より別会社名村重機ドック)
木津川筋造船所街(左から佐野安、名村)