雇用なき労働と外国人労災。労働者を特別加入させ請負業者と偽装する手口/三重

フレドリックさんは2017 年にガールフレンドと短期滞在で来日し、直後に二人で難民申請を行って今日まで滞在を続けている。この3年の間に二人の子も儲け、一家で仲良く暮らしてきた。

フレドリックさんは、まったく日本語ができないことなどから自ら職探しはできず、外国人を積極的に受け入れる派遣会社を通じて働いてきた。就業場所は主に東海地方の建設業であり、同僚もペルー人やブラジル人などが多かった。

このような環境で、フレドリックさんは2度の業務上災害に罹災した。最初は岡山県の現場で、ソーラーパネルの設置をしていたときにクレーンに吊るされた資材で胸を強打し、負傷している。このときは「事故のことは誰にも言うな」と言われて、しばらく仕事を休んだものの、すぐに現場に復帰した。

二度目の事故では、足場資材である鉄骨に左手薬指を挟まれて開放骨折する怪我を負い、相当期間休業せざるを得なかった。一向に回復する兆しを見せない指を抱えて 1 か月以上休んだことにより、その間の賃金も支給されないことから、乳飲み子を含む家族を抱えるフレドリックさんも焦ってきた。

そこではじめて相談のために連絡をしてきたのだが、本人の認識では、フレドリックさんは三重県鈴鹿市の人材派遣会社であるジェリックから、日当 14,000 円で工事現場に派遣されている派遣労働者である。建設業は派遣禁止業務であるため、おそらく一次下請である株式会社妃翔からジェリックが業務を請け負うという形になっているのだろう。ジェリック社の代表取締役も現場に一緒に入場して作業をしている。ところが、給与明細もきちんと保管しているというので見せてもらったところ、「請求書」と記載されていた。建設作業員によくある、働いた側が親方に請求するという形式である。控除欄には「労災特別加入保険料」という記述もあり、フレドリックさんが一人親方扱いになっていることがわかった。

ジェリック社は念入りに、フレドリックさんら職人と現場毎に業務請負契約を結び、さらに各人に税務署へ開業届を出させて、フレドリックさんがいかにも個人事業主であることを強調していることもわかった。もちろん、先にも述べたように日本語ができないフレドリックさんは、何に署名させられているかわからないし、そもそも本邦に税金を納めたこともない。自筆で「Suzuran」と屋号欄に書き込んであるが、「好きな日本語を書け」と言われたので、お気に入りの邦画で主人公が通う高等学校名を書いたに過ぎなかった。

難民申請者が個人事業主になるということが、出入国管理法上認められるのかということを、外国人の在留資格に精通した行政書士に尋ねてみると、個人事業主として収入を得ることに問題はないという。

こうなってくるとただでさえ劣悪な外国人雇用がますます醜くゆがんでいく。難民申請者であると大使館などの在日公館からの支援は受けられないし、雇用されていないことで「外国人雇用状況の届出」はされず日本政府にも把握されない。社保、雇保、労災いずれも加入しないまま、事故や病気の際でも何ら社会保障を受けることができない。

また、今回は元請である日揮ホールディングス(横浜市)による対応の悪さも相まって、本来であれば単純な労災隠し事案も支給決定までずいぶんと時間がかかってしまった。フレドリックさんの労災請求についてどのように下請に伝えたのか分からないが、ジェリック社はフレドリックさんに対して取り下げを求めてきた。

取り下げないと訴訟をすると脅したり、夜半に大勢でフレドリックさんの自宅を急襲したりなど、他社で同種の事件が発生した際であればまず起こりえないことが起こってしまった。このことについて日揮ホールディングスに対して下請への指導を求めると、「うちがやったわけじゃないし」と人を食った対応をしてくる。また、元請としてフレドリックさんと直接話をしたい、という申し入れは理解できるが、妃翔とジェリックの同席が前提というのは、まったくもって不可解である。

果ては、妃翔とジェリックに聴き取りを行い、「どうやって事故が発生したのか分からないし、フレドリックさん自身が労災保険を請求しないでくれ、病院に連れて行かないでくれ、と言っていた」という報告を書面で送ってきた。このような稚拙な報告を真に受ける元請による事業主証明など、頼まれても受け取る気にはならない。

フレドリックさんの事件は、第三者が介入したことで労災の手続きを進めることができた。しかし大手企業でも上記のような対応をする会社があるし、下請けの零細事業所がわざわざ傘下の職人を個人事業主として何重もの偽装をすることにより、労災請求の困難さは尚更増していく。加えて田舎の病院や監督署であれば、事業主証明がなければ請求を受け付けないと門前払いをすることもあるだろう。

ところで、ジェリックの代表者はペルー人であり、先にも述べたとおり自ら作業現場に入る。事業者としてこのような脱法行為に関する知識があるようには思えず、従業員を一人親方扱いするやり方は、自ら考えた方法ではないと確信している。

外国人労働者というと、技能実習や特定活動などが頭に浮かぶが、これらは雇い入れまでに非常に煩雑な手続きを要する。また、技能実習については雇い入れ後も継続して行政の監視にさらされる。

一方、定住者や難民申請者については、社会保障負担なし、雇用責任なし、必要な時だけ使用、という使い方ができるし、このような働かせ方がビジネスモデルとして共有されていても不思議ではない。ジェリックのよくできたウェブサイトと、現場で頑張る職人然とした代表者の姿のギャップから、誰か指南役がいるのかもしれない。

今回の事件は、悪質であるとして所轄労働基準監督署による臨検が進められている。現在のところ、ジェリック社は黙秘を貫いているらしいが、黙っていれば何も咎められないというものではない。調査を通じて明らかになっていくことを期待したい。(酒井恭輔)

関西労災職業病2020年7月512号