射出成形機による右腕切断事故-その2。 インドネシア人労働者の労災/三重

事業所内の不安全行動や安全衛生上の不備

鋳物の中子を製造する会社で、射出成形機に右手を挟まれて切断したKさんの話を聞いていると、発生現場では事業所は普段から不安全行動が目立つ。

射出成型機にはいずれも安全装置が装備されていなかったばかりか、所轄労働基準監督署を取材したところ、20 年ほど前には死亡事故を発生させたことがあるらしい。天井クレーンのフックが劣化していたが、点検もせずに使用し、フックから運搬物が落下したことにより、その下で作業をしていた従業員が死亡したのである。機械に指を挟まれて切断するような事故は頻繁に発生しており、その都度是正勧告を受けてきた。

Kさん自身も、不安全行動を強いられたことがある。天井クレーンが故障した際に、高所(床上3mほど)に設置されているバンクまで梯子で登って製造資材を運ばされた。このとき、片手で資材の詰まった 30kg ほど袋を担ぎ、片手で梯子を握って登ったのである。しかも安全帯もしていなかったというから、危険極まりない。

このような会社であるため、今回の事故についても6月 25 日に送検し、東海地方では報道もされた。違反法条は安衛法 20 条(機械等による危険防止措置)および労働安全衛生規則107 条(掃除等の場合の運転停止)である。

もともと、療養補償給付請求書には、事故の背景についてKさんの不注意、と記載していた。監督署による調査開始後も、監督官に対してKさんが負傷した原因であるスプレー作業、すなわち、成形機に対してシリコンを射出する作業は、1 時間に一度程度で十分であり、その作業の際には機械を停止して作業をすればよかったのだ、と説明したという。

逆にKさんによると、スプレー作業は2回に1回行い、この結果2つに1つはシリコンが付着している不良品となるものの、その次の製品はまったく問題ないことが明らかなので、一つ一つ不良か否かをチェックしなくてもよくなる。そしてこのように量をこなさないと課された生産ノルマが達成できないという。不良品は再生できるので、ランニングコストを考えなければこの方法が一番効率が良いらしい。昼勤の日本人従業員が口を揃えてKさんの作業の仕方が悪い、と証言したことについて、温厚なKさんも「それじゃ夜勤を見てみなよ!みんな私と同じように作業しているから!」と声を荒げたほどである。ここまで来ると、昼間にちんたら作業をして達成できなかったオーダーを、夜勤の外国人労働者がしりぬぐいをしているのではないかと勘ぐってしまう。

また、会社は機械の扱い方や作業の手順書は機械の傍に掲げられている、と抗弁する。しかし掲げられているのではなく、いくつもの手順書が工場の隅のラックにまとめて放り込んであるだけである。夜勤は技能実習生を含む外国人しか働いておらず、日本語で書かれていれば誰も読めないし、そもそもそこに手順書があることすら知らなかった。

雇い入れ時の安全教育は、前回でも報告したとおり派遣会社が行うべきところを派遣先任せになっていたが、その派遣先でも行われていなかった。夜勤の外国人労働者同士、ほかの従業員が作業しているのを見て覚えて行ったという。操作盤には緊急停止ボタンが付いているが、Kさんはそれすら知らなかった。

危険な業界と安全意識の欠如

ところで、この事業所は日本鋳物中子工業会の副会長を務める企業である。業界の活性化を図り、ともに発展していくために要職に就いたものの、労働安全衛生法違反で書類送検されてしまうという憂き目にあった。副会長職を降ろされても文句は言えないだろうが、実は会長を輩出している企業も平成 31 年 2 月1 日、Kさんの事件とほとんど同じ事故で松江労働基準監督署によって送検されていることがわかった。

当時の記事を読むと、鋳型用の中子を作るために砂を加圧する鋳型中子造型機を使用していた際、取り付けられていた光線式安全装置のスイッチを無効化させたまま使うよう会社に指示されていたため、左右に開閉する機構の間に体の一部を挟まれて負傷している。被災労働者が派遣労働者であるところも今回の事件と同じである。

Kさんが働いていた事業所は、今回の事故を契機にようやくすべての機械に安全装置を取り付けた。500 万円以上の出費だったと派遣会社を相手にぼやいていたらしいが、Kさんに対する損害賠償額を試算してみると、労災補償分を引いても 7000万円を超える。この数字に基づいて上乗せ補償の支払いを求めたが、その中で社長自ら「申し訳ない」、「今後は安全第一」と繰り返す一方、「どんなに注意したところで人間のやることだから安全装置のスイッチを切ってしまうとかあるかもしれないし…」などと、監督署の捜査とそれに続く検察からの呼び出しで疲れ切っているせいか、本音もちらほら出してくる。安全装置のスイッチを切ってしまうのは仕事を急くからだということに気が付いているのだろうか。このままだと第三の事件が発生する日もそう遠くないような気がする。

被災者のKさんは障害等級5級が認められ、障害補償年金を受給することが決まった。あとは家族の待つ故郷に帰るばかりである。出国時に生まれたばかりであった長男とはこれまでスマートフォンの画面越しで話をしてきたが、ようやく直接話ができると今から楽しみにしている。利き腕がない不自由は一生続くが、これからは豚でも飼いながら子供の成長を見守っていこうと考えている。(酒井恭輔)

関西労災職業病2020年7月512号