労災保険特別加入の対象を拡大 柔道整復師、芸能従事者、アニメーション制作従事者
労災保険が適用される特別加入の範囲が拡大される。今年4月1日から拡大対象となる職種は、柔道整復師、芸能従事者、アニメーション制作従事者の3職種だ。12月24日付けで労働政策審議会に諮問され、同労災保険部会で承認された。
中小事業主、海外派遣者以外は業種、職種で限定
特別加入制度は、労働者の労働災害に対する保護のために設けられた労災保険制度を、労働者に準じて保険により保護するにふさわしい者について、特別に加入を認める制度として運営されている。対象範囲は次の条件を考慮して定めるものとされている。
- 業務の実態や災害の発生状況からみて労働者に準じて保護するにふさわしい者であること。
- 業務の範囲が明確に特定でき、業務災害の認定等が保険技術的に可能であること。
具体的に現在定められている種類は、中小事業主及びその事業に従事する労働者以外の者(第1種)、労働者を使用しないで一定の事業を行う一人親方その他の自営業者及びその者が行う事業に従事する労働者以外の者(第2種)、特定作業従事者(第2種)、海外派遣者(第3種)となっている(労災保険法第33条)。
このうち労働者ではないが業務の実態等で特別加入できる業種、職種を定めているのは一人親方等と特定作業従事者の第2種ということになる。今回拡大されるのはこの第2種特別加入者の種類だ。
一人親方等に含まれるのは次のとおり。
- 個人タクシー・個人貨物運送業者
- 建設業の一人親方
- 漁船による自営漁業者
- 林業の一人親方
- 医薬品の配置販売業者
- 再生資源取扱業者
- 船員法第1条に規定する船員
今回は、この7つの業種を定めた労災法施行規則第46条の17に「柔道整復師法第2条に規定する柔道整復師が行う事業」を加えることとした。
また、特定作業従事者に含まれるのは次のとおり。
- 農作業従事者(特定農作業従事者、指定農業機械作業従事者)
- 訓練従事者(職場適応訓練従事者、事業主団体委託訓練従事者)
- 家内労働者(金属等の加工の作業、洋食器・刃物等の加工の作業、履物等の加工の作業、陶磁器製造の作業、動力機械による作業、仏壇・食器の加工の作業)
- 労働組合等常勤役員
- 介護作業従事者
今回は、これらの特定作業を定めた労災法施行規則第46条の18に、「放送番組(広告放送を含む。)、映画、寄席、劇場等における音楽、演芸その他の芸能の提供の作業又はその演出若しくは企画の作業であって、厚生労働省労働基準局長が定めるもの」と「アニメーションの制作の作業であって、厚生労働省労働基準局長が定めるもの」の2つを加えることとした。
課題となり続けてきた特別加入。要望強く、やっと拡大
特別加入の対象範囲拡大については、複数事業労働者の問題とともに、労災保険制度改正の課題となり続けてきた。今年6月の労政審労災保険部会で特別加入制度について提案や意見を、広く国民から募ることが計画され、厚生労働省HPを通じて募集、151件の提案や意見が集まったという。
また、芸能従事者については、一昨年の年末に日本俳優連合(日俳連)から「フリーランスの芸能実演家に労災保険を!」と題する声明が公表され、労災保険特別加入の適用を求める取り組みがなされてきたところだ。
古くは、芸能従事者について、どこまで労働者性が認められるべきかを明確にすべきとする取り組みがなされ、1996年3月の「労働基準法研究会労働契約等法制部会労働者性検討専門部会報告」で、「建設業手間請け従事者」とともに「芸能関係者」の労働者性について判断基準が示されていた。
しかし建設業については、労働者性がない場合、特別加入の道が開かれていたが、芸能従事者については、労働者性の無いフリーランスは、何らの災害補償制度もなく、やむを得ず民間の保険への加入が推奨される程度だったという(日俳連資料)。
要望がありながら適用につながらなかった理由の一つとしては、芸能の作業の範囲が多岐にわたるということがある。芸能として一般にイメージする演技、舞踊、声優の作業以外に、監督、音響、大道具制作、それに事務関係として、プロデューサーやマネージャーの仕事もあげられる。
これらの作業についての災害防止をどう考えるか、検討の進めにくさからか放置されてきたということになる。ただ今回の労政審での議論をみると、多岐にわたる作業内容とはいえ、たとえば保険料率の設定に問題が生じるほどの作業は想定しにくいということははっきりしており、障害となることはなかった。
アニメーション制作の作業についても同様のことがいえる。フリーランスのアニメーション制作作業従事者がする仕事は、絵コンテ、原画、動画、仕上げなどの工程があるが、脚本やシリーズ構成、背景美術、音響、編集、それに作画監督、美術監督などがあるという。しかしこれらの作業も、事務的な作業の部類に属するもので、障害となるものはないといえよう。
さらに柔道整復師についてはどうか。柔道整復師の一人親方としての仕事は、人への施術に代表される作業に付随して、患者への介助作業による負担などが考えられる。こうした災害の現状に対するセーフティネットとして労災保険制度を活用することに全く問題は考えられないといってよいだろう。
地域要件の事実上撤廃で、どこでも加入可能に
ところで第2種特別加入は、労災保険法の取扱いとしては、特別加入者が一定数集まって特別加入団体を作り、その団体が手続きをすることにしている。その場合に、特別加入団体は、労災保険法上の事業主とみなし、個々の特別加入者を労働者とみなすということにしている(労災保険法第35条)。したがって、もし労災事故が起きて給付請求をするときは、事業主による証明欄は特別加入団体による証明をするということになる。
現在の特別加入団体承認の要件は、次のとおりとなっている。
○特別加入団体の要件(昭和40年11月1日付け基発第1454号労働基準局長通達)
- 一人親方等又は特定作業従事者の相当数を構成員とする単一団体であること。
- その団体が法人であるかどうかは問わないが、構成員の範囲、構成員である地位の得喪の手続などが明確であること。その他団体の組織、運営方法などが整備されていること。
- その団体の定款などに規定された事業内容からみて労働保険事務の処理が可能であること。
- その団体の事務体制、財務内容などからみて労働保険事務を確実に処理する能力があると認められること。
- その団体の地区が、団体の主たる事務所の所在地を中心として別表に定める区域に相当する区域を超えないものであること。
このうち、5.で定めている区域は、各都道府県の隣接県プラスα(たとえば大阪府なら近畿地方の各府県以外に鳥取、岡山、香川、徳島の各県が含まれる)のブロックとされている。これは災害防止の措置をとることが可能かどうかを考慮して定められたものとされている。
しかしこの区域を定めるという要件により、特別加入が不可能となる地域が多数出てくることが問題となる。現在でも、特定作業従事者ごとの特別加入団体が存在しない都道府県の作業者にとって加入が不可能というケースは珍しくない。そこに加えて、新たに拡大される特別加入の業種、職種にあっては、特別加入団体の実務を仕切る事務局を全国展開する準備はないという問題があった。
これについて労政審の議論を経て、改正にあたっては、北海道から九州まで9のブロックごとに「少なくとも年に一回、当該特別加入者に対して、災害防止等に関する研修会等に参加する機会を提供する」という条件付きで加入を認めることとした。現在は、インターネットの普及もあり、災害防止の研修といっても、オンライン方式で開催することが可能となっている。(たとえばZoomで全国の加入者相手に研修会を実施するということでもよい。)こうした方法による取り組みも災害防止措置として認め、地域要件を緩和するというものだ。
この災害防止措置について特別加入団体の現状は、現行の制度運用であっても名ばかりとなっていることが問題点として指摘されてきた。措置が適切に行われているかどうかのチェックはなく、規約などに簡単に記載されているだけで、承認要件を満たすものとして運用されている。そのため、ネットによる安い会費による会員募集で利益を上げようとする団体も増えてきていることも問題視されているところだ。これを機に、災害防止措置をスムーズに実行する全国展開の特別加入団体をスタートさせ、ほぼ営利のみを目的とする団体を駆逐するような取り組みが必要だ。
ほんとうは労働者なのに「請負、委託」→完全な排除を
第2種特別加入制度全体にいえることだが、絶えず危惧される問題として、実際には労働者としての働き方をしながら、特別加入者として扱われる労働者が出てこないかということがあげられる。もともと自律性のある職種でありながら、実際には1事業場でほぼ拘束されてひたすら作業に従事するという作業者が出てくることは容易に想像できるのである。
今回の新たな特別加入制度拡大を機会に、偽装的な請負、委託などが生じないような行政側の強い取り組みが求められる。
特別加入制度の適用範囲拡大では、今回述べた業種、職種の拡大以外に、昨年成立した高年齢者雇用安定法改正により、今年4月1日から65歳から70歳までの業務委託による創業支援等措置が認められることにともない、その対象者への特別加入制度適用が課題となっている。
労政審では、昨年末よりこの制度創設について作業を急速に進め、今年1月末には労災法施行規則改正が諮問される見込みとなっている。
「関西労災職業病」次号ではこの制度創設について紹介することにする。
関西労災職業病2021年2月518号