個人事業者の安全衛生をどうする?省令改正(2023年4月1日施行)と今後の検討へむけて
建設アスベスト最高裁判決による改正省令施行は4月1日より
賃金を受け取り働く「労働者」は、労働基準法に定義があり、関係法令により労働条件の基準が定められている。その労働条件のうち、安全衛生については労働安全衛生法による。そして保護が及ぶ対象は「労働者」に限っているというのが従来の政府の法律解釈だった。
ところが職場で働くのは労働者ばかりではない。一人で仕事を請け負う個人事業者や、雇用している労働者と一緒に作業する事業主も同じように働いている。
建設アスベスト訴訟は、労働安全衛生法による規制を怠ったことによる国の賠償責任が争われた。大きな争点の一つは、労働安全衛生法第22条等の規制が、労働者ではない者も保護する趣旨といえるかどうかということだった。
一昨年5月17日の最高裁判決は、アスベスト規制の根拠となる労働安全衛生法第22条は、労働者だけでなく、同じ場所で働く労働者でない者も保護する趣旨との判断がなされた。その論拠は、労働安全衛生法の第1条の目的規定には、「快適な職場環境の形成を促進」とあり、その対象は労働者に限定していないこと、石綿等の有害物に対する措置を事業者に義務付けている第22条では、その保護対象を労働者に限定していないことをあげた。
法律の具体的な適用は、省令で定めることになるが、これまでの労働安全衛生法関係の省令は、保護対象を労働者に限定したものになっている。少なくとも労働安全衛生法第22条について、最高裁が明快に労働者以外の保護する趣旨であると判断した以上、国は省令を改正しなければならない。
厚生労働省は関係省令の改正作業を行い、昨年4月15日に労働安全衛生規則等の一部を改正する省令(令和4年厚生労働省令第82号)が公布された。危険有害な作業について定められている11の省令について、一人親方等や同じ場所で作業を行う労働者以外の人について、措置をとることを新たに義務付けることとした(概要は次図参照)。
なお、この改正省令は2023年4月1日から施行することとされている。
保護措置義務リーフレット-1保護措置義務リーフレット-2
個人事業者の安全衛生対策
多様な検討会の議論
ところで今回の省令改正は、建設アスベスト訴訟で争点となった第22条に限ってのものだ。最高裁判決の趣旨からすると、争点となった条文以外の規制についても同様の解釈をすることになるので、これらも改正をしないと矛盾する。この件については、改正省令の検討が行われた労働政策審議会安全衛生分科会でも議論され、別途検討の場を設けることとなった。
これをうけて、昨年5月に「個人事業者等に対する安全衛生対策のあり方に関する検討会」が設置され、以降この2月現在で9回にわたって開催されている。
実際、労働安全衛生法の対象とされてこなかった個人事業者、中小事業主などについても業務上の災害が多く発生している状況は、行政側としても認識しているのであり、その実態と災害防止対策のあり方、安全衛生確保措置の必要性が検討されているところだ。
今回は、昨年5月13日に開催された第1回検討会で示された資料をもとに考えてみたい。
労働者と特別加入者の災害発生率比較
差の原因は?
まず労働者以外については、労働災害の発生情報について報告を義務付ける制度はなく、労災保険のように強制加入の保険制度もない。したがって労働者以外の者の業務上災害を網羅的に把握する仕組みはない。
ただし、労働者以外の者については、任意に労災保険に加入できる特別加入制度があり、その加入者が被災した業務上の災害については、特別加入制度における支給状況によって把握可能だ。
以上のことから資料として提出されたのは「特別加入者に係る災害の状況」という表で、令和2年度と令和元年度の分である。このうち「<労働者と特別加入者の災害発生率>令和2年度」として示されたのが次表だ。
特別加入災害発生率p1この表をみて興味深いのは、災害発生率の数字である。建設業において労働者の休業4日以上死傷災害発生率は1万人あたり36.2人となっている。これに対して同じく建設業の一人親方の特別加入者の場合、119.1人、中小事業主で60.8人となっている。令和元年度の数字をみても、労働者の場合は36.1人、一人親方127.5、中小事業主61.3だ。
単純に見て、特別加入者は労働者の3倍を超えて災害が発生していることになる。もちろん資料の注釈にあるのだが、労働者の数字は事務所の事務員など現場作業ではない労働者も含んでの数字であり、一人親方の特別加入者は、現場の作業者に限られるという違いがあるので一概に比較することはできない。しかしそれだけではちょっとこの大きな差は説明できそうにない。
この表で算出されていない死亡者数による発生率はどうだろうか。試しに計算してみる。
令和2年度の建設業労働者の場合、総労働者数334万人で、死亡者数260人なので、10万人あたり7.8人という数字が出てくる。一人親方では特別加入者641,496人で、死亡者数54人なので、8.4人となる。中小事業主では455,570人に死亡者35人なので7.6人。
令和元年度では、労働者の場合、総労働者数341万人で死亡者313人なので9.2人。一人親方は特別加入者613,996人で死亡者数54人なので8.8人。中小事業主は448,433人に死亡者45人なので10.0人。
どうだろうか。死亡災害の数字は強制加入の労働者の発生率と特別加入者ではあまり差がない。むしろわずか1年だが時期の差のほうが顕著にみえる。
透けて見える建設業界の労災隠しのすがた
このことは何を意味するのだろうか。死亡災害の場合は、労働者であっても特別加入者であっても、遺族補償の請求は受給権者がいる限りほぼ必ず行うことになるだろう。それにくらべて死傷災害となってくると、労働者の場合は労災保険給付を請求する割合が相当減少するということだ。それも3分の1という極端な割合で減っているのである。
こうした数字から建設業で働く労働者と一人親方らの一般的な姿が透けてみえる。労災事故に遭ってしまった労働者は、元請の建設会社に頭を下げて労災事故をカウントし療養や休業の用紙を作成してもらわねばならない雇い主に遠慮し、労災請求を我慢する。そもそも原因に自分の不注意が含まれようものならまず積極的に自ら労災隠しに走る被災者がいてもおかしくない。公明正大に災害は必ず報告すべしと請負事業者に徹底しているゼネコンの下での作業でも、労働者と請負事業者の常識は動かない。
それに対して特別加入者はどうか。任意での労災保険加入は、給付基礎日額により保険料が定まり、その費用負担は一人親方の加入者自身によるものだ。費用対効果を考えるまでもなく、もし被災したら特別加入団体に連絡して必ず労災保険の給付を請求することになるだろう。
その差、つまり“純粋な”労災隠しが3倍、あるいは3分の1として表れているといえるのではないだろうか。
そしてもう一つ指摘しておかねばならないのは、労働者以外で特別加入をしていない個人事業者は一切数字に出てこないということだ。
検討会の議論ではこうした点については触れておらず、労働者以外の災害発生が相当数に上っていることだけが示されたかたちだ。
労働者以外の業務災害顕在化
どう進め、どう対策をとるか
検討会の議論は、すでに9回を数えているにも関わらず、あまり焦点が絞れてきているとも言い難い状況のようだ。たとえば業種、職種別の特性を踏まえた検討の可能性や、誰がリスクを管理可能かという観点からの整理というような論点も出されている。
本誌でも農業労災について触れたところだが、死亡災害については特別加入者の数字や他の統計データから導き出した数字をもとに数字が出ているが、負傷災害については業種を問わず表れてこないのが現実だ。検討会の検討事項の一つとなっている「業務上の災害の把握・報告等」をどのように扱うのかという議論も大切だ。
検討会の議論については、今後も注視していく必要がある。
関西労災職業病2023年3月541号