アスベスト被害相談会&患者と家族の集い 参加レポート●富山

1.富山ブラック

6月11日、富山県民共生センターサンフォルテにて、「富山アスベスト被害相談会&患者と家族の集い」が開催された。私は手伝いとしてその行事に参加させてもらったので、その参加レポートを記す。

と言いつつ、いきなり余談で申し訳ないが、参加レポートの前に、1つ、紹介したいものがある。

皆さんは、「富山ブラック」というものをご存じだろうか。ブラックと言っても別に富山が労働環境最悪という意味ではなく、富山のご当地ラーメンの名前である。名前の通り、スープが真っ黒なラーメンだ。ではなぜ黒いのかというと、スープに特殊な具材が使われている、というわけではなく、単に、醤油と胡椒がたっぷり入っているのである。当然味は濃い。私は今回、4人連れでラーメン屋に入ってこれを食べたのだが、私を含めた3人がしょっぱすぎる、辛すぎると文句を言っていた(1人はけろりとしていた)。

さて、後々富山ブラックについて調べてみると、興味深いことが分かった。別に富山に、大昔から伝統的に醤油ドバドバの汁物を食べる習慣があったわけではないようなのだ。ではなぜこんな料理ができたかというと、発端は1945年の富山大空襲である。終戦後、焼けた町の復興のために、きつい肉体労働をしていた人々向けに、とある料理屋が、塩辛い味付けで、ご飯のおかずとしてラーメンを出していて、それが定着したものということだ。要は、富山ブラックは、ブラックな環境を厭わず富山復興のためにがんばった労働者のためのラーメンだったのである。実は労働活動に携わる者として敬意を払うべき食べ物だったのだ。文句を言って申し訳ない。今度食べるときは、ちゃんと、汗を大量にかくほど必死に働いた後に、ご飯と一緒に食べようと思う。

富山ブラック

2.相談会 事前準備とその結果

相談会当日、私は会場である市民会館に、午前9時ごろ到着した。

割り当てられた部屋には、中皮腫・アスベスト疾患・患者と家族の会北陸支部担当の成田さんがいた。彼と一緒に横断幕の準備や、会場設営を行った。

実は、これで、今回の私の仕事はほぼ終了した。私は、相談の対応はまだできないので、成田さんと酒井さんが相談するのを後ろで聞く係なのだ。あとは、新幹線代を無駄にしないよう、聞きながら勉強である。

さて、今回、相談会を開催するにあたって、マスコミへの宣伝として、2つのことを行った。

1つ目は、地元の新聞への掲載である。当日の北日本新聞朝刊に、相談会の紹介記事を載せていただいたのである。一面トップ記事ではなく、地域面の、段組みの1段のうち1/3程度の小さい記事だったが、成田さん曰く、紹介記事としては大きい方だいうことだった。個人的には、殺人事件や強盗事件などを大きく載せるぐらいなら、アスベスト被害相談会の記事をどかんと載せた方が人のためだと思うが、なかなかそうはいかないようだ。

2つ目は、NHKの取材である。相談はその日の夕方まで受け付けていたのだが、その午前の様子を撮影して、12:00のニュースとして流していただいたのだ。そのニュースは、原稿を書いている2023年8月23日現在、webで見られたので、ぜひチェックしてみてほしい。

さあ、その効果はどうだったのか。

相談者は、総勢4名だった。

私は少ないなと思ったが、成田氏の感覚としては、コロナで期間も空いたし、まあこんなものということらしい。ただ、今回、事前に記者会見せず、報道陣に宣伝してなかったそうで、反省されていた。それをやっておけば、もっと相談が来ただろうとのことだ。

各々の相談内容についてだが、簡単にまとめると、1名は建築に関わる仕事をしていて、中皮腫と診断され、今後に関する相談、2名はアスベストとは関係ない相談、1名はどういった内容だったか聞けていない。今回は、半分以上がアスベスト疾患とは関係なさそうな相談だったが、相談会としてはそれでいいのだと思う。相談するまでアスベストと関係ないのかはわからないことが多いし、そもそもアスベストと関係なくても、本人が何かで困っているのは確かだろうから、自分で抱えずに気軽に相談してきてほしい。実際に相談を受けていないものが、偉そうに何をぬかすと怒られそうだが。

また、直接訪問か電話かで言うと、訪問2名、電話2名だった。私は電話の方が多いだろうと思っていたので、これは意外だった。やはり対面の方が話しやすいのだろうか。もしくは、電話で相談できるような人は、相談会を待たず、安全センターなり支援団体なりにさっさと連絡を取るのかもしれない。

まとめると、相談に来た人数はそれなりだったものの、事前の根回しをもう少しやっていれば、もっと人が集まったかもしれないということである。成田氏もNHKのニュース上でコメントしているが、富山県はアスベスト関連で労災認定された方が少なく、労災になるのか何なのかわからないままになっている人がかなりの数いると予想される。そういう方に来てもらうために、告知の方法や、気軽に来れるような工夫、アスベストに関心を向けてもらうためのお知らせ等を考えていく必要がある。

3.講演会 目標は気軽に相談される人

講演される中島喜章理事

当日の午後1時からは、中皮腫サポートキャラバン隊の一員でありながら、自分も中皮腫の罹患者である、中島理事、右田理事長両名の講演会があった。

中島理事からは、ご自身の半生と、自分の腹膜中皮腫に対して、どのような治療をして、どういう効果があったのかという話をしていただいた。

彼は医師であるが、自分が肺がんの患者に施していた治療を、自分にしてもらうことになるとはなあという話を、微笑みながら淡々と話されていた。

右田理事長からは、中皮腫の治療について、その概要と、実際に治療を受けた時の体験談を話していただいた。
治療に関する部分は、おそらく右田氏自身がもともと医療に関して素人だったからだと思うが、全然知らない人向けに、かなりわかりやすく説明されていた。また、その説明や、自身の抗がん剤の副作用の話などを、冗談を喋っているみたいに明るく話されていた。

両名とも、現在の医療技術では治らないと言われている病気にかかっているのに、この陽気さはなんなのだろう。私が思うに、やはり、お互いの病気について励ましあえる仲間がいるのが大きいのではないだろうか。相談会のところでも、気軽に相談してほしいということを書いたが、私は、誰かに胸中を吐き出すのは、鬱々とした考えを止めて、前向きに物事を考える最高の方法だと思っている。今回の相談会では後ろに控えていただけだったが、今後、アスベストに限らず、いろんな相談を気軽にされて、こなしていけるような人になりたい。

ちなみに、右田理事長の講演の途中で、私は少し居眠りしてしまい、講演後に氏から睨まれてしまった。気軽相談マンの道はまだまだ遠い。(事務局 種盛真也)

関西労災職業病2023年8月号