建設アスベスト訴訟の現在

建設アスベスト訴訟の現在

建設アスベスト訴訟は、国との裁判上の和解や建設アスベスト給付金制度の利用により、国を相手とした解決が進む一方で、最高裁判決後も対決姿勢を続けている企業(建材メーカー)に対する闘いが続いている。
建設アスベスト訴訟全国弁護団による対企業訴訟の全国状況は次表「全国のアスベスト訴訟の状況」参照。

全国の訴訟の状況2022_1125

全国、関西の状況

建設アスベスト訴訟は、2008年5月16日東京1陣を皮切りとして、関西では2011年6月3日京都地裁に京都1陣提訴(代理人:京都アスベスト弁護団)、同年7月13日大阪地裁に大阪1陣提訴(同:大阪アスベスト弁護団)など全国で集団訴訟が取り組まれ今日に至っている。

最初の提訴から最初の最高裁判決(2021年5月17日)まで13年を要した闘いは、最高裁判決後の国による裁判によらない救済制度創設の闘いによって今年1月の国の建設アスベスト給付金制度開始と進むなか、闘いの主軸は、最高裁判決を受けてなお和解のテーブルにつくことを拒み続ける建材メーカーとの闘いというステージとなった。

かつ、これとととも、最高裁判決で救済対象外とされた屋外作業者、解体作業者の救済の実現にむけての闘いが法廷では粘り強く続けてられている。

最高裁判決や給付金制度は大きな成果であるとともに、闘いの通過点ということである。

現在、関西では京都2陣がすでに結審し来年3月23日判決予定、大阪2陣・3陣が12月12日に結審し「来年3月末に判決期日指定」となった。

大阪2陣・3陣(代理人:大阪アスベスト弁護団)結審日に原告を代表して陳述をされたO氏と弁護団を代表して陳述された村松昭夫弁護団長の意見陳述書を稿末に紹介する。すべての原告の想いと建設アスベスト訴訟の闘いの現在的焦点を理解するための一助にしていただければと思う。

関西1陣(代理人:アスベスト訴訟関西弁護団)は先行訴訟に相当遅れての提訴(2020年12月21日)となったが、これまでに今年12月提訴予定の被害者単位4名を含め13名となり、来年のさらなる提訴に向けて鋭意準備中だ。関西弁護団は香川訴訟(被害者単に3名)も担当している。

全国各弁護団と原告団は建材メーカーの責任追及と救済の幅の拡大を目指して、日夜奮闘を続けている。当センターは今後とも被害者、弁護団とともに建設アスベスト訴訟に微力を捧げる決意である。

現在までに提訴した被害者などの総数は次表の通り(建設アスベスト訴訟全国弁護団による)。

建設アスベスト訴訟進行状況・原告数・死亡者数等(2022年6月現在)

O氏意見陳述書 2022(令和4)年12月12日

  1. 原告のOです。現在67歳です。
    私は、大学を卒業してすぐ、株式会社オクジューに就職し、ビル、店舗など、大型建物の内装工事の施工管理をしてきました。
    施工管理の一貫で、建材の発注作業も行っていましたが、まさか自分が発注している内装材に、人を死に追いやる物質が含まれているとは思ってもいませんでした。
    建設現場では、全ての職人が、将来病気になるとは夢にも思わず、より良い建物をつくろうとの思いで、一日中、埃まみれになって働いていました。
  2. 私は、今から5年ほど前、62歳の時に、悪性胸膜中皮腫の診断を受けました。医者からは、「何もしなければ余命6か月くらいです。肉腫型なので手術もできません。」と言われました。奈落の底に突き落とされたようなショックでした。家に帰ってインターネットで調べても、医者が言ったとおりの情報しか出てこず、絶望的な気持ちになりました。妻や娘2人も強いショックを受けていたようでした。何度も家族会議をして、娘らが「少しでも長生きしてほしい。辛いかもしれないけれど治療を受けて欲しい。」と言ってくれました。この言葉に励まされ、家族のためにできる限りのことをしようと決意しました。
    中皮腫と診断されてからは、効果が期待できる治療は全て試してきました。抗がん剤治療は、何種類も薬剤を代えました。その度に吐き気や倦怠感などの強い副作用があり、止められるなら治療を止めたいというほど辛い治療でした。
    それにも増して強烈だったのは、肝臓に浸潤してきた悪性腫瘍に対するラジオ波治療です。肝臓に針を刺してがん細胞を高熱で破壊するのですが、局所麻酔で行う必要があり、針を刺す度に、これまでに味わったことのない激しい痛みに悶絶しました。あまりの痛みに暴れる私は、看護師に押さえつけられ、手術室に響き渡るほどの大声でうめき続けました。手術が終わった時には喉がからからになっていました。この手術を3度受けました。
    今は、四肢末梢神経炎に苦しんでいます。医者の説明では、オプジーボの副作用とのことです。手足の指にしびれや痛みがあって力が入らず、関節もスムーズに動かせません。字が思うように書けない、お箸がうまく使えない、ボタンが留めにくい、新聞をめくることも、飲み物をこぼさず飲むことも一苦労です。当たり前のようにできていたことができなくなっていくことに、強い不安と虚しさを感じます。
    私は元々体を動かすことが大好きで、テニスやゴルフを趣味にしていましたが、今はこれらの趣味を楽しむことも難しくなりました。
    中皮腫の診断を受けた時の勤務先は、オクジューの同僚たちと一から作り上げた会社だったので、思い入れが強く、やりがいもありました。病気にならなければ、若い従業員にノウハウを伝えたりして、70歳くらいで引退しようと思っていました。そのような時間もなく、突然退職を余儀なくされたことが心残りですし、無念でなりません。
    この5年間、いつも妻と2人の娘が支えてくれました。感謝の気持ちとともに、絶えず不安な思いをさせていることや、時間を割いて私の看病をしてくれることに申し訳ない思いで一杯です。これまでは仕事ばかりでしたので、引退した後は、旅行をしたり、家族とゆっくり過ごしたいと考えていました。しかし、病気のせいで思うように体が動かなくなり、出かけることも難しくなっています。今は、ささやかですが、家族4人でご飯を食べに行って、たわいもない話をすることが何よりの幸せです。
  3. 私たち被害者から幸せな日常を奪ったのは、国、そして、アスベストの危険性を隠し続けた建材メーカーです。
    内装材に含まれるアスベストが危険なものだと知ったのは、2年ほど前に弁護士と話をした時が初めてです。弁護士から聞いても、すぐには信じられない気持ちでした。
    というのも、メーカーがノンアスの内装材を販売し始めた頃、内装材に含まれるアスベストは大丈夫なのか、営業担当者に尋ねたことがありました。担当者は、「吹付材の青石綿は危険だが、内装材に含まれているのは白石綿だから体に悪くない。」と説明しました。そのため、私は安心して、その後もアスベストが入った内装材を使用し続けたのです。
    その担当者とは親しくしていましたので、裏切られた気持ちで一杯です。アスベストの危険性を分かっていながら、虚偽の説明をしてまでアスベスト建材を売り続けたメーカーには強い憤りを感じます。
    被害者がこれほどまで多くなったのは、メーカーが、建設作業に関わる人の命を軽視して、自社の利益のために、アスベスト製品を売り続けたからです。メーカーに責任があることは、すでに最高裁が認めています。それなのに、一向に解決に向けて動こうとせず、責任を否定し続けるのはなぜなのでしょうか。時間をかけることにどんな意味があるのですか。
    メーカーが争い続けているこの瞬間にも、私たち被害者の体は病気にむしばまれていきます。ついこの間、この法廷で証言した原告たちも次々と亡くなっています。皆、次は自分の番かもしれないという死の恐怖や焦りの中で生きています。毎晩、明日の朝目が覚めるだろうかという不安に苛まれます。私たちの体が元に戻ることはありませんが、せめて、生きているうちに、メーカーから誠意ある謝罪を受けたいです。
    建材メーカーには、責任を認め、速やかに謝罪と賠償に応じるよう強く求めます。
    裁判所におかれましては、私たちが受けた悲惨な被害を酌んだ公正な判決をお願いいたします。

関西建設アスベスト大阪訴訟2陣・3陣の結審にあたって
村松昭夫(大阪アスベスト弁護団長)

意見陳述の最後に、もう一度、建設アスベスト訴訟の到達点と本件訴訟における主要な争点を確認し、そのうえで、裁判所に留意していただきたい点、及び、被告らと裁判所に対する要望を述べさせていただきます。

1.建設アスベスト訴訟 の到達点 と残された 主要な 争点

昨年5月、最高裁は、建材メーカーらの警告表示義務違反と、各被害者ごとに原因者として特定された建材メーカーらが、民法719条1項後段の類推適用によって連帯責任を負うとする判断を示しました。これにより、各高裁判決によって責任が認められていた建材メーカー10社(エーアンドエーマテリアル、神島化学工業、日鉄ケミカル&マテリアル、大建工業、太平洋セメント、ニチアス、日東紡績、バルカー、ノザワ、エム・エム・ケイ)の賠償責任が確定しました。また、今年2月には、九州1陣訴訟において、外装材メーカー(ケイミュー、ノザワ)の責任を認めた福岡高裁判決を是認する最高裁決定も出されました。そして、これら最高裁の判断を前提に、今年4月、5月には、北海道訴訟において2つの判決も出されています。その一方で、6月には、解体作業に対する警告表示義務を否定する最高裁判決も出されました 。

以上を踏まえれば、残された主要な争点と今後判決で克服されるべき点は、以下の通りです。

まず、シェアを基にした確率計算によって各社が製造販売した石綿建材の現場到達事実、ひいてはシェア上位企業、主要原因企業を判断するにあたって残された主要な争点は、①競合建材と言われるものをどう見るか、②シェア何%を採用すべきかの2点です。次に、③建材メーカーらの責任期間の始期とばく露期間の終期はいつか、それとも関連して、④集団的寄与度をどのような枠組みで何割とみるべきかが問題となり、さらに、⑤最高裁判決の射程範囲や作業実態との関係で外装材メーカーの責任の有無と、⑥解体作業に対する警告表示義務の有無も残された争点です。

2.裁判所に留意していただきたい点

そこで、次に、こうした争点を判断するにあたって裁判所に留意していただきたい点を、2点述べさせていただきます。

一点目は、建設アスベスト訴訟の特徴を踏まえた判断をしていただきたいという点です。本件被害者らが、石綿建材からの粉じんによって、中皮腫などの石綿関連疾患にり患したことは明白な事実であり、これが本件の出発点です。ところが、被害者らは、長期に亘って多数の建設現場で、多くは自ら建材選定に関与しないなかで多種多様な石綿建材に遭遇しましたが、建材メーカーらが建材に石綿が含まれていることさえ明示しなかったことから、自らの病気の原因となった石綿建材やそれを製造販売した建材メーカーを特定することが、通常の立証方法では極めて困難である、これが本件の最大の特徴であり、建設アスベスト訴訟の10数年は、この困難を克服してきた歴史でもあります。

最高裁が、各石綿建材の種別ごとのシェアを基にした確率計算によって現場到達事実、ひいては責任を負うべき建材メーカーを特定するという原告らの立証手法の正当性を認め、被害者らの具体的な供述を事実認定の基礎にできると判示したのも、本件のこうした特徴を踏まえたものです。

二つ目に留意していただきたい点は、机上の議論ではなく、建設現場で実際に作業を行なった被害者らの具体的供述や設計図書等を踏まえて、建設現場での石綿使用実態、加工の実態を判断していただきたいという点です。そのことで、天井材における競合建材に関しても、外装材の加工の実態、吹付材の使用実態に関しても、何が真実か、自ずから明らかになります。

3.司法の役割をいかんなく発揮した司法

最後に、被告らと裁判所に対しての要望を述べます。

被告らは、石綿建材を製造販売するにあたってその危険性にについついてて警告することが強く求められ、それが容易であったであったにもかかわらず、自らの利潤追求を最優先して、長期に亘って警告義務を怠り、建設現場において大量かつ深刻なアスベスト被害を発生させました。最高裁判決において裁かれたのは、被告らのこうした許しがたい加害の事実です。

ところが、被告らは、最高裁判決後も、依然として自らの利潤追求を最優先して、被害の早期救済を拒み続けています。このことは、被害発生においてばかりか、最高裁判決が出され、それに基づく被害の早期救済が強く求められている現局面においてもなお、生命や健康よりも経済的利益を最優先する姿勢をを取り続けている、そう言わざるを得ないものです。そして、それは、生命や健康を最上位に位置付ける現行憲法の価値序列から著しく乖離する許しがたい姿勢であり、このことは、被告らがどんな理屈を持ち出しても決して合理化できるものではありません。加害者が、被害者に謝罪しその被害を償う、このことは、被告らが現代社会においてに存在し続け続ける以上、最低限の責務ではないでしょうか。

去る11月22日には、神奈川1陣差戻審の結審にあたって、判判決日が来年5月19日に指定されるとともに、本件は和解による解決が望ましいとして和解勧告が行われました。

本件の結審にあたっても、原告らは、和解勧告の和解勧告の対象となった被告らが、乗り越えねばならない諸課題はありつつも、裁判所の和解勧告を真摯に受け止め、早期解決を決断し、和解協議に誠実に応じることを強く求めるものです。

また、被告らが今なお被告らが早期解決に後ろ向きである現状においては、司法には、人権救済の最後の砦として、被害者救済、人権擁護の役割をいかんなく発揮することが強く求められています。

本裁判所が、建設アスベスト訴訟の到達点を踏まえることはもちろん、最高裁判決の不十分点や不当な部分の克服も含めて、被害者の早期の全面救済に資する判決を出されること出されること、このことを原告らの総意として要望して、まとめの意見陳述とさせていただきます。

関西労災職業病2022年11-12月538号