なぜ進まない農作業の労災事故対策/死亡270人/年なのに安全衛生置き去り

ほんとうは農作業中の労災死亡が一番多い

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図1の左の円グラフをみてほしい。

厚生労働省が公表した2020年(令和2年)の労働災害による死亡者数802人の業種ごとの内訳を示したものだ。業種の分け方は、現在進められている第13次労働災害防止計画で重点とされた業種ごとに分けられ、林業、製造業、建設業、陸上貨物運送業、第三次産業、そしてその他となっている。

本稿でテーマにしたいのは、農業従事者の作業中の災害だ。

厚労省のデータの「その他」は60人となっているが、その内訳の「農業」を調べると17人となっていたので、これを単独でグラフに追加して、「その他」は43人とした。ちなみに林業は就業人口がわずか5万人程度なのに死亡者数は36人とその多さが際立っており、政府の労働災害防止計画で重点業種として指定されているためもともと単独で表示されている。

ところでこの厚生労働省の死亡災害件数の数字はどこから出てくるのだろうか。厚生労働省は死亡災害の集計について次のように説明している。

「労働者死傷病報告等を契機として、所轄労働基準監督署が調査により死亡労働災害を把握した際に作成する『死亡災害報告』により集計したもの。」

死傷病報告の対象となるのは、労働安全衛生法で保護の対象とされている「労働者」なので、「事業または事務所に使用される者で、賃金を支払われる者」(労働基準法第9条)が業務上死亡した人数ということになる。それが農業については17人だったということだ。

ところで、農作業による死亡については、もう一つの集計が公表されている。農林水産省が公表している「農作業死亡事故調査」の数字だ。この統計で最も新しいのが2020年(令和2年)で、こちらの方はなんと270人となっている。この数字はどうやって出てきたかというと、人口動態調査で収集された死亡小票の情報をもとに集計したものだという。つまり、労働者としてだけではなく、自営農家としての農作業従事中など、すべての農作業死亡事故の件数ということだ。

270人ということは、労働災害防止対策で重点業種とされる災害多発業種である建設業の258人を上回っている。就業している人数を調べると、建設業の就業者数はここ10年ほどは500万人前後で推移している(「労働力調査」による)。一方。農業就業人口はというと近年減少し続けていて、200万人を下回って久しく、2020年になると第1種兼業農家を含めても150万人程度となっている。(図2参照)つまり、労働者であるなしに関わらず就業人口あたりの死亡者数は、断然、農業のほうが多いということになる。このことをグラフで示したものが図3(農水省作成)である。農業従事者についてどの数字をとるかで数字は変わるが、ダントツで多いのは間違いがない。

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労働者は労働安全衛生法で守られるが

こんなに農作業死亡事故が多いのに、テレビや新聞で社会問題として扱われたためしがないのはなぜだろうか。

まずは、なんといっても農作業従事者の多くは労働安全衛生法が適用される労働者でないということである。労働安全衛生法は、労働基準法と相まって「労働者」を守るため、「事業者」を規制する。だから規制が遵守されなかったら事業者の責任が問われ、規制に問題があれば、行政や立法が問われることとなる。

労働基準監督署が全国もれなく常設され、労働基準監督官が職権で取り締まりにあたり、折にふれ安全衛生対策の啓蒙活動が行われている。労働者の権利は法令により守られているのだから、もし棄損され損害が生じたらしかるべく事業者や取り締まる権限を持った当局を追及することができる。

これに対して自営で農業に従事する農作業者は、あくまで自己責任だ。トラクターに乗るときにヘルメットを着用し、シートベルトをし、安全フレームを立てる。労働者なら当り前で最低限の「事業者が講ずべき措置」が義務とはならない。

結果として事故が起きて作業者が死亡したとき、明確な加害者がいない限り、自己責任としか言いようがない。原因を追究して再発防止につなげるなどの作業はまず行われない。

少し前まで、労働者が働いている職場で一人親方や下請けの事業主など、労働者ではない人が働いていても、労働安全衛生法による災害防止措置の義務はないとされた。つまり労働安全衛生法はあくまで「労働者」の保護のためのもので、一緒に働いていても適用されないという解釈がされてきたからだ。しかし昨年5月17日の建設アスベスト訴訟最高裁判決は、労働安全衛生法第22条の「事業者は、次の健康障害を防止するため必要な措置を講じなければならない。」という条文は、労働者だけでなく、同じ場所で働く労働者でない者も保護する趣旨との判断を示した。

この判決により厚労省は、これまでの解釈を改め、労働安全衛生法第22条に基づいて定められている11の省令について、作業を請け負わせる一人親方等や、同じ場所で作業を行う労働者以外の人に対しても労働者と同じ措置をとる義務を負うものと改正した。施行は来年2023年4月1日とされている。

今回の改正は、第22条で定めた危険有害な作業に限っての改正であり、たとえば第20条の機械等による危険を防止するための措置など他の措置義務は中長期的な検討課題として見送った。それでもこれまでの労働者だけを特別扱いした義務からは大きく進むこととなった。「安衛法が人体に対する危険がある作業場で働く者であって労働者に該当しない者を当然に保護の対象外としているとは解し難い」(令和3.5.17最高裁判決)という判断はまったく市井の常識といえるだろう。少なくとも労働者が働く労働安全衛生法が適用される場所では、「労働者ではない者」も規制の対象となる道が開かれたわけだ。(図4参照)

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しかしである。労働者が一緒に働いているわけではない職場は、誰も措置を講じる義務はない。自己責任という言葉以外はなく、あとは「気をつけて」という言葉が周りから掛けられるぐらいのことだ。たとえば刈払機を使って草刈りをするとき、労働者ならまる1日6時間の安全衛生教育の実施を厚生労働省は事業者に勧奨している。どれだけの自営の農業従事者が、この安全衛生教育を受けるかまたは同等の知識を習得したうえで作業を行っているだろうか。それでも誰からも問題視されることはないのである。

データさえ存在しない
農業従事者の労働災害発生状況

労働安全衛生法は、労働基準監督署長が事業者や労働者などに「必要な事項を報告させ、又は出頭を命ずることができる」(第100条)となっていて、労働災害が起きたとき事業者は「労働者死傷病報告」を労働基準監督署長に提出する義務がある。届け出られた報告をもとに個別の対応があったり、集計されたデータをもとに、労働災害を防止するための諸施策が検討され、ときには省令や法律の改正につながったりする。

しかし農作業による災害は、ほとんどの場合に報告の対象とはならない。報告義務があるのは、その作業者が労働者であった場合だけだ。

それでも農作業事故の多発状況が厳然としてあることから、集計が可能であった死亡件数について、毎年農水省がホームページに掲載しているのが、最初の270人の死亡という数字だ。

この貴重な情報の経年変化を示したものが図5だ。ここ10年、農作業事故死亡者は300人超からやや減少傾向になっていて、2020年が270人となる。ただ、前に述べたように、農業就業者数自体が減っているので、これは決して事故が減少したとはいえない。

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問題はこの死亡者数の年齢構成だ。2020年の270人のうち、229人が65歳以上、84.8%を占めている。普通の労働災害統計ではまずあり得ない分類の80歳以上は、なんと95人、35.2%となっている。この傾向は続いていて、65歳以上は80%台をずっとキープしている。80歳以上の割合も3割以上で推移し、274人の死亡だった2018年など、144人と半分を超えている。

どんな農業従事者が被災しているか

いくら高年齢者の就業機会の確保が話題になる昨今でも、労災死亡の大半を高齢者が占める業種とはいったいどういうことだろうか。高齢者が多いことについて、これ以上の分析はやりようがない。なぜなら死亡者の属性について、細かい情報が得られないからだ。たとえば作った農産物を販売し、それだけで生計を立てている専業農家の従事者はどれぐらいいるのか、普段は会社に勤めていて、土日などに集中して作業をする兼業農家の従事者はどうかというようなことは情報がないので分析がしようがない。

ただ高齢者が多いということから推測できることはある。65歳ぐらいまでのいわゆる現役時代を雇用労働者として過ごし、定年退職後に本格的に農業に時間を割くようになった農業従事者や、一部の時間を農作業で過ごすようになった農業従事者が相当数いることだ。現役世代のようにフルタイムで働く農業従事者が死亡事故の多くを占めているわけではなさそうだ。

それでは死亡事故はどんな事故だったのだろう。こちらの方は人口動態調査の死亡小票等からの情報で、農水省が分析を行っている。要因別の死亡災害発生状況(令和2年)は図6のとおりだ。

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農業機械作業によるものが186人で全体の3分の2を占め、なかでも乗用型トラクターによるものが81人で3割を占める。ついで多いのが歩行型トラクター(いわゆる耕運機)で26人などとなっている。乗用トラクターによる災害の原因別分類では、転倒・転落が53人と、これだけで65%を占めている。

乗用トラクターは車輪が4輪で、普通の自動車と安定性は変わらないようにみえる。しかし、ただの移動や運搬が目的なのではなく、不整地を走行し、ロータリーを回して耕うん作業などをするわけで、その挙動の特性から転倒の危険は大きい。加えて乗用車などが通ることはない作業道等の農業インフラの不備も要因としてあげられる。

転倒・転落対策として高い効果があるのは、座席を丈夫なキャビンやそこまでいかなくても安全フレームを立て、シートベルトを着用することだ。しかし、乗用車がシートベルトの装着や着用が法令で義務付けられているのに対し、トラクターにはそんな規制はない。最近になって、農水省と農業機械メーカーの取り組みで、すべての機種にフレームとシートベルトの装着が進められているが、そもそも自営農業者のトラクターの耐用年数は非常に長く、すべてのトラクターに装着という状況にはほど遠いのが現状だ。

かくして安全フレームを倒したまま作業をしたり、シートベルトに至っては滅多に着用している作業者をみかけないなどということになるのだ。

農作業事故が減らないわけ

法令による規制がないために、機械の側の安全装置の充実が阻害され、なにより作業者自身の側に安全対策上の行動が任され、結果は自業自得としかならない。農作業の安全対策の常識は未確立なままで、たとえば普通の産業では常識にさえなっている5SやKYTの取り組みなどは無縁とさえいえる。結局、ケガをしても不注意だけを原因と考えてしまう。

農作業安全総合推進協議会が昨年作成した「農作業安全指導マニュアル」では、法律や制度以外の「農作業事故が減らない理由―多くの農業者に見られる傾向」として次のような行動・思考パターンをあげている。

  • 田畑の端のギリギリまで機械で作業する
  • 田畑に隙間が少しでもあれば余った種や苗を植える
  • 暗くなっても「あと少し」と頑張ってしまう
  • 作業や作物の生育状況等が近所より遅れることを強く気にする
  • 「農業機械に安全性を求めると不細工なカバーが付いて使いづらくなり、値段が高くなる」と思っている
  • 作業中にケガをすると自分の不注意だけを責める
  • 高齢になるほど、家族の制止を聞かなくなりがち
  • 事故調査は「他人の不幸に首を突っ込む」いけないこと
  • 事故を起こすと自分の不注意だけを責め、黙り込んでしまう

農作業に従事する人なら身に覚えのある項目がいくつもあるのではなかろうか。ある県の職員が事故の聞き取り調査を行った際、近所の農業者に「人様の不幸に首を突っ込むものじゃない」と𠮟られてしまったというエピソードも紹介されている。

高齢の作業者が可愛いお孫さんが喜ぶからとトラクターに一緒に乗せて作業をする、田植機が田から出るときに前輪が浮かないようにボンネットに補助者がしがみつく、火が付いたタバコを加えながらガソリンを給油する…。とんでもない生命に関わる危険作業が何の悪気もなく自己責任で行われてしまう。ヘルメット、安全靴などの保護具の着用は、ほとんど進まない。農業における作業者自身の安全意識は、全産業のなかで最低であることは間違いがない。

労災保険の特別加入はうまく機能しているか

労災保険の制度は労働者を適用事業としているが、労働者以外であっても特別加入の制度を設けることにより、保護の対象を広げている。もちろん農業従事者についてもこの制度の適用がある。

まず、自営の農業で労働者を使用しているなら、普通の事業場と同じく、労働者は当然適用となり、事業主やその家族従事者は「中小事業主等」として加入することができる(労災保険法第33条第1号、第2号)。

労働者を雇用せず、自分と家族従事者だけで経営する農家の場合は、「特定作業従事者」として加入することができる(労災保険法第33条第5号)

この農業の特定作業従事者としての加入には2種類ある。一つは「特定農作業従事者」で、要件は次のとおりだ。

自営農業者(兼業農家を含む)で、年間の農業生産物総販売額が300万円以上または、経営耕地面積2ヘクタール以上の規模であり、次に示す農作業に従事しているもの。
①トラクター等の農業機械を使用する作業
②2メートル以上の高所での作業
③サイロ、むろ等の酸欠危険のある作業
④農薬の散布作業
⑤牛・馬・豚に接触し、又は接触するおそれのある作業

もう一つは「指定農業機械作業従事者」で、要件は次のとおり。

農業者(家族従事者などを含む)であって、次の機械を使用し、土地の耕作、開墾または植物の栽培、採取の作業を行うもの。
①動力耕うん機その他の農業用トラクター
②動力溝掘機
③自走式田植機
④自走式スピードスプレーヤーその他の自走式防除用機械
⑤自走式動力刈取機、コンバインその他の自走式収穫用機械
⑥トラックその他の自走式運搬用機械
⑦次の定置式機械または携帯式機械
 ・動力揚水機   ・動力草刈機
 ・動力カッター  ・動力摘採機
 ・動力脱穀機   ・動力剪定機
 ・動力剪枝機   ・チェーンソー
 ・単軌条式運搬機 ・コンベヤー
⑧ 無人航空機
(農薬、肥料、種子、もしくは融雪剤の散布または調査に用いるものに限る。)

特定農作業従事者は販売額が300万円以上または経営耕地面積2ヘクタール以上なので、専業か兼業であっても相当な労働時間を投入するであろう本格的な農家が対象といえるだろう。これに対して指定農業機械作業従事者は、規模の条件は設定されておらず、機械が網羅されているだけである。2015年にドローン(無線航空機)が追加されるなど、農業で使用可能性のある機械はほぼそろっている。

労災保険率は、2022年現在で農業が13/1000となっているので、中小事業主としての特別加入はこれが適用され、特定作業従事者の保険料率は、特定農作業従事者が9/1000、指定農業機械作業従事者が3/1000となっている。たとえば給付基礎日額を1万円として加入した場合、特別加入者の年間保険料は365万円×保険料率となるので、中小事業主としての加入なら47,450円、特定作業従事者は32,850円、指定農業機械作業従事者は10,950円ということになる。

もし兼業で農業を自営していて、日常は他の産業の労働者として勤務し、合間に農業機械を操作するという従事者なら、一昨年9月からは複数事業労働者給付の制度が施行されているので、指定農業機械作業従事者として最低額の3,500円で加入手続きをとっておくという選択肢もあり得ることとなる。この場合、年間保険料は3,832円ということになる。もちろん、特定作業従事者の特別加入は、特別加入団体を通しての加入なので、保険料に事務手数料等がプラスされることとなるが、かなり現実的な労災保険の適用ということにならないだろうか。

農業に従事し、労災保険特別加入をしている人はどれぐらいいるだろう。厚生労働省のホームページに掲載されているデータによると、2020年度末現在で、中小事業主等としての加入者は14,725人、特定農作業従事者は65,556人、指定農業機械作業従事者は29,934人となっている。農業従事者の全数から考えると、わずかな加入者数といえるのではないだろうか。

二つの特定作業従事者の特別加入団体はそれぞれ全国に400程度あるようだが、その活動状況は地域格差が激しいようだ。たとえば大阪府は、ひとつも団体が設立されていない。また、複数事業労働者給付との関連などにより、制度活用がしやすくなっている状況は、現在のところまったく活かされてはいないといえる。

特別加入団体自体の設立はされているわけだから、具体的な加入のシミュレーションを示すなど、現実の農作業従事者に見合った加入を促進するツールを提供するなどの取り組みが進められるべきだろう。また、最低限都道府県全体をカバーする団体を計画的に配置するなどの努力が行われたら状況は変わるかもしれない。

農業労働災害を防止するために必要なこと

農業における労働災害を防止するために必要なこと、不可欠なのにできていないことは色々ある。

まず何といっても農作業による労働災害のデータを集めて現実を顕在化させることだ。農林水産省や外郭団体である農研機構(国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構)では、農作業死亡事故以外に、傷害共済加入者で農業機械による事故で給付を受けた者についての調査、農業機械メーカー等から提供された事故情報を取りまとめるなどを行い、ホームページ上でその結果を公表している。

しかし労働安全衛生法の労働者死傷病報告のような義務付けによるデータのように、全体像を把握できるような情報集積は不可能な状況だ。全国津々浦々にある農業団体の営農部門で、情報が吸い上げられるシステムを作れないかなど、もっとバリエーションを増やした対策があってもよい。

万が一の補償制度を労災保険の特別加入制度を活用することによって、本格的な農業従事者だけではなく、自給的農家といわれるかつての第2種兼業農家にも普通に浸透させるような取り組みができないだろうか。そうすれば補償制度とともに労働災害防止の努力もセットで進めることができる。

農作業死亡災害を減らし、本当の労働災害死亡者数削減へ、可能な取り組みを進めよう。

関西労災職業病2022年11-12月538号