建設アスベスト訴訟-原告と基本合意、「建設アスベスト給付金法」が成立
最高裁判決から謝罪へ
2021年5月17日、建設業に従事し、建材から発生したアスベスト粉じんにばく露したことで中皮腫やじん肺に罹患した方々の健康被害に対する賠償を求めた訴訟について、最高裁判所から国と建材メーカーに責任を認める判決が言い渡された。
これを受け、翌日には総理大臣が原告や弁護団と面会し、「長きにわたるご負担や苦しみ、最愛のご家族を失った悲しみについて、察するにあまりあり、言葉もない。内閣総理大臣として責任を痛感し、真摯に反省して、政府を代表して皆さんに心よりお詫びを申し上げる」と謝罪した。
さらにその日のうちに、原告と弁護団らは、与党建設アスベスト対策プロジェクトチームの立ち合いの下、厚生労働大臣と「基本合意書」を交わした。
「基本合意書」とは
厚生労働省のウェブサイトで、合意書の本文と、厚生労働大臣の談話が読めるようになっている。はじめに大臣談話を見ると、以下のように書かれていた。「建設アスベスト訴訟については、これまで、『与党建設アスベスト対策プロジェクトチーム』において、原告団・弁護団の方々のお話しを伺いながら、解決に向けて協議が重ねられ、昨日、取りまとめが行われました。また、管総理から、和解に向けた基本合意を、早急に締結する方針が示されました。」
すなわち、国は、建設業におけるアスベスト健康被害に対する国の責任は免れないと明らかになった時点から早期解決のために向けて原告らと話し合いを進め、最高裁判決直後に現在係争中の他の原告らのために和解を進める合意に至ったのである。「わしらはまだ本人尋問があるらしいで。解決はまだまだ先やろうな」と言っていた大阪2陣原告であったが、国との関係に限って言えば解決が目前に迫っている。
和解の条件は、国の責任期間と呼ばれる期間中に特定の作業にてアスベスト粉じんにばく露し、一定の石綿関連疾患に罹患したことが確認されることとなっている。具体的に言うと、まず国の責任期間と作業内容については、
- 屋内建設作業(屋内吹付作業も含む)に従事した者にあっては、昭和50年(1975年)10月1日から平成16年(2004年)9月30日までの間
- 吹付作業に従事した者にあっては、昭和47年(1972年)10月1日から昭和50年(1975年)9月30日までの間
となっており、基本的には屋内作業で昭和50年10月1日~平成16年9月30日までの期間にアスベスト粉じんにばく露したということだが、吹付作業に限ってはもう少し早く、昭和47年10月1日以降の作業である。
次に一定の石綿関連疾患とは、
- 石綿肺
- 中皮腫
- 肺がん
- びまん性胸膜肥厚
- 良性石綿胸水
で、それぞれの賠償額も下の表とおり記載されている。
もっとも、この合意で述べられていることは最高裁判決の2021年5月17日以前に提訴されている同種の裁判の原告についてのみの原告に対する和解である。基本合意書の別紙に「訴訟事件目録」が付いていて、北海道から九州までの40件の訴訟リストが挙げられている。
これで裁判を提起した多くの原告について、その苦労が報われることになるが、基本合意書の定める補償の範囲は訴訟を提起した人に限定していない。再び大臣談話に戻ると、「また、すでに石綿関連疾患を発症し、あるいは将来発症する方々も、多数いらっしゃるものと認識しております。こうした方々に対する給付制度の実現のため、与党における法案化に、最大限協力してまいります」と述べられている。これに関して合意書本文においては、「令和3年(2021年)5月17日時点で未提訴の被害者に対する補償」という項目を設け、現在係争中の原告だけではなく、上述の条件にあてはまる方についても補償できる制度を設けるよう法律を制定するよう国が協力すると約している。
「建設アスベスト給付金法」の成立
そして成立した法律が「特定石綿被害建設業務労働者等に対する給付金等の支給に関する法律」、建設アスベスト給付金法である。5月18日の合意書を受けて、約半月で法律が成立し、具体的に被害者への賠償制度が確立した。これによって被害者やその家族は、国への賠償請求のためにわざわざ訴訟を提起しなくてもよくなったのである。ただし、法律は制定されたものの、施行は「交付後1年内で政令で定める日」となっており、これから細かい規則など決めなくてはならない。現時点で22条からなるこの法律から分かることは、
- 給付額は基本合意書のとおりである。
- 遺族に対する給付金の支給対象者は、配偶者(内縁含む)、子、父母、孫、祖父母又は兄弟姉妹であり、受給資格順位もこの通りである。
- 該当する被害者に自動的に支払われるものではなく、本人あるいは上記遺族が請求し、特定石綿被害建設業務労働者等認定審査会の審査を経て厚生労働大臣が認定を行う。
- 疾病の診断を受けたときや死亡したとき、管理区分決定を受けた日から起算して20年を経過した事案については支給しない。
ということである。
認定審査会がどのような組織になるのか条文には記載されていないが、厚生労働省設置法6条2項に根拠がおかれているため、同項に列記されている「旧優生保護法一時金認定審査会」や「ハンセン病元患者家族補償認定審査会」と同じように考えると、1か月に1度非常勤の認定委員が5名程度集まり、担当部局が事案を紹介しながら1件ずつ「認定・不認定」の審査をしていくものであると予想される。そうなると石綿関連疾患を抱えて業務上疾患として認められている、というだけでは支給の対象にはならないかもしれない。なぜなら、支給対象となる作業は屋内作業であるが、労災請求時には労働基準監督署も、被災者の職業について建設業であることが確認できて、石綿ばく露が一定程度推認できれば業務上災害として認定することもできるためである。また、被災者救済の観点から早期決定を追及しているために、被災者の作業が屋内であるか屋外であるかなどそれほど注意して調査が行われることがないかもしれない。その結果、屋内作業であることが明らかではないとして不支給の決定が下されるおそれがある。逆に請求さえあれば、屋内で作業を一切行っていないという積極的な証拠がない限り、もれなく支給するという方針があれば良いのだが、そのような方向で制度が構築される保証はない。
信頼のできる弁護団を頼ろう
名前と振込先を記入すればよいだけではなく、屋内作業証明が必要ということで、どうやら難しそうな手続きだ、となってくると、この法律に基づいて請求する際に、弁護士に依頼する被災者や遺族も出てくるかもしれない。とりわけ遺族については、父親や夫が大工をしていたことを知っていても、どの現場でどのような作業をしていたかというようなことまで詳しくないことが常である。
とはいえ、弁護士であっても故人の知り合いでもない限り証明まではできない。また、国からの賠償制度が確立しても、同様に健康被害に対して責任を負うべき建材メーカーからの補償について何ら枠組みが定まったわけではない。これについて大阪2陣原告のひとりは、「元気な体で、仕事をして、家庭を築き、子供の成長を見守りながら、日々喜びを感じて生きていきたかった。そのような普通の生活がしたかったのです。石綿粉じんにばく露してきた28年ほどの過去をどうにかしてリセットできないかと考えることもあります。原告で亡くなっていった方のことを思うと切なくなります。このような切実な問題を、国や被告企業には謝罪をしてもらい、救済基金制度を設立するという形で誠意を示してもらいたいです」と言っている。被災者に対して正当な補償が行われるためにも、今後も法廷などで闘いは続いていくのであるから、頼るべきはアスベスト訴訟の経験が豊富で、建設現場のあらゆる作業にまで通じた弁護団である。
関西労災職業病2021年6月522号
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