非常勤職員の災害補償/災害補償条例の「補償基礎額」という大問題
地方自治体に勤めていて被災したのに地公災基金の補償対象とならず、 労災保険も適用されない、 地方公共団体の非常勤職員は、団体ごとに定められた条例により補償されることは前号で述べた。補償内容は、地公災法や労災保険法との均衡を失することのないように、 複雑な各給付内容を規定した条例をそれぞれの小規模な団体ごとに制定、 運用されることにより、多くの問題が生じていることについても述べた。
今号では、 個々の条例の内容自体にある問題点について指摘することにする。
条例の「補償基礎額」は
給付基礎日額に相当するが…
そもそも地公災基金や労災保険の対象にならない非常勤職員の災害補償の制度は、 地方公務員災害補償法の第69条で、各地方公共団体が必ず定めなければならないとされている。そのため、総務省はそれぞれの地方公共団体ごとに定めるべき補償条例の雛形を「〈参考〉 議会の議員その他非常勤の職員の公務災害補償等に関する条例(案)」として示している。 そのために日本中の地方公共団体はほとんどこの雛形と同じ文言の条例を備えているというわけだ。
均衡を失することのないように労災保険や地公災の制度が改正されると、必ずそれに準じてこの条例案も改正され、 現在は平成28年1月22日の第29次改正の改正版になっている。
この条例案の条文のうち、「補償基礎額」について規定した第5条を読んでみる。
「(補償基礎額)
第5条この条例で、「補償基礎額」とは、次の各号に定める者の区分に応じ、 当該各号に掲げる額とする。
一 議会の議員議会の議長が知事(市町村長)と協議して定める額
二 執行機関たる委員会の非常勤の委員及び非常勤の監査委員知事(市町村長)が定める額
三 その報酬が日額で定められている職員
負傷若しくは死亡の原因である事故の発生の日又は診断によつて疾病が確定した日においてその者について定められていた報酬の額 (その報酬の額が補償基礎額として公正を欠くと認められる場合は、 実施機関が知事 (市町村長)と協議して別に定める額)四 報酬が日額以外の方法によつて定められている職員又は報酬のない職員 前号に掲げる者との均衡を考慮して実施機関が知事(市町村長) と協議して定める額」
補償基礎額というのは、 労災保険でいうと給付基礎日額、 地公災なら平均給与額のことだ。 条例案で定める災害補償制度の対象となるのは、 議会の議員、 委員会の委員などに加えて非常勤職員ということになる。つまり労働基準法に定める労働者ではない職位の補償制度でもあるので、 給与や賃金ではない場合も含むため、「補償基礎額」という表現にしているわけだ。 そして条文のうちの第3号と第4号の一部が非常勤職員に該当する。 あらゆる場合を想定して、 「公正を欠く と認められる場合は、実施機関が知事(市町村長)と協議して別に定める額」とされていて、問題がないようになっている。ただ、この「公正を欠く」 はどのような時を指すのかが問題だ。
補償基礎額はなんと定額!!
災害補償の共同処理で労基法違反?
ところで、 小規模な地方公共団体がこのような条例の運用を間違いなく行うためには事務負担が煩雑になり、 誤った判断をする可能性が高くなることは誰もが考えることだ。全国のこの条例による制度がどのように運用されているかを調べてみると、 各都道府県単位で複数の地方公共団体が地方自治法で認められた一部事務組合を設立して、 共同で事務処理をしているケースが多い。
たとえば北海道では8市、 129町、 15村、107一部事務組合、合計259の地方公共団体が「北海道市町村総合事務組合」を設立し、非常勤職員の公務災害補償、非常勤消防団員の公務災害補償や退職報奨金の支払いなどの事務を共同処理している。同様の「○○市町村総合事務組合」 は全国の都道府県のほとんどで設置されていて、多くの地方公共団体が共同事務処理を行っている。
各団体の非常勤職員や議員、 非常勤の委員の実数や報酬額などに応じて負担金を徴収し、 災害が発生したときには団体の側から認定請求を行い、給付することになる。もちろんこの共同事務処理の場合には、 事務組合で1本の条例により運営されている。 そこで北海道の事務組合の条例で、 補償基礎額の規定がどうなっているかを読んでみる。 (北海道の場合は、議会の議員については、別の事務組合での扱いとなっているので、 非常勤の職員等だけの規定である。)
北海道市町村総合事務組合
町村非常勤職員の公務災害補償等に関する条例
(補償基礎額)
第5条 この条例で、「補償基礎額」 とは、次の各号に定める者の区分に応じ当該各号に掲げる額とする。
(1) 嘱託医師等 15,000円
(2) 執行機関たる委員会の委員及び非常勤の監査委員 10,000円
(3) その他の職員 5,000円
総務省の雛形とは違って、 「公正を欠く と認められる場合」 の但し書きはなく、 一律定額となっている。定額であるのは、おそらく負担金の算定との関係によるものだろう。 同事務組合の負担金条例を調べてみると、「補償基礎額及び負担金」は表1の通りだ。
ということは、「その他の職員」にあたる本庁の非常勤職員は、 実際の賃金の額に関わりなく、 労災保険でいう給付基礎日額にあたる補償基礎額が5000円に決まっているということなのだ。
もし労働基準法にもとづいて計算した平均賃金がこれを上回る非常勤職員が被災したとしても、 休業しても日額5000円の6割、3000円の休業補償と、 2割、1000円の福祉事業による休業援護金、 合計4000円が支給される。 実際の平均賃金に影響されない休業補償がなされることになり、 場合によっては使用者に6割の補償を義務付けた労働基準法第76条にさえ違反することになりそうだ。もしそのような事態を避けるためには、 各地方公共団体でこれを補う別の条例を制定しなければならないが、 そのような条例はない。
全国にたく さんある
「補償基礎額は定額」 という条例
これは北海道だけのことではない。 ちょっと調べただけでも次のように定額を定めた条例があげられる。
群馬県市町村総合事務組合
非常勤職員の公務災害補償等に関する条例
(補償基礎額)
第5条 この条例で、 「補償基礎額」 とは次の各号に定める者の区分に応じ、 当該各号に掲げる額とする。
(1) 議会の議員 8,000円
(2) 執行機関たる委員会の非常勤の委員及
び非常勤の監査委員 7,000円
(3) その他の職員 6,000円
長野県市町村総合事務組合
町村非常勤職員公務災害補償条例
(補償基礎額)
第5条 この条例で「補償基礎額」 とは、別表第1に定める額とする。
別表第1 補償基礎額表
1、 2 <略>
3 上記以外の非常勤職員 5,900円
静岡県市町村非常勤職員公務災害補償組合静岡県市町村非常勤職員公務災害補償組合補償条例
(補償基礎額)
第5条 この条例で補償基礎額とは別表第1に定める額とする。
別表第1
<学校医、学校薬剤師、議会の議員、監査委員等省略>
調査員及び嘱託員、 その他の非常勤の職員
5,500円
奈良県市町村総合事務組合
奈良県市町村非常勤職員の公務災害補償等に関する条例
(補償基礎額)
第5条 この条例で「補償基礎額」とは、次の各号に定める者の区分に応じ、 当該各号に掲げる額とする。
(1)、(2)<略>
(3) 前2号に掲げる職員以外の非常勤の職
員5,000円
2 職員が、前項各号に掲げる補償基礎額の異なる職務を兼ねている場合にあっては、 その職務に相当する補償基礎額のうち高額の補償基礎額をもって、 当該職員の補償基
礎額とする。
熊本県市町村総合事務組合
市町村非常勤職員公務災害補償条例
(補償基礎額)
第5条 この条例で、「補償基礎額」 とは、次に各号に定める者の区分に応じ、 当該各号に掲げる額とする。
(1)、(2)<略>
(3) 上記以外の非常勤職員7,000円
鹿児島県市町村総合事務組合
鹿児島県市町村非常勤職員の公務災害補償等に関する条例
(補償基礎額)
第5条 この条例において「補償基礎額」とは,次の各号に定める者の区分に応じ, 当該各号に掲げる額とする。
(1)~(3) <略>
(4) 前3号に掲げる者以外の職員 6,400円
沖縄県市町村非常勤職員公務災害補償等組合補償条例
第5条 この条例で、「補償基礎額」 とは、次の表の左欄に掲げる者の区分に応じ、 同表右欄に掲げる額とする。
<管理者等、嘱託医、議会議員、委員会の委員等省略>
前記以外の非常勤の職員 4,500円
以上は、 インターネッ トにアップされている条例を調べたうちの一部である。 とりあえず、 但し書きなしで定額となっているものをあげてみたが、他に「組合長は、補償基礎額が著しく権衡を失すると認めるときは、 補償基礎額を変更することができる。」(千葉県) というような但し書きがついているものはもっと多数派だ。
非常勤職員の公務災害補償事務の共同処理をする事務組合の条例としては、 定額での補償がほとんどといってよいのが実態だ。 定額によらない例としては岩手県市町村総合事務組合があげられる。 同事務組合の 「(4)前各号に掲げる職員以外の職員」は「当該賃金等の日額」 と規定しており、 妥当なものとなっている。他に福島県の場合は、5000円から15000円まで16段階刻みの額から地方公共団体の長が選択して年度ごとに申し出ることとしている。
多数派となっている都道府県の事務組合は、 共同処理をするという事務手続きの簡素化のため、 平均賃金という最低限守るべき労働基準法で定められた基本的な権利を無視しているといってよいのではないだろうか。 しかもこの違法状態は、 何十年もそのままになっているということになる。
非常勤職員は特別援護金なし ?
東京23特別区事務組合の不思議条例
地方公務員災害補償法は労災保険法との均衡を失しないように、 労災保険法の補償内容が改正されるとほとんど一緒に地公災法のほうも改正されることになっている。これは国家公務員災害補償法のほうも同じだ。
しかし、 公務員と民間で給付内容が少しだけ違っている部分がある。 たとえば遺族補償給付の受給権の扱いや、公務上災害として扱われる一部の通勤災害があることがあげられる。 ここでは福祉事業として給付される各種の給付金で、民間にはないものがあることをあげておく。
それは遺族特別援護金と障害特別援護金だ。公務により死亡したとき、各種の年金給付や一時金給付があるのは労災保険と同様だが、公務員の場合には、そのほかに「遺族特別援護金」が支給される。金額は配偶者や子などの場合、公務災害で1860万円、通勤災害で1055万円となっている。
障害特別援護金は、以下の表2のように、第1級が公務災害で1540万円、通勤災害で915万円となっていて、 以下14級までの支給内容となっている。これらは補償給付と同じ用紙で請求する手続きが定められていて、必ず給付がある。 国家公務員災害補償法も全く同じ内容となっている。
この援護金の制度の趣旨だが、民間の場合には企業により付加給付の制度が設けられているところがあることとの均衡をはかると説明されている。
ところで非常勤職員の場合にはどうだろうか。総務省の示す条例案は、もちろん福祉事業の内容は地公災法の水準をそのまま踏襲しているため、この援護金も間違いなく支給する仕組みになっている。ただ、各地方公共団体での条例がどう扱っているかというところに問題は行きつくことになる。
東京都の特別区は「特別区人事・厚生事務組合」を設置していていて、非常勤職員の公務災害補償も共同で事務処理を行うこととしている。前に述べた補償基礎額については全く問題が見られないのだが、なぜかこの事務組合、福祉事業の種類に遺族特別援護金と障害特別援護金が無くなっているのだ。
死亡と第1級の障害等級で最高3000万円とする見舞金制度は完備していて、非常勤職員も対象となっている。ところが、援護金だけは支給しないこととなっている。
各団体で条例のみで規定されている非常勤職員の補償制度はかくも問題が多いというこれも表れではないだろうか。
次回は労災保険の対象となる非常勤職員の災害補償問題について考えたい。
『関西労災職業病』2019年1月(495号)
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