改正労災保険法9月1日施行、複数事業労働者の賃金額合算など大きく改正
複数の事業場で働いている労働者の労災保険給付が大きく変わる労働者災害補償保険法の改正が、9月1日から施行されている(後掲の厚生労働省チラシ参照)。
これまでは災害が発生した事業場の賃金額のみが保険給付に反映されるだけだったのが、9月1日以降の災害について、働いているすべての事業場の賃金額を合算して反映させることになる。
また、複数の事業場で働いている労働者に発症した脳・心臓疾患や精神障害について、それぞれの勤務先ごとの負荷(労働時間やストレスなど)を個別に評価して労災認定できない場合、9月1日以降は、すべての勤務先の負荷を総合的に評価して判断することとした。
複数事業労働者は、それぞれの賃金報告が必要
まず、複数事業労働者の保険給付が、各就業先の事業場で支払われている賃金額を合算した額を基礎として給付基礎日額(保険給付の算定基礎となる日額)が決定されることになる。これは業務災害、通勤災害の別なく複数事業労働者であれば対象となる。あとで説明する複数事業場の業務を要因として災害についても同様の取扱いとなる。
もちろんこの取り扱いは、休業、障害、遺族、葬祭などの労災保険本体の各給付だけでなく、社会復帰促進等事業として行われる特別支給金にも反映される。
そのためこれまで使用してきた各請求書の様式には、「その他就業先の有無」欄が設けられ、該当する場合には、複数事業労働者用の別紙に他の就業先事業場の所在地などの記入が求められ、直前3か月の賃金を記載する「平均賃金算定内訳」もそれぞれ提出が求められる。
「複数業務要因災害」で増えた保険給付
脳・心臓疾患や精神疾患について、これまで労災保険の業務上外の判断は、1つの事業場のみの負荷(労働時間やストレスなど)を評価して行ってきた。そのため2つ以上の事業場で働くことにより、超長時間労働となってしまい脳疾患を起こしたような場合は、業務上と認められないという問題があった。
今回の改正では、新しく「複数の事業の業務を要因とする傷病(負傷、疾病、障害又は死亡)」についても労災保険給付の対象とすることにし、これを「複数業務要因災害」ということした。
これにより保険給付の種類が次のとおり増えることになる。
- 複数事業労働者休業給付
- 複数事業労働者療養給付
- 複数事業労働者障害給付
- 複数事業労働者遺族給付
- 複数事業労働者葬祭給付
- 複数事業労働者傷病年金
- 複数事業労働者介護給付
複数事業労働者については、1つの事業場のみの業務以上の負荷を評価して業務災害に当たらない場合に、複数の事業場等の業務上の負荷を総合的に評価して労災認定できるかを判断する。これにより労災認定されるときは、「複数業務要因災害」として上記の各給付が支給される。
なお請求書の様式は、たとえば「休業補償給付支給請求書」の場合、その表題のあとに「複数事業労働者休業給付支給請求書」が付加されている。また、災害の要因が複数の業務によるものか、いずれか一つの事業場の業務によるかわからない請求については、両方の保険給付の請求があったものとして扱い、また一方の保険給付決定を行ったときは、もう一方の請求は遡及して消滅したものとして扱うこととしている。
使用者の補償義務とは別の給付
これまで、労災保険法は労働基準法第8章に定められている使用者の災害補償義務を、強制加入の保険で担保するのが労災保険制度の基本的な枠組みで、そこに通勤途上災害についても保険給付を行うという独自の労働者保護制度が付け加わる形だった。もちろん通勤途上災害について、使用者の「補償」の義務はなく、請求書も別の様式第16号によるものとされ、各給付は業務災害の給付名から「補償」の文字がない。
今回の改正でも、新たに設けられた「複数業務要因災害」は、労働基準法の使用者の補償義務にもとづくものではなく、労災保険独自の給付とした。したがって、給付の名称に「補償」の文字はない。
このことから、保険給付の額が翌々年の保険料に影響する労災保険料のメリット制については、「複数業務要因災害」についてはいずれの事業場についても算定の基礎にはいれないこととした。これは複数事業労働者が労災事故に被災した際に給付基礎日額の算定基礎の含まれる、他の事業場についても同様の措置が取られることになっている。
この問題については、これまで一部の業種について、じん肺、騒音性難聴、非災害性腰痛、中皮腫(いわゆる「特定疾病」と呼ばれる疾病)を発症した労働者の発症原因となる業務に従事した最後の事業場について、期間が短い場合にとられた措置と同様である。ただ、特定疾病の場合は、対象となった建設業などの業種について、調整率を定めることにより、業界全体で負担することとなっている。今回の法改正は、このような仕組みは創設されることはなく、つまり業種などに関わりなくすべての事業場の負担に委ねるというかたちになる。
大きく不具合が改正される特別加入
労働基準法上の労働者は労災保険の強制加入の対象となり、複数の事業場で働くものは複数事業労働者となるが、労働者でない働き方で労災保険に加入している、つまり特別加入者はどうするか。
労働者に準じて労災保険により保護するにふさわしいとして加入を認めている趣旨から、今回の改正でも同等に扱われることとなった。つまり、1つの事業場で労働者として働き、別に自らの事業を行っていて特別加入をしている、または、2つ以上の事業で、それぞれ特別加入をしているという場合だ。
もちろん区別する必要はなく、今回の給付基礎日額の合算等も適用されることとしている。ただし、特別加入者の場合、給付基礎日額の設定が平均賃金によるものではないことから、年齢階層別の最高・最低限度額などが適用されないものとして算定される。
こうした特別加入者についての扱いは、当然のことだが、期せずしてこれまで特別加入者にとっての明らかな制度上の不具合が改正されることとなった。小規模事業場の経営者や家族従事者などは、業種をまたいで仕事を受注することが常態となる運営をしている場合が多く、また一人親方であっても複数の業務を請け負う場合が多い。これまでは、被災時に十分な補償を受けるためには、それぞれの業務について全体の収入に見合った給付基礎日額を設定しなければならず、2つの事業の場合は単純に2倍の保険料負担をする必要があった。それが今回の改正によって、万が一のときには合算されるので、実際の就業割合に応じた加入でよいということになったのである。
さらなる改正が必要
以上、今回の改正を見渡してみると、給付基礎日額の合算、複数業務要因災害、それに特別加入制度の不具合の解決と、どれも古くから問題が明らかになっており、制度改正が必要であることが分かっていながら何もアクションがなかった問題ばかりということになる。よい法律改正であることは確かだが、労災保険の対象から外れているままの、様々な職種の労働者でない働き方をする人たちの問題など、今後もさらに労災補償制度の改正へ向けた取り組みが必要といえる。
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関西労災職業病2020年11・12月516号