VDTガイドラインを17年ぶりに改正/ 情報機器作業の安全衛生はリスクアセスメントで

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厚生労働省は、 VDTガイドラインを17 年ぶりに改正し、この7月12日付けで、新たに 「情報機器作業における労働衛生管理のためのガイドライン」を策定、公表した。昭和60年に最初のVDT作業指針が公表されて以降、 33年が経過しており、 最新のガイドラインがどのような内容をもっているのか、紹介してみたい。

なお、新しいガイドラインは、長文のため誌面には掲載できないが、 厚生労働省のHPでで全文をみることができる。

ブラウン管 (CRT) が前提だった最初のVDT作業指針(1985)

いまの職場には、「今度の新入社員はパソコンもロクに扱えん」 とグチる30代の上司がいる。エ~ッ、イマドキの若い人にとってITなんてあたりまえではないの?と60代になる先輩が聞くと、キーボードで入力というのがもう古いらしい。 そういえばインターネットで何か調べるのもスマホがあれば済むし、 家に帰れば机の上にはタブレットが置いてある。ディスプレイの前に座って、キーボードでローマ字入力なんて常識外という新人もいるらしい。

総務省「通信利用動向調査」(平成30年)によれば、 世帯におけるスマートフォンの保有割合が約8割になり、 インターネットの利用者割合は13歳から59歳で90%台後半、その一方固定電話の世帯の保有割合は約6割にまで減少している。 たしかに仕事や生活で使う「情報機器」はここしばらくの間に激変している。

コンピュータが身近になり始めたのは1980年代になってからだろう。 本体とブラウン管のディスプレイ、それにキーボード、その3つが一体になったものもあった、 パーソナルコンピュータがどこの事務室にもみられるようになった。 黒いブラウン管の画面に、ボヤッとした緑色のドット文字を見ながらキーボードでデータを入力する、 というのが一般的なコンピュータ労働の姿だった。 緑色の字を見続けて作業をしていて、 たまに白い壁をみると正反対の補色であるピンクに見えるなどということもあった。 やがてワードプロセッサが普及し、 文書作成作業もコンピュータ労働に含まれるようになってくる。

このような事務職場の状況の中、労働省(当時) が1984年2月に当面の措置として「VDT作業における労働衛生管理のあり方」を公表、 さらに翌年の年末には「VDT作業のための労働衛生上の指針」 (昭和60年12 月20日基発第705号)をまとめ、公表した。VDTはVisual Display Terminalsの略で、いわゆるコンピュータ労働の安全衛生対策として、この指針が最初の指導基準ということになる。

VDT作業を「CRT(CathodeRay Tube)ディスプレイ、キーボード等により構成されるVDT機器を使用して、 データの入力・検索・照合等、文書の作成・編集・修正、プログラミング等を行う作業」 と定義し、労働衛生管理の指針を定めたものだ。 作業形態を、 連続VDT作業に専ら従事するAから一回当たりの作業時間が1時間未満のDまで4種類に分け、作業環境管理、作業管理、作業環境の維持管理、健康管理、そして労働衛生教育について指針を提示した。
作業環境管理で照明及び採光、 グレアの防止、騒音伝ぱの防止等にふれ、作業管理では一連続作業時間を1時間以内とした作業時間、ディスプレイ、キーボード、椅子、机の原則を示したVDT機器、 そして機器の調整についての原則もふれている。 こうした基礎的な基準は、 その後の改定でも踏襲される。

ノートパソコン、 インターネット従事者増大で最初の改正(2002)

その後、 VDT作業をめぐる状況は時間の経過とともに大きく変化し、2002年に1回目の改正となる 「VDT作業における労働衛生管理のためのガイドライン」 (平成14 年4月5日基発第0405001号)が公表される。

1985年からの変化としてこのガイドラインがあげたのは、 「①VDT作業従事者の増大、②ノート型パソコンの普及、③マウス等入力機器の多様化、 ④多様なソフトウェアの普及、⑤大型ディスプレイ等の増加、⑥インターネットの普及、⑦携帯情報端末等の普及」だった。

まず作業の形態が多様化を反映してVDT作業の種類を、単純有力型、拘束型、監視型、対話型、技術型、その他の型の6種類に分けた。 そのうえでそれまでの労働衛生管理の主な対象が、 「連続VDT作業に常時従事する労働者」だったのを、「1日の作業時間2時間以上の単純入力型・拘束型の作業者」と「1日の作業時間4時間以上の監視型・対話型・技術型・その他の型の作業者」に拡大した。

つぎの多様化するVDT機器への対応としてノート型機器、携帯情報端末、ソフトウェアなどに関する基準を新たに定めた。

最初の単純なVDT作業を念頭においた指針から、 ノートパソコンのような機器の進化と作業者の多様化に対応するため、 付加的な基準を定めたものだ。 したがってこの改正は、 労働者の負担のありようが大きな変化を後追いしたということになる。

多様化する情報機器と作業形態の変化作業区分も大きく見直し

そして2019年、 17年経ってVDT作業はどうなっているだろうか。 あっという間にスマートフォンが普通になり、 インターネットへのアクセスはもはや生活の前提のようになっている。

作業の形態も大きく変化した状況を踏まえ、厚生労働省は「情報機器作業における労働衛生管理のためのガイドライン」 (令和元年7月12日基発1712第3号)を新たに公表した。

職場のⅠT化の進行に伴い、 VDT機器のみならず多様な情報機器が急速に普及し、これらを使用する労働者の作業形態はより多様化している。 具体的に次のような変化をあげる。

  • 情報機器作業従事者の増大
  • 高齢労働者も含めた幅広い年齢層での情報機器作業の拡大
  • 携帯情報端末の多様化と機能の向上
  • タッチパネルの普及等、 入力機器の多様化
  • 装着型端末 (ウェアラブルデバイス)の普及

①、②はこれまでのVDTガイドラインが念頭におく作業形態として取り組みの継続が必要だが、 ③から⑤については、 使用される情報機器の種類や活用状況の多様化をふまえて、 作業区分を新たに見直すなどしたのが新ガイドラインである。

また、 VDTの用語が一般になじみがないこと、多様な情報機器等が労働現場で使用されていることをふまえ、「VDT」を「情報機器」 に置き換え、 「情報機器作業における労働衛生管理のためのガイドライン」 (以下「情報機器ガイドライン」)とした。

以下、 本文にしたがい解説しよう。

まず「対象となる作業」は、事務所において行われる情報機器作業と定義する。 ディスプレイを備えた情報機器を対象としており、 キーボードは必ずしも備えていなくとも含まれる。

作業の区分については、「作業時間又は作業内容に相当程度拘束性があると考えられるもの」と「上記以外のもの」の2つに大別し、「産業医等の専門家の意見を聞きつつ、 衛生委員会等で、 個々の情報機器作業を区分し、作業内容及び作業時間に応じた労働衛生管理を行う」とした(下表参照。ガイドラインの「参考資料2」の一部を編集したもの)。

作業形態に応じた一律の管理を求めるのではなく、個々の状況に応じた対策の検討を求めるものとなっている。

リスクアセスメントを実施し一律網羅的でなく取捨選択を

情報機器ガイ ドラインでは、 「2 対象となる作業」のあとに新たな項目「3対策の検討及び進め方に当たっての留意事項」 が加えられ、 次のように情報機器作業の状況を指摘した。

「…当該機器の使用方法の自由度が増したことから、 情報機器作業の健康影響の程度についても労働者個々人の作業姿勢等により依存するようになった。 そのため、 対策を一律かつ網羅的に行うのではなく、 それぞれの作業内容や使用する情報機器、作業場所ごとに、健康影響に関与する要因のリスクアセスメントを実施し、 その結果に基づいて必要な対策を取捨選択することが必要である。」

そして対策検討の原則は、

  • 情報機器作業の健康影響が作業時間と拘束性に強く依存することを踏まえ、 「5作業管理」 に掲げられた対策を優先的に行うこと、
  • 情報機器ガイドラインに掲げるそれぞれの対策については、 実際の作業を行う労働者の個々の作業内容、 使用する情報機器、作業場所等に応じて必要な対策を拾い出し進めること

としている。

個々様々な情報機器作業についての対策は、 リスクアセスメントの実施によることが適切と言い切る。 ただし健康影響は作業時間と拘束性に強く依存するという原則を踏まえるべきというのだ。
そして留意すべき点として、

  • 安全衛生管理体制の確立と安全衛生計画の作成
  • 労働衛生教育の実施
  • 衛生委員会等での十分な調査審議
  • 労働安全衛生マネジメントシステム指針の活用

をあげている。

さらに解説では、「作業者には身体、心理、技能、経験等の違いにより、個人差があるので、 一定の基準を全ての情報機器作業従事者に画一的に適用するのは適当でなく、ある程度の弾力性が必要である。」と個人差を重視した対策の必要性を指摘、 そのために衛生委員会等で一定期間ごとに評価を実施し、 より適切なものとしていくことが大切とする。

作業時間は従来基準を踏襲-タブレットなど新しい機器にも言及

「4作業環境管理」 では、照明及び採光については、 これまでのガイドラインの内容を踏襲するものとなっているが、 「(2)情報機器等」 では、 普及しているタブレットやスマートフォンについてもふれている。

たとえばタブレットについて長時間作業を行う場合には、ディスプレイ、キーボード、マウス等のオプショ ン機器を適切な配置で利用できるようにするなどの対策を例示する。そして解説で、 これらの小型化と携帯性を重視して設計された機器については、 使用形態と健康影響に関する知見は少ないとし、 注意深い観察が必要と指摘する。

「5作業管理」では、 1日の作業時間については、これまでと同様、上限を設けることはしていないが、 「相当程度拘束性があると考えられる作業」 については 「一日の連続情報機器作業時間が短くなるように配慮すること」とする。
一連続作業時間と作業休止時間についても、「1時間を超えないようにし、次の連続作業時間までの間に10分~15分の作業休止時間を設け、かつ、一連続作業時間内において1回~2回程度の小休止を設ける」とこれまでの基準を踏襲した。

「ディスプレイの上端が眼の位置より下にになるようにし、 視距離は40cm以上確保、上腕と前腕の角度は90度以上で、 キーボードに自然に手が届くようにする」 というデスクトップ型パソコンの作業姿勢の原則的な数字もそのまま踏襲していて、 文字の大きさやマウスのダブルクリックのタイミングなどの調整、 ソフトウェアでの条件設定など、 作業者の負担軽減のための適切な設定を徹底することなどの周知を求めている。

健康診断については、 情報機器作業者に該当することとなった作業者に、配置前健康診断を実施し、 「作業時間又は作業内容に相当程度拘束性があると考えられるもの」 とそれ以外でも「自覚症状を訴える者」については、全員について年に1度の定期健康診断を実施するとしている。

テレワークもガイドラインに準拠を疑問がのこる自営型!?

高齢者、 障害等を有する作業者、 テレワークを行う労働者、 自営型テレワーカーについては、 特別に配慮事項を示している。

労働者が、 自宅やサテライトオフィスなど、 事業場外で情報機器作業を行う場合も、労働関係法令が適用されるにもかかわらず、実際には対策が行き届かない場合があり得ることから、 配慮すべきことをあらためてふれている。 このテレワークについては、 「情報通信技術を利用した事業場外勤務の適切な導入及び実施のためのガイドライン」 (平成30年2月22日基発0222第1号、雇均発0222第1号)も発出されており、こちらの参照も求めている。

さらに自営型テレワーカーへの配慮がつづく。自営型として請負や委任の契約で働く、つま り労働者ではない働き方の情報機器作業者についても、 ガイドラインの内容にもとづいた条件で労働衛生上の対策が行き届くように情報を提供することが望ましいとしている。また、「自営型テレワークの適正な実施のためのガイドライン」(平成30年2月2日付け雇均発0202第1号)が発出されているので、「注文者」はこれに基づくべきとしている。ただ、この「自営型云々ガイドライン」の問題なのは、 はじめから作業者自身が労働者ではないことを選んでいるという前提を設定してしまっていることだ。 労働者かどうかは、実態で判断されることで、労働者の意向では決まらないにも関わらず、 労働者でないことを前提に「適正」が実施されることになる。 もしこの前提で話を進めるなら、 情報機器ガイドラインのリスクアセスメントの手法を駆使すべしなどとした対策の内容は、 ほとんど意味をなさないだろう。

情報機器作業の安全衛生ツールは?
望まれる職場の新たな取り組み

作業形態を何種類も区分分けして、 一律かつ網羅的に対策を行うのではなく、 それぞれの作業内容に応じて健康影響に関与する要因のリスクアセスメントを実施するというのが、 新たな情報機器ガイドラインの最も大きな改正といえるだろう。 事務職場の現場で作業者自身が行うリスクアセスメントの前提として、 本文各項目に記述されている情報を利用するというのが、 ガイドラインが想定している運用ということになる。

そのためには、 事務職場でのリスクアセスメントの実施事例の紹介、 ツールの開発なども今後の課題となるのではないだろうか。ただ、「職場改善のためのヒント集(メンタルヘルスアクションチェックリスト)」など、テーマは異なるが、 事務職場で利用できるツールはいろいろ開発されているわけで、 今後の取り組みの創意工夫はそう難しいものではなさそうだ。

労働衛生教育の実施については、 ガイドラインでもふれているが、 作業者自身と管理者が使用する機器やソフトウェアに見合った知識を持つことが前提であり、 そういう意味では機器や作業形態の多様化は、 ますます教育の重要性を増しているともいえる。

今後の各職場での取り組みが進み、さらに情報機器作業の安全衛生対策が進化する ことが望まれる。(西野方庸)

関西労災職業病2019年8月502号