造船アスベスト国賠大阪訴訟第1回弁論開かれる、録画ビデオと法廷で原告が意見陳述/2023年5月23日
大阪地裁・札幌地裁、同日弁論
造船アスベスト被害について国に損害賠償を求めた「造船アスベスト国賠訴訟」大阪訴訟の第1回弁論が、2023年5月23日14時30分から、大阪地方裁判所801法廷で行われた。担当は第23民事部(西岡繁靖裁判長)。
法廷ではまず2名の原告が意見陳述。ひとりは、重症の呼吸機能障害があるために出廷できなかったため自宅で収録された録画ビデオが上映された。いまひとりは、中皮腫で死亡した男性の妻が厳しかった闘病について声をつまらせながら陳述され、裁判官が身を乗り出さんばかりの様子で聞き入っていたのが印象に残った。
弁護団からは、造船アスベスト訴訟の意味と国は早期解決するべきである旨の陳述が行われた。また、国はこの日の弁論までに訴状に対して答弁書による認否を保留しながら、何点もの求釈明を行うという異例の対応をしてきており、この点ついて弁護団からは「疑義がある、求釈明の意味を明らかにすべき」との意見が述べられ、この点については裁判所を交えたやり取りが行われた。
今後の裁判の進行については、非公開の弁論準備による争点整理が行われることとなった。なお造船アスベスト国賠訴訟としては札幌地裁に同時提訴されており、この日は、この北海道訴訟の第1回弁論期日にもあたり、原告と弁護団の意見陳述が行われた。
造船アスベスト国賠訴訟とは
今回の訴訟は、2023年2月10日に大阪地裁(被災者単位7名)と札幌地裁(被災者単位1名)に、国の規制権限不行使の違法の責任を追及する訴訟として提訴されたものだ。造船作業に従事したアスベスト被害者(大手造船会社の労働者、下請労働者、一人親方)が国の責任を問う、初めての訴訟。
被災者・原告の概要
大阪訴訟の原告は、被災者単位で7名(全員男性、本人原告は70代、80代の2名。ほかは遺族原告)、原告単位で10名。
被災者は、大手造船会社(三井造船、川崎重工業、日立造船、ビューローベリタスジャパン等)の元労働者、下請け企業の元労働者、一人親方。職種は、電気工、木工(大工、内装)、配管工、保温工、マリンサーベイヤー(船舶検査員)。罹患疾病は、肺癌、中皮腫、びまん性胸膜肥厚で全員労災認定を受けている。
この訴訟の被告は国のみ。建設アスベスト訴訟とは違い、建材メーカーは被告としていない。損害賠償請求額は、被害者一人あたり1265万円~1430万円(合計9680万円)及び遅延阻害金としている。担当するのは、大阪アスベスト弁護団。
造船アスベスト国賠訴訟~原告・被害者の声~(大阪アスベスト弁護団HP)
札幌訴訟の原告は、2019年12月に中皮腫を発症し2021年8月に69歳で死亡した男性の妻。男性は船舶のメインエンジンの取付工事、周辺の配管の断熱作業に従事したアスベスト職歴があり、すでに労災認定されている。被告は国のみで、損害賠償請求額は1072万5000円。担当するのは段林君子弁護士(桜花法律事務所)。
建設被害との違いがない造船アスベスト被害
要するにこの訴訟の目的は、造船作業が作業実態として「建設作業と同様の作業であるにもかかわらず、現在の国の建設アスベスト給付金制度の対象外とされていることを改めさせ、被害補償をさせることを目指す」(弁護団)ことだ。「工場、建設作業では、国賠訴訟を通じて、国の責任・被害補償について解決を図ってきたところであり、労働現場の被害に関する最後の大きな課題」(弁護団)なのである。
この訴訟に至るまでには、国(厚生労働省)に対して大阪アスベスト弁護団から、造船作業は建設作業と同様のアスベストばく露作業実態があるのであるから建設アスベスト給付金制度に該当するのではないかという質問が文書で行われ、厚生労働省が「該当しない」と文書で回答した、という経過があった。
弁護団の申入書と厚生労働省の回答は以下の通りであった。
申入書(造船作業従事者の建設アスベスト給付金制度該当性について)令和4年10月4日と
申入書質問項目に対する厚生労働省の回答(令和4年11月22日)
厚生労働大臣殿
大阪アスベスト弁護団
団長 村松昭夫
国においては、令和4年1月19日に施行された「特定石綿被害建設業務労働者等に対する給付金等の支給に関する法律」(以下、「建設アスベスト給付金法」といいます。)に基づき、同法の要件に該当する建設作業従事者、具体的には、屋内作業場でアスベストにさらされる建設業務(土木、建築その他工作物の建設、改造、保存、修理、変更、破壊若しくは解体の作業若しくはこれらの作業の準備の作業に係る業務又はこれに附随する業務)に従事した者で、石綿関連疾病に罹患した者またはその遺族に対して給付金を支給されており、支給に先立ち、労災支給決定等情報提供サービス(以下、「情報提供サービス」といいます。)を実施されております。
ところで、これまで、当弁護団において、1000人を遙かに超えるアスベスト被害者からの相談を受けているところ、その中には、造船の作業に従事して石綿関連疾病に罹患された方が多数おられます。また、その方々から作業内容を聞いたところ、造船作業には、居住区内の石綿含有建材の切断や加工、機関室内の配管保温材や配管パッキン、天井断熱材の取付けなど、その作業実態は、内装や電気、給排水、空調工事といった屋内の建設作業と変わらないものが多く含まれています。
そして、船舶は、建設アスベスト給付金法第2条の「その他工作物」に当たると考えられます。
すなわち、「工作物」とは、判例上、人工的作業を加えることによって成立した物をいうと解されているところ、船舶がこれに該当することは明らかです。そして、同条の「その他工作物」は、民法717条や建築基準法2条と異なり、土地に接着ないし定着していることを求められていません。したがって、船舶は、建設アスベスト給付金法第2条の「その他工作物」に当たると言えます。
仮に、百歩譲って、建設アスベスト給付金法第2条の「その他工作物」が土地に接着ないし定着していることが必要であると解したとしても、建設中の船舶は土地に接着ないし定着しており、この点からも、建設中の船舶は「その他工作物に当たると言えます。
この点、関西建設アスベスト大阪1陣訴訟で最高裁も是認した下級審判決は、国の責任との関係において、造船における石綿粉じんばく露作業と建築現場における石綿粉じんばくろ作業を区別せずに認定しており(大阪地裁判決1059~1062頁、大阪高裁判決96頁)、さらに、同じく同京都1陣訴訟の下級審判決は、建物のみならず造船内での石綿吹付作業で石綿粉じんにばく露したことを理由に国の責任を認めています(京都地裁判決136~138頁)。したがって、建設アスベスト訴訟の最高裁判決の射程は屋内の建設作業と同様の作業実態である造船作業に及ぶものであり、これらの造船作業従事者も「最高裁判決において国の責任が認められた者と同様の苦痛を受けている者について、その損害の迅速な賠償を図る」ことが立法趣旨である建設アスベスト給付金法の適用対象となると考えます。
そのため、当弁護団では、これまで、造船作業で屋内の建設作業と変わらない作業に従事した者について情報提供サービスを申請致しましたが、いずれも提供できる情報がない旨の回答が返ってきました。
ついては、上記に関し、下記の点について、速やかにご教示いただきますようお願い致します。
記
①造船作業従事者について建設アスベスト給付金を請求した場合、一律に給付金の支給対象とはならないとして認定しないのか。それとも、何か資料を提出すれば認定することもあるのか。
②上記①で、一律に造船作業従事者について認定しないということであれば、どのような理由で建設アスベスト給付金法の支給対象とならないと判断しているのか。
①、②に対する回答
1 建設アスベスト給付金制度については、最高裁判所令和3年5月17日第一小法廷判決等において、国が労働安全衛生法に基づく権限を行使しなかったことは、同法の目的等に照らして著しく合理性を欠くものであるとして、国の責任が認められたことに鑑み、議員立法により、特定石綿被害建設業務労働者等に対する給付金等の支給に関する法律(以下「法」という。)が制定された経緯等を踏まえ、厚生労働省としては、法第1条に規定する最高裁判決等において国の責任が認められた者と同様の苦痛を受けている者について、給付金等の支給を着実に実施することとしている。
2 最高裁判所令和3年5月17日第一小法廷判決等は、建設現場における石綿ばく露の危険性に関する国の認識可能性等に基づき、屋内建設現場における建設作業に従事して石綿にばく露した者との関係で国の規制権限不行使の違法の有無及び内容について判示したものであり、造船作業従事者に関する事案とは異なるものと認識している。
一方、例えば造船所敷地内の建物の屋内建設作業など特定石綿ばく露建設業務に該当する可能性のある作業を行っている場合もあるため、給付金の請求があった場合には、提出された資料等に基づき、法第7条に規定する特定石綿被害建設業務労働者等認定審査会において個別に審査を行い、給付金の認定決定等を行うこととしている。
③上記①で、何か資料を提出すれば給付金の支給対象として認定することもあるということであれば、どのような資料を提出すれば良いのか。
③に対する回答
1 前記のとおり、例えば造船所敷地内の建物の屋内建設作業など特定石綿ばく露建設業務に該当する可能性のある作業を行っているような場合もあるため、給付金の請求があった場合には、提出された資料等に基づき、法第7条に規定する特定石綿被害建設業務労働者等認定審査会において個別に審査を行い、給付金の認定決定等を行うこととしている。
2 建設アスベスト給付金の請求に当たっては、特定石綿被害建設業務労働者等に対する給付金等の支給に関する法律施行規則第5条第2項により、請求人が従事した特定石綿ばく露建設業務に係る事業の名称及び事業場の所在地並びに当該事業場ごとの石綿にさらされる業務に従事した期間及びその内容を証明することができる書類や、その他請求に係る事実を証明することができる書類その他資料を請求書に添付しなければならないと規定している。
なお、厚生労働省HPには、建設アスベスト給付金制度に係る請求手続き等のパンフレットを掲載しているところであり、給付金請求に当たって必要となる添付書類も記載しているので参照されたい。
ご回答は、本申入後、概ね1ヶ月以内に下記の連絡先までいただければ幸いです。よろしくお願い致します。以上
この回答が、まさに「国(厚労省)の対応は、(建設作業と:筆者挿入)同様の状況において被害を受けている者の中に分断と差別を持ち込むものであって極めて不当というほかない」(訴状)ものであったため今回の提訴に至ったのである。
造船アスベスト被害の特徴、国の規制規制権限不行使の違法を基礎づける事情
上記申入書でも触れているこの点について、弁護団資料から以下に引用する。
- 船舶は建物以上に防火対策の必要があり(海上での火災の危険性、船には動力部がある点等)、不燃性の材料として吹付材、保温材、内装材等、石綿含有製品が多く使用されてきた。
- 造船作業は、船穀作業、礒装作業、修繕作業等。少なくともブロックで船体をつくる船穀作業より以降は、建設作業と同様、密閉空間(作業環境)にて行われる。
- 粉じん発散源が固定されておらず、工場での製造加工現場のように、局所排気装置による対策が困難(防じんマスク、警告表示による対策しかない)である点も建設作業と同じ。
- 電気や配管、空調等の設備作業、保温・断熱作業、居住区の内装作業など、建築作業と同じ作業。現場で使われる石綿製品(建材、保温・断熱材)も同種のもの。現場において切断・加工や吹付等を行う点も同じ。
「陸上の巨大なビルが水に浮かんでいるよう」(甲A6) - 造船作業者の労災認定者は、厚労省が職種の平成19年~令和3年までで1886人。建設業(8089人)に次いで多く、「製造業」の範晴でも最も多い。建物建造数と船舶建造数や作業従事者の人数の比較からしても、相当確率で被害が発生していることは明らか。
*平成17年の国交省の造船労働者に関する調査では102名の被害報告(甲A4)。 - 国の行った石綿対策も、昭和50年10月の石綿吹付の原則禁止等(改正特化則)、平成7年の青・茶石綿の製造・使用禁止(改正安衛令)や防じんマスクの着用義務付け(改正特化則)等、建設現場と同じ。船舶では石綿製品の原則使用禁止が平成14年と一般の石綿製品の製造等禁止(平成16年に原則禁止、平成18年に全面禁止)より若干早い程度。改修、解体についても、船舶(鋼製船舶)も建築物と同様の規制(石綿障害予防規則による事前届出等)が建築物(及び工作物)より少し遅れてされている。
- 一方、昭和16年にドイツの造船工場で石綿被害が発生していることが日本でも報告されたり(甲A11)、昭和40年代から国内の吹付作業者の死亡例(甲A15、16)や石綿工場での建材切断作業での石綿粉じん濃度報告(甲A17)がされる、国は古くから造船作業者への石綿被害発生の危険性を認識し、または認識し得た。昭和53年の三村啓爾氏(岡山大学)の調査報告では「造船業は末端への大量使用の作業現場として注目すべき」(甲A19)とされている。
(本件訴訟での原告らの主張)
建設アスベスト訴訟最高裁判決と同様、遅くとも昭和50年10月(石綿吹付作業を原則禁止する等、改正特別化学物質障害予防規則が施行されたとき)には、国(厚労大臣)は、労働安全衛生法に基づき、防じんマスクの着用の義務付けや建材への警告表示、現場の掲示の対策を行う規制を行うべきであった。これを怠った国に規制権限不行使の損害賠償責任が認められる。
注目される裁判の動向と造船アスベスト被害の国責任追及の広がり
上記弁護団の説明に「造船作業者の労災認定者は、厚労省が職種の平成19年~令和3年までで1886人。建設業(8089人)に次いで多く、「製造業」の範晴でも最も多い。建物建造数と船舶建造数や作業従事者の人数の比較からしても、相当確率で被害が発生していることは明らか。」とあるように、造船業におけるアスベスト被害は甚大であり、つまりは、国の責任も重大であることは明白なのである。
たとえば、全国安全センターが提供している
石綿ばく露作業による労災認定等事業場(建設業以外・船員)<2021年度までの認定分-2022年12月14日公表の最新データで更新>
で「造船所内の作業」で検索すると、753件(全4947件中)もの会社が抽出される。
弁護団・原告は今後、早期解決に向けて精力的な法廷活動を展開していくとみられ、今回の提訴に呼応して、国の責任を追及する造船アスベスト被害者がさらに増えていくことが期待されるところだ。