ニチアス王寺工場離職後30年・石綿肺死亡、損害賠償2300万円で和解~アスベスト・職業がん110番から

昨1991年7月に行ったアスベスト・職業がん110番に相談を寄せた、石綿肺で死亡した労働者の遺族とアスベスト製品製造会社ニチアス(旧・日本アスベスト)の間で、労災保険給付以外に2300万円を支払うという和解が成立した。

被災者は、高校を卒業してすぐの1959年から63年にかけての4年間、奈良県王寺町のニチアス㈱王寺工場で石綿を扱う作業に従事し、その後転職して国家公務員となった。

83年頃に症状が出て医師に受診。85年に入院、検査の結果、石綿肺であることが分かり、翌年9月には管理区分4の決定を受け療養することになった。

石綿作業はニチアスでの4年間のみであったため、同社の労災保険による療養を開始した。当時は少年院の教官という職務につき、休業はしなかったために休業補償は受けなかった。

療養を開始して以降も、症状の悪化が進行し、91年の春頃には最悪の状態となり、入院生活が続いた後、6月8日に死亡した。死亡診断書に記載された直接死因は「石綿肺」である。

被災者は労災補償関係の手続きをほとんど自分で行っており、遺族である妻のKさんとすでに社会人となった長男、受験をひかえた次男にはほとんど伝えていなかった。しかし残された闘病生活中のノートには、正確に自らの病態を知ったうえで、無念さや迫る死の恐怖と闘い続けた心情をつづった日記とともに、自分の死後の妻に語りかける文章も含まれていた。

自分が死んだときには奈良市登大路町の奈良労働基準局に行って手続きをすれば、労災の年金がもらえるはずだというその文章を読んで、Kさんは労災補償の請求ができることを知った。そのころたまたま台所仕事をしていたときに聞いていたラジオ番組で、アスベスト110番があることを知り、相談することになったのである。

労災補償の手続きと会社との和解の目処がたった昨年末のある日、Kさんは「あの時たまにしか聞かないラジオでアスベスト110番のことを聞き、電話を思い立ったのは、夫が引き合わせてくれたんだと思う。」と語った。

安全センターでは相談を受けて、労災保険の遺族補償、葬祭料の請求手続きを準備するとともに、民事上の損害賠償請求をニチアス㈱に対して行えることを助言した。その後、これまでにもアスベストによる労災損害賠償請求の経験がある奈良の内
橋弁護士が同社との交渉を担当し、12月に和解が成立したものである。

ニチアス㈱は、石綿製品のかなりのシェアを誇る会社であり、退職後あるいは在職中に石綿肺で療養したり死亡したりする労働者が少なくない。昨年の全国一斉アスベスト110番でもKさん以外に、同社の事例が数件あった。

今後も同様のケースに遭遇する労働者が出てくる可能性は高い。その意味でも今後の石綿問題の取り組みは重要と言えよう。

関西労災職業病1991月12月・1992年1月合併202号