第二の近鉄高架下アスベスト被害事件 喫茶店店長の男性が中皮腫で死亡、近鉄に賠償請求

中皮腫診断からわずか半年後に

近畿日本鉄道(近鉄)の駅高架下商店街において、1977年から2000年まで喫茶店の店長として働いていた方が、建物の内壁に施工されていた吹付けアスベストから飛散したアスベスト粉じんにばく露したことから、悪性胸膜中皮腫に罹患し、2015年1月に亡くなった。

同じ駅の高架下文具店では、店長をしていた別の方が同じく悪性胸膜中皮腫に罹患して2004年に死亡している。この事件は、近鉄がその法的責任を否定したために裁判所で争うことになった。2006年に始まった裁判は、上告審における差し戻しを経て、2014年2月、大阪高等裁判所において高架下建物の所有者兼占有者である旧近鉄不動産株式会社の管理に問題があったことが認められて終結した。そして同社の責任を承継した近畿日本鉄道株式会社に対し、損害賠償を命じる旨の判決が下され、同判決は確定した。

今回の被災者は、上記判決が下されて間もない2014年5月に中皮腫を発症している。発症当時も近所に住んでいたが、度重なる裁判報道についても気に留めることもなかったという。本人としてみればアスベストを扱う仕事をしていたわけでもなく、また、職場がアスベストの吹付に覆われていたことなど知る由もなかったためである。

2014年11月に労災請求をしたものの、2か月後の2015年1月に治療の甲斐なく亡くなってしまう。診断からわずか半年のことだった。一方、労災の支給決定は請求から半年も要し、被災者の存命中に決定が下されなかったことが悔やまれた。

被災者のご遺族は近畿日本鉄道に対して損害賠償を請求し、その後記者会見に臨んだ。

記者会見

遺族がはっきりとした口調で力強く訴える内容は、その強い意思とともに映像で広く社会に伝えられるべきだった。

プライバシー保護や風評被害の回避を理由に、近鉄という会社名と、被災者が66歳という若さでありながら中皮腫で亡くなり、それが労災として認められたという事実以外は、一切を秘匿のまま報道をお願いした。そのことは、とりわけ映像メディアが残念がっていたに違いない

代わりにセンターから提供した写真や映像がいくらアスベスト飛散の状況を視覚的に訴えても、今日の遺族の発言ほど強いインパクトを与えるものはなかっただろう。

ご長女の発言については、各社引用しており、「毎日一生懸命働いている間に石綿を吸っていた。父の悔しさを知ってほしい」(読売)、「近鉄はこれ以上被害が拡がらないよう、他の店で働いた人にも注意喚起をしてほしい」(朝日)とまとめている。ご長女自身も当時アルバイトで店内に入った経験があるが、アスベストがあったことなど全く気がつかず、父親がいきいきと働く姿を見ることができた、楽しい思い出の場所だったという。壁や天井などは、印象に残らない風景の一部に過ぎなかった。

残存アスベスト問題

今回の被災者は、店舗として利用されていない階上のバックヤードで、壁面に吹き付けらた劣化アスベストにより発生した粉じんにばく露したのである。先に紹介した近鉄に対する損害賠償事件において、裁判所は「遅くとも昭和63年2月頃時点で(近鉄高架下建物は)通常有すべき安全性を欠く」と評価している。昭和63年つまり1988年以降も、むき出しの劣化した吹付アスベストに加えて、建物の上を鉄道が通るたびに振動で粉じんが飛散するとすれば、被災者はかなりのばく露を被ったに違いない。

吹き付け材のような顕著なものは、国も調査を行い、2010年には延べ面積1000平方メートルの建築物23万棟を全国で調査し、1万6000強の建物に露出してアスベストの吹付がされていることを確認している。一般的にいう大規模建築物とは、鉄筋コンクリートなどであれば延べ面積200平方メートル以上の建物となっており、鉄筋コンクリート造の2階建てアパート程度でも大規模建築物として扱われるが、これらの建物にも延焼予防を目的として大量の吹き付け材が使われていないだろうか。このような建物の場合、所有者自身がどのような建材を用いているのか把握していないこともあり、調査も困難だと思われる。しかし事態の重要性を理解していないと、解体時の事前調査が不十分であったり、あるいは解体費用や時間の節約のためにアスベスト飛散防止対策を取らないということも発生しかねない。

また、国は調査を行った2010年以降に建物所有者に対応を指導したというが、それ以前に劣化アスベストにばく露している方も多くいるのではないだろうか。近鉄高架下のような環境は近鉄電車特有の問題とは思えない。ご遺族が訴えるように、被害者が出るごとに対応するのではなく、近鉄が注意喚起や健康診断の実施に臨むべきなのは当然であるが、連続して発生した2度の事件をきっかけに残存アスベスト問題にも社会的関心が向けられることを期待したい。

関西労災職業病2016年6月497号

本件関連報道記事

高架下店また中皮腫大阪・死亡「電車通過で石綿飛散」(毎日新聞 2016年4月3日)

高架下店また中皮腫大阪・死亡「電車通過で石綿飛散」

大阪府内の鉄道高架下の貸店舗でアスベスト(石綿)による中皮腫の死者が出た問題で、近くの別の店で働いていた男性(当時66歳)も昨年、中皮腫で死亡していたことが2日、関係者への取材で分かった。同じ高架下に関係して2人の死者が出たことになり、識者は「全国の鉄道で同様の事例がないか、点検と対策が必要」と指摘する。遺族は鉄道会社側に補償や危険性の周知を求める。

2人目の死亡例が判明したのは、近畿日本鉄道(大阪市)の高架下。男性は喫茶店の店長として、1977~2000年に勤務した。店舗は2階建ての横造で、1階に客席があった。事務所と倉庫、更衣室を兼ねた2階の壁に、毒性が強い青石綿が吹き付けられていたが、知らずに出入りしていた。

別の仕事をしていた14年、胸膜中皮腫と診断され、労災申請していたが、昨年1月に死亡。4カ月後、労働基準監督署は「電車通過時の振動で、喫茶店2階の石綿が飛散した可能性がある」と指摘して労災認定した。

この高架下では、喫茶店から約150硫離れた文具店2階の壁でも胃石綿が吹き付けられ、店長の男性(当時70歳)が02年に中皮腫を発症して死亡。遺族が損曹賠償訴訟を起こし、大阪高裁はU年2月の判決で、近鉄に建物を管理する所有者としての責任を認めて約6000万円の賠償を命じ、確定している。
現在高架下を管理する近鉄不動産(大阪市)によると、高架下には延長約200屑に41の店舗用区画があり、70年ころに耐火用の石綿が吹き付けられた。文具店長だった舅性の遺
族の要望を受け、05年度から除去や封じ込めの対策を進め、現在は飛散の恐れはないという。

しかし、中皮腫の発症までの期間は20~60年あるため、対策前に同じ高架下の店舗に勤務した人の健康被害が懸念される。

近鉄不動産は「ご遺族には心から哀悼の意を表したい。補償の申し出があれば誠意をもって対応する。高架下の店舗で勤務していた人への注意喚起も検討したい」としている。喫茶店長だった男性の妻(64)は「知人から同じ高架下で1人目の死者が出ていたことを教えてもらい、労災申請できた。まさか自分たちが石綿被害に直面するとは想像できなかった。過去に働いたことのある入たちへ危険性を知らせてほしい」と話している。
【大島秀利】

毎日新聞 2016年4月3日

石綿死 近鉄に賠償求める、高架下喫茶店23年勤務の店長遺族(読売新聞2016年5月25日)

石綿死 近鉄に賠償求める
高架下喫茶店23年勤務の店長遺族

大阪府内にある近畿目本鉄道の高架下の喫茶店で働いていた男性が中皮腫で死亡したのは、壁に吹き付けられたアスベスト(石綿)を吸ったのが原因として、遣族が24日、大阪市内で記者会見し、近鉄側に約4100万円の損害賭償を求めて申し入れたことを明らかにした。

遺族らによると、申し入れは4月5日付。男性は1977~2000年に店長を務め、壁に青石綿が吹き付けられた2階倉庫を1日1~2時間使っていたという。退職後の14年5月に中皮腫と診断され、15年1月に66歳で死亡。労働基準監督署から労災認定された。

この高架下では04年にも文具店の店主が中皮腫で死亡。遺族が損害賠償を求めた訴訟で、近鉄側に約6000万円の支払いを命じる判決が確定している。

高架施設を管理する近鉄不動産は05年度に高架下の石綿の除去など飛散防止対策をしており、「代理人を通じ、誠意をもって協議を進めている」とコメント。男性の長女(38)は「毎日一生懸命働いている間に石綿を級っていた。父の悔しさを知ってほしい」と話した。

読売新聞 2016年5月25日