「高次脳機能障害」をもりこんだ「精神障害の新基準」
「高次脳機能障害」をもりこんだ「精神障害の新基準」
厚労省の専門検討会が精神・神経の障害認定に関する報告書を発表
(2003年8月機関誌より)
この6月に「精神・神経の障害認定に関する専門検討会報告書」が発表された(厚生労働省のHP、http://www.mhlw.go.jp/shingi/2003/07/s0716-3.htmlで全文を見ることができる)。
平成11年9月に「心理的負荷による精神障害等に係る業務上外の判断指針」が示されて以来、精神障害の労災認定件数は平成11年の14件から平成14年は100件と飛躍的に増加した。それにともない、精神障害の障害認定件数も増加するわけで、これまでの不十分な精神・神経系統の認定基準が再検討されることとなった。
これは、平成12年2月から平成15年6月までの間に開かれた精神・神経の障害認定に関する専門検討会による報告書で、検討会は精神分科会、神経分科会と2つの検討会に分かれ、計44回行われた。しかし残念ながら、これら検討会が一般に公開されたのは、昨年の9月から5月までの数回のみだった。
検討会報告では、Ⅰ非器質性精神障害に関する検討、Ⅱ器質性神経・精神障害に関する検討、Ⅲ障害等級の新設に関する検討の3つの検討が行なわれている。非器質性精神障害の評価
まず、非器質性精神障害についてだが、検討の視点として、現行の障害認定基準では頭部外傷等による脳の器質的な変化に伴う精神障害のみを掲げ、器質的な変化を伴わない精神障害については、「外傷性神経症」のみが掲げられており、明示されていなかったため見直す必要があるとする。しかも治ゆしないものについては画一的に第14級の9に認定するとしており適正さを欠くので、後遺障害の程度をより適正に判断できる認定基準を新たに設けるべきとしている。しかし、非器質的障害は品質的には身体機能において何ら傷害されていないので、原則として完治しうるものであり、器質性障害の場合とは全く同一の考え方、基準で考えるのは適切ではない、と続く。
現行の精神の障害による後遺障害の評価は、脳挫傷、一酸化炭素中毒など器質性精神障害を評価するもので、
第 1級 精神に著しい障害を残し、常に介護を要するもの
第 2級 精神に著しい障害を残し、随時介護を要するもの
第 3級 精神に著しい障害を残し、終身労務に服することができないもの
第 5級 精神に著しい障害を残し、特に軽易な労務以外の労務に服することができないもの
第 7級 精神に障害を残し、軽易な労務以外の労務に服することができないもの
第 9級 精神に障害を残し、服することができる労務が相当な程度に制限されるもの
第12級 労働には通常差し支えないが、医学的に証明しうる精神の障害を残すもの
第14級 労働には通常差し支えないが、医学的に可能な精神の障害に係る所見があると認められるもの
となっている。検討会報告では、非器質性障害を一様に14級とするのは妥当ではないとしながらも、「しかし、器質性精神障害とは異なり、非器質性精神障害による労働能力の低下は、それが認められる場合においても移動、運搬等の身体能力はもちろんのこと、計算、会話、伝達等の精神活動能力は概ね正常に保たれていると通常考えられるから、なお精神活動の統合、調整が必ずしも十分でない状態であっても、就労の有無にかかわらず、9級を超える障害の評価には該当しないと考えるのが妥当であろう。」としている。さらに引用すると、「一般的・平均的な療養期間を大幅に超えて療養してもそれ以上の症状に改善の見込みがないと判断される場合であって、就労がかなわないものの、日常生活はかなりの程度できる状態にまで回復している場合、非器質性精神障害の後遺症状としての意欲や感情障害等により「仕事に行けない」という状況をとらえて、労働能力の過半をそう失したと評価するのは適切とは考えない。現実に意欲や感情の障害等によって就労がかなわないとしても、次に述べる特別な場合を除いて、既に述べているように身体的能力は基本的に正常であり、精神活動能力についても意欲の障害等を除き概ね正常であるからである。」と続く。
障害補償は、障害による労働能力の喪失に対する損失てん補を目的とするものなので、現実に就労できない場合、日常生活能力を重視する上述の考え方には疑問を感じる。
さて、9級を超える後遺障害については、非常にまれで「持続的な人格変化」を認める場合であるとしている。
障害の評価方法は、イ.抑うつ状態、ロ.不安の状態、ハ.意欲低下の状態、ニ.慢性化した幻覚・妄想の状態、ホ.記憶又は知的能力の障害、ヘ.その他の障害を診断し、それら症状のための能力低下を、①身辺日常生活、②生活・仕事に積極性・関心を持つこと、③通勤・勤務時間の遵守、④普通に作業を持続すること、⑤他人との意思伝達、⑥対人関係・協調性、⑦身辺の安全保持、危機の回避、⑧困難・失敗への対応の8項目について、次の4区分により評価を行う。
A: 適切又は概ねできる
B: 時に助言・援助が必要
C: しばしば助言・援助が必要
D: できない
最終的に症状と能力低下の評価の結果をふまえ、次の「0」から「4」の5区分で総合評価する。
「0」: 「日常生活又は就労は普通にできる」
「1」: 「日常生活又は就労は概ねできるが、軽度の精神障害が認められるもの」
「2」: 「日常生活又は就労にある程度支障があるもの」
「3」: 「日常生活がある程度制限を受けるもの又は就労可能な職種が相当な程度に制
「4」: 「3」を超える就労制限が認められるもの
検討会は、これをもって原則として、重度「3」、中等度「2」及び軽度「1」の3区分に評価し、各々障害等級として重度は第9級、中等度は第12級及び軽度は第14級に評価するのが適当であると考える、と結論づけている。なお、「4」について、「非器質性精神障害は多くの場合後遺症状を残さずに治るものであるから、このような場合には慎重に治ゆか否かを見極め、必要に応じて療養を継続すべきである。」とした。
やはり、重度であっても9級を上限とする考え方は、全体的に障害の評価が軽いような気がする。また、労働能力の低下に加えて、日常生活能力をかなり重視している点も気になるところだ。一般に、日常の自分の身の回りのことはできても、意欲がないため仕事はできない、あるいは人との共同作業やコミニケーションができないために仕事ができないという症状はよくあると思われるからだ。そのため、実際には仕事に就けないにもかかわらず、仕事できる身体的能力はあると評価され、障害が認められなかったり、軽く評価されることになりかねない。高次脳機能障害の検討
器質性の障害について、検討会は現行認定基準の問題点に、「認定の基準が抽象的な表現となっており、基準の明確性という観点からは少なからず問題のあるもの」「せき柱の変形等の取り扱いや馬尾神経損傷に係る取り扱いが明確さを欠いている」「今日においては画像診断による補助診断技術は非常に進歩しているにもかかわらず、この点が認定基準に反映されていない」の3点を上げている。
最初にまず、障害の評価方法が検討されているが、ここで初めて「高次脳機能障害」という用語を採用し、主な症状を「高次脳機能障害」と「身体性機能障害」に区分し評価する。
高次脳機能障害については、職業生活に重要な意思疎通能力(記銘・記憶力、認知力、言語力等)、問題解決能力(理解力、判断力等)、作業負荷に対する持続力・持久力及び社会行動能力(協調性等)の4つの能力低下に着目して評価を行うこととし、障害等級を定める目安として「高次脳機能障害整理票」を作成した。そのうえで、前掲した脳の障害による後遺障害の現行障害等級の第1級から3級、5級、7級、9級、12級、14級に該当する障害の程度を以前より詳しく取り決めた。すべて引用すると長くなるので、一部紹介すると、4能力のうち1つ以上の能力について「できない」状態は第3級以上となり、1つ以上が「困難が著しく大きい」では5級、4つのうちいずれか1つ以上が「困難はあるがかなりの援助があればできる」と7級で第14級は、「MRI、CT、脳波等によっては、脳の器質的病変は明らかではないが、頭部打撲等の存在が確認され、脳損傷が合理的に推測されるものであって、4能力のいずれか1つ以上の能力が「困難はあるが概ね自力でできる」又は「多少の困難はあるが概ね自力でできる」ような状態に該当するもの。」とし、病変が明らかでないものにを当てはめている。
次に身体性機能障害については、これまで麻痺の程度の評価で決められていたが、その程度と範囲が明らかでないため、高度、中等度、軽度とその程度の内容が詳しく検討された。
四肢麻痺 片麻痺 単麻痺 高度 1 1~2* 5 中等度 1~3 5 7 軽度 5 7 9*上肢及び下肢の障害がいずれも5級である場合には併合すると2級となる。
障害等級は、「身体性機能障害整理表」とりまとめ、1から12級までに該当する程度を具体的に検討した。
詳しくは、報告書に目を通していただくとして、器質性の障害のその他の特徴的な障害として、
(1) 外傷性てんかん
(2) 頭痛
(3) 失調、めまい及び平衡機能障害
(4) 疼痛等感覚異常 (神経痛・RSD)
を上げ、見直しの検討を行なっている。また、振動障害については、現行の神経系統の障害で評価でき、特に独自の認定基準を策定する必要性は乏しいとした。
器質性の神経・精神障害の評価については、専門検討会報告書のたたき台がでた時点で、「日本脳外傷友の会」はじめ高次脳機能障害者による市民団体などが緊急要望書を提出している。要望事項は、①社会生活上の困難さや介護(生活遂行の管理など)状態、および残存労働能力の実態を反映させた基準・解釈作りを行うこと。そのために早急な結論を急がず十分な検討を重ねること。②社会的な影響が極めて大きい問題であるという認識のもと、幅広く意見聴取する機会を設けること、高次脳機能障害についてより理解が得られるような施策を求めるものであった。
最後に、検討会は障害等級第11級の新設を検討しているが、12級と隣接することとなり、より慎重に検討が必要で、早期に改めて検討すべきとして先送りにした。精神障害の相談件数は確実に増加傾向にあり、これから症状固定するケースも増えるだろう。しかし、我々個人個人が扱う事例の具体的経験から検討会報告書を判断するには無理がある。厚生労働省の後追いではあるが、我々運動側も医学的専門家や関連する団体などの意見を集め、より具体的にこの報告書を検討する必要がある。今回は、報告書の内容を紹介するにとどまったが、今後も検討を続けるつもりである。
高次脳機能障害整理表
高次脳機能障害 の障害の区分 そう失の程度 意思疎通能力
(記銘・記憶力、認知力、言語力等) 問題解決能力
(理解力、判断力等) 作業負荷に対する持続力・持久力 社会行動能力
(協調性等)A
多少の困難はあるが概ね自力でできる(1) 特に配慮してもらわなくても、職場で他の人と意思疎通をほぼ図ることができる。
(2) 必要に応じ、こちらから電話をかけることができ、かかってきた電話の内容をほぼ正確に伝えることができる。(1)複雑でない手順であれば、概ね理解して実行できる。
(2)抽象的でない作業であれば、1人で判断することができ、実行できる。概ね8時間支障なく働ける。 障害に起因する不適切な行動はほとんど認められない。 B
困難はあるが概ね自力でできる(1)職場で他の人と意思疎通を図ることに困難を生じることがあり、ゆっくり話してもらう必要が時々ある。
(2)普段の会話はできるが、文法的な間違いをしたり、適切な言葉を使えないことがある。 AとCの中間 AとCの中間 AとCの中間C
困難はあるが、多少の援助があればできる(1)職場で他の人と意思疎通を図ることに困難を生じることがあり、意味を理解するためにはたまには繰り返してもらう必要がある。
(2)かかってきた電話の内容を伝えることはできるが、時々困難を生じる。(1) 手順を理解することに困難を生じることがあり、たまには助言を要する。
(2)1人で判断することに困難を生じることがあり、たまには助言を必要とする。障害のために予定外の休憩あるいは注意を喚起するための監督がたまには必要であり、それなしには概ね8時間働けない。 障害に起因する不適切な行動がたまには認められる。 D
困難はあるがかなりの援助があればできる(1)職場で他の人と意思疎通を図ることに困難を生じることがあり、意味を理解するためには時々繰り返してもらう必要がある。
(2) かかってきた電話の内容を伝えることに困難を生じることが多い。
(3)単語を羅列することによって、自分の考え方を伝えることができる。 CとEの中間 CとEの中間 CとEの中間E
困難が著しく大きい(1)実物を見せる、やってみせる、ジェスチャーで示す、などのいろいろな手段と共に話しかければ、短い文や単語くらいは理解できる。
(2)ごく限られた単語を使ったり、誤りの多い話し方をしながらも、何とか自分の欲求や望みだけは伝えられるが、聞き手が繰り返して尋ねたり、いろいろと推測する必要がある。(1)手順を理解することは著しく困難であり、頻繁な助言がなければ対処できない。
(2)1人で判断することは著しく困難であり、頻繁な指示がなければ対処できない。障害により予定外の休憩あるいは注意を喚起するため、監督を頻繁に行っても半日程度しか働けない。 障害に起因する非常に不適切な行動が頻繁に認められる。 F
できない職場で他の人と意思疎通を図ることができない。 課題を与えられてもできない。 持続力に欠け働くことができない。 社会性に欠け働くことができない。 脳損傷による身体機能障害整理表
身体性機能障害 歩行(移動)能力 物を持ち上げ、保持する能力身体配置の能力
(姿勢保持の能力) 手の器用さ
(巧緻性)A
多少の困難はあるが概ね自力でできる一人で概ね支障なく出勤することができる。
職場内での移動にも概ね支障がない仕事で仕事に必要な物(10kg程度)を保持する(下げる)ことが、概ね支障なくできる 立位の支持及び座位の保持に概ね支障がなくできる 多少の不便は感じるかもしれないが物を概ね自由に扱うことができる B
困難はあるが概ね自力でできる AとCの中間障害を残した上肢のみでは仕事に必要な物(概ね10kg程度)を保持する(下げる)ことができない 両足で1時間以上にわたる立位での支持はできない。 障害のために物を扱う際の器用さやスピードは多少低下している。例えば、スムーズに錠に鍵を入れたりティースプーンでコーヒーに砂糖を入れたりするのは難しいが、文字をかいたり、ドアのノブを回すことはできる C
困難はあるが多少の援助があればできる日常生活は概ね独歩であるが不安定で転倒しやすく、速度も遅い物 BとDの中間 BとDの中間障害のために物を扱う際の器用さやスピードはかなり低下している。
例えば、ドアのノブを回すことはできるが、コインを扱ったり文字を書くことに困難を伴うD
困難はあるがかなりの援助があればできる杖や装具なしには階段を上がることができないもの 障害を残した上肢のみでは仕事に必要な軽量な物(概ね500g)を持ち上げることができない 両足で30分以上にわたる立位での支持ができない 障害のために物を扱う際の器用さやスピードが極めて低下している。
例えば、ドアのノブを回したり、文字を書くことができないE
困難が著しく大きい杖や装具なしでは歩行することが困難なもの 障害を残した上肢のみでは物を持ち上げることができない 障害を残した下肢のみでは立位での支持ができない F
できない歩行することができないもの 両手でも物を持ち上げることができない 両足で立位での保持ができない
または、座位での保持ができない