訪韓報告:給食調理労働者肺がんに対する全国学校非正規職労働組合の闘い

調理ヒューム
韓国で給食調理労働者に肺がんが多発している。
原因は「調理ヒューム」。
調理ヒュームとは、焼きもの、揚げものなど調理作業で発生する微細な固体粒子、液体粒子(液滴)の集合体だ。数百種類以上の化合物を含み、多環芳香族炭化水素(PAHs)、PHIp(肉や魚などのタンパク質を多く含む食品を高温で加熱した際に発生する、強力な発がん性物質の一種)、アルデヒド類(ホルムアルデヒド等)、微小粒子状物質(PM)などの発がん性を有する有害物質を含んでいる。
IARC(国際がん研究機関)は、「高温の油によるフライ調理」で発生する調理ヒュームの発がん性をグループ2A(ヒトに対しておそらく発がん性がある)と2006年に決定し、同年公表した。特に中国、台湾、香港などで行われた疫学調査が主な根拠。これらの地域では、非喫煙者の女性が肺がんに罹患するケースが多く、その背景に「換気が不十分な空間での高温の油(炒めもの・揚げもの)による調理ヒューム」へのばく露が強く関連していることが示されたためだ。2010年に決定の詳細がモノグラフvol.95として公表されている。
労働組合と専門家集団の闘い
この問題について労災認定、職場改善、法律改正に労働組合と専門家が取り組んでいる。
民主労総サービス連盟全国学校非正規職労働組合(学非労組)、イ・ユングン博士(ウォンジン労働環境健康研究所前所長)ら労働・環境衛生研究者たちだ。国会議員、弁護士、関係市民団体も一緒に闘ってきた。
学非労組所属の組合員に発生していた肺がん被害を掘り起こし、多発していることを突きとめ、研究者とともに被害実態を科学的に明らかにし、労災認定闘争、換気装置改善対策、増員要求、低賃金解消を目標に団体交渉、ストライキ、学校給食法法改正等国会闘争、メディアへの情報発信に奔走してきた。
筆者は関連情報を主に本誌関西労災職業病連載「韓国からのニュース」や全国安全センターHP(https://joshrc.net/korea)を通して知り、ぜひ直接話を聞きたいと考えた。そこでソウル在住の鈴木明氏(元東京労働安全衛生センター職員で、現在韓国石綿追放ネットワーク(BANKO)執行委員長)にイ博士と学非労組との連絡・調整をお願いしたところ、12/3午後ソウルの学非労組本部にて労組の方々及びイ博士にお会いしレクチャーしていただく機会を得ることができた。団体交渉や大詰めの学校給食法改正国会審議のまさに最中であるにもかかわらず、加えて(部外者には難しい)給食調理場見学までも学非労組ソウル支部にアレンジしていただけたことは大変ありがたかったというほかない。
今回の訪韓直後、「学校給食法改正案」が12/29国会本会議で可決された。「国と自治体が調理労働者の安全を守る責任」、「調理労働者一人当たり調理食数を大統領令で決定すること」を明記するなど画期的成果が盛り込まれ、今後は大統領令をめぐる闘争に進むことになった。あわせて、遅れている換気装置等の職場改善対策実施、肺がん発生事情と密接に関係している差別的な低賃金等労働条件の抜本改善など、まだまだ闘いは続く。
「給食調理労働者肺がんをめぐる闘い」の核は学非労組の労働運動だ。今後も目が離せないし、さらに詳細に学ぶことが肝要だと痛感した。以下、闘いのさわりに触れることができた今回の訪韓概要を報告する。
換気に致命的構造欠陥
学非労組のイ・ジェジン労働安全局長から「学非労組の肺がん対策事業」と題してレクチャーされた。概要は次のような内容だった。
Ⅰ.学校給食の現状-全国学校数1万2038校、その教職員・学生数526万2606人。その給食調理に7万4140人の調理士・調理実務士・栄養士がたずさわっている。
学非労組は学校の100以上の職種の非正規職員で構成され組合員数約6万人。給食調理労働者がもっとも多い(約半数)。
Ⅱ.学校給食労働者肺がんの実態-肺がんを発症した組合員が2017年に労災申請し、4年後の2021年2月24日に認定された。こうした事例がなかったためにその過程で労働組合が労災だと闘争し証明していく4年間の闘いがあった。記者会見、証言大会等々行い、教育委員会に行き問題提起をし支援を要請した。労働組合が外で闘い、(労災申請を審議する審議会にはイ博士も参加していた)イ先生たちは中で闘った。
労災認定への過程では疫学調査が大きな転換点になった。
申請者は、2005年3月から2017年3月までの12年1か月間、学校給食施設で働いたのち、原発性非小細胞肺がん(ステージⅢb)を発症した。申請者が従事した揚げもの調理(前掲写真、写真1参照)の回数・量などを具体的に統計にして提出した。

その結果、高温の揚げもの調理から発生する調理ヒュームにばく露した申請者に発生した肺がんは職業性肺がんであり、(労災審議途中での)死亡は肺がんと関連したものと判断された。
産業安全保健公団による実態調査結果(2021/12)では、調査対象となった給食室で(換気の要である開口面流速が)「良好」な給食室は皆無、フード流量性能が不十分であることが浮き彫りになった。
同時に換気装置の構造的欠陥も明らかになった。換気吸引口が調理作業面(調理ヒューム発生面)のほぼ直上にあったため、労働者がまともに調理ヒュームを吸い込んでしまっていたのだ。(図1)

単に突然に「肺がん患者が出た」のではなかった
申請者は韓国・京畿道の中学校に勤務していた。同校では換気装置、職場環境が劣悪で、労働組合の再三の改善要求にもかかわらず一向に改善されない状況にあった。脳卒中を含め複数の労働者が倒れる事態となっていたさなか、申請者が肺がんになった。
過去には、他の学校にも肺がんの人はいただろうけども、(環境の悪い)この学校で集中的に倒れる人が出たために実態調査をして労災申請をしようということになった。
ところでイ博士が言われるには「自分が給食調理現場にかかわるようになったのは2011年からで筋骨格系疾患調査のときだった。調理ヒュームは問題だと思っていたけれどそんなに深刻だとは思っていなかった(上記のIARCによる発がん性分類決定経緯参照)。(その点からみると)調理ヒュームのことにもっと早く取り組めば、より犠牲がすくなかったのではないかという反省がある。2019年に職業がんの掘り起こしをはじめたときに(様々な)労働者がどういう仕事をするのかいう整理をしながら、そのときはじめて調理ヒュームに(強い)関心をもちはじめた、それが2019年、20年くらい」ということだった。2019、20年は2017年肺がん労災申請のあとの時期にあたる。
イ博士の話(後述)に出る「職業がんの掘り起こし」運動は、「職業性・環境性がん患者探し運動」として2021年4月28日に本格的に開始されることになった。給食調理労働者肺がんの初認定直後だ。
肺がん第1号申請者に関するそれまでの調査審議4年間の過程で学非労組はイ博士らの助言を得ながら取り組み、初認定を勝ちとった。コロナ禍の時期にあたるこの時期、イ博士らは本格的な職業がん掘り起こし運動の準備を行っていた。

写真2は同運動発足式記者会見の写真で、イ博士がマイクを握っている。メイン字幕には「あなたのがん!あなたの過ちではありません!/職業性・環境性がん患者探し運動 宣布式/4月 28日11時 世宗文化会館 階段/(主催団体)保健医療労組/プラント建設労組/全国学校非正規職労働組合/化学繊維連盟/職業性・環境性がん119」とある。
うしろの階段の黄色プラカードは「プラント建設/肺がん/血液がん」「製鉄所/肺がん/膀胱がん」「サービス/肺がん/乳がん」「保健医療/血液がん/乳がん」「化学繊維/血液がん/肺がん」とある。給食調理労働者肺がん問題が職業がん掘り起こし運動の中心課題の一つになっていったことを示している。
2021年2月に初認定をかちとるなかで学非労組は、この問題は一過性の話ではない、何処の職場にも共通した問題であるとの観点から取り組みを進めた。
学非労組は実態調査を当局に要求し、その結果、上記の換気装置の構造的欠陥が明らかになった。
また、学非労組が組合員対象にオンラインアンケートを2021年6月に実施したところ5362人から回答があり、うち189人(2.4%)が肺がんと診断された経験があった。8割以上の人の天ぷら、焼きもの等の調理ヒューム発生作業が月平均で10日以上であり、15日以上に及んでいる人が4割にのぼっていた。イ博士の結果分析によれば、一般女性の24.8倍の発症率と試算されるという驚くべき結果、つまりは、職業がんであるという確信を裏付ける結果が示された。
そして学非労組は「がんも産災(労災)だ!あなたのがん、産業災害として認められるかもしれません」と題するリーフレットを作成し全組合員、退職組合員を対象に配布した。
そうした取り組みにより次々と肺がん労災申請が行われ、申請213件、認定(承認)178件となった(表1参照。死亡数は今回レク時点までに14名から15名に増えた)
学非労組はまた、低線量CTによる全国肺がん健康診断を要求しこれが実現した。その結果、約4万人が受診、約3割に異常所見がみられ、最小の推定でも一般女性の5倍以上の発症率であることがあきらかとなった。
こうした現実を踏まえて、学非労組は1)換気施設の改善、2)定期的健康診断の実施、3)適正人員の充足等を要求し、大衆行動、討論会、コンサート、写真展など様々な取り組みを行ってきた。

これら運動の成果として、2023年8月24日「団体給食施設換気に関する技術指針」を韓国産業安全保健公団が公表し、換気流速の向上、フードの方向・形状の変更などが示された。これを受けて全国17の自治体教育庁のうち13で改善のための条例が制定された。
学校給食従事者肺がん予防健康診断基準も策定された
学非労組としてはこの問題は国が法律で対応するべきであると考え、2023年7月4日の「学校給食労働者 肺がん産業災害被害者への国家責任要求、および再発防止のための対策委員会」(肺がん対策委:民主労総など30団体参加)発足を主導し、学校給食法、産業安全衛生法、産業災害補償保険法などの法律改正運動をすすめ、国による肺がん対策を実現していくという方針で臨んでいる。複数の労災認定者を原告とする国家賠償請求訴訟もすでに提訴されている。
学校給食法改正法案は2024年6月、学校非正規職としてはじめて国会議員となったチョン・ヘギョン氏により発議され、ユン元大統領の非常戒厳令宣布騒動、2025年4月罷免、イ・ジェミョン新大統領就任を経て、冒頭述べたように昨年末国会可決となった。
さらに、予防のための職場改善推進、産安衛法による健康管理制度対象疾病とすること、労働基準法における職業病リスト疾病とすること、労働過重を解消するための適正な人員配置基準の設定、差別的低賃金の解消といったことをテーマとして学非労組は闘いを続けているのだ。
イ局長のレクのあと、話をしめくくるかたちでキム・スジョン首席副委員長・労働安全委員長が「韓国でも90年代終わりから学校給食ということがはじまりました。(国民運動によって)韓国で環境にやさしい無償給食がはじまって15年、学非労組ができて15年です。この間賃金、処遇改善を中心に取り組んできました。2017年からは専門家の支援を受けて、労安問題について、筋骨格系集団労災申請も行い、加えて、肺がん・職業がんへの対応をおこなってきました。今日、(給食の)将来があやぶまれているなかで、学校給食を守る立場から無償給食を守る立場を含めて労働組合では取り組んでいるところです」と述べられた。
「職業がん」としての「給食調理労働者肺がん」
イ博士から「韓国の学校給食労働者の肺がん事例」と題してレクチャーをいただいた。
まず、前述した職業がん患者掘り起こし運動について説明された。
職業関連死亡における職業がん(アスベスト含む)の割合は、全世界26%(2017年)、EU53%(2014年)に対して、韓国は12%(2021年)と相当に少ない。
いくつかの研究論文を参照して職業がん患者数は全患者数の約4%と仮定し、韓国の全がん患者数年間24万人にこの4%を乗ずると、年間の推定職業がん患者数は約9600人となる。
つまり約1万人が職業病として認定されるべきだが、実際の認定患者数は205人(2018年)だった。
ただこのとき申請数は279人に過ぎず、申請率は2.9%。認定率は205/279の73.5%ということだった。つまり、認定数が少ないのは認定審査が厳しすぎるのではなく、申請数が少なすぎるためと考えられた。
がん患者の9割以上は大学病院レベルで診断・治療を受けるので、患者掘り起こしの鍵は、病院で職歴調査をきちんとすることだと考えた。
ところが法律では医療記録の記載事項に職歴は入っていない。これを変えようと提起したが病院協会は仕事が増えるので口を揃えて反対した。大学病院も反対している。
病院中心のモニタリングシステムをつくること、この問題を解決してこそ水面下の職業病患者が掘り起こされてくるはずだ。
「物質」でなく「作業」に着目
職業がん掘り起こし運動では、どういう物質にばく露したのかのではなく、どういう仕事、作業をしたのかという観点に注目した。労働者は取扱い物質を知らないことが多い。扱った物質ではなく、どんな作業をしたかをきくようにした。作業とがんのデータベースをつくり、そこにひっかかれば労災申請するというプログラムをつくった。どういう職業に何年従事したか、どういうがんを発症したかを入力すれば、職業病の可能性を評価できるアプリをつくり、その結果に応じて運動センターに連絡して労災申請する。
また労災申請を容易にするために病院、医師から直接申請できるようにもするべきだと考える。
2019年から職業がん掘り起こし運動を準備したがコロナ禍でスタートが遅れて2021年4月28日からスタートした。この運動によって、職業がん認定数は2022年に300人を超え、現在は500人くらいになった(図2)。

調理ヒュームの発がん性
調理ヒュームの発がん性が明らかになったのは中国や香港などの疫学研究による。調理時間が長いほど肺がんリスクが高まることが明らかになった。研究論文の数が少ないのでIARCの発がん分類は1でなく2Aとされたといった程度に過ぎない。
さらに韓国の保険制度のデータを使ったコホート調査研究結果を、論文として韓国・産業安全保健研究院が2025年1月に発表し、調理労働者の肺がんリスクは事務職と比べて約4倍高いことが示された。
リスクは学校給食だけに限らない。換気装置の新しい技術指針のタイトルにも「団体給食」と記載されている通り、同様の職場環境、調理作業状況においては同様のリスクがある。
より深刻なのは中国料理店の調理師。ほとんど揚げて、炒めており、学非労組のみなさんよりも危険要因が多い。環境も劣悪で換気もできていない。そして中国料理は一度はじめるとずっと中国料理で働く。
この問題について話そうと中国料理の大家に電話をすると、マネージャーの妻と話をしてくれと言われたので連絡をとったが回答はなかった。
女性の力、組織の力
今後の課題としては、環境測定の法的要件をどうするか、定期健診や60才を過ぎた人から多く発症していることから健康管理手帳制度、指針で示された適切な換気装置の迅速な実装(ソウルは遅れている)、標準化された給食マニュアルの開発、適切な労働強度の実現がある。
成果を勝ちとる職業病闘争は大きな意義がある。(学非労組が)なぜ成果をあげることができているのかというと、ひとつは母、女性の力である点、最後までいくところまでいくというのが原動力となっている。そして、組織の力、労働組合の力という点だ。

左からイ・ジェジン労働安全局長、チェ・ヘヨンソウル支部教育局長、ユ・ヘジン同支部長、筆者、キム・スジョン首席副委員長、パク・ユンスクソウル支部組織局長、ジン・ユンソン労働安全部長
調理場見学
レクの終わり、学非労組の方は、子ども達のための給食であるということがなければここまで長くはできなかったと話された。その気持ちはわかる気がした。
レク後の15時半ごろから、学非労組本部から近い、ソウル三光(サムグァン)小学校の単独調理場を見学させていただけた。
案内していただいた同校の教頭先生から、日本の植民地時代に日本人学校としてはじまった古い学校であるということをお聞きした。説明ではここは韓国の典型的な給食調理室だということだった。訪問時は調理、清掃作業をすべて終了し組合員はみな退勤されていた。問題となっている揚げもの、焼きもの調理をするところと換気装置はまだ改善がおこなわれていなかった。同校は調理室のとなりの食堂に生徒が来て食事をするカフェテリア方式をとっており、生徒各自が食器を兼ねたトレイをもって並び配食してもらっていくやり方なので各食器は使用されない。実際の調理場を見学させていただいたことで、レクでお聞きしたことが実感をもって迫ってくる思いがした。

おわりに
今回の訪韓ではイ博士が長年勤めたウォンジン労働環境健康研究所、緑色病院を表敬しイ博士から所長を引き継がれたキム・ウォン博士ら所員の方々、イム・サンヒョク病院長にお会いした。また、アスベスト、中皮腫関係の打ち合わせのために韓国石綿追放ネットワークのチェ・エヨン氏を訪問し、韓国の中皮腫患者の方ともオンラインで交流することができた。

最後に、すべてを準備していただいた鈴木明氏に伏して御礼を申し上げるとともに、肺がんなどの職業がん、中皮腫等のアスベスト問題等々、韓国の方々に学び交流をつづけていくことが大切であることを改めて感じたことを記してこの稿を閉じたい。
*韓国との交流については、以下の記事も参考にしていただきたい。
・「日韓の安全衛生問題で交流ー民主労組全北本部より訪問団」本誌2024年10月号
・「病院がストライキ!韓国の保健医療産業労組」本誌2023年10月号
・「韓国の職業がん 鈴木明さん記念講演」本誌2022年3月号
・「ANROEV(労災・公害被害者の権利ためのアジアネットワーク)ソウル2019/10/27-30」本誌2019年11-12月号
関西労災職業病2026年1月572号

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