日韓の安全衛生問題で交流-民主労総全北本部より訪問団

2024年10月2日から6日にかけて、韓国の労働組合のナショナルセンターである民主労総の全北本部より、7名が訪日した。目的は、日本の労組や活動家との交流、応援や勉強会等だ。
その中で、10月4日の午後3時から、交流の一環として、訪日団と関西労働者安全センターとの懇親会が開かれた。その内容を下記にまとめる。

1.死なずに働ける権利のために

民主労総全北本部の本部長イ・ミンギョンさん

まず関西労働安全センター事務局長の田島から開会の挨拶があった後、訪日団の一人である、民主労総全北本部の本部長イ・ミンギョンさんから、韓国での労働における課題を報告していただいた。
韓国の全北特別自治道では、2024年4月から9月にかけて6件死亡事故が起こったが、その大部分が、墜落、挟まれ、衝突など、従来から続く昔ながらの原因だった。
この従来型の事故は、建設業で特によく起こる事故だが、その理由は、安全措置の不足と、無茶な工期設定である。
また、チョンジュ市のリサイクルセンターでは、5月に爆発事故が起こり、5名が死傷した。リサイクルセンターに対して、民主労総は、定期的なガス濃度のチェックを提起していたが、ずっと行われておらず、今回の事故となった。
こういったことが起こる原因とは何だろうか。イさんは、2つの労働法に関連付けて説明された。
まず、重大災害処罰法である。
韓国では、2022年1月27日から、重大災害処罰法という法律が施行された。これは、重大な被害を伴う労働災害が起こった時、経営責任者(通常は代表理事)や安全管理責任者に責任を問うもので、その範囲は元請の責任者にまで及ぶ。しかし、2024年10月の現状として、処罰はほとんど現場の担当者や下請け事業所にとどまっている。
例えば、セアベスチールは、処罰法施行後、5件死亡事故を起こしているが、社長の拘束、取り調べはなかった。
他の会社でも事故は多く起こっているが、元請けの社長が処罰されたのは1~2件、それも罰金刑にとどまり、拘束や取り調べはない。処罰されることがほとんどなく、あっても軽いため、労働条件の改善がなかなか行われないのだ、ということである。
次に、産業安全保険法だ。
これは、現場の安全措置を管理する法律で、処罰法が事故後のための法律とするなら、この法律は事故を未然に防ぐための法律と言える。
しかし、この法律については、2つ大きな問題がある。
1つは、人員が圧倒的に不足していることだ。例として、全北では数千の事業所があるが、同法に基づく監督官は2名である。なので、どうしても、現場を直接調査するようなことは少なくなり、書類だけの簡便な管理になってしまう。チョンジュ市のリサイクルセンターも、この法律だけの話ではないだろうが、人員が足りないという理由で、ガス濃度のチェックが行われていなかった。そこかしこで行われる建設工事の現場も、直接監視している余裕はない。
もう1つは、法の適用外になる範囲が大きいことだ。まず、従業員5名以下の事業所は法の適用外である。全北では、事業所数でいうと、なんと80%程度が5名以下の事業所である。また、請負という雇用形態をとりがちなプラットフォーム労働者、感情労働者、教育労働者の大部分が、この法律の適用外となってしまう。
監督する人員が足りないことと、適用範囲が限定的なことが、危険な職場環境の放置につながっているということだ。
民主労総としては、まずこの2つの法律が、全ての労働者に適用され、適切に施行されるよう、政府に向けて取り組んでいる。また、過密労働によって事故が起きないように週4日労働制を訴えると同時に、危険な環境での仕事を未然に防ぐために、作業中止権を労働者個人だけでなく、労働組合として行使できるよう交渉為ている。(現状、作業中止権は個人で行使することになっており、行使後の会社から当人への不利益な扱いを防げない。)すべての労働者が死なずに健康に働ける権利を、安全に、幸せに、家族のために働ける権利を保障するために、これからも取り組んでいくとのことであった。

2.日本の労災の移り変わり

次に、関西労働者安全センターの西野から、労災などのデータから見た近年の日本の労働安全衛生の流れを、3つの事項から説明していただいた。
まず1つ目は、死亡者数の減少と、休業4日以上の死傷者数の増加である。
日本では、労災による死亡者数は、1996年に2,316人だったが、そこから2021年までほぼ継続して減少し、754人にまでなっている。一方で、休業4日以上の死傷者数は、2009年の105,718人を最小として、2021年に135,371人にまで年々増えている。
その理由を推測するデータとして、事故原因のトレンドの変化がある。休業4日以上の死傷者数について、1996年から2020年にかけて、はさまれ、墜落の事故が減少し、転倒、動作の反復の事故が増加している。ここから推測できるのは、設備要因の事故は、安全カバーや緊急停止装置、ハーネスの義務化などの対策によって減少しているが、行動要因の事故は、高齢の労働者の増加によって増えているのではないかということである。今後は、今まで通りの装置や現場への対策は行いつつ、加えて高齢の労働者の事故対策というものが必要になってくる。
2つ目は、精神疾患の患者数の増加である。
精神障害による労災の請求件数は、1998年は47件だったものが、2003年は341件、2013年は1257件、2023年は3575件となっている。今後もしばらくは加速度的に増え続けることが予想される。メンタルヘルスの対応については、ストレスチェック制度やその集団分析などが制定されて行われているが、目に見えて効果が上がっている、役立っているとは言い難い状況であり、どうしていくか考える必要がある。
3つ目は、隠れた農作業者の事故の多さである。
厚労省が発表した、2020年に労災で死亡した農作業者は17名だ。しかし、農林水産省が発表した2020年の農作業死亡者は270人なのである。つまり、死亡者の内、253名が労働者でないと判断され、労災のデータ上は隠れた数値になっているのである。2020年の建設業の労災死亡者は258名のため、実際の農作業での死亡者はそれを超えていることになる。なので、農作業者の安全衛生対策は重要な課題である。
また、農林水産省のデータでは、農作業死亡者の割合で、2020年には65歳以上の死亡者が84.8%となっており、こちらの方でも高齢者対策を講じる必要がある。

3.フリーディスカッション

その後は、フリーディスカッションとして、お互いに思うことや質問をする形になった。午後4時30分で一旦中断、休憩、その後6時30分から再開して、関西労働者安全センターの運営協議会を兼ねながら8時30分まで議論は続いた。全部書くと大変な分量になるので、主な話題やそのやりとりを下記にまとめてみる。

  • 日本で労災が減ったのはなぜか。労働安全衛生法で罰則が決まったことと、建設業だけで言うと、労災を起こした企業はしばらく公共事業の入札に参加できないことが影響している。
  • 現場を回ることの重要性
  • 精神疾患の労災に関する処罰について、日本では長時間残業は法規制により処罰があるが、ハラスメントは法的な処罰はなく、被害者が損害賠償請求をすることになる。
  • 労災での経営者の処罰について、法的に処罰されることはほぼなく、被害者自身が損害賠償請求することになる。
  • 日本の公務員労組について。日本にもあるが、組織によって活気はバラバラ。今は全体的に勢いも弱まっている印象。
  • 韓国では労組主体で新聞に働きかけ記事を発信するが、日本はそもそも労働問題がニュースならないこと。
  • 民主労総が別の労組の事案に協力して解決した事例。
  • 安全センターと労組が協力して現場改善した事例。
  • 労働組合に入るのを嫌がる人について、日本はそういう傾向が強いが、韓国でも同じ傾向があるという話

などである。印象的だったのは、民主労総の人が、何をしゃべるにしても、かなり自信満々に喋ることである。通訳を介しているので解釈違いはあるかもしれないが、「民主労総が関わった事件は労働者の勝利として解決してきた」とか、「民主労総は大きな組織だからそれができていると思う」など、勢いのすごさを感じた。ただ、医師と協力しながら問題解決するというのは民主労総ではあまりないようで、安全センターが医師と共に、ある現場のフォークリフトの振動障害について取り組んだことなどは興味深く聞いてくれたようだ。また、韓国の労災死亡件数に対して日本の件数が少ないことについても思うところがあったようである。

以上が民主労総全北支部の訪日団と関西労働者安全センターの懇親会のレポートである。個人的な感想として、民主労総の勢いに対して、日本の労働運動は弱いイメージの話し合いになったが、それは逆に、日本全体の傾向として、運動が弱くてもなんとかなるような環境になってきているということでもあるのだろう。いつか、労働者運動みたいなことがなくなっても平気な社会にするために、今は相談に真摯に対応することから進めていく。(事務局 種盛真也)

関西労災職業病2024年10月559号