すすむ労災保険特別加入業種の拡大がもたらすもの-特別加入者で複数事業労働者という選択肢

今回の拡大は、自転車配達員とITフリーランス

労災保険制度に関する政府の審議機関である、労働政策審議会労働条件分科会の労災保険部会は、働き方改革の方針に基づいて、昨年には複数事業労働者の保険給付について改正を行ったほか、特別加入制度対象業種拡大や制度改正の議論を加速させてきた。

昨年の夏には、HP上で拡大へ向けての意見募集を行ったうえで、かねてからの要請もあった芸能従事者、アニメーターを特定業務従事者として、柔道整復師を一人親方等の業種として認めることとした。また、昨年3月に労災保険法の改正とともに成立した、高年齢者雇用安定法改正により、新たに設けられた65~70歳の雇用によらない就業形態である創業支援等措置についても特別加入可能な業種として設定することにした。この4業種及び作業について、今年4月1日より特別加入が可能となったことについては、本誌でも取り上げてきたところだ

労災保険特別加入の対象を拡大 柔道整復師、芸能従事者、アニメーション制作従事者(関西労災職業病2021年3月号)

その後も労政審労災保険部会は、拡大業種についての審議を継続し、5月14日には、フードデリバリーサービスの自転車配達員、ITフリーランス(情報サービス業)について取り上げ、業界団体からのヒアリングを行った。

6月18日の同部会では、この2つの業務を第2種特別加入に追加することについて、おおむね妥当と厚生労働大臣に答申し、拡大が決定した。2つの業務は、労災保険法施行規則で正式には、次のとおり表記されることになる。

  • 「原動機付自転車又は自転車を使用して行う貨物の運送の事業」(一人親方等が行う事業として労災則第46条の17の第1号に追加)
  • 「情報処理システム(ネットワークシステム、データベースシステム及びエンベデッドシステムを含む。)の設計、開発(プロジェクト管理を含む。)、管理、監査若しくはセキュリティ管理その他情報処理システムに係る業務の一体的な企画又はソフトウェア若しくはウェブページの設計、開発(プロジェクト管理を含む。)、管理、監査、セキュリティ管理若しくはデザインその他ソフトウェア若しくはウェブページに係る業務の一体的な企画その他の情報処理に係る作業であって、厚生労働省労働基準局長が定めるもの」(特定作業従事者として労災則第46条の18に新たに追加)

この省令改正の公布日は7月中旬、施行は9月1日が予定されている。

以下、フードデリバリーサービス配達員の特別加入に焦点を絞り、今回の改正の背景と、これからの運用の問題点などについて考えてみたい。

自由な働き方は、個人事業者なので労災保険はない

Uber で配達する
ご都合に合わせて働き、
収入を得ることができます

スマホやパソコンで注文すると、自宅に欲しい食べ物を届けてくれる、いわゆるフードデリバリーサービスで、急成長しているウーバーイーツの配達員募集ページのトップに出てくるフレーズだ。

登録要件として、自転車、原付バイク(125cc 以下)、軽自動車やバイク(125cc超)、それぞれの必要物が記されていて、その下には「Uber Eats 配達パートナーのメリット」が続く。
最初にくるのは・・・

自由な働き方
Uber Eats の仕事はシフトがありません。1時間だけでも、土日だけでも、空き時間に配達することが可能です。個人事業主なので、働く時間やスケジュールを決めるのは自分自身。

自分自身で都合に合わせて働き、報酬を得ることができる。自転車とスマホが用意できたら始めることができる。

新型コロナウイルス感染症対策で飲食店は休業続きというさなかで、フードデリバリーの需要が急速に延びていて、都市部でさえあれば仕事がどんどん増えていて、他社も含めて、いまや地方都市でもこの業態が広がるという状況だ。しかし、この理想的ともいえる働き方について、前提ははっきり示されている。ウーバーイーツの募集ページで、明確に謳っている、「個人事業主」である事実である。

個人事業主だから決めるのは自分自身であって、労働基準関係法令の保護対象とはならない。スマホにダウンロードしたアプリをオンにしたら、配達の仕事が入り、もう止めようと思えばオフにすればよい。トコトン稼ごうと延々と仕事を続けても、労働基準法の適用はないから、制限もない。

そして配達中に大けがをしても、労働者ではないので労災保険の適用はない。他の労働条件はともかくとして、車両を使っての配達の仕事で、事故はつきものなのに、補償制度といえば、せいぜい会社が斡旋する民間保険会社の傷害保険程度のことだ。これではいけないということになる。

災害補償制度はなかった自転車配達員9万人

労災保険は、労働者以外であっても、その業務の実情、災害の発生状況などからみて、特に労働者に準じて保護することが適当であると認められる場合には、特別に任意で加入する特別加入制度を設けている。この特別加入には、労働者を雇用して自らも働く中小事業主(第1種)、労働者を雇わず働く一人親方その他の自営業者と特定作業従事者(第2種)、それに労災保険法が適用されない海外で働く海外派遣者(第3種)がある。

個人事業主は第2種ということになるが、業種や作業の種類が特定されている。使用され賃金を支払われる労働者と異なり、個人事業主は、業務の範囲を特定しなければ、どこまでを業務災害とするか明確にできないからである。

フードデリバリーサービス配達員の作業内容をみると、現行の特別加入対象業務では、「自動車を使用して行う旅客又は貨物の運送の事業」(労働者災害補償保険法施行規則第46条の17第1号)が近いといえる。もともとこの業務は、個人タクシー運転手やトラックで貨物運送を営む事業者のことを指していたが、徐々に範囲は拡大され、「原動機付自転車を使用して行う貨物運送事業(他人の需要に応じて、有償で、貨物を運送する事業)を行う者」も含まれるようになっている。

一方、フードデリバリーサービスの業界は、新型コロナウイルス感染症拡大のさなかで、拡大の一途をたどり、配達員の数は15万7千人とされる(一般社団法人プロフェッショナル&パラレルキャリア・フリーランス協会の調査による)。一般社団法人日本フードデリバリーサービス協会が労政審労災保険部会のヒアリングで提出した資料によると、そのうち約70%が自転車利用と仮定し、自転車による配達員は、約9万人と推計している。

これまでの特別加入で認められてきたのはバイクまでであったので、すでに9万人の配達員が、労災保険に任意に加入するすべが全くなかったということだ。

労災保険には入れるが、個人に課せられる保険料負担

さて、この新たな特別加入の業種追加でどんな問題があるだろうか。

ひとつは保険料負担の問題がある。今回の省令改正で、新たな追加業種となる「原動機付自転車又は自転車を使用して行う貨物の運送の事業」は、既存の「自動車を利用して…事業」と同じ1000分の12とした。

具体的な保険料を考えると、給付基礎日額1万円で加入すると1年間の算定基礎額は365万円となるので、これに1000分の12をかけると、年間の労災保険料は43,800円ということになる。これに特別加入団体の会費が安くみても月500円、年間6000円とすると、締めて約5万円ということになる。もちろんこれで労災保険制度のあらゆる給付が適用されることになるのだが、配達員自身が個人事業者としてこの5万円を負担するためには、一定の覚悟が必要ということにならないだろうか。

配達員の仕事を生業として、少なくともここ1年は継続するという覚悟であったり、一つの登録会社では仕事量が確保できない場合やその他の理由で、複数の会社と登録するなどの対策をとったうえでの加入でなければ、負担感が大きすぎるということになりかねないだろう。

会社が配達員の労災保険加入を前提として、保険料負担分を安全経費として追加支給するという考え方もあるかもしれない。しかし、配達員の仕事量は配達員ごとにマチマチだというのがこの自由な働き方の前提であるはず。なかなか難しいと言わざるを得ないのだ。

まったく検討されていない、働き方のバリエーション

また、配達員の働き方が様々であるうちで、他の仕事を本業として就業していて、それでは足りない部分を補うために空き時間を利用している人がいるだろう。この場合、本業での仕事が雇用による就業であるか、その仕事自体について特別加入をしている場合には、労災保険法上の複数事業労働者にあたることとなる。

こうした場合の配達員としての給付基礎日額は、本業での給付基礎日額や配達員としての収入を勘案したうえで設定することになる。また、配達員の働き方の性質上、複数事業労働者はむしろ普通のことになるかもしれない。本業の収入にもよるが、もし配達員の仕事に割く時間が限定的であるときは、給付基礎日額を最低の3,500円に設定することになる。そうすると年間の算定基礎額は1,277,500円となり、保険料は年間15,330円。特別加入団体会費を含んでも、月あたり保険料負担は2,000円程度ということになるだろう。

いずれにしろ、フードデリバリーサービスの配達員の特別加入を扱うことになる特別加入団体は、そのニーズに合わせた過不足のない加入設定と保険料等徴収の方法をとる必要があるだろう。

業界13社の参加で、今年2月に設立された日本フードデリバリーサービス協会は、ヒアリング提出資料で、協会により特別加入団体を設立し、配達員に加入を推奨するとしている。

ところが資料に記載されている「特別加入対象化のメリット」としてあげられているのは、補償範囲の拡大と既存の民間保険以外の選択肢という程度になってしまっている。おそらく、フードデリバリーサービス配達員の特有の働き方を前提とした検討がされた気配はみられないし、また保険料負担の在り方という問題についても検討されていないようだ。

今後、特別加入団体設立という場面になり、具体的な加入の促進という段階になったときには、問題点が噴出することになるだろう。

設立される特別加入団体は、配達員側の要望をとりいれるべき

ところで、フードデリバリーサービスの業界で、すでに労働組合を結成し、労働条件の改善へ向けて取り組みを進めている動きがある。ウーバーイーツユニオンの活動である。

同ユニオンは、昨年8月に「労災保険制度の見直しに関する要望書」を提出し、特別加入によるのではなく、労災保険の強制適用範囲を拡大することを求めている。具体的には「労務を提供し、その対価を得ている者」という表現を提案するなど意欲的なものといえるだろう。

たしかに、「勤労条件に関する基準は、法律でこれを定める 」(憲法第27条)としながら、労働基準法は「労働者」しか対象とせず、これに基づく労災保険法も例外として労働者以外を保護する特別加入制度があるだけだ。そして、労働基準法や労働安全衛生法が適用されない労働者以外の勤労者の団体である、第2種特別加入のための「特別加入団体」は、そのために一つだけ条件を負わせている。それは、業務災害の防止に関し「講ずべき措置及びこれらの者が守るべき事項を定めなければならない」(労災則第46条の23第2項)という条文だ。

労働者以外の勤労者の業務災害について、何か別の体系的な規定があるわけではない。だから特別加入者には、申し訳程度に団体で規定を定めるなど、最低限の努力をしてくださいねということになっているだけなのだ。

農業従事者は兼業農家も含めて200万人にすぎないのに年間約300人の農作業死亡事故があり、建設業の一人親方等の業務災害死亡は年間約100人だ。すべての労働者の死亡は2020年で802人だというのに、労働者以外の災害対策はほとんど無いといってよい。

その意味では配達員に限らず、労働者以外の勤労者の災害防止対策こそが問題になっているといってよい。ただ、労災保険の適用となると、個人事業者を一律に強制適用とするには業務の範囲と保険料負担という大きな壁があるといってよいだろう。

むしろ、第2種特別加入の場合、その運用をいかに進めるかが鍵となる面があるのではないだろうか。特別加入のためには、該当者が一定数集まって特別加入団体を設立し、加入を申請するというのが第2種特別加入制度の仕組みだ。業界団体でなければ作ってはいけないというのではない。それよりも、配達員の働き方のバリエーションや要望に近いところで制度を活用するという方法が相応しい場合がありはしないだろうか。

たとえば制度上の問題でいうと、給付基礎日額の設定がある。現行の制度では、最高が25,000円、最低が3,500円となっている。しかし、複数事業労働者の給付基礎日額が合算されるという改正により、例えば週のうち数時間のみの仕事での特別加入も現実的になっている。最低が3,500円というのも、こうした働き方のバリエーションという観点からみると、高額すぎるともいえる。

特別加入団体の運営を通して、制度上の問題点を顕在化させ、より安心して働き続けることができる社会へと近づける取り組みを進めることができる。

労働組合をはじめとして働く人たちのさらなる取り組みが注目されるところだ。

関西労災職業病2021年6月522号