複数就業者の労災加入/大きく変わる?!特別加入 複数就業者の労災保険制度改正がもたらすもの

前号で紹介した複数就業者の労災保険給付等にかかる労働政策審議会労働条件分科会労災保険部会での検討結果は、12月23 日の部会で報告がまとめられ、今年1月8日付けで労災保険法等の改正法律案要綱が同審議会に諮問された。
内容を大きくまとめると次のようなことになる。
1.複数就業者の休業補償給付等は非災害発生事業場の賃金額も合算した給付額とすること。
2.1の場合災害発生事業場の賃金にもとづく給付額のみ当該事業場のメリット収支率の算定の基礎とすることとし、非災害発生事業場分は算定の基礎とはせず、全業種による負担とすること、
3.複数就業者についてそれぞれの就業先の負担のみでは業務と疾病等との因果関係が認められないが、 総合評価すると認められる場合は新たに保険給付を行うこと。
4.3の場合いずれの事業場のメリット収支率算定の基礎としないこと。
5. 複数就業者とは、1)同時期に複数の事業と労働契約関係にある者、2)一以上の事業と労働契約関係にありかつ他の就業について特別加入している者、3)複数就業について特別加入している者であり、 これらすべてを複数就業者と考えること。
6.一以上の就業先で特別加入している場合も複数就業先で労働者である場合と同様の取扱いとすること。
7. 自動変更対象額や年齢階層別の最高・最低限度額については非災害発生事業場の賃金額を合算した場合も。 その取扱いを変えないこと。
8.一の就業先で有給休暇を取得したときは他の就業先での休業については給付の対象とし、一の就業先で部分休業をした場合は現行の部分休業の扱いに準じること。

特別加入制度の根幹にかかわる影響不明なままの限度額など

以上の改正を実現するために、労災保険法と労働保険徴収法と各施行規則等を改正することになるのだが、 いまだに細部で不明なことが少なくない。 とりわけても特別加入者の扱いに関わる部分が労災保険部会で十分に検討されたとはいい難いのだ。 しかもその未定部分は、加入するかしないか、何をどう選ぶかという特別加入制度の根幹にかかわる部分に影響を与える部分が未だ明らかにできていないのだ。
まず、 制度上の矛盾をあげると7の年齢階層別の最高・最低限度額について複数就業者で取扱いを変えないとしていることだ。 特別加入者はそもそも年齢階層別の最高・最低限度額を適用しないこととされている。 給付基礎日額を選択して任意に加入している制度設計から当然のことだ。 ところが一の就業先で労働契約を結び、 他の就業先は特別加入者である場合、 給付基礎日額の合算はよいとして、 限度額適用は明らかに矛盾する。こうした場合には労働契約関係にある事業分のみで適用すべきだ。

現行制度大改正につながる特別加入者の給付基礎日額合算

複数の就業について特別加入をしている者についても同様に取扱うこととするのは正しい。ただこの部分の改正は、現行の特別加入制度にとって、 かなり大きな改正になると思えるのだがどうだろうか。
現行の特別加入でたとえば次のような加入を考えてみる。
造園・土木を生業とする小規模な事業を営む社長は、社員とともにある日は樹木の剪定や草刈りなどの作業に1日を費やし、 別の日は土木作業の現場で重機を運転するというような毎日となる。したがって造園の継続事業と土木の有期事業の2つの事業で特別加入をしておかねばならないことになる。もし労災事故が起き、働けなくなったとき給付基礎日額は合算されないので、それなりに満足な給付を受けようとすると、両方とも2万円で加入しなければならないことになるというわけだ。
労働者である社員の場合は、 造園であろうと土木であろうと、給付基礎日額は被災前の3か月の賃金で決まるし、 保険料負担も賃金に業種ごとの保険率がかかるだけだ。ところが社長は特別加入を万全にしようとすると、保険料は倍の負担ということになってしまう。したがって現行の制度では、二重払いになっても保険料負担をするか、万が一のときに不足があっても半分ずつにするか、さらにはいずれか頻度の少ない方は無保険にしておくかという選択をせざるを得ないことになってしまうのだ。
今回の労災保険法改正が実現すると、この問題は解消されることとなる。2つの特別加入が必要な時は、できる限り正確にその事業に費やす時間や得ている報酬の割合を勘案し、給付基礎日額を割り振って特別加入をすればよいわけだ。 万が一労災事故にあったときは、 それらの合計で休業補償給付が決まるのだから不合理さは一気に少なくなる。
実はこの問題は特別加入をする事業者や一人親方にとって、かなり一般的な問題だ。個人の事業運営の状況を聞き、それに見合った特別加入を勧める労働保険事務組合や特別加入団体の担当者は、 この点で加入促進を躊躇する場面は相当あるのではないだろうか。

一般的な特別加入制度の不合理大きく解消できる?

一の事業で労働契約関係にあり、他の事業で特別加入をするという複数就業者で意外に一般的な職種として非専従の労働組合役員がある。もともとの事業場の労働者としては休職してもっぱら労働組合専従として働く役員は、代表者なら労災保険法上、中小事業主か特定作業者と して特別加入するということになるが、 非専従の役員は会社の仕事をしていて、 もちろんその労働に対して賃金を受けている。 労働組合執行委員となり会社との交渉や組合員の意見をとりまとめるなどの活動に一定の時間を費やすが、 そのことによって労働組合から賃金を受けているわけではない。 こういう場合は、 中小事業主である委員長とともに特別加入することができる。
ただ、労働組合活動に割く時間は全体からするとわずかで、 万が一の休業補償のために会社からの賃金に見合った給付基礎日額で特別加入するのは負担が多い…、 という理由で特別加入を見送っている非専従役員はきわめて多い。
このような場合に、今回の制度改正が実現すると、非専従者については、最低限の給付基礎日額(現行では3500円)で特別加入をすることにより、 万が一被災したために全部休業となったときは、 会社での賃金額も合算されることになるわけだ。
このようにこれまで特別加入制度の不合理さにより、 災害補償の道が閉ざされていた就業分野に門戸が開かれることになる。

「勤労国民」の災害補償枠拡大に発展する可能性さえ…

また、 この制度改正によって、労災保険が実際にはほとんどカバーできていない労働者でない「勤労国民」の災害補償に発展する可能性も秘めているといえる。 たとえば普通に労働者として会社に勤務し、土日を所有する田畑を耕す兼業農家の特定農作業者の特別加入活用、毎日ではないが家族が経営している事業を手伝っている場合の特別加入などは、その収入の実態に見合った特別加入をしておけば足りるわけである。
まだ具体的な制度の運用について、 詳細な設計ができているわけではないが、 特別加入制度の大改正として大いに注目されるところだ。いずれにしろ現在の特別加入者自身が制度を正しく理解し、 自らの加入内容を再度点検し直す必要がでてくるだろう。それと同時に、これまで加入を見送っていた労働者でない「勤労者」の特別加入促進が大きな課題となるだろう。(西野方庸)
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