労災保険「特別加入制度」をすべての働く人が真っ当な給付を受けられるものに-農業分野の災害多発からみえる労災保険の問題点-
自営農業者の労災保険加入は 7.4%
業務が原因で労働者がけがや病気になったり死亡したときは、使用者が補償をする義務を負う。その補償責任を担保するため、労災保険制度があり、被災労働者は保護される。しかし労働者以外であっても、業務の実情、災害の発生状況からみて労働者に準じて保護することが適当な場合がある。一定の定められた人について、特別に任意で労災保険に加入を認めているのが特別加入制度だ。
2018 年の農作業事故による死亡が 274人と、明らかな災害多発産業である農業は、被災者の大半を労働者ではない人々が占めている(前号の「埋もれている農作業死亡災害」参照)。それでは、労災保険による農作業者に対する保護はどのぐらいカバーできているだろうか。
農業従事者の特別加入は、一定規模の農業の事業場で一定の危険有害な農作業に従事する者(特定農作業従事者)、特定の農業機械を用いて一定範囲の農作業を行う者(指定農業機械作業従事者)、常時 300 人以下の労働者を使用する事業主と家族従事者(中小事業主等)の3種類となる。
厚生労働省の資料によると、2018 年度末現在で、特定農作業従事者としての加入は 67,305 人、指定農業機械作業従事者は30,574 人、中小事業主等は 31,412 人である。合計すると、農作業従事者のうち労災保険による保護の対象となっているのは129,291 人ということになる。
「農林業センサス」による農業就業人口(基幹的農業従事者と、兼業ではあるが農業の従事日数の方が多い農業従事者の合計)は同年で 175.3 万人である。この数字には、雇用労働者として農業に従事する労働者を含まない、「自営農業」についての数字なので、ちょうど農業の特別加入制度の対象と重なることとなる。したがって現在の加入者数 129,291 人を 175.3 万人で除して得られた数字、7.4%が労災保険の加入率ということになる。
たいへんな労働災害多発産業なのに、手厚い保護内容が完備された労災保険制度がほとんどと言ってよいほど活用されていないのだ。どうしてだろうか。
原則フルタイムだけの特定農作業従事者
特別加入制度の要件はどうなっているだろうか。
まず特定農作業従事者の特別加入の要件は次のいずれもを満たすものとされている。
- 「年間の農業生産物(畜産及び養蚕に係るものを含む)の総販売額が 300 万円以上」または「経営耕地面積が2ヘクタール以上」の規模(この基準を満たす地域営農集団などを含む)を有している。
- 土地の耕作・開墾、植物の栽培・採取、家畜(家きん及びみつばちを含む)・蚕の飼育の作業のいずれかを行う農業者(労働者以外の家族従事者などを含む)である。
- 次のアからオまでのいずれかの作業に従事する。
ア 動力により駆動する機械を使用する作業
イ 高さが2m以上の箇所での作業
ウ サイロ、むろなどの酸素欠乏場所での作業
エ 農薬の散布の作業
オ 牛、馬、豚に接触し、または接触する恐れのある作業
1.の規模についての要件は、自営農業従事者の 175.3 万人をおおむねの対象としていることを表している。
そして3.は労働災害の危険が想定される作業の内容を列挙するものとなっている。
ここで疑問がわくのは、2.の農業そのものの定義に関わる要件は別として、規模の限定と危険作業の特定は、要件として必要かということである。
規模要件は、他の仕事を主としていて農業も自営する兼業農家(いわゆる第2種兼業農家)のほとんどを排除することになる。この第2種兼業農家で農業機械を扱うなど、危険な作業を行う農業従事者は、相当な数いるはずだ。とくに農業を主としない兼業農家の従事者は、毎日いつも農業機械を扱うわけではなく、熟練しないまま作業に従事することにより、労働災害に被災する頻度はより多いことになる。この災害多発が予想される集団をあらかじめ排除してしまっているというわけだ。
そして従事する危険作業をア~オの5種類に限定することにどれほどの意味があるだろう。特別加入者となって被災したときに、業務上災害かどうかは労災保険法の業務上外の判断基準によって判断することになるわけで、もちろん5種類の作業に限定されるわけでもない。特定農作業従事者は、はじめから入口で多くの加入を阻むものとなってしまっているのである。
使う機械限定の指定農業機械作業従事者
指定農業機械作業従事者についても同様のことがいえる。対象となる人は、土地の耕作、開墾または植物の栽培、採取の作業であって厚生労働大臣が定める種類の機械を使用する人となっている。その機械は昭和 40 年労働省告示第 46 条で次のように列挙されている。
- 動力耕うん機その他の農業用トラクター
(耕うん整地用機具、栽培管理用機具、防除用機具、収穫調整用機具又は運搬用機具が連結され、又は装着されたものを含む。) - 動力溝掘機
- 自走式田植機
- 自走式スピードスプレーヤーその他の自走式防除用機械
- 自走式動力刈取機、コンバインその他の自走式収穫用機械
- トラックその他の自走式運搬用機械
- 次の定置式機械または携帯式機械
・動力揚水機
・動力草刈機
・動力カッター
・動力摘採機
・動力脱穀機
・動力剪定機
・動力剪枝機
・チェーンソー
・単軌条式運搬機
・コンベヤー - 無人航空機(農薬、肥料、種子、もしくは融雪剤の散布または調査に用いるものに限る。
農業で使用する機械は、ほぼ網羅されているということだろうか。最近では8.のドローンを新たに加えたのが記憶に新しい。
さてこれも、これだけもれなく機械を列挙することの意味はどこにあるだろうか。
指定農業機械作業従事者は、小規模農家つまり第2種兼業農家のような自営農業者であっても危険度が高い作業が多いので特別加入の対象とするという制度目的がある。そして機械を限定することとした理由については制度創設時の通達(昭和 40 年11 月 1 日基発第 1454 号)で次のように説明している。
「小規模農家を含めた自営農業者については、その業態の特殊性、災害発生状況が的確に把握されていない現状等を考慮し、重度の障害を起こす危険度が高いと認められる種類の農業機械を使用する一定の農作業に従事する者に限ることとした。」
重大災害の可能性が多い人々を保護する必要があるからと、その対象を限定しているというわけだ。本当に限定する必要があるといえるだろうか。
どこにもあるわけではない加入団体
さて、農作業従事者が労災保険に加入するためには、どういう手続きが必要だろうか。
中小事業主等については、労働保険事務組合に事務委託ををすることが要件となっている。特定農作業従事者と特定農業機械作業従事者については、その作業従事者の団体(特別加入団体)に加入して、労災保険の適用を受けることについて申請をし、それを政府が承認して適用されることになる。
その特別加入団体は、日本全国で特定農作業従事者について 443 団体、指定農業機械作業従事者について 409 団体ある(2018 年度末現在)。
ずいぶんたくさんあるようにみえる。地域の農協が作った団体や、地域で活動する農事組合法人で取り扱うような事例もみられる。当然農業県といわれる地方では団体数も多いが、そうでない地方は全くないこともある。例えば大阪府は両方の団体ともにゼロとなっている。
農作業従事者にどのように周知を図っているかということが任意加入である特別加入では問題になるが、十分な努力が各方面で図られているとは言い難いのが現状だ。
兼業は入っても意味ない??
さらに保険料の負担の問題がある。労災保険料率は、中小事業主等の場合は、普通の保険料率で農業の場合は 13/1000 となっている。特別加入で特定農作業従事者は 9/1000、指定農業機械作業従事者は3/1000 となっている。特別加入者は給付基礎日額を収入の実情に合わせて 3,500円から 25,000 円の 16 段階から希望額を選ぶことになり、その額× 365 となる年間収入に保険料率をかける。
土日を農業に費やし、田植えと稲刈りの時期だけは会社を休んで農業機械を操作して農作業に勤しむ、そういう兼業農家の農業従事者にとって、被災すると本業である会社の勤務を休業することとなり、収入は激減する。それをカバーするためには、会社の賃金も含んで算出された給付基礎日額を選ばないと実際に見合った給付が受けられないこととなる。だとすると、年間の就業時間が少ないのに、保険料負担は大きいということになり、負担と保険利益のバランスが取れない。
従来の特別加入制度の最大ともいえる制度矛盾はこの問題ではなかろうか。労災保険制度の優位性が理解できたとしても、特別加入はあくまでもフルタイムの専業従事者でなければ損ではないかという判断が成り立つ。
複数就業者の法改正で合理的な特別加入に
この問題に解決の道が引かれたのが、今年の春に成立した複数就業者にかかる労災保険法の改正だ。
この9月1日に施行される改正では、複数の事業場で働く労働者が被災して休業補償等の給付を受けるとき、その給付基礎日額の算定基礎となる賃金は、働いている事業場すべての賃金を合算することになった。このときのすべての事業場とは、労働者としての賃金だけではなく、特別加入の給付基礎日額も含まれる。
つまり兼業農家の農業従事者が特別加入をするときは、その就業時間や収入に見合った加入が可能となるわけだ。たとえばいつもは会社員として働いている指定農業機械作業従事者としての特別加入者は、その就業時間からみて給付基礎日額は最低の3,500 円で加入をする。万が一、農作業中に労働災害に被災した場合、休業補償や傷害補償などを受けるときに給付基礎日額の計算は、3,500 円と会社から受け取っている被災直前3か月の平均賃金が合算されることとなる。
特別加入制度の運用から言っても、これまでに比べて明らかに合理的な制度に労災保険制度が生まれ変わるといっても過言ではない。災害が多発する農業分野で労災保険を活かすために新たな取り組みを進めることが求められているといえよう。
働く人に真っ当な給付がある特別加入に
労災保険法の改正は、複数就業者一般の改正としては現在周知が図られつつあるが、その改正内容にともなって特別加入制度自体にも大きく運用に影響を及ぼすこととなる。ここまで述べてきた農業分野の特別加入制度もさることながら、様々な業種に加入についてもいえることだ。
問題は、中小事業主等の 110 万人、一人親方等の 60 万人、11 万人の特定作業従事者に合理的な加入手続きを周知する必要があるということだ。また、農業分野だけではなく、制度上加入を見送ってきた人々への周知も必要といえよう。
厚生労働省は、特別加入制度について意見を募集している。
「労災保険制度における特別加入制度の対象範囲の拡大 」を検討するにあたり、国民の皆さまから提案・意見を募集します~募集期間:6月29日(月)~8月14日(金)(厚生労働省HP)
働き方が多様化する現在、複数就業者が増加しており、労働者以外の働き方で副業・兼業をする方が一定数おられます。
https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_12091.html
厚生労働省では、このような社会経済情勢の変化を踏まえ、労災保険における特別加入制度の『対象範囲』や『運用方法』などについての見直しを行い、労働政策審議会労働条件分科会労災保険部会で検討する際の参考とするため、『対象範囲』について、国民の皆さまから提案・意見を募集します。
特別加入制度を、働く人すべてに真っ当な災害時の給付があるような制度に改正できるよう、今後の動きに注目する必要がある。(西野方庸)
関西労災職業病2020年7月512号