埋もれている“農作業死亡災害”/98.6%が、労働安全衛生法が適用されない死亡事故

農作業は普通の仕事の10倍危険!?

農林水産省が行っている調査に「農作業死亡事故調査」というのがある。1年間の農作業による死亡事故が何件起きていて、どんな実態になっているかというものだ。公表されている最も新しい平成30年(2018年)1年間の件数をみると274人で、前年に比べて30人減ったとされる。一方、日本中の労働者の労働災害による死亡者数をみると、同じ2018年は909人だ。

なんと農作業による労働災害死亡は274/909だから全労働災害の30%になるのかと思うのは、大間違いだ。909人は労働安全衛生法にもとづいて死傷病報告が義務付けられた労働者の死亡者数を数えたもので、業種別の内訳をみると、農業に従事している労働者で労働災害により死亡した人数は13人となっている。わずか1.4%にすぎない。

それでは274人から13人を除いた261人は、どういう農業従事者か。労働安全衛生法が適用されない、法律で労働者とはみなされない人たちということになる。
たしかに農業従事者の大半が労働者ではなく、自営している農家の人たちであることは容易に想像できるのだが、どれぐらい農業従事者はいるのだろうか。「農林業センサス」の2018年の数字をみると、ふだん仕事として主に農業に従事している「基幹的農業従事者」の数が2018年で145万人、兼業ではあるが農業の従事日数の方が多い農業従事者も含めた「農業就業人口」は175.3万人となっている。

と、ここまで数字を並べてきて、お読みいただいている方には、どういう問題を指摘したいのか推測がつくのではないだろうか。
日本全国の雇用労働者数(2018年)は約5936万人で同年1年間の労働災害死亡者数は909人。単純に割り算をして65,303人に1人の死亡だ。

これに対して農業就業人口は同じ2018年で175.3万人で、同年の農作業死亡者数は274人。割り算をすると、6,397人に1人の死亡ということになる。
だいたい一桁違う。きわめて乱暴、単純にいうと、農作業はそれ以外の仕事の十倍は危ないという結論になるのだ。

6割が農業機械作業での事故
屋外作業で熱中症と火傷も

この農作業死亡事故調査は、どのような方法で調べているのだろうか。農林水産省のHPの説明によると、厚生労働省の「人口動態調査」の死亡票及び個票(電子データ)を閲覧する等の方法により取りまとめているという。
したがって、事故の原因、死亡者の性別、年齢等による分析も行われており、その特徴をみることができる。

表1の死亡災害発生状況をみると、死亡者数274人のうち、6割が農業機械作業に係る事故であり、その半分近くを乗用型トラクターが占めている。

表2の事故の機種別・原因別死亡者数をみると、機械の転落・転倒が半分近くを占めている。つまり今の農作業で乗用型トラクターを運転し、未整地状態のほ場や通路で、操作の誤りにより転倒して重大災害が発生する状況が見えてくる。
そこには日々安全衛生対策上の点検や、様々な定型の標準にもとづいた業務の遂行をするような製造業の事業場とは、全く異なる職場状況が浮かんでくる。

平成 30 年に発生した農作業死亡事故の概要

次に表3農業機械・施設以外の作業に係る事故の原因別死亡者数の推移によると、目立つのは作業中の病気、つまり熱中症だ。もともと屋外作業が常識の農作業であり、真夏の炎天下での作業が強いられる場面も多いのが農作業の特徴だ。また、稲わら償却中などの火傷も毎年二桁起きている。ほ場の地拵えで、火を使う場合に、まだまだ発生しているということだろう。

80歳以上が半分、大半が65歳以上
基幹的か兼業か、はたまた退職後の自営?

次に表4年齢階層別死亡者数の推移だが、この表が農作業死亡事故の最も注目すべき特徴を表しているといってよいだろう。
全死亡者数274人のうち237人、なんと86.5%が65歳以上なのだ。さらにそのうち144人、全体の52.6%が80歳以上となっている。
労働者の死亡災害の分析で、80歳以上が死亡災害の半分を占め、大半が65歳以上という産業があるだろうか。
農業就業人口の平均年齢は、66~67歳であり、ここ十年この数字は変わっていない。高齢化傾向は明らかではあるが、死亡災害の人数の大半を占めるという状況については、もう少し別の説明が要りそうだ。
そもそも死亡災害に被災した農作業従事者は、どういう従事者であったのか、農林水産省の分析ではその背景が必ずしも明らかではない。たとえば「基幹的農業従事者」と兼業農家だが農業の従事日数の方が多い従事者、それに農業の従事日数の方が少ない従事者で、実労働時間当たりの死傷者数、つまり度数率を検討できればその特徴は明確になるだろう。
また、基幹的農業従事者であっても兼業農家であった従事者が、定年退職後に農業に専ら従事するという従事者も今や相当多いのが現状だ。どちらかというと農業機械の操作に習熟しているとはいい難い農作業従事者が、乗用トラクターの転倒により被災するという場面も多いのではないかと想像できるのだ。

農水省の有識者会議設置
自己責任の呪縛に切り込む取り組みは?

さて、こうした農業労働災害のただならぬ状況に対し、政府の対策はどうなっているのだろうか。少なくとも農林水産省は、統計上の情報を提供して、問題の所在を明らかにしている。ただ他の産業に比べてとびぬけて災害が多い状況は、相当前からのことなのだが、結局のところ目新しい対策が講じられていないのが現状だ。

そうした中で、農林水産省は今年2月に「農林水産業・食品産業の現場の新たな作業安全対策に関する有識者会議」を立ち上げ、必要な取組を実施するとしている。
2月25日に第1回、6月2日に第2回が開催され、3月には「農林水産業・食品産業の現場の新たな作業安全対策に関するシンポジウム」も開催されている。
これらの会議では、農林水産業の災害発生状況についての議論が行われるとともに、その対策についての各種の取り組み状況も報告されている。

ただ、本稿でふれた農作業死亡事故の現状の背景となっている農家の実態は、組織的に様々な安全衛生対策が進められる状況にはないということがある。個々の農作業者が、自らの農地を自らの農業機械を操作して農作業を進める中で災害に被災しているわけであり、結局、本人も家族も自己責任の呪縛から抜け出ることができていないのである。
課題は、こうした分野に切り込むことになるような農作業の安全対策があり得ないのかということだと思う。

しかし、農水省の有識者会議で報告される実践事例や課題の設定は、多少とも従来の安全衛生の取り組みの延長上に、周知をさらに強化するなどの施策が並ぶだけで、なかなか根本的な課題にせまるものになっていないのが残念なところだ。
例えば農水省でいえば、もっとも農家に近いところで取り組みを進めている農地整備部門で、ほ場設計上でも安全衛生への取り組みをどう取り入れるのかという課題や、農業協同組合と農作業従事者の労災保険の取り組みについての根本的な改善など、やりようによっては、大きな安全衛生対策上の効果が上がる可能性もある。

さらに、農作業については規模が大きいため、死亡災害の特徴が明らかになっているが、年千人率の高さが有名な林業でいえば、労働者ではない自営林業家の被災は今も数字が明かでないということもある。
日本の労働現場では、いまでも埋もれている死亡災害があり、その対策は急務だということだ。(西野方庸)

(参考)平成30年の農作業死亡事故について(農林水産省)

関西労災職業病2020年6月511号