厚労省が農業機械の安全衛生規制創設に向けた検討開始~進むか車両系農業機械対策
全産業計の2倍
厚生労働省は今年の2月に、「農業機械の安全対策に関する検討会」を設置、この11月までに7回の会合を重ねている。設置の趣旨は以下のとおり。
「農業における労働災害は増加傾向にあり、令和4年の休業4日以上の死傷災害は1,461人となっている。また、死亡災害については、近年、10人程度~20人程度で推移しているものの、労働者10万人あたりの死亡者数は全産業計の2倍を上回っている。
死亡災害の内訳を見ると、労働安全衛生法令において規制されていない自走可能な農業機械(以下「車両系農業機械」という。)による災害も毎年発生している状況にある。
また、農業においては、農業経営体数は年々減少しているものの法人経営体数は着実に増加しており、農業労働者は増加傾向にある。さらに、農林水産省が開催している「農作業安全検討会」(令和3年2月25日~)の「農作業安全対策の強化に向けて中間とりまとめ」(令和3年5月)では、車両系農業機械や農業機械作業の安全性の確保が指摘されている。
このようなことから、農業における労働災害の減少を図るため、標記検討会を開催し、車両系農業機械に係る安全対策等について検討を行うこととする。」
農業法人と農業労働者の増加傾向
安全規制の創設を後押し
本誌では2022年12月の第538号で「なぜ進まない農作業の労災事故対策」と題した記事を掲載している。
そこでまず指摘したのは、全産業の労働災害死亡者数が700人台にまで減少しているのに、従事者数自体が桁違いに少ない農業で災害による死亡が200人台になっているという事実である。
10万人あたりの死亡者数で表すと、全産業で1.2人、建設業で5.9人なのに対し、農業従事者は11.1人になるという驚くべき数字があることも紹介した(図1参照)。
図1
図1
この深刻な状況については、農林水産省で農作業安全検討会を設置するなどして対策が検討されてきた。その昨年末に公表されている中間とりまとめでは、死亡事故の原因の多くを占める、乗用型トラクターなどの車両系農業機械に係る対策の強化など、一定の方向性が示されつつある。しかし、こうした農水省で検討されている対策は、機械メーカー側の安全基準改善や従事者に対する安全意識の向上など、あくまで自発的な取り組みを推進することに止まっている。
一方、労働者の保護のための規制を定め、事業者に罰則をもって履行を強制する労働安全衛生法においては、建設機械や林業機械などについて、構造上の規制や使用に関する規制、就業制限や労働者への教育についての定めが明確になっている。ところが農業機械については、そうした規制がほとんどなく、刑事罰を伴うような措置がとられる施策も検討されてこなかった。
そのわけは農業従事者にあって、労働安全衛生法の保護対象となる労働者数自体が少なかったという事情によるものだろう。しかし、この検討会で「農業を取り巻く状況」として示されたデータによると、農業従事者と農業経営体は減少傾向にある一方、農業労働者と法人経営体は増加傾向にある(図2参照)。
図2
図2
厚生労働省の検討会は、こうしたことから農業における労働災害発生の主要な原因となっている、車両系農業機械の規制の必要性、及び具体的な安全対策について検討することとしたものだ。
ろくに規制がない農業機械
労災多発の理由は明らか
すでに農水省の検討会でまとめられた中間とりまとめの報告は、車両系農業機械の安全対策上の問題を相当明らかにしており、農業従事者に対する安全教育用教材も同省ホームページ上でたくさんアップされている。
たとえば最も多いとされる乗用型トラクターでの転落・転倒事故への対策としては、転倒しても作業者が下敷きになることを防ぐため、運転席がキャブになっているかフレームがついているものを使用し、シートベルト着用を徹底するというのがある。しかし、乗用型トラクターの運転席に必ずフレームがついているとは限らず、古い型のものは、そもそもフレームなどなく、また設計上シートベルトを必ず装備するようになったのは最近のことだ。
トラクター等の転倒で下敷きになり死亡という事故は、農作業事故の典型例であり、毎年多くの従事者が亡くなっている。2022年は72人が同種の事故で亡くなっているのだ(図3)。これは農業従事者全体の数字だが、労働安全衛生法に基づく労働者のデータであっても同じ傾向が明らかだという(表1)。
図3
図3同じ車両系の建設機械の場合、労働安全衛生規則の規定では次のように定められている。
第157条の2 事業者は、路肩、傾斜地等であって、車両系建設機械の転倒又は転落により運転者に危険が生ずるおそれのある場所においては、転倒時保護構造を有し、かつ、シートベルトを備えたもの以外の車両系建設機械を使用しないように努めるとともに、運転者にシートベルトを使用させるように努めなければならない。
努力義務ではあるが、転倒時保護構造とシートベルトが明記されている。これは車両系林業機械(木材伐出機械)も同様だ。
乗用トラクターなど農業機械による作業の特徴は、農地と作業道等を行き来するのが普通であり、その境界には畦畔があり、農地自体も傾斜地であることも多いので、転倒の危険は相当高い。また、車両系農業機械は農地までの往復は必ず一般道を通ることになる。低速で移動しているところに、高速で走る乗用車やトラックが追突するという事故も後を絶たない。つまり、建設機械や林業機械より転倒での事故が起きる可能性が高いということになる。にもかかわらず農業機械の転倒等事故対策については規制がないのである。
労働者ではない農業従事者にも確かな効果を及ぼす施策が必要
乗用トラクター等の転倒事故への対策についての議論から、その問題点の一部を拾ってみたが、農業機械については、ほぼ規制がないという現実がある。したがって、この検討会ではそもそも論からの検討が行われている。論点としては、①構造上の規制をどのように行うかということ、②点検や検査など構造要件を維持するための規制をどうするか、③特定の機械について技能講習の義務付けなど就業制限の扱いをどうするか、④講習、教育をどのようにするかと設定されている。
これまでほとんどが、労働安全衛生法の対象とならない労働者以外であるという現実があるため、農水省の設けた検討会などの取り組みもあり、メーカー側の安全基準はそれなりに見直されてきたが、農業従事者の側の意識は、明らかに遅れているのが現実だ。
機械を使用する従事者にとって、購入して以降はまったくの自己責任となり、特段の知識が前提とはならない。そのため「これぐらいはよいだろう」とか、独自の扱い方をしてしまい事故につながるという場合も少なくない。
安全衛生教育が及ばない農作業従事者の非常識
わかりやすい事例として刈払機の例が挙げられる。刈払機は農業だけでなく、清掃業、造園業、林業など様々な仕事で使用されるため、労働安全衛生法上も規制の対象となってきた。「刈払機取扱作業者」に対する安全衛生教育は、資格の必要な就業制限業務や特別教育が義務付けられている危険有害業務とまではなっていないが、該当する労働者を受講させるよう努力義務を課している。行政通達により実技を含む6時間のカリキュラムが設定され(表2)、その教育実施の結果を記録して保管することとされている。
ところが労働者ではない農業従事者のうち、どのぐらいの割合の人がこの安全衛生教育、もしくは同様の内容の教育を受けているだろうか。いや、受けるというより、そのような機会自体が従事者の前に提供されることがない。もちろん地域の農協等で取り組まれ、講習が実施されている地域もあるが、ほんの一部に過ぎない。特別教育が義務付けられているチェンソーについても同様だ。
そもそもトラクターにシートベルトが装備されていても着用したことがないという従事者は、むしろ一般的かもしれない。検討会のヒアリングの対象となった農業法人の経営者も、発言のなかで作業者がシートベルトをしないことが常態となっていることを認めている。何十ヘクタールも耕す農業法人でさえそのような状況であり、家族経営の農家など安全教育など及びもつかない。
農業という業種で労働者が増加することに伴い、労働者の車両系農業機械の災害が増えるため規制が必要というのが、検討会の趣旨ということになる。しかし、労働者以外の従事者も含んだ広義の労働災害防止との観点がなければ、大きな意味での規制の効果は少なくなってしまう。
検討会での議論も、その点にふれた意見も度重なっており、農業従事者全体に労働災害防止の効果が及ぶような施策がとられることが望まれる。
求められる農業労働災害全体の減少につながる規制
検討会は次年度をめどに一定の方向性が取りまとめられると思われるが、ぜひとも農業労働災害の減少傾向が明確になるような施策につなげたい。(事務局 西野方庸)
関西労災職業病2025年1月561号
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