顕微鏡的多発血管炎(ANCA関連)の労災不支給取消行政裁判(2011年11月25日提訴)、ハツリじん肺に合併/大阪地裁 

コンクリートカッター(手前)とブレーカー作業(奥)立ちこめる粉じん

初めての裁判

ハツリ作業に長年従事し、じん肺に罹患していた男性のNEさんは、自己免疫疾患であるANCA関連血管炎の一種である顕微鏡的多発血管炎を発症し、腎炎から腎不全となり死亡した。その途上では脳出血にも襲われた。
死亡原因は「結節性多発動脈炎」とされたが、「粉じんばく露とこの病気は関係があると思う」という主治医の示唆によって遺族は大阪・天満労基署に対して労災請求したものの不支給決定処分を受け、その後の審査請求、労働保険審査会に対する再審査請求においても棄却裁決となったために、昨年11月25日、不支給決定処分の取り消しを求めて大阪地裁に提訴した。

ハツリ30年以上

NEさんは1930年、沖縄県の粟国島に生まれた。
48年頃から54年頃まで沖縄でハツリ作業・解体作業に従事したあと、大阪市内のハツリ業者に雇用されて75年頃までハツリエとして就労した。その後はS組として独立。少なくとも、労働者としてのハツリ職歴は28年に及ぶ。

体調を崩しだしたのは1999年春頃。
咳や胸痛があったので近くの開業医を受診するとじん肺と言われた。
紹介状をもって、北野病院に6月から10月まで入院した。北野病院ではじん肺、右胸水を確認し、胸膜炎を疑ったが、腎機能が悪化したことによって腎生検を行い、これによってじん肺のほかに急性進行性糸球体腎炎(RPGN)との診断を得て、以後、外来診療に通うようになった。

2003年2月に脳出血を引き起こしたため同病院に緊急入院し保存的加療を受け、同年5月にリハビリと透析治療を目的に加納病院に転医し、同病院にて入院治療を受けていた。
そして残念ながら2004年4月22日に亡くなった。
死亡診断名は「結節性多発動脈炎」だった。

ANCA関連血管炎

NEさんの死亡診断書上の疾患名は「結節性多発動脈炎」だったが、正確には、P-ANCA関連血管炎(顕微鏡的多発血管炎)だった。これにより腎炎、腎不全を起こしたことによる死亡だった。
そのあたりを訴状では次のように解説している。

2 NEのじん肺及び「結節性多発動脈炎」の罹患
(1)じん肺
ア じん肺
じん肺とは、粉じんを吸入することによって肺に生じた線維増殖性変化を主体とする疾病である(じん肺法2条1項1号)。
じん肺には、シリカ=遊離珪酸粉じんを原因とするけい肺のほか、石綿粉じんを原因とする石綿肺などがある。けい肺の場合は、肺内の間質変化が進行して強い線維化が進むと、胸部レントゲン写真上に粒状影が認められるのが特徴である。これに対し、石綿肺の場合は、線状影を主体とする不整型陰影が認められるのが特徴である。
なお、石綿粉じんに曝露した場合の特異的な病変として、胸膜肥厚斑(胸膜プラーク)が認められることがある。胸膜肥厚斑(胸膜プラーク)は石綿曝露の指標とされている。

イ NEのじん肺罹患
NEの胸部レントゲン写真によれば、上肺野を主体に2mm径の粒状影が中等度の密度で存在し、右肺上葉には小型の塊状巣が認められていることから、NEのじん肺は典型的なけい肺である。
また、NEの両肺の横隔膜面の胸膜には典型的な胸膜肥厚斑(胸膜プラーク)が認められ、とくに右横隔膜面は広範囲に石灰化している。上記アのとおり、胸膜肥厚斑は石綿曝露を原因とする病変であり、NEが石綿粉じん曝露を受けてきたことを示すものである。

(2)ANCA関連血管炎及び腎不全

ア 「結節性多発動脈炎」とANCA関連血管炎
1985年に抗好中球細胞質抗体(ANCA)が発見されて研究が進み、結節性多発動脈炎とANCA関連血管炎とが区別されるようになった。
結節性多発動脈炎(PAN)とは、動脈のうち中型血管を主体として血管壁に炎症を生じる疾患であり、抗好中球細胞質抗体(ANCA)が血清中に検出されない。
これに対し、それまで結節性多発動脈炎(PAN)と診断されていた症例のうち、小血管(毛細血管、細小動脈・静脈)を主体とした壊死性血管炎が別の疾患群として区別され、免疫複合体沈着がみられないことと抗好中球細胞質抗体(ANCA)の陽性率が高いことを特徴としていることから、ANCA関連血管炎症候群と定義された。このうち、肉芽腫性病変の認められないものを顕微鏡的多発血管炎(MPA)と定義し、Wegener肉芽腫症やChurg-Strauss症候群(アレルギー性肉芽腫性血管炎)と区別された。
なお、抗好中球細胞質抗体(ANCA)の測定には2種類の方法があり、間接蛍光抗体法の染色パターンから核周囲型(P-ANCA)と細胞質型(C-ANCA)に、ELlSA法による抗原特異性からMPO-ANCAとPR3-ANCAに分類される。顕微鏡的多発血管炎では、P-ANCAの感度は58%、特異度は81%であり、MPO-ANCAの感度は58%、特異度は91%である。

イ NEの場合
NEが2003年5月に転医した際の北野病院作成の同月1日付「診療依頼および情報提供書」によれば、NEの病名として「#1.慢性腎不全(P-ANCA関連血管炎)、#2,脳出血後(左片マヒ、リハビリ中)、#3.じん肺」があげられている。
そのうち慢性腎不全(CRF)については「平成11年頃からANCA関連腎炎による腎不全で外来管理していました」と指摘されている。
上記アのとおり、結節性多発動脈炎(PAN)は抗好中球細胞質抗体(ANCA)が陽性であるANCA関連血管炎とは区別されていることからすると、NEの死亡原因とされている「結節性多発動脈炎」は、P-ANCA関連血管炎(腎炎)であり、それによる腎不全だったのである。

3 粉じん曝露とP-ANCA関連血管炎との因果関係の存在
抗好中球細胞質抗体(ANCA)が発見される以前から、粉じん作業者やじん肺罹患者に多発性動脈炎などがみられることを指摘する報告がなされていた。
抗好中球細胞質抗体(ANCA)が発見されると、珪肺症とANCA関連血管炎の例が報告されるようになり、シリカ(遊離珪酸)曝露とANCA関連血管炎との関連性が指摘されるようになった。その後も、珪肺症患者や粉じん作業者に発症したANCA関連疾患の症例が多数報告されてきた。
また、シリカや石綿曝露作業者とそうでない者とを対照した研究では、曝露を受け
た者に有意にANCA陽性率が高いこと、粉じん曝露作業者はじん肺所見がなくてもANCA陽性者が見られ、珪肺所見の重症度とANCA陽性率に量一反応関係があることから、シリカや石綿粉じんがANCA関連血管炎と関連する重要な因子であることが判明した。
珪酸ないし石綿粉じん曝露は、ANCA関連血管炎の重要な原因の一つとなっているのである。

4 結論
以上からすれば、NEの罹患したじん肺のみならず、P-ANCA関連血管炎(腎炎)及びこれによる腎不全についても、長年にわたってNEが従事していた業務における粉じん曝露によるものである。
したがって、NEのじん肺並びにP-ANCA関連血管炎(腎炎)及びこれによる腎不全の発症は、NEが従事していた業務に内在していた危険が現実化したものであり、業務起因性が認められるものである。
ところが、天満労働基準監督署長は、NEのじん肺及び「結節性多発動脈炎」の発症を業務上の事由によるものとは認められないとして、本件処分をなした。本件処分が誤った違法なものであることは明らかであり、直ちに取り消されるべきである。

訴状より

つまり、NEさんが罹患し死亡した疾患は「結節性多発動脈炎」というよりも、ANCA関連血管炎の一つであるP-ANCA関連血管炎(顕微鏡的多発血管炎:MPA)であって、ANCA関連血管炎はシリカばく露と関連があることがすでに明らかになっているということだ。

MPAでは小血管(毛細血管、細小動脈・静脈)が傷害される。人体で小血管が密集している代表的な臓器に腎臓、肺、脳があるが、NEさんがやられた部分と一致する。

この耳慣れない病気、ANCA関連血管炎は、訴状に述べられているように、粉じん曝露、とりわけ、シリカ曝露(シリカは、じん肺の中で主なタイプである硅肺の原因物質。ケイ酸粉じん。)と関連があるとみられている。粉じん曝露が人体の免疫疾患を引き起こすということは古くから指摘されている。

たとえば、炭坑夫じん肺に合併する関節リュウマチはCaplan症候群と呼ばれて、体内に取り込まれた石炭粉じんの免疫生物学的な活性が関節リュウマチの発病に関与すると考えられている。1950年代前半のCaplanの報告は粉じん曝露、じん肺と免疫疾患の問題の嚆矢とされる。

問題のANCA関連血管炎とシリカ曝露との関連は専門家の間では知られた知見であるにもかかわらず、じん肺法の法定合併症ではないばかりか、厚労省は検討すら行っていない。患者にとって条件は極めて不利だ。
そんななか当センターとしては、NEさんの件を業務上疾病として認定させるべく取り組んできたが、やはり再審査請求までにはこれを果たすことができなかった。
正直言ってこの不支給決定を覆すのは容易ではない。
にもかかわらず、遺族と協議の上提訴に至ったのはそれなりの理由があった。

ハツリ労働者、親方として

NEさんは死亡するかなり前からハツリ業の親方としてハツリ労働者を率いていたが、自身も長年、労働者としてハツリ作業に従事した。ハツリ作業は猛烈な粉じん曝露を受ける非常に過酷な作業だ。

吸入する粉じんの種類はコンクリート、岩石、アスファルトなどを破砕し削る作業であるため、シリカ粉じんを多く含んでいる。またハツリ業は解体工事も多く、石綿粉じんにもさらされることもしばしばだ。

当センターが取り組んでいるハツリじん肺損賠賠償裁判の原告はいずれも比較的若年で管理3以上の重症のじん肺に至っている。レントゲン写真上で粒状影主体の典型的な硅肺から石綿粉じんの影響とみられる不整形陰影をともなう画像所見までバリエーションがみられるのは、そうしたハツリ業の特徴によるものだ。

当センターにハツリじん肺患者の相談が入るようになったのは1998年10月実施のホットライン頃にさかのぼる。患者同士のロコミで相談者は徐々に増えた。
初期の相談者の中に、ある2名の重症者KTさん、CSさんがいた。ハツリ作業で使用するブレーカーなどの振動工具はものすごい騒音を発するためにじん肺に加えて振動病、難聴を併発しているケースは珍しくなく、この2名の難聴は補聴器が必要な段階に達していた。
この2名の親方がN組のNEさんだった。

当時、当センターではNEさんに会い、KTさんらのじん肺管理区分申請や労災請求に協力を求め、NEさんはこれにきちんと応じてくれた。このとき、NEさん自身のことも相談にのりますと申し出たことがあるが、NEさんは親方という下請事業主という立場からと思うが、これに応じられなかった。
それから何年かして、NEさんと同郷(沖縄県・粟国島)のSSさんというS組の親方から、NEさんがじん肺で入院する状況だから相談にのってくれないか、という連絡があった。
ところが家族にお話を聞くと病気の本体はじん肺というよりも別の病気だということだった。しかし、家族のお話では入院先だった北野病院の呼吸器科の主治医からは、この病気はじん肺と関係がある、といったことを聞いているとのことだったので、筆者は家族といっしょに主治医に直接話を聞きいった。

そのときの主治医の説明は、「NEさんは??血管炎(この時点では疾患に関する知識がなく疾患名についてなんと言われたかの記憶が定かでない)という免疫疾患で、自分たちの経験では阪神淡路大震災のあとこの疾患が増えた、また、粉じんとの関係を報告した論文もいくつかある、そういうことで自分としては仕事と関係はあるのではないかと思う」といったことではなかったかと思う。

一方で、NEさんには画像所見上、ハツリ職歴と整合性のあるじん肺所見があきらかだった。
筆者としては、業務上認定は非常にむずかしい、見通しは暗い、というのが率直なところで判断がつきかねていた。
そのとき労災請求を強く家族に勧め、筆者に求めたのが同郷で世話好きのSSさんだった。
もともと北野病院に入院したのはじん肺に加えて右肺に胸水がたまっていることがかかりつけの医院で確認されたのがきっかけだった。
SSさんは自分のところのハツリ労働者の労災申請だけではなく、同郷の粟国島出身者を含む多くのハツリじん肺患者を助けてきた経験があった。NEさんの病気はじん肺のある胸からはじまっていた。医学的妥当性はともかく、NEさんの病気が仕事でなったじん肺から来ているとSSさんが確信したのは当然のことだった。そして、結局それは正しかった。

関連なしとはしないが…

NEさんの死後、ご家族は未支給の休業補償給付と遺族補償給付を天満労基署に請求した。
天満労基署はこれに対して「『じん肺症』の程度が業務上疾病とは認められないこと、また『結節性多発動脈炎』の発症と業務との問に相当因果関係が認められません」として、2008年6月12日付で不支給決定処分を行った。

そのためご遺族は大阪労災保険審査官に対して審査請求を行ったが、2010年8月31日付で棄却され、さらに再審査請求するも2011年5月27日付で棄却された。
安全センターは審査請求段階で代理人となり、じん肺やアスベスト疾患の専門家で有り、じん肺と免疫疾患との関係に早くから主張している海老原勇医師(東京・しばその診療所)の意見書など多くの証拠資料を提出し、原処分は取り消されるべきであると主張した。

これに対して、原処分段階で否定的な鑑定的意見を述べた局医小倉剛医師が、審査請求の段階で改めて詳細な意見書を提出して、結論部分では次のように述べた。

「SE氏の主傷病名は、じん肺症、顕微鏡的多発血管炎(MPA)が適切と思われる。本例は、その業務上外の判断を地方労災医員に委ねるのは適切ではなく、先ず、労働基準法施行規則第35条専門検討会の検討に委ねるのが適切であると思量する。」

つまり、自分は判断の任に当たるのは適切ではない、との意見であった。筆者はこのような局医意見を見たことがない。
ところが労災審査官は小倉医師の「進言」を真剣に受け止めることなく、新たに「鑑定意見」を採用して審査請求を棄却した。

鑑定を求められた川井眞一医師(東邦大学医療センター大森病院膠原病科教授)は結論で次のように述べた。

「以上をまとめると、顕微鏡的多発血管炎の病因は依然として不明であるが、その病態形成には自己抗体であるANCAが関連しており、さらにANCAの出現や疾患の発症に関連した複数の誘因が示唆されている。粉じんまたはじん肺症は誘因の一・つとして報告があるものの、大多数の顕微鏡的多発血管炎患者の発症を説明する主たる誘因とは考えられていない。もちろん、粉じんばく露の関与を示唆した研究結果は重視すべきであり、将来はANCA血管炎の一部が新たに粉じん関連疾患として分類される可能性は否定できない。その視点から今回の個別被災者について考えると、死因となった顕微鏡的多発血管炎と被災者の粉じんばく露作業にはそれなりの因果関係を有する可能性は否定できないが、それらの因果関係を確定することは現在の医学情報からは困難と判断される。」

「主たる」「誘因」「それなりの因果関係」などと一見もっともらしい字句が使われているが川井意見書は「鑑定」になっていない。
粉じんばく露またはじん肺症と顕微鏡的多発血管炎ないしANCA関連血管炎とに因果関係があるかどうかは、粉じんばく露又はじん肺症のない集団とそうでない集団を比較したとき同血管炎の発症率が何倍かによる(労災補償制度では2倍以上というのが、厚労省サイドの考え)。「粉じんばく露又はじん肺症で顕微鏡的多発血管炎を発症した患者の半分以上が粉じんばく露又はじん肺症を原因としていると評価できる」かどうかがポイントだが、そうした検討が川井意見書では一切行われていない。

疫学証拠を検討し、これに基づいて個別因果関係を判断するべきであったが川井意
見書はそうした内容にはなっていないのだ。

新たなMPA患者

さらに再審査請求に対して労働保険審査会は、ここで触れるべくもない低次元の論旨で棄却と判断した。
ここに至って残された道は原処分取り消しを求める行政訴訟となった。
ご遺族はここまでの結果に納得できないのは当然であったが、訴訟に踏み切ることへのためらいは大きかった。
一方、それまでの間、安全センターで支援してきたハツリじん肺患者のうち新たに2名がMPAを発症していることが確認された。2名とも療養の先行きに大きな不安を抱えている。
安全センターとしてはNEさんの問題は単独の問題ではないことを痛感し、NEさんご遺族に対して最大限の支援を行うことを伝え、協議の上、最終的に提訴という結論となり今日に至った。
今後、おおきな困難が予想される訴訟ですが、皆さんの絶大なるご支援を切に訴える次第です。

店舗改装におけるハツリ作業現場

関西労災職業病2012年4月422号