顕微鏡的多発血管炎の労災不支給取り消し訴訟 新たな職業関連疾病の認定のために~控訴審と新たな提訴へ向けて

12.23大阪地裁、棄却の不当判決

平成21年に提起した業務上外を争う行政訴訟について、2020年12月23日に大阪地方裁判所で棄却された。
原告は顕微鏡的多発血管炎という自己免疫疾患を発症した3名の元はつり工で、1名は提訴時にすでにお亡くなりになっていた。残る2名も、判決の日を一緒に迎えることはできなかった。

顕微鏡的多発血管炎とは

顕微鏡的多発血管炎とは、腎臓、肺、皮膚などの臓器に分布する小血管の血管壁に炎症を起こす疾患である。白血球のひとつである好中球の細胞質に含まれる、ミエルペルオキシダーゼという酵素に対する抗体(MPO-ANCA)が血中から高頻度に検出されることから、自己免疫異常が背景にあることがわかっている。

先に述べた通り、腎臓、肺、皮膚の血管に炎症が発生するため、臨床的には急性腎炎や間質性肺炎が認められる。この疾病は早期に発見され、根気よく治療を続けることで寛解につながるが、治療が遅れたり、プライマリーケアの段階で治療がうまく進まないと、臓器に機能障害が残存するおそれがある。

国の難病指定を受けており、一定程度重症化するとその治療は難病法に基づく医療費助成制度の対象となり、医療費の個人負担が軽減される。

顕微鏡的多発血管炎と業務関連性

この疾病の原因は、2001年に厚生労働省が発行した診断ガイドラインによると、「環境因子としてシリカと抗甲状腺薬であるプロピロチルウラシルが確立している」と記載されており、その後の研究も進んでいくつかの薬剤が原因として紹介されている。このうち、職業上ばく露しうる物質はシリカである。シリカとは二酸化ケイ素であり、身近なものとしては石英があげられる。石英はトンネル工事の掘削時や、コンクリートの骨材として使用される砂利にも含まれていることから、建設や土木に従事した人がその粉じんにばく露する。

今回の判決にかかわる被災者は全員はつり工であり、建物の解体や、打設したコンクリートを直す作業を行っていた。その就労期間は20年~37年である。また、全員についてじん肺(珪肺)、しかも管理3イ以上が確認されている。2名については生存中に提訴したものの、係争中に死亡し、両名とも死亡原因は顕微鏡的多発血管炎であった。この両名とも重症度が高く、1名は腎機能の低下が著しいことから人工透析を行い、もう1名は皮疹(紫斑、皮膚潰瘍、網状皮斑)が顕著に表れたうえ糖尿病を合併していた。このため医療費助成のおかげで治療費の負担がなかったのだが、それがゆえに職業上の有害物質ばく露の結果発生した疾病であることに目が向けられてこなかったとも言える。

顕微鏡的多発血管炎への注目

この疾患と業務との関連にいち早く注目したのは故海老原勇医師であった。その著書「粉じんが侵す!」には「わたしはかねてから粉じんばく露から膠原病になるケースがあると考えてきた」と書かれており、1973年にはすでに石材工でじん肺と膠原病を併発している患者をとおして確信していた。また、1969年に閉山した金属鉱山で、その労働組合名簿上の粉じん作業者246名中10名の免疫疾患が発生していることを明らかにした。このうち2名については顕微鏡的多発血管炎を想起させる、急速進行性糸球体腎炎である。

海老原医師はかねてから粉じん(シリカやアスベスト)がアジュバント物質であることに着目していた。アジュバント物質とは、空気中の花粉やダニなどのアレルゲンと一緒に吸われることで、アレルギー症状を悪化させるなどの作用をもたらす物質のことを言う。本来であれば粉じんは人体にとって異物であるから、免疫による攻撃の対象であるが、身体には正常な組織まで攻撃しないように過剰な攻撃を抑制する機能もある。しかし、シリカのアジュバント効果がその機能を阻害し、攻撃を増強する方向へと導くという説を紹介している。

海老原医師は、その著書の中で「粉じん作業者の疾患をじん肺のみに限定するのは間違いであり、じん肺罹患者にみられる各種の病像、病態を別の視点からも整理することが重要である。」と締めくくっている。

相次ぐ被災者

顕微鏡的多発血管炎自体は、その発見が比較的新しい。しかし、従来は十分検討されてこなかったものの、3名の被災者が発生したことにより全国の医師にも呼びかけをしてさらに2名の発症が明らかになった。その2名とも珪肺罹患者であり、長期間にわたって粉じん作業に従事している。

労災請求を行うことによって、ようやく本邦でも研究が始まった。初めて報告された研究は、2016年10月22日に開催された日本職業・災害医学会学術大会において発表された、「病職歴データベースによるじん肺患者におけるANCA関連腎疾患合併頻度の研究」である。全国の労災病院における2005年4月1日から2014年9月19日までの入院患者を対象に、じん肺群と非じん肺群からANCA関連腎疾患の頻度を調査したところ、1年間あたりで一般患者387.3人/100万人、じん肺患者では3017人/100万人という結果になった。じん肺群の方が少し多い、などというレベルではなく、顕著にその差が表れている。報告を受けた座長も、新たなじん肺の合併症ではないかとコメントしていた。

先行する海外の研究

訴訟では日本に先立ち研究が進んでいる海外の疫学論文を証拠として提出した。海外ではindustrial hygienist、産業衛生士と呼ばれる専門家がいて、アンケートや聞き取りでも詳細な調査を行うことができる。その結果、顕微鏡的多発血管炎の業務起因性を科学的に裏付けることができたはずだったが、今回の判決ではこれらの研究が重視されなかった。訴訟進行中も研究は進み、2013年には疫学論文のメタアナリシス論文が発表され、これまでの疫学論文を統計的手法により客観的に評価することでシリカばく露と顕微鏡的多発血管炎の関連性を示したが、これについても裁判所は否定的な見解であった。

今後は控訴審で争っていくが、一方で労災請求件数も増やしていかなくてはならない。顕微鏡的多発血管炎の話を聞きに行った折、海老原医師から、「人間の身体というものは、一部を切り取って見ればよいのではなく、トータルでとらえていかなくてはならない」という話を何度かしてもらった。顕微鏡的多発血管炎だけではなく、リウマチ症や全身性強皮症などの他の自己免疫疾患もシリカばく露が原因であると考えられ、粉じんが肺だけではなく全身に健康被害を及ぼすものであるということを改めて広めていきたい。
(文・酒井恭輔)

顕微鏡的多発血管炎の診断基準

主要症候 

①急速進行性糸球体腎炎
②肺出血、もしくは間質性肺炎
③腎・肺以外の臓器症状:市販、皮下出血、消化管出血、多発性単神経炎など

(1)主要組織所見
細動脈・毛細血管・後毛細血管細静脈の壊死、血管周囲の炎症性細胞浸潤

(2)主要検査所見 
①MPO-ANCA陽性
②CRP陽性
③蛋白尿・血尿、血中尿素窒素、血清クレアチニン値の上昇
④胸部X線所見:浸潤陰影(肺胞出血)、間質性肺炎

顕微鏡的多発血管炎が確実と診断されるケースは、
(ア)主要症候の2項目以上を満たし、組織所見が陽性
(イ)主要症候の①および②を含め2項目以上を満たし、MPO-ANCA陽性

関西労災職業病2021年1月517号