脳・心臓疾患、精神障害の労災補償状況公表(2020年度)
脳・心臓疾患減少、精神障害増加
厚生労働省は6月23日、2020年度(令和2年度)の「過労死等の労災補償状況」を公表した(厚労省ホームページhttps://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_19299.html)。
厚労省では、脳・心臓疾患、精神障害、裁量労働制対象者に関する労災補償の請求件数、支給決定件数や請求人の業種や年齢などの内訳を、2002年度から毎年公表している。
昨年度は、新型コロナウィルス感染症の流行により、業務が減少した業種も多かったためか、その多くが過重な労働が原因である脳・心臓疾患での請求は減少した。しかしながら、心理的負荷に起因する精神障害の請求件数は例年とほぼ変わらなかった。
過労死防止の効果は…?
脳・心臓疾患の請求件数は、昨年より152件減った784件、決定件数も19件少ない665件、うち支給件数は、22件少ない194件だった(下表1-1)。
2002年度の公表開始時点では40%で、その後少し上がり、2008年の47%が最高値でその後少し下がりながらも40%台であったのが、2015年度には40%を切って37%となり、2016年度、2017年度は38%であったのが、2018年度34%、2019年度31%、そして昨年とうとう30%を切って29%となった。
過重労働による疾患の労災請求のうち労災と認定される件数が少ないことは、長年の課題であるが、それが益々少なくなってきているのは問題である(件数の増減についてはグラフ参照)。
厚生労働省は過重労働に関して毎年11月を「過労死防止啓発月間」として「過労死等防止対策推進シンポジウム」を全国で開催したり、「過重労働解消キャンペーン」として、過重労働の重点監督を行い、相談ダイヤルを設けるなど、過重労働防止対策を行っている。
過労死等防止対策推進法の成立以来、国として過労死防止に力を入れているが、請求件数は特に著しく減少したりはしていない。ただし、昨年度は減少しているが、これはコロナの影響とみられる。それに対して、認定率は毎年少しずつ下がっていることに、正直焦りを覚える。
不支給となった理由を分析してみなければ原因は不明であるが、全国の労災職業病センターに寄せられる事案で、実労働時間の認定に関して争いになることが多く、そういった所が原因ではないかと思われる節もある。
脳・心臓疾患の業種別の状況では、2019年度と同じく「運輸業・郵便業」が1番請求件数が多く158件で、決定件数は136件、支給決定件数は58件だった。2番目は、「卸売業・小売業」で請求件数111件、決定件数106件、支給件数38件、3番目は「建設業」の請求108件、決定98件、支給27件、2019年度は請求が3番目に多かったにもかかわらず支給件数は「製造業」より少なかったが、今回は決定件数が前年の88件から99件に、支給件数も17件から27件に増えた。4番目は「製造業」で請求92件、決定79件、支給17件、次に請求件数が多いのは「医療・福祉」で請求67件、決定46件、ただし支給件数は6番目で8件と少なく、認定率が低かった。次は「宿泊業・飲食サービス業」で請求31件、決定42件、支給15件だった。
職種別では、請求件数と支給件数の多さにばらつきがあり、請求件数で見ると、「輸送・機械運転従事者」が1番多く、請求件数148件、決定件数120件、次に「専門的・技術的職業従事者」が請求112件、決定99件、「サービス職業従事者」が請求80件、決定79件、4番目に「運搬・清掃・包装等従事者」請求79件、決定60件、5番目は「建設・採掘従事者」請求70件決定56件、次が「販売従事者」請求69件、決定58件、続いて「生産工程従事者」請求60件、決定49件、8番目「事務従事者」請求59件、決定50件、9番目「管理的職業従事者」請求44件、決定48件となっている。しかし支給件数を見ると、1番目2番目は請求件数と同じ、「輸送・機械運転従事者」支給60件、「専門的・技術的職業従事者」支給27件、3番目は「サービス職業従事者」と請求は6番目だった「販売従事者」でどちらも23件の支給件数だった。4番目は請求件数で7番目と8番目だった「生産工程従事者」と「事務従事者」でそれぞれ13件、5番目は「管理的職業従事者」「建設・採掘従事者」で12件、6番目に「運搬・清掃・包装等従事者」で5件だった。
認定率で見ると請求・支給件数がどちらも1位の「輸送・機械運転従事者」がダントツ50%で、次が「販売従事者」の39.6%、「サービス職業従事者」29%、次に請求・支給件数ともに2位の「専門的・技術的職業従事者」で27%、「生産工程従事者」と「事務従事者」は26%、「管理的職業従事者」25%、「建設・採掘従事者」21%という順番になっている。
年齢別支給決定件数で見ると50~59歳が一番多く、次に40~49歳でこの2つの世代で支給件数の半数以上を占める。次に多いのも60歳以上で合わせると約90%になる。
時間外労働時間別支給決定件数は、今回から発症前1か月と2~6か月の平均と分けて件数が示された。もちろん1か月だと100時間以上に集中し、80~100時間未満が4件、それ以下は0件だった。2~6か月平均では80~100時間未満が一番多く、80時間未満は17件だった。
ハラスメント事案の増加
精神障害の労災請求件数は、ずっと右肩上がりであったが、2020年度は初めて9件減少の2051件となった。しかし、今回決定件数が大幅に増加して320件増の1906件だった。支給決定件数も増加し、99件増の608件、認定率は31.9%で、前年の32.1%からほんの少し下がった(表2-1)。
昨年の大きな変化の1つは心理的負荷評価表に「パワーハラスメントを受けた」という出来事が新設されたことだが、これが認定件数の増加に影響したかもしれない。ただ認定率では下がっているので、単に処理件数が増加したにすぎない。
精神障害の業種別の労災補償状況を見ると、請求件数が多い順に「医療・福祉」488件(決定件数428件)、「製造業」326件(決定311件)、「卸売業・小売業」282件(決定247件)、「運輸業・郵便業」202件(決定185件)、「情報通信業」111件(決定114件)、「宿泊業・飲食サービス業」92件(決定86件)、「建設業」89件(決定95件)となっている。
支給決定件数では、「医療・福祉」148件、「製造業」100件、「卸売業・小売業」「運輸業・郵便業」どちらも63件、「建設業」43件、「宿泊・飲食サービス業」39件、「情報通信業」27件の順になる。脳・心臓疾患では5番目の請求件数だった「医療・福祉」が請求件数・支給件数どちらも一番多い。また、「建設業」は請求件数は7番目の多さなのに、支給件数は4番目で認定率も平均を上回る45%となっている。
職種別では、請求件数最多は「専門的・技術的職業従事者」523件(決定件数486件)、多い順に「事務従事者」444件(決定406件)、「サービス職業従事者」284件(決定269件)、「販売従事者」241件(決定204件)、「生産工程従事者」215件(決定190件)、「輸送・機械運転従事者」122件(決定112件)である。
支給決定件数だと「専門的・技術的職業従事者」173件、「サービス職業従事者」91件、「事務従事者」83件、「販売従事者」65件、「生産工程従事者」58件、「輸送・機械運転従事者」43件の順になる。
年齢別の支給決定件数では、40~49歳が一番多く、次に30~39歳、20~29歳の順で、脳・心臓疾患と比べると少し若い世代に多くなっている。
労働時間別の支給決定件数を見ると、608件のうち279件が「その他」に分類され、出来事による心理的負荷が極度であると判断されて労働時間を調査するまでもなかったということである。支給件数の45%程にあたる。認定基準で心理的負荷が「強」と判断されるには少なくとも100時間以上の時間外労働が認められた場合である。100時間未満の件数を合計すると207件で全体の34%で「その他」と合わせて80%弱は長時間の時間外労働以外の理由で、労災認定されたことになる。前年度はこの割合が70%弱なので、今回10%ほど増加したことになる。
出来事別の決定・支給件数を見てみる。
2020年から新設された出来事の「上司等から、身体的攻撃、精神的攻撃等のパワーハラスメントを受けた」であるが、支給決定件数は最多の99件(決定件数180件)だった。認定率でも55%と高かった。次は「悲惨な事故や災害を体験、目撃した」で83件(決定120件)、3番目は「同僚等から、暴行又はいじめ・嫌がらせを受けた」で71件(決定128件)、次は「仕事内容・仕事量の変化を生じさせる出来事があった」の58件(決定190件)、「病気やケガをした」50件(決定127件)、「セクシュアルハラスメントを受けた」44件(決定90件)となっている。出来事のハラスメントに関わる項目「パワーハラスメントを受けた」と「いじめ・嫌がらせを受けた」「セクシュアルハラスメントを受けた」を合わせると214件で全体の35%にもなる。
長時間労働に関わる出来事では、「仕事内容・量の変化を生じさせる出来事」の58件、「1か月に80時間以上の時間外労働があった」31件(決定52件)と「2週間以上にわたって連続勤務を行った」41件(決定64件)となっていて、認定率も「80時間以上の時間外」は59%、「2週間連続勤務」は64%と非常に高い。
決定件数が多いのに支給件数が非常に少ない出来事がある。まず「達成困難なノルマが課された」(決定件数16件、支給件数1件、認定率6.2%)は、よくある出来事なのだが、被災者が優秀でノルマが達成できてしまった事案や、達成すればするほどノルマのハードルがあがっていた事案で、負荷評価を「中」と判断された事があり、労働者の感覚よりも評価が厳しくなっているようだ。「配置転換があった」(決定63件、支給6件、認定率9.5%)という出来事も、全く違う業務に配置転換されても評価が低いことが多い。「上司とのトラブルがあった」(決定388件、支給14件、認定率3.6%)は決定件数が最多であるにもかかわらず、認定率3.6%となっている。「上司等からパワーハラスメント」の項目に当たらなかったものが「上司とのトラブル」に分類されていると思うが、労働者本人の感じ方と厚労省の判断に開きがある。
各都道府県にバラツキ
最後に都道府県別の請求・支給決定件数について触れておく。
全体の労災認定率は31.9%だったが、すべての都道府県で30%前後というわけではなく、0から60%程まで、各県ばらばらが平均されて30%なのである。
2桁以上の決定件数がありながら認定率が比較的高いのは、北海道(決定70件、支給31件)で認定率44%、山形(決定18件、支給9件)認定率50%、千葉(決定65件、支給28件)の43%、福井(決定13件、支給8件)の61%、静岡(決定55件、支給27件)の49%、滋賀(決定17件、支給7件)の41%、大分(決定28件、支給16件)の57%など。
反対に2桁以上の決定件数で認定率が低いのは、宮城(決定32件、支給9件)の28%、栃木(決定13件、支給3件)の23%、群馬(決定18件、支給4件)の22%、東京(決定368件、支給93件)の25%、愛知(決定127件、支給32件)の25%、大阪(決定208件、支給51件)の24%、岡山(決定13件、支給3件)の23%、山口(決定17件、支給4件)の23%など。
大阪の認定率が全国平均に比べて数~10%ほど低いのはいつものことだが、東京、神奈川も認定率が下がってきている。厚労省や労働局に訊ねても、「適切に判断している」としか言わないので原因は不明であるが、追求は続けていくつもりである。
また大阪労働局は昨年、2019年度の過労死関係の労災補償状況を公表しなかった。毎年記者発表して報道資料としてホームページに掲載していたのを取りやめた。2020年度分について問い合わせたが、やはりホームページに掲載する予定はないということだった。理由は、「全国と傾向が同じなので大阪が特に公表する必要はない」「資料作成に手間と時間がかかる」などと述べていたが、公表を続けてもらいたいのでこれも要請していく。
関西労災職業病2021年7月523号
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