中皮腫で死亡した電気工の給付基礎日額を「標準報酬月額」としたため超低額になった件の続報/大阪南
本誌(関西労災職業病)2024年1月号掲載「中皮腫死亡の電気工、労災認定 給付基礎日額問題が発生」の続報であるが、前提を少々。
労災保険制度における休業補償給付や遺族補償給付は「給付基礎日額」を決定した上で、その額に給付の種類等に応じた「日数」や乗数を掛けて算出した額を給付する。
「給付基礎日額は、労働基準法第十二条の平均賃金に相当する額とする。」(労災保険法第八条 冒頭部分)※よって字数が短いので以下、平均賃金と表記。
たとえば、毎月十日締め、月末払いの月給労働者の場合。
労災発生日の直近の締め日から3ヶ月分の賃金合計額をその3ヶ月の歴日数で除した額が平均賃金である。が、こうした簡単な計算では済まないことは少なからずある。そのため平均賃金の決め方についてはいくつかの行政通達があって、ちょっと“ややこしい”のである。
今回の問題は、これら行政通達の解釈と適用に関して、「労基署が間違った」と私達(担当事務局の林、片岡)は考えている。そのため、遺族補償請求人である故Mさんの妻による審査請求代理人になった。
ところで、労災請求を受けつけた大阪南労基署は、大阪労働局労災補償課に設置されている高度労災補償調査センター(ARC)に事案をあげ、実質調査はARCが行った。ARCは調査結果(業務上外、平均賃金)を復命書にまとめて大阪南労基署に返し、事案にかかる支給・不支給処分は大阪南労基署長が行った。したがって、今回の遺族補償給付等決定処分にかかる「原処分庁」は、大阪南労基署長であり、私達の話相手は(とりあえずは)労災課窓口担当者、労災課長、労災担当副署長である。
さて個人情報開示手続きにより入手した復命書等によれば・・・。
今回問題の故Mさんは、N電設工業で労働者として勤務したのち独立、親方となりN電設工業の下請として長年電気工として働いた。電気工は典型的なアスベストばく露(建設関係)職種。不幸にも胸膜中皮腫を平成30(2018)年3月に発症、同年9月に死亡された(79歳)。
電気工事をはじめたのは、昭和36年から。昭和14年生まれのMさん22歳のときとされている。
T商店、Y電栄を経て、N電設に入っている。
N電設に関しては、年金記録があること、現存する会社関係者からの情報に「基づいて」石綿ばく露歴あり、と原処分庁は認定している。
厚生年金加入記録「昭和41年1月から昭和52年3月」の約11年3ヶ月。
その後、Mさんは独立して「M電工」となり、N電設の下請として同じように電気工事に従事した。労災保険制度の適用についていえば、M電工となってからは「労災特別加入」の履歴はない。したがって、労災保険制度が適用される「(石綿)ばく露従事期間」としは「石綿ばく露作業はあったと推認はできるが、ばく露従事期間としては不詳とする」と、原処分庁は記している。
労働者として働いた期間については、労災保険が適用される(会社が労災の件加入手続きをしているか否かには無関係である)。
したがって、Mさんについて労災保険適用は、独立以前のN電設までの労働者期間に限られる。そして中皮腫の原因たる石綿ばく露作業従事期間の終期は、今回の場合は、N電設における年金記録の終期と一致する。
こうした場合の平均賃金は、たとえば月給制の場合は、この終期の直近の賃金締め日から3ヶ月分を合計し、その額を歴日数分で割って求める。
だが、しかし、である。
昭和52年当時の賃金明細や賃金台帳を労働者や会社が保管していることなどまずない。したがって、前述した平均賃金算定にかかる行政通達では、基礎資料が不明なときは賃金統計に基づく算定方法を示しており、それにしたがって平均賃金が決定されることが一般的である。
ところが、健康保険や厚生年金については、そのとき支払われている給与額にもとづいて賃金額階級別に「標準報酬月額」を決定し、これにもとづく保険料額を定めることになっている。したがって、年金加入履歴があれば、そのときの標準報酬月額が記録されているので、現在では、標準報酬月額が明らかな場合はその額を平均賃金算定の基礎に「することができる」(「しなければならない」、ではない)とする行政通達が出されているのである。
原処分庁は、故Mさんの妻から同意書をとり、社会保険事務所から年金記録を入手して昭和52年当時の標準報酬月額を把握した。
その額は52000円であったので、これを3倍し90日(3ヶ月の歴日数)で割って、当時の賃金日額として1733円を算出。さらに当時から現在までの全体的な賃金変動率2.28を乗じて、給付基礎日額たる平均賃金を3951円としたのである。
「はて??」
昭和52年で月給52000円。2.28を乗じて現在額で118560円。
2023年10月からの大阪府最低賃金は1064円/時なので、たとえば1064円×8時間×25日=212800円。
118560円<<212800円
つまり、標準報酬月額52000円を平均賃金の基礎とすることは、あきらかに不合理であり、社会常識に反する。
「いくらなんでも、おかしいでしょ!なんでそういうことになるんですか?」
私達代理人の疑問、主張は、単純にこのことである。
あまりに低い平均賃金に驚いて大阪南労基署の窓口で労災課長や副署長に説明を求めたとき彼らは「標準報酬月額が明らかな場合は、このように計算することに“なっている”」と言い「文句があるなら審査請求をしてください」と言うばかりであった。
果たして、(このように計算することに)「なっている」(そうしなければならない)というのは本当なのか。
正しい解釈なのか。
私達は現在までに、証拠資料を添付した2通の意見書を提出した(これらについては次号以降で報告したい)。
そして、5月31日、担当の大阪労災保険審査官に面会し、意見書の趣旨と私達が収集した情報を直接審査官に伝えたところである。現在、口頭意見陳述にむけて質問事項の提出依頼文書が審査官から来るのを待っている。
しかしながら、そもそも、平均賃金として採用することなど常識的にありえない計算結果を原処分庁がそのまま受け入れたことの誤りはどうみても明らかである。
一刻も早く原処分庁は、平均賃金を是正し、原処分の自庁取消しと変更決定を行うべきなのである。審査請求そのものが、関係者全員に対して無駄を強いるものにほかならない。(事務局 片岡明彦)
関西労災職業病2024年6月555号