調査不足を認め自庁取消~公務災害補償をめぐる問題~
本誌2024年11・12月号で紹介した枚方市職員である森岡さんの公務災害に伴う障害補償給付請求不支給取消訴訟だけではなく、公務災害に関する相談は数多く寄せられている。具体的ケースを通じて問題点を改めて考えてみたい。
奈良県教員自庁取消事案
教員である被災者は2022年3月7日、体育の授業でロンダート(側転で回転時に体をひねり、両足を揃えて着地する飛び方)の指導で模範演技を行った際、体の回転が足りずに、勢いのある側方倒立回転のような形になり、先に着地した左足にすべての力がかかったことで膝が横に大きくずれる感覚におそわれた。その後、あっという間に左膝回りが腫れてきて、膝の曲げ伸ばしはおろか、歩行すら困難になった。病院で受けた診断名は左膝前十字靭帯損傷であった。
被災者はまだ若く、プライベートでもスポーツをたしなむ人物で、今回の負傷の5年前にもスポーツ中に左膝を負傷し、左前十字靭帯損傷の診断を受けている。しかし、5年前の負傷に関しては確かにしばらく通院したものの、痛みが引いたのちは普通に日常生活も送ることができたし、体育の指導にも差し支えなく、趣味のスポーツを楽しむことができた。
今回の負傷は、手術で靭帯の再建を要するほどの負傷である。受傷後は固定装具を付けて歩くようになり、本人によると「固定装具を着用していても、左大腿骨と脛骨がずれていくことが自覚できる程」動作に不自由を感じ、予想のつかない児童の動きをフォローするために「気持ちだけが前に行き、瞬時に動かない左膝をかばいながら体の動く箇所を必要以上に動かして対応する」ために膝の痛みが増悪するばかりか、腰や首、肩も痛めてしまった。
手術を通じてようやく普通に歩けるようになり、教師として通常の公務に支障なくつけるようになったのである。主治医が公務災害基金に提出した意見書を見ると、今回の負傷によって歩行障害が確認されており、医学的にも再建術が必要であったことがわかる。
これに対して基金支部は「支部専門医相談シート」を作成し、支部専門医から「災害発生時の状況から公務起因性は認められるので、公務上の災害とすることは差し支えない。ただし、本人の既往歴を考慮すると、療養期間は災害発生日から3カ月程度することが妥当」という意見を引き出している。引き出しているというのは、このシートは専門医意見書という体裁ではなく、被災者情報、災害発生状況、主治医意見が記載されたA4一枚のシートに基づき、専門医への照会事項「本件は急性症状を付すべき事案でしょうか。その場合、療養期間はいつまでとするのが適当でしょうか」と、「いつ打ち切るべきか」という意見を求め、それに対する支部専門医の意見が記されているものの、書面での回答ではなく直接意見を聴取して記載しているので、聴取職員が正しく理解して記載したかどうかまでは分からない。その一例として「今回の受傷は、セカンドアタックといって、過去に前十字靭帯を損傷し、手術を受けていない状態で改めて何らかの衝撃があった場合に再度損傷を起こす典型的なケースである」という意見が記されているが、セカンドアタックという表現は、古傷部位を再び負傷した、という使われ方はされず、「感染や手術などの初回の侵襲によってサイトカインが誘導され好中球が活性化された結果、2回目の侵襲、つまりセカンドアタックによって臓器障害が起こる」という使われ方がされる。他の医師に尋ねても、支部専門医相談シートに書かれているような使い方はしないという。そうなると、実際は支部専門医もそのような表現を使わず、聴取職員が自分の理解で書いた可能性すらある。照会事項を見ても分かるように、求める情報は療養補償を打ち切るための判断材料だけなので、「災害発生日から3カ月程度」経過した切の良い時期である2022年5月31日に療養補償給付を打ち切った。
森岡さんの事件でも同じことが言えるが、基金の対応の問題点は、療養の経過を把握せず、被災者が転院し、再建術を受けて初めて慌てて打切り時期を求めて専門医に意見を求めることである。両ケースとも、「手術が必要であったのか」という検討はまったく行われておらず、急性症状の消退時期を探っているにすぎない。これは、「災害により本人の素因や基礎疾患を加齢や一般生活等のいわゆる自然的経過を超えて急激に著しく増悪させ、症状の発生に至らせたものと認められる場合には、公務が相対的に有力な原因と認められ、増悪させた部分(急性症状)に限り、公務との相当因果関係が認められる」という考え方に縛られているためである。本来であれば、地方公務員災害補償法26条でうたわれている「必要な療養」が施されてしかるべきでありながら、急性症状の消退時期ばかり追うことからこのような誤った判断が多発する。
森岡さんは手術に伴う後遺障害について不支給となり、この決定の取り消しを求めて裁判を通じて係争中であるが、本件の被災者については審査請求中に自庁取消となった。もっとも、「支部専門医に意見聴取をしたときは、手術はまだ行われていなかった」ことが自庁取消の理由というが、それは理屈が合わない。支部専門医に尋ねたのは確かに10月14日だが、手術を行った10月20日の6日前にすぎない。支部専門医に意見聴取を行うことに先立つ7月に主治医から提出された意見書には「手術を検討中」と記載されているし、支部専門医にもこの意見書を示している。また、審査請求に対する原処分庁の弁明書には「再腱手術は本人の基礎疾患が相対的に有力な要因となって行われたものである」と断言している。この自庁取消については、調査不足を認めたと言えるだろう。基金奈良支部の調査対応改善を求めて追及していく予定である。
京都府教員誤伝達事案
高校の教員である被災者は、授業だけではなく部活動指導にも熱心で、ラグビー部の顧問をしていたときに、遠征のため車で移動中、玉突き事故の被害に遭う。認定された傷病名は頸部捻挫であり、災害発生年月日は2014年3月30日、症状固定日は同年11月10日であった。そこまでは珍しくない話だが、被災者は療養開始後ほどなくして斜頸を発症する。まっすぐ歩いていても急に体が傾き、視野も急に変化するようになった被災者に、当時の主治医はストレス性の不随意運動と判断した。その後、斜頸の治療のためにいくつかの整形外科やペインクリニックを受診したが、現在の主治医は「これは外傷性ジストニアの一種で、事故が原因で不随意な筋緊張が頸部に生じたと考えられる。一般に受傷直後には発生しないのもこのケースで一致する。これまでの医療機関では適切に診断されていなかったと考えらえる」と診断している。そのため、被災者は改めて公務上決定を求めて公務災害認定請求書を提出することにした。しかし、所属からは、「斜頸が公務上と認められても第三者行為災害が原因である以上、基金は被災者に補償を行わず、被災者から直接加害者に対して補償を請求すること」、「2014年当時に加害者と補償について示談で決着がついている以上、公務上と認められてもどこからも補償が出ないおそれがあるので、今回の請求は取下げた方がよいのではないか」というアドバイスを受けた。
このアドバイスに対して、そんなわけないやないか!と怒る被災者は正しい。公務上と認められることで健康保険は使えず、それでいて療養補償給付が支給されないのであれば、はじめから請求しない方がよいに決まっている。しかし、それでは何のための公務災害補償制度か分からない。文書ではなく電話でのやり取りだから、本人の誤解もあるかもしれないので所属先学校に真意を尋ねてみると、「上から聞いた話ではそういう話だった」という回答であった。公務災害補償制度は、仮に費用を加害者から徴取できなくても被害者への補償は行われる制度ではないか、と説き、もう一度確認してもらったところ、被災者に対し、基金本部からのメールがそのまま届けられた。基金本部は「何回も同じ説明をさせるな」という苛立ちを短い文書内に何度もぶつけながら以下のように説明をする。
「【ご本人にお伝えいただく内容】 公務災害の第三者加害事案には、示談先行と補償先行があります。示談先行は『相手方から直接賠償を受けるもの』で、補償先行は『基金が補償した後に、補償に要した経費を相手方に求償するもの』です。いずれも最終的には相手方が支払うこととなります…繰り返しとなりますが、まず、本人から相手方に連絡をとり、傷病の再発について賠償の意思を示してもらってください。相手方が拒否するのであればそれでも構いません。」
と書かれているように、加害者に補償を拒否されたことを理由に基金も補償をしないとは言っていないのである。
最初からこのメールを本人に見せてくれればよかったのだが、基金本部→基金支部→教育委員会→所属→本人と口頭で伝えるからこのようなミスコミュニケーションが発生してしまう。もっとも、書面自体も誤りなく伝えようとすると冗長で分かりにくくなることもある。その際には分かりやすい解説をいれるなど工夫は必要だろう。
この事案では、被災者もようやくスタートに着くことができた。斜頸も無事公務上として認められればよいが、森岡さんの腰椎すべり症について基金が追加傷病として認めつつも症状固定日を手術前にしたように、被災者の斜頸についても頸椎捻挫の症状固定日と同じ2014年11月10日と判断するのではないだろうか。被災者が安心して療養に専念できるように継続して支援をしていかなくてはならない。
丸亀市会計年度任用職員公務外事案
最後に、会計年度任用職員に対する扱いについて紹介する。
丸亀市の会計年度任用職員であった被災者は、市が主催する夏の文化イベントで扱った物品・廃棄物を乱雑に封入した段ボール箱を締め切った狭い倉庫で開けた瞬間、目や鼻に鋭い痛みを感じ、息苦しさを覚えた。イベント終了後約2か月が経過した2019年10月17日のことであった。受傷5日後に病院で診断を受けたところ、「鼻咽頭痛、呼吸困難感、耳介後部腫脹、頭痛、口唇湿疹」と診断された。
11月6日に発行された診断書をもって丸亀市の「議会の議員その他非常勤の職員の公務災害補償等に関する条例」に基づき公務災害請求を行ったが、公務外認定の決定が下されたのは4年半を経過した2024年3月19日であった。公務外決定を行った理由はシンプルで、①有害因子が不明、②ばく露条件が不明、③発症の経過及び病態と有害因子やばく露条件との関連が不明、というものである。受け付けてから決定まで4年も放置していれば当時分かっていたものも分からなくなってしまう。当時の職員、件の段ボール箱に梱包されていた物品など、今さら後追いできないためである。請求を受けてすぐに調査を行えば有害因子は特定できた可能性が高く、有害因子が分かれば発症との関連性も追求できる。それらの確認を怠り、すべて不明という判断するのはあまりに無責任ではないだろうか。
審査請求においても丸亀市は、昭和51年1月30日基発第122号「脂肪族化合物、脂環式化合物、芳香族化合物又は複素環式化合物のうち有機溶剤として用いられる物質による疾病の認定基準について」、および同年8月4日基発第565号「芳香族化合物のニトロ又はアミノ誘導体による疾病の認定基準について」を引用し、被災者が約3時間程度のばく露であったことについて、「大量に又は高濃度な何らかの有害因子に接するような出来事があったのであれば別であるが、その特定もなされておらずこれらをもって『相当期間』ばく露したと言えるか疑問がある」と反論する。しかし、有機溶剤や特定の化学物質への慢性ばく露を原因とする疾病に関する認定基準を持ち出して、「相当期間ばく露がない」という理由で公務外と判断することはあまりにも短絡的で通達の完全な誤用である。単回ばく露による急性症状を検討しなくてはならない事案で、丸亀市は、まったく関係のない通達を利用して請求人の公務上災害を封殺しようとしたと言わざるを得ない。
このケースでは、行政保有文書開示請求を通じて当該文化イベントにどのような物品が購入され、用いられていたか分かってきた。その中には、殺虫剤や洗剤のような家庭用品があり、これらが開封済みで段ボール箱の中に漏れ出ていれば被災者の疾病の発症原因となりうることも調べてみてわかった。労災においては、平成14年労基法施行規則35条専門検討会において、過去に業務上災害として認められた事例について「その他に包括される疾病」における労災補償状況調査結果が配付されている。この中に「エタノールばく露による急性鼻咽頭炎」が挙げられており、業務起因性が認められたケースが労働者災害補償保険において存在する。急性症状ということは、単回ばく露であった可能性が高く、被災者が扱った物品にも、数種類の物品にエタノールが含まれていることが確認できる。原処分の段階で迅速に調査を行い、原因物質を推認していれば、公務上と認められたのではないだろうか。
しかし、5年も経ったのちは、それらの物質が件の段ボール箱に入っていたのか、入っていたとしたらどのような状態で入っていたのかについては分からないままである。事故発生から5年が経って行われた審査請求においては、有害因子についても推測でしかなく、審査請求の裁決書には「請求人の言う発症までの経緯があった可能性は否めないが、客観性がない」という理由で棄却であった。せめて当時の同僚である正規職員の証言が得られたらよかったのだが、個人的に被災者に対して「何か漏れていて段ボール箱が濡れていた」とか、「島しょ部から船で運搬するときに揺れて段ボール箱の中身が破損する」などと教えてくれる元同僚はいたものの、所属として被災者に協力しないという結論にいたったらしく、結局孤立無援のまま丸亀市公務災害補償等審査会の裁定を待つ身となってしまった。
今回紹介した3つのケースは、地方公務員災害補償保険法上の「必要な療養」を徒に狭く解釈する基金支部の姿勢、不慣れな担当者と研鑽不足、不必要にかかる調査時間など、いずれも2024年の全国センターによる公務災害基金本部との交渉で議論された内容に重なる点が多い。今後も自治体労働者や労働組合の協力を得ながら、公務災害補償制度の改善を求めていかなくてはならない。
関西労災職業病2025年2月562号