労災保険料についての事業主不服申立制度に反対する!!東京緊急アピール行動

記者会見する天野理氏、中島由美子氏、古谷杉郎氏、川本浩之氏(左から)2022年12月16日

労災保険を使用して増額された保険料に対して、事業主が不服申し立てできる制度が作られようとしている。2022年10月26日、厚生労働省は「労働保険徴収法第12条第3項の適用事業主の不服の取扱いに関する検討会」を開催した。

新聞は「労働災害が起きた事業場で労災保険料が引き上げられる制度をめぐり、事業主が『労災認定は違法だ』として国に不服を申し立てられるようになることが固まった」と報道した。

この通りならば、すでに決定された労災認定が違法だと事業主が不服申立できるようになる、違法とされたら労災決定は取り消されるのか?と、とんでもない事態になる。

検討会の主旨・目的には、「労災保険給付を生活の基盤とする被災労働者等の法的地位の安定性についての十分な配慮を前提として、メリット制の適用を受ける事業主が労働保険料認定決定に不服を持つ場合の対応を検討することとする。」とあった。

つまり、労災認定された被災者が補償を受けられる状態を保ちつつ、メリット制適用事業主の労働保険料に対する不服にも対応するということだ。最悪の事態である労災支給決定の取り消しはないということだが、とても安心はできない。

過労死や精神疾患の労災認定では、事業主が労働災害とは認めずに、労災認定を不当として訴訟を起こすケースが何件もあり、厚生労働省は、労災認定された事案が訴訟で裁判所に否定される事態を避けるため、行政手続上の不服申立を事業主に認めようとしている。しかし、どう考えてもただのその場しのぎにしか思えない。悪質な事業主は不服申立ができたとしても、労災を認めずに被災者に対してスラップ訴訟を起こす可能性は高いし、同時に不服申立という新たな手段もよろこんで使うだろう。

被災者にとっては、何ら安心できる保障はないのである。

そこで、全国労働安全衛生センター連絡会議(以下、全国安全センター)として、すぐに以下の緊急声明を公表、厚生労働省にも提出した。

労災保険制度における事業主不服申し立て制度の導入に反対する緊急声明(2022年10月31日)

厚生労働大臣 加藤 勝信様
「労働保険徴収法第12条第3項の適用事業主の不服の取扱いに関する検討会」委員各位

全国労働安全衛生センター連絡会議
議長 平野 敏夫

私たち全国労働安全衛生センター連絡会議は、労働者の立場に立って、長年にわたり労働災害や職業病に関する相談・支援にあたってきた団体や個人の全国ネットワークです。

本年10月26日、厚生労働省の「労働保険徴収法第12条第3項の適用事業主の不服の取扱いに関する検討会」が開催されました。その席上、労働保険料認定決定に対する審査請求等において、事業主が労災保険支給決定の支給要件該当性を争うことができるようにする案が示されました。この案は検討会において大筋で認められ、早ければ年内にも通達を出し、運用を改めると報じられています。

労災保険制度では、「事業主の保険料負担の公平性の確保や災害防止努力の促進を図る」ためとして、その事業場の労働災害の多寡に応じて、一定の範囲内で労災保険率または労災保険料額を増減させる「メリット制」が設けられています。上記の案は、直接的には、支給要件に該当しない(と事業主が主張する)労災保険給付をメリット制適用の収支率計算から除外させることによって、結果的に労災保険料を引き下げさせる道を事業主に与えるものです。

しかし、これは他方で、すでに支給された労災保険給付(労災認定)について、あとから実は支給要件に該当するものではなかったと認めさせることによって、労災認定に対する不服申し立てを事業主に事実上または間接的に認めるものと言わざるを得ません。労働保険料認定決定に対する審査請求等で支給要件に該当しない労災保険給付だと判断されても、労災保険給付支給決定は取り消さないとされたとしても、労災被災者が現実に被る悪影響はきわめて大きく、また、労災被災者の救済という労災保険制度の根本に反するものであると考えます。

全国労働安全衛生センター連絡会議は、厚生労働省に対して、このような重大な改悪案を提案したことに強く抗議し、ただちに撤回するよう強く求めるものです。

以下、具体的に今回の提案の問題点を指摘します。

1、今回の提案は、事業主に労災認定を否定する新たな根拠を与え、被災労働者の安心安全な療養と生活、そして権利を、根本から破壊するものである。

厚生労働省が検討会に提出した「労働保険徴収法第 12 条第3項の適用事業主の不服の取扱いに関する論点」という資料(以下、論点資料)によると、事業主が労災保険料認定決定に不服を申し立てる際に、労災保険支給決定(労災認定決定)における支給要件該当性(つまり認定要件を満たしているかどうか)を争えるようにするという、解釈の変更が提案されている。

論点資料では、労災被災者への保険給付や法的安定性には影響を及ぼさないとしている。しかし、そのような主張は、職場における事業主と被災労働者との不均衡な力関係をまったく無視した机上の空論である。

現状でも、労災申請への協力を公然と拒んだり、労災申請した労働者に嫌がらせを行ったり、労災休業中の労働者に対して労災を否定して退職を迫る事業主などが後を絶たない。そのために、労災申請を断念したり、職場復帰を断念して退職する労働者も多いのである。

もし、事業主による労災保険支給決定の要件該当性に関する不服が認められた場合、その不服申し立てが、労働保険料のメリット制に関する部分だけだという話は、労働現場では事実上何の意味も持たない。事業主は、その決定を根拠にして、「この労災認定は、実際には支給要件に該当しない」と、社会や被災労働者に対して労災認定そのものを全否定する主張を公然と行うだろう。要するに、労災被災者に対する事業主の圧力や攻撃の武器を国が公的に与えることになり、労災認定されても被災労働者が安心して療養できる状況ではなくなってしまう。

例えば、脳・心臓疾患や精神障害の被災労働者のことを少し想像してみてほしい。長時間労働やセクハラ・パワハラで倒れた労働者やその家族は、現在でもきわめて高い労災認定のハードルの中で、数か月におよぶ労災認定手続きに耐えなければならない。その困難さに加えて、労災認定を得られた後も、事業主が労災認定を認めず、労働保険料に関する手続きの中で労災認定の内容そのものをさらに争ってくることになる。もはや、被災労働者は絶望するしかないではないか。

被災労働者の職場復帰や再発防止対策・職場改善等についても、今回の提案が通れば、事業主が「この労災は支給要件に該当しない」として争い続け、協力を拒む危険が増大する可能性がある。また、労災保険給付は法律による最低限の補償であることから、被災労働者はより完全な損害賠償を求めて事業主との直接交渉や民事訴訟を行うことができるが、それらに対して悪影響をもたらすことも確実である。

そもそも、労災保険制度が、事業主の不服申し立てにより事実上認定内容を否定できる制度となってしまうと、労働者がますます不安に感じ、労災申請そのものをためらう空気が強まることになる。今でも、事業主の反発や攻撃を恐れ、労災申請をためらう労働者も少なくない。今回の改悪は、そうした空気をさらに助長することになり、労災申請に関する労働者の権利行使をより一層困難にする効果をもたらす。

このように、今回の提案は、たんに労働保険料の決定に関する不服にとどまらない深刻な悪影響を全国の労働現場にもたらすものであり、被災労働者の安全安心な療養と生活、そして、被災労働者の権利を、完全に破壊するものと言わざるを得ない。被災労働者の公正かつ迅速な救済という労災保険制度の目的そのものを根本から破壊するものである。

2、全国の労働基準監督署での労災調査についても、深刻な悪影響を与える。

今回の改悪が行われると、全国の労働基準監督署で労災認定の調査にあたる調査官に対しても、深刻な悪影響を与えることが懸念される。すなわち、調査官が、事業主による不服申し立てや、それによって労災認定(支給要件該当性)を後から否定されることを懸念して委縮し、より事業主の主張に沿った対応や検討に流れる危険が高まる。

現状においても、労働基準監督署の調査官が、事業主の主張を丸のみして不支給決定を行う不当な事案が後を絶たない。とくに、被災労働者と事業主の主張が対立して、事業主が労災を否定し調査にも非協力的な事案では、労働基準監督署は事業主の主張に引きずられる傾向が強く、労災認定が困難になっている。例えば、脳心臓疾患や精神障害などの事案では、労働時間やセクハラ・パワハラの認定をめぐって被災労働者と事業主の主張が対立しやすい(要するに事業主が現場の実態を否認することが多い)こともあって、そうした問題が後を絶たない。

今回の改悪で、そのような労働基準監督署の姿勢がさらに悪化し、事業主の主張を忖度した判断がより強まることが懸念される。
なお、この懸念は、労災保険審査官及び労働保険審査会についても同様である。

3、このような制度の重大な変更について、手続きがあまりに拙速であり、検討過程に重大な瑕疵がある。

今回の検討会では、検討資料として裁判例などが複数提示されている。その中にある「一般社団法人Y財団事件」という判例は、判決日や内容などから「あんしん財団事件」であると思われる。

この「あんしん財団事件」は、事務職から営業職に職種を変更され、遠隔地への異動命令や過大なノルマから精神障害に罹患した2人の女性労働者の労災認定について、事業主が「虚偽にもとづく労災認定だ」などと主張して労災認定(保険給付支給処分)の取り消しを請求した事件である。

2022年4月15日に示された東京地裁判決は、事業主は労災保険給付支給決定の取り消しを求める法律上の利益がない(訴えを起こす資格がない)と断じた。しかし、他方で、労働保険料の認定処分に対する取消訴訟において、労働保険料の算出において考慮される労災保険支給処分について、同処分が取り消されていない場合であっても、その違法性(業務起因性を欠くこと)を取消事由として主張することが許される余地があるとも示唆した。これが、今回の検討の直接のきっかけのひとつになったものと考えられる。

あんしん財団側は、東京高裁に控訴して争いを続け、いまも謝罪するどころか、労災認定自体を認めていない。それどころか、労働基準法第19条第1項で明確に禁じられている、療養中の労災被災者を解雇するという暴挙にまで及んでいる。

労災保険のメリット制は本来、事業主に労働災害防止対策をより一層促すためのインセンティブ措置である。労災認定を認めず、被災労働者に謝罪をするどころか労働基準法違反の解雇まで行い、再発防止対策も職場改善も行おうとしない事業主に、労働保険料のメリット制の恩恵を受ける資格はない。そのような事業主による被災労働者に対する不当な対応やメリット制の悪用などを抑える対策こそが求められているのである。

労働保険料認定決定の審査請求等において、事業主がすでに支給された労災保険給付の支給要件該当性を主張できるようにするということは、逆にメリット制を悪用した審査請求や裁判を増長させるだけでなく、事実上ないし間接的に、労災認定に対する事業主の不服申し立てを認めることにほかならないと言わざるを得ない。

歴史的には、1973年11月に関西経営者協会が「労働災害補償保険制度の改正に関する要望」のなかで使用者が労災認定に対して不服申立てができるものとすることを求め、また、1984年12月13日に日本経営者連盟が「労災保険法改正に対する要望」の冒頭に「使用者の不服申立制度の創設」を求めたことがあった。

当時、この要求について、労災保険法改正の課題として正式に提起され、当時の労災保険審議会での議論等もなされた。そうした議論の上で、労災保険給付支給決定がなされた場合、事業主は、①労災保険給付支給決定に関する争いの当事者となる資格はなく、また、②労働保険料認定決定の適否を争う際に、労災保険給付支給決定の要件該当性に関する主張もできない、という「現状」(検討会の論点)があるわけである。

にもかかわらず、この改悪は、突然開催された厚生労働省の「労働保険徴収法第12条第3項の適用事業主の不服の取扱いに関する検討会」の、たった一回の審議で大枠が了承され、実施に移されるという。

労災問題に関する被災労働者、労働組合、労働団体などの意見を聞くこともなく、充分な検討の時間も取らないまま、このような重大な制度変更を行うことが許されるのか。しかも、検討会の委員は、ほぼ全員が法学者であり、今回の制度変更がもたらす労働現場での多面的な悪影響を適切に検討できる構成ではない。

今回の検討会に関しては、事業主に著しく偏った不公正な資料の採用と検討、運営が行われていると言わざるを得ない。

以上の通り、全国労働安全衛生センター連絡会議は、今回の改悪に強く反対するとともに、厚生労働省に対し、ただちにこの提案を撤回するよう重ねて求めるものである。

(参考)

※労働保険徴収法第12条第3項の適用事業主の不服の取扱いに関する検討会
https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/other-roudou_558547_00018.html
※あんしん財団のパワハラ不当配転事件
https://ameblo.jp/anshin-mu/entry-12763221431.html

以上

不服申し立て制度阻止!
労災保険メリット性の廃止を!

緊急声明を提出した後、厚労省労働基準局労災管理課より「この件について説明し、ご意見をうかがいたい」と全国安全センターに連絡があり、11月18日に厚労省の職員が事務所を訪問し、こちらの意見を聞いた。全国安全センターからは、①労災認定を取り消さないのだからよいだろうではすまない、労災被災者・家族、裁判、労使関係や労災調査などへの悪影響が検討されていないことを批判し、②労災認定に対する事業主の不服申立を認める判決を回避できる保障はまったくなく、かえって一部の悪質な弁護士・事業主による訴訟を誘発すると指摘し、③検討会も通達の発出もやめるよう要望するとともに、④より根本的な対応としてメリット制を廃止するべきであることを伝えた。

また、11月30日には阿部知子衆議院議員の協力で、厚生労働省と意見交換会を行い、全国安全センター関係者の他に、被災労働者やその家族、労働組合、メディア関係者が参加した。

その後、12月7日に検討会の2回目が開催され、報告書案が出され、13日には確定した報告書が公表された。制度の法律的な検討のみで、被災労働者や反対する団体の聞き取りなどの実態調査は、検討会においてはまったくなされなかった。

検討会報告書が第106回労働政策審議会の議題となった12月16日、会議が開催された虎ノ門のビルの前で、抗議行動を行った。およそ1時間にわたり、横断幕やプラカードを掲げて抗議のアピールを行い、通行人に抗議ビラを配った。

労働政策審議会では、使用者側委員が事業主側が争えるようになることは望ましい、と述べたが、労働者側は決して賛同しておらず、慎重に検討するべき、メリット制について労災低減の効果が本当にあるのか、メリット制の存廃自体を含めて検討するべきなどと意見が出された。しかしながら、その後メディアは不服申立制度導入と報道した。

また午後は厚生労働省記者クラブにて、記者会見を行った。会見には全国安全センター古谷杉郎氏、東京労働安全衛生センター天野理氏、神奈川労災職業病センター川本浩之氏、全国一般労働組合東京南部の中島由美子氏、東京管理職ユニオンあんしん財団支部委員長と横浜シティユニオン組合員で労災被災者のT氏(オンライン参加)、当センターから田島陽子(筆者)が出席した。

今回の不服申立制度で、使用者側が労災認定に対する訴訟を起こさなくなるという保障はまったくなく、決して労災と認めない会社側の行った数々の不当な行為について話した。被災者のT氏は、看護師として働く職場で新型コロナウイルスに感染して休業したにもかかわらず、病院は労災の事業主証明を拒否し、コロナ後遺症に苦しみながらなんとか労組にたどり着いて、労災請求し、認定されるまで9か月間何の補償もなく苦しい生活を送ったことを話した。コロナ労災については、メリット制の対象ではなく、労災認定されても保険料が上がることはない。この事例でもわかるように、メリット制のみが理由ではなく、決して労災を認めず、被災労働者を排除しようとする事業主は存在する。

厚労省は、労働政策審議会を経て、不服申立制度を通達として発出する気のようだが、最後まであきらめず、発出を阻止したい。
またメリット制についても、引き続き問題提起し、今回の申立制度の問題を機に、廃止に向けて取り組みを進める。

関西労災職業病2022年11-12月538号