労基法災害補償請求権の消滅時効、不当な2年据え置き
民法は短期時効を廃止したのに…?
賃金請求権は当分3年という不思議
2017年の民法の改正で、短期消滅時効の規定が廃止されたことに伴い、労働基準法の賃金請求権などについて定められている消滅時効期間を改正する法律が施行されたのは、一昨年4月1日のことだった。
民法にもともとあった短期消滅時効期間1年が、社会経済情勢の変化に鑑み合理性に乏しいとして廃止され、「①債権者が権利を行使することができることを知った時(主観的起算点)から5年間行使しないとき、又は②権利を行使することができる時(客観的起算点)から10年間行使しないときに時効によって消滅する。」という規定がすべての一般債権について適用されることとなった。
もともと1年の短期消滅時効が労働者の賃金請求権等に適用されるのでは労働者の保護に欠けるから、労働基準法は特別に2年としていたのだから、そのままでは逆転してしまうことになり、趣旨に反するから改正するということだった。
専門家による検討会が開かれ、労働政策審議会労働条件部会で議論が交わされたのちに改正された内容は、賃金請求権の消滅時効期間を5年に延長しつつ、「当分の間」3年とし、記録の保存期間も5年に延長しつつ3年(現行通り)というものだった。
つまり、原則は民法にあわせるとしながらも、「当分」は逆転現象でよろしいというものだった。
理由は、労働政策審議会労働条件部会が2019年末に出した報告には次のように記されている。
ただし、賃金請求権について直ちに長期間の消滅時効期間を定めることは、労使の権利関係を不安定化するおそれがあり、紛争の早期解決・未然防止という賃金請求権の消滅時効が果たす役割への影響等も踏まえて慎重に検討する必要がある。このため、当分の間、現行の労基法第109条に規定する記録の保存期間に合わせて3年間の消滅時効期間とすることで、企業の記録保存に係る負担を増加させることなく、未払賃金等に係る一定の労働者保護を図るべきである。
賃金等請求権の消滅時効の在り方について(報告)労働政策審議会労働条件分科会2019/12/27
本誌でも一昨年4月号「労基法改正で、一般債権より労働者の権利は小さく軽い?? 賃金請求権の消滅時効期間を短めに変更/「労災」に至っては「変更なし」は、あり得ないぞ!」でも紹介したが、労基法の趣旨からすると本末転倒の規定なのだが、経営者団体側の意向が通ってしまった形になっており、「当分」をどのように扱うかは、5年後に検討することとされている。
災害補償はなぜ2年据え置きなのか
「理由」は不可解そのもの
と、ここまではこの労基法改正の主要な問題点として、各方面からも指摘されてきたところだ。しかし、ここで取り上げたいのは、この改正で5年にしろ3年にしろ延ばされることがなかった災害補償請求権の問題だ。
労働基準法の災害補償請求権には、療養補償(75条)、休業補償(76条)、障害補償(77条)、遺族補償(79条)、葬祭料(80条)がある。今回の改正でも第115条の時効の規定で、災害補償については2年間で維持することとされた。
なお、この災害補償請求権は、労災保険法にもとづく給付がある場合には、使用者の補償の責は免れるとなっていて、労災保険法の時効規定は、療養、休業、葬祭の短期給付で2年、障害、遺族の長期給付で5年となっている。
労政審労働条件部会の報告は、2年を維持する理由について、次のように記述する。
災害補償の仕組みでは、労働者の負傷又は疾病に係る事実関係として業務起因性を明らかにする必要があるが、時間の経過とともにその立証は労使双方にとって困難となることから、早期に権利を確定させて労働者救済を図ることが制度の本質的な要請であること。
賃金等請求権の消滅時効の在り方について(報告)労働政策審議会労働条件分科会2019/12/27
加えて、労災事故が発生した際に早期に災害補償の請求を行うことにより、企業に対して労災事故を踏まえた安全衛生措置を早期に講じることを促すことにつながり、労働者にとっても早期の負傷の治癒等によって迅速に職場復帰を果たすことが可能となるといった効果が見込まれること。
なお、仮に見直しを検討する場合には、使用者の災害補償責任を免除する労災保険制度は当然のこと、他の労働保険・社会保険も含めた一体的な見直しの検討が必要である。
「時間の経過とともにその立証は労使双方にとって困難となる」というのは5年や3年でなく2年に据え置く理由となるだろうか。
そもそも民法は1年なんていう短期で、「立証が困難」とはならないだろうから5年にしたはずだった。加えて「業務起因性を明らかにする」ために、じん肺やアスベスト疾患など遅発性の疾病については、何十年前であっても職場の状況を調べて業務上外を認定している。2年程度のことで職場の状況が分からないというのはどういう業務が想定されているのだろうか。
「早期に権利を確定させて労働者救済を図ることが制度の本質的要請」であることと、2年以前の療養、休業による損失を補填することが、どのように対立するのだろうか。
「早期に災害補償の請求を行うことにより…安全衛生措置を早期に講じることを促す」とか「早期の負傷の治癒等によって迅速に職場復帰を果たす」などということは、2年以前の請求権を消滅させることによって「可能になる」とは到底考えられないように思えるのだがどうだろうか。
業務上の過重な負荷によって、精神疾患に被災したが、抑うつ状態が続いて療養期間が長期化しているような場合、ようやく請求の手続きを自ら行おうとしたときには療養開始後2年間を過ぎていて、最初の時期の給付は請求できないなどというのは、珍しくない話だ。労政審に先立って開催されていた専門家の検討会でも、こうしたケースについては触れられてはいた。
そもそも、労災相談に応じて様々なケースの労災請求にあたっている地域安全センターの活動からすると、2年という短い時効のせいで補償を受けていないケースは、特別に珍しいというわけではない。
たとえば、呼吸器疾患で長年苦しんできた被災者の相談を受けたところ、じん肺であることがわかり、療養開始時に遡って補償を受けようとしたところ、2年前以前は時効にかかっているという具合だ。そのような場合に、地域安全センターの専従職員なら、まず労働基準監督署に労災保険請求の意思を電話で伝え、時効の進行を止めることから作業を開始することになる。
「時効にかかる被災者なんてそんなに居ない」からなどといって、該当者の権利を削り取るような制度は、やはり改正するべきだろう。
本当の理由は、他の制度との関係?
早期の検討が必要
文字通り理由にならない理由を並び立て、2年の時効を維持しようとしているようにみえるが、本当のところの理由は、最後の一文にあるのかもしれない。
「仮に見直しを検討する場合には、使用者の災害補償責任を免除する労災保険制度は当然のこと、他の労働保険・社会保険も含めた一体的な見直しの検討が必要である。」
賃金等請求権の消滅時効の在り方について(報告)労働政策審議会労働条件分科会2019/12/27
労基法の災害補償請求権の時効を拡大すると、労災保険法も変えるのは当然のこととして、法律間の調整条項があることはもちろんとして、健康保険法や厚生年金保険法等においても、民法改正に準じて改正するべきということとなるだろう。
残念なことに、こうした社会保険や雇用保険の改正への動きが未だに進んでいないのが実情のようだ。
権利を喪失する被災者の立場で
改正への声を
災害補償請求権の時効問題の困難さは、実際に権利の喪失という被害を受けている被災者がまだ見ぬ存在であるということにあるかもしれない。とすると、声をあげる必要があるのは、権利喪失の瀬戸際にある被災労働者の相談を受け続けている地域安全センターということになりそうだ。
(記録の保存)
第109条 使用者は、労働者名簿、賃金台帳及び雇入れ、解雇、災害補償、賃金その他労働関係に関する重要な書類を5年間保存しなければならない。
(付加金の支払)
第114条 裁判所は、第20条、第26条若しくは第37条の規定に違反した使用者又は第39条第9項の規定による賃金を支払わなかつた使用者に対して、労働者の請求により、これらの規定により使用者が支払わなければならない金額についての未払金のほか、これと同一額の付加金の支払を命ずることができる。ただし、この請求は、違反のあつた時から5年以内にしなければならない
(時効)
第115条 この法律の規定による賃金の請求権はこれを行使することができる時から5年間、この法律の規定による災害補償その他の請求権(賃金の請求権を除く。)はこれを行使することができる時から2年間行わない場合においては、時効によって消滅する。附則
第143条 第109条の規定の適用については、当分の間、同条中「5年間」とあるのは、「3年間」とする。
② 第114条の規定の適用については、当分の間、同条ただし書中「5年」とあるのは、「3年」とする。
③ 第115条の規定の適用については、当分の間、同条中「賃金の請求権はこれを行使することができる時から5年間」とあるのは、「退職手当の請求権はこれを行使することができる時から5年間、この法律の規定による賃金(退職手当を除く。)の請求権はこれを行使することができる時から3年間」とする。
*下線部分が改正部分改正法の新条文より
関西労災職業病2022年2月529号
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