コロナ禍の労災補償と安全衛生-労働者が感染したら迷わず労災保険の給付を請求するという常識

コロナ労災認定件数「激増」

新型コロナウイルス感染症の労災保険給付件数がうなぎ登りだ。厚生労働省の発表によると、9月10日現在で支給決定をした件数は13,626件だという。それまでの累積の請求件数は17,457件で、決定件数は13,885件だというから、請求に対する支給決定率は98%を超える(下表2021年9月現在、厚生労働省)。

新型コロナウイルス感染症に関する労災請求件数等-2021年9月10日現在全国

業務が原因で病気になる「職業性疾病」の発生件数は、新型コロナウイルス感染症の影響がなかった2019年までの5年間をみると、毎年7千~8千人台で推移していて、そのうち死亡者数は100人前後だ(下表)。

「病原体による疾病」は、多かった2015年で201人であとは100人台だ。ところが新型コロナウイルス感染症が職場での発症が確認されるようになった昨年は、6041人の発生が報告され、業務上疾病の総数も15,038人と、ほぼ倍増となっている。

新型コロナウイルス感染症にり患したら、もちろん休業4日以上となることは確実なので、事業者には死傷病報告を提出する義務があり、厚生労働省はあらためてチラシを作製するなどして周知をしたこともあり、職場の状況が反映されたものということができる。

この間の状況を考えると、今年の業務上疾病の発生状況と、その労災保険給付支給件数は、もはや空前の数字を示すことは明らかだろう。

蓋然性があれば業務上

新型コロナウイルス感染症に感染したら、どこまでが労災保険の給付対象となるか、厚生労働省が示しているのは、

  1. 感染経路が業務によることが明らかな場合
  2. 感染経路が不明の場合でも、感染リスクが高い業務に従事し、それにより感染した蓋然性が強い場合

の2つだ。

❶は感染経路が特定され、職場が原因であることが明らかな場合ということだが、とくに医師・看護師や介護の業務に従事する人は、業務外での感染が明らかな場合を除き、原則として対象となる。❷では、複数の感染者が確認された労働環境下での業務、顧客との近接や接触の機会が多い労働環境下の業務を例としてあげている。

具体的な認定例として例示されているのは、小売業での販売員、飲食店員、バス運転手、タクシー運転手、保育士、港湾荷役作業員などだ。また厚生労働省の事務連絡によると、一つの職場で3人の感染が確認され、3人とも感染経路が不明であるというような場合、全員が業務上と判断される事案もあり得るとしている。

つまり新型コロナウイルス感染症の労災認定基準は、基本的に蓋然性があれば業務上として支給するというものだ。

コロナ禍療養の現実に即した対応

労災保険の給付は、治療や薬剤などの療養補償、療養のため休業して賃金を受けていないときは休業補償、亡くなった場合には遺族に対して遺族補償等となる。

それではこんな場合、休業補償はどうなるか。発熱してPCR検査を受けたところ陽性と判定され、保健所の指示により自宅で療養したが、医師による診察を受けていないので、休業補償給付の請求書の「診療担当者の証明」が受けられない。労働基準監督署の対応としては、保健所から発行される「宿泊・自宅療養証明書」、「就業制限通知書」などの添付により、療養のための休業との判断をすることとしている。

たしかに休業補償給付支給請求書は、「病院又は診療所」の所在地、名称と診療担当者の記載欄があるが、これは書式上、医学的な休業の要否判断を資格を有する医師に求める一般的な傷病を想定したものに過ぎない。要するに、療養のための休業であり賃金を受けていないという、労災保険休業補償の支給要件を満たしているという判断を、現在の新型コロナウイルス感染症をめぐる状況にあわせて適正に判断するということだ。

コロナ禍労災は職場での対応が大事

大阪梅田の百貨店でクラスターが発生し、145名の従業員が感染などというニュースがこの8月に報道された。小売業というリスクの高い職場で、クラスターとなると、この145名のほとんどは労災保険の給付対象ということになる。

ただ、労災保給付は、あくまで請求人の意思により行うこととなっている。各給付の請求書の様式には、所属する事業所の労働保険番号や事業所の証明欄と請求人本人の記入欄があり、それらが整い労働基準監督署長あての請求がなければ始まらない。

百貨店は専門店の寄り集まりで、働く販売員の所属事業所は様々だ。それぞれの事業所の担当者が労災保険の請求実務について適切な対応ができるだろうかという問題がある。

また治療については、新型コロナウイルス感染症が法律上公費負担となっているので、被災者や事業所が何もしないでおくと、労災保険の扱いをされることはない。

以上のことから、職場で新型コロナウイルス感染症に感染した場合、多くは労災保険の給付を受けることが可能であるし、またそうしなければ、労働者の権利が不当に失われる。事業所の担当部門や労働組合が、しかるべく対応すべきということになるだろう。

死傷病報告と退避させる義務

先にふれたように、職場由来で新型コロナウイルス感染症が発生し、休業4日以上の被災者が出たときは、労働者死傷病報告を労働基準監督署に提出する義務が事業者にある。

もし職場で感染者が出たにも関わらず、事業者がそのまま他の労働者に就業続行を求めたらどうだろう。まず保健所の指導があるだろうが、労働安全衛生法上も「労働災害発生の急迫した危険があるときは、直ちに作業を中止し、労働者を作業場から退避させる等必要な措置を講じなければならない。」(第25条)という義務が事業者には課せられている。

この条文は、労働安全衛生規則第274条の2、酸素欠乏症等防止規則第14条、特定化学物質障害予防規則第23条など省令の根拠条文で、違反した者には「6か月以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。」との規定がある。必ずしもコロナ禍のような感染症での適用があるとはいえないかもしれない。

しかしこの条文の行政解釈をみると、「本条は、事業者の義務として、災害発生の緊急時において労働者を退避させるべきことを規定したものであるが、客観的に労働災害の発生が差し迫っているときには、事業者の措置を待つまでもなく、労働者は、緊急避難のため、その自主的判断によって当然その作業現場から退避できることは、法の規定をまつまでもないものであること。」(昭和47.9.18基発第602号「労働安全衛生法および同法施行令の施行について」)とされている。
たとえばコロナ禍の発生が明らかな職場環境で、就業を命じられるようなことがあれば、この条文効力を持つことになる。

また、労働契約法第5条に規定されている安全配慮義務もある。

労働者が感染したら迷わず労災保険の給付を請求するという常識を確立し、労働者の健康を守る法律上の手立てを明確にしておくことがいまとても重要だ。

関西労災職業病2021年9月525号