アスベスト混入タルクが原因で胸膜中皮腫、労災認定:鉄工所・現寸工/尼崎労基署

仕事で使用したタルクの吸引が原因で悪性胸膜中皮腫を発症したと考えられる男性の労災請求に対し、尼崎労働基準監督署は1992年3月末、業務上疾病として療養・休業補償を支給する決定を下した。

モルヒネ

「悪性胸膜中皮腫でもう長くないと医者に言われているんですが、鎮痛剤のモルヒネの代金が高くて。なんとかならないだろうか」
『ということは、アスベストを使う仕事をされていたんですか?』
「医者にもそう聞かれたことがあるんですが、どうしても思いつかないんです」

西宮市在住のAさんとはじめて電話でこんなやりとりをしたのが、1991年10月5日のじん肺アスベスト被害ホットラインのときだった。
救済の道をみつけるには、職歴中のアスベスト曝露を確認することが前提になる。発病から2年以上たっているので、労災保険法上の時効が効いて、一日一日、請求権が消滅していっている。事は急を要すると思って、翌々日に自宅を訪ねた。

時効を止める

電話のとおり病状は相当重そうだったが、ざっと経歴、病歴を確認し、Aさんと2人でとりあえず最寄りの西宮労基署に労災請求手続に出向いた。この時点では、どこの職場が最終粉じん職場かわからないし、どこでアスベストに曝露したかもはっきりしていなかった。しかし、こういうときは被災労働者の権利保護を最優先に考え、時効の進行を止めることが先決である。

西宮労基署もはじめは戸惑っていたが趣旨をすぐ理解して、その場で本人が署名した労災請求用紙を受け付け、その上で、記入内容の不備として本人に請求書を返した。これで時効の進行は停止し、少なくとも1999年10月7日以降の療養補償と休業補償の請求権は確保できた。

現寸工

Aさんは1948年生まれの51歳。1965年頃から鉄工所で「現寸」と呼ばれる仕事をしてきた方で、1986年からは有限会社A工業所とし、もっぱら「社長」として営業の業務につき現寸の現場作業からは離れた。

鉄工所では鉄の部材を切断、加工していく。そのとき、たとえば、建設物の図面から部材を切り出す際、鉄の原材料に直接寸法取りするのではなく、薄い樹脂でできた型紙を作成し、その型紙を当てて原材料から部材を切り出していくという方法をとる。主としてこの型紙を作成する仕事が「現寸」である。

ある鉄工所の現寸場

普通、作業場は鉄工所の2階など位置的には屋根裏の広いフロアがあてられる。この床面は緑または黒に塗装されており、元の図面を見て、ここに原寸大の部材の図を主に白い線で描いていく。

床面に書かれた現寸図

この白い線を書くのには、古い時期は墨壷に白い塗料を溶いて使用していたが、やがてポスターカラーを使用するようになった。

墨壺

この「現寸図」の上から、樹脂フィルムを当ててカッターで型紙を切り出す。したがって、鉄工所としていかに精度のよい製品を送り出すかは、現寸作業の精度にまず依存しているという重要な仕事なのである。

型をとる樹脂フィルム

鉄工所はほこっりっぽいし、騒音もひどい。現寸場の上はほとんどがすぐ屋根で、空調のない頃は、ものすごい暑さの中で働かなければならなかった。

この職人仕事をもくもくとこなしてきたAさんは、まさにたたき上げの人である。1965年尼崎市の鉄工所を皮切りに、主に阪神間の鉄工所を渡り歩き、職人から親方となり、有限会社を設立して今日に至った。
バブル後の不況、震災と会社の経営状況が苦しくなる申で、Aさんは悪性中皮腫という病魔に襲われた。

アスベストをどこで?

1995年の初夏、胸に異常を感じ、近くのB病院に入院したが、貯まった胸水の原因がわからないため、近くの公立C病院に転院、病理組織検査で「悪性胸膜中皮腫」と診断されたのは晩秋11月だった。その後、背中と胸に内部からの浸潤によってできた腫瘤の切除、放射線治療を2度経験したあと、昨年の夏前、C病院に戻り、主にモルヒネによる鎮痛治療を続けていたのだった。

Aさんからのはじめの聞き取りからは、直接的なアスベスト曝露歴がつかめなかった。確かに、作業場は石綿の入った波形スレートに囲まれ、本人は記憶になくとも、石綿吹き付け材や石綿フェルトが天井裏や作業所の鉄骨に使用されていた可能性はある。また、鉄工所であるから、ボイラー関係など断熱用の石綿工事が行われていたことも考えられ、これに間接的に曝露したのかもしれない。また、建設廃鉄骨材を使用するため、これを工場敷地内に搬入し、付いていたコンクリートや付着物のハツリ、清掃作業が行われており、このとき間接的にアスベストに曝露したことも考えられる。

ただ、直接にアスベストを取り扱った記憶がないことやこうした聞き取り以上にはっきりとした間接的曝露も思い当たらないということが、業務上認定にとって障害になりかねない状況だった。

白い粉

「その白い粉はタルクとちがうか?」
よくわからないアスベスト曝露歴に困惑していた安全センターからの電話にこう答えてくれたのは、府立公衆衛生研究所労働衛生部に勤める熊谷信二さんだった。

ゴム製造で使われるタルクを約20年間吸引してアスベスト肺になり、現場作業を離れて28年目に悪性胸膜中皮腫を発症、死亡した堺在住のOさんの労災認定に取り組んだときに協力していただいたことがあり、そのときの経験からの話だった(1992年4月号)。

タルクは、日本語では「滑石」といい、白色の工業原料で産業用に広く使われている。滑石そのものもじん肺の原因となる(滑石肺)。ところが、タルクに不純物としてアスベストが含まれる場合が多く、Oさんはそれが原因となったケースだった。専門家の間ではよく知られた事実だが、一般にはほとんど知られていないと言っていいだろう。

Aさんが作業で日常的に使用していた白い塗料は、袋に入った白い粉剤を水とアラビアゴムを混ぜて作っていたもので、この白い粉剤がタルクではないか、というのである。

さっそくAさんに聞き直すと、「おしろいのようなものだとか、タルクが入っているということも聞いたことがある」ということであった。ほとんど毎日のように取り扱い、墨壷で線を引いたときにも飛び散ったのが顔にかかり、乾くにまかせていた、作業場も乾いた線からのものでほこりっぽかった、ということだった。

タルクと思われる粉を使用していたのは、1965年から1975頃までの約10年間ということもわかった。幸い、この時期から現寸工をしている労働者がAさんの会社に在籍しており、タルク使用に関してAさんの話を裏づける証言を得ることができた。また、鉄に直接線を引く場合には「石筆」を使用していること、石筆は、太さが3から5ミリで、尖らすためにグラインダーを使っており、その粉じんを吸引する機会があったこともわかった。石筆には、タルク原石が使われている。

このように、Aさんの曝露原因は、アスベストを含んでいたタルクへの直接曝露の可能性が濃厚と考えられたのだった。

アスベスト含有タルクの危険性

タルク(TALC)とは、化学的には含水マグネシウム珪酸塩とよばれる層状粘土鉱物の一種で、非常に柔らかく(モース硬度1の標準鉱物)、「滑石」の名の通り、すべるような肌触りの白色の鉱物である。子供が地面などに絵を書いて遊ぶ「ローセキ」はタルクであることが多く、石筆もタルクである。ローセキにアスベストが混在していることがあることが確認されている。タルクの身近な用途としてはベビーパウダーなどがある。

タルクは単一の鉱物だが、工業的に「タルク」という名で利用されているものの中には、純粋なタルクはむしろまれで、多種多様な鉱物が含まれていることが多い(表1)。
この中に、クリソタイル(白石綿)、トレモライト、アクチノライト、アンソフィライトといったアスベスト(石綿)が含まれているのである。ひどい場合は、日本薬局方のラベルがついているのにタルクがほとんど入っておらず、緑泥石や角閃石(トレモライトなど〉が大部分だったりすることもあるというのである。

国際がん研究機関(IARC)では、アスベスト含有タルクをタルクとは分けて特にグループ1(ヒトに対して発がん性がある)に分類しているほどだ。

幅広い用途と輸入量

用途は表2のように幅広く、1990年ごろまでの輸入量は図1のように1970年以降急増している。また、1991年から1999年までの輸入量は表3の通りである。
表3によれば1999年のタルク輸入量は約40万トンで、そのうち4分の3以上を中国から輸入している。また、クロライトとして中国から約16万トンが輸入されていることがわかっている。クロライトは緑泥石のことだが、タルクとして扱われているようである。

また、輸入統計の数字を知らせてくれたタルク業者の話では、「国内でも群馬、埼玉、栃木方面でタルク分5から20%のものがタルクとして販売されており、四国、九州、兵庫でも蛇紋岩系のものが販売されているでしょう。このように、タルクと称しているものは中身がいろいろのことがあり、はっきりした統計はないのですよ」ということだった。

悪性中皮腫の増加の中で

厚生省統計によって、1995から1998年の4年間に悪性申皮腫による死亡が2,243人にのぼることが判明し、この数字から類推されるアスベスト関連肺がん死を含めると年間1,200人から1,800人のアスベスト関連死があるとも言われている。この中にはアスベスト含有タルクによる死亡も含まれているだろう。

Aさんを担当した尼崎労基署は、職権調査の中で塗料に使用されているタルク製剤やタルク原石の現物を確認したと説明している。労基署は、本人や同僚、関係者の聴取内容、さらに、局医の意見を取った上で、総合的に、タルク吸引によるアスベスト曝露が主因として業務上疾病と認定したと思われる。

タルクに含まれるアスベストによる健康障害については、タイヤの仕上げ工程で打ち粉としてタルクを使用していた労働者の肺がんやタルクの粉砕工程従事労働者のアスベスト肺が労災認定事例として報告されている2)。悪性中皮腫の例は、前述のOさんのケースがあった。当然、原因が究明できていないものや労災認定されていない事例もあると考えられる。
闘病中のAさんは、労災認定の知らせを複雑な思いで聞いたに違いない。悪性中皮腫は長期の潜伏期間を経て発症する、非常に苦しい病気である。Aさんのようにつらい思いをする人をなくしていくためにも、市販のタルクは大丈夫なのかかどうか?、タルク使用に関する実態調査をはじめとした対策が必要ではないか。

アスベストの禁止を求める声が国際的にも高まっており、日本においても同様、一日も早い全面禁止措置が求められている。その一方で、工業原料として広く利用されているタルクへのアスベスト含有問題についても、使用量が多いだけに、健康障害(じん肺や肺がん・中皮腫など)の予防と補償の両面で注目していく必要があるだろう。

(参考文献)
1)石綿・ゼオライトのすべて;財団法人日本環境衛生センター
2)タルク取扱い労働者とアスベスト関連疾患;熊谷ほか 労働の科学48巻5号,p52-55,1993年

関西労災職業病2000年4月293号