介護は肉体労働と感情労働/副議長・石原英次さん講演報告@2025/6/10運営協議会

朝から降っていた雨も上がり、涼しい風が肌をなでる6月11日の午後6時30分、関西労働者安全センターの運営協議会が開催された。
今回の運営協議会では、いつもの近況報告に加え、NPOみなと合同ケアセンターの副代表である石原英次さんに、介護職の現場について講演していただいた。
NPOみなと合同ケアセンターは、金属機械労働組合港合同によって立ち上げられたNPOみなとという医療法人の中の、介護事業を担う団体である。2001年12月に設立され、介護が必要な高齢者の自宅へ介護士やヘルパーを派遣する事業をしており、2005年からは通所介護、いわゆるデイサービスも行っている。石原さんは、管理者兼ケアマネージャーとして勤務されており、居宅介護の現場にも出ていかれている。この文章では、その講演の内容を紹介する。

石原英次さん

1.介護労働者の負担

介護労働は、従来、家事労働の延長のような形で、主に妻、嫁、娘などの女性が担い手となり、家庭内で行うものだった。1950年代後半、ある程度国民の生活に余裕ができてきたころ、日本で在宅介護事業が始まった。その頃の業務内容は、家庭奉仕員(後のヘルパー)が、寝たきり老人に対する奉仕を行うことだったそうだ。その後、急速な少子高齢化が進み、介護に関しての公的な支援をどうするかが議論されるようになった。そして、介護保障ということが取り沙汰されたものの、一旦、2000年に、公的な支援は介護保険としてスタートした。乱暴な言い方をすると、もともと家族がその絆や情によって行っていたものの一部ないし全部を、赤の他人が行っているのが介護事業ということである。
石原さんは、介護労働は、肉体、感情の複合労働だと言う。
肉体的な負担は、以下のようなものである。まずは筋骨格的な負担。利用者を支えたり運んだり、重いものを持ったりするので、腰痛や関節炎、腱鞘炎などを引き起こす。次に、外傷性の怪我。転倒したり、風呂介助の時にぶつけたりで、骨折、捻挫、打撲など。そして皮膚。合成洗剤をよく使ったり、特にコロナの頃はアルコール消毒をことあるたびに念入りにやったりなど、様々な理由でアレルギー性皮膚炎を起こす。さらに、感染症のリスクもある。レジオネラ菌、感染性腸炎、新型コロナウイルスなどだ。
社会福祉施設の労働者の労災について、2023年の統計によると、34.7%が「動作の反動、無理な動作」、34%が「転倒」だそうである。上記した肉体的負担の内、特に前半2つで体を壊す人が多いようだ。
感情的な負担としてまず挙げられたのが、もえつき症候群である。介護労働は、もともと家族がやっていたことだけあって、利用者との距離感が難しい。どうしても、気の合った人や、境遇に同情、共感してした人には、距離が近づきすぎる場合がある。そうすると、その方が亡くなったり、また、何か業務上仕方なく不義理を働いたり、行き違いで関係が悪くなったりした場合、介護する元気がなくなったり、うつ病になったりということがあるようだ。また、入れ込みすぎて、本来やらなくていい無茶な業務をやって体を壊すことなどもあるようである。確かに、安全センターへの相談でも、介護施設の職員は、利用者にかなり感情移入している方が多いイメージだ。
また、介護労働は接客業でもあるので、サービス業全般に通じる問題はやはりあり、利用者からとんでもない要求をされたり、セクハラをされたりということもあるそうだ。一般的なサービス業に比べて、利用者と職員が接する機会や密度が高いので、一旦問題が起きた時の精神的な負担は計り知れない。
さらに、逆に、職員から利用者への逆ハラスメントもあったり、それを見た同僚が心身を壊したりということもあるそうだ。
2024年度の、精神疾患の労災補償請求件数を業種別に見ると、「社会保険、社会福祉、介護事業」が589件で1位、「医療業」が389件で2位となっており、3位以下の請求件数に2倍以上の差をつけている。数字で見ても精神的な負担が大きい仕事だとわかりやすいが、今回、石原さんの話を聞いて、改めてそれを実感した。
繰り返しになるが、もともと家族が、長年の付き合いで育んだ家族の距離感、空気感でやっていたことを赤の他人がやるわけなので、利用者、職員のお互いが、急に適切な距離感をもつことは難しいのだろう。介護労働に関わっている人、これから関わろうとしている人、その周りでサポートする人は、肉体的なケアは当然として、感情のコントロール、ケアも重要だということを頭の片隅においておかないといけない。
また、少し違った話として、ICT(情報通信技術)化によるストレスという話もあった。石原さんの感覚だと、現状、ヘルパーさんの平均年齢は60代後半ぐらいだそうだが、そういう人は、政府の方針によって進められる職場のICT化によって、記録にタブレットを使用させられる際、使い方を覚えられなかったり、文字が見えなかったりと、四苦八苦しているようだ。字面だけだとたいしたことなさそうだが、介護料の請求も電子化されて、専用の端末やソフトで入力しないといけなくて、事務作業ができなくなり撤退してしまった事業所もあったとのことで、深刻な問題になっているところもある。当然、電子化されることで記録が長いこと正確に残るようになるし、使える人にとっては作業が早く単純に済むようにもなっているだろうから、どうしたらよいのか、なかなか難しい問題である。

2.事例

その後、事例の報告があった。4件の事例を紹介していただいた。簡単に紹介すると、奥さんに暴行をふるうので、精神科の薬を服用させたら、おとなしくはなったものの、副作用でパーキンソン病が出て歩けなくなった人、電気コードで自分の首を絞めたり、テレビのリモコンを投げつけてきたり、たびたび自傷行為や他害行為をする人、ずぼらな性格で、何度言っても糞尿をベッドの上でしてしまう人、幻覚症状があり、今は施設に入っているが、在宅だったころは、たびたび外に出て徘徊して迷子になっていた人である。どれも聞いただけでも大変そうな事例だ。
少し具体的な話をすると、幻覚症状がある人の話では、徘徊を防ぐためにいろいろ講じた策の一つに、近所に住んでいる人に、たまに様子を見るように依頼したというものがあった。また、ずぼらな性格の人の話では、その人がたばこを近所のばあちゃんに買ってこさせようとするので、それをやめさせるために、本当はいけないのだが、こっそりたばこを差し入れしているというものもあった。そんなことまでやるのかと思うと同時に、利用者ごとにその場その場での判断が求められる、人間関係の構築が肝の仕事なのだなと感じた。

今回、石原さんの話を聞いて、介護労働者の肉体的負担と精神的負担について認識を深めることができた。今後の活動に生かしていく。(文責:種盛真也)

関西労災職業病2025年8月568号