業務増加で発症したうつ病を労災認定/自治労大阪府本部
精神疾患の労災認定については、認定基準が厳しく、労災認定率は30%を少し超える程度で、大阪労働局管区については常に全体平均の認定率を下回っている状況である。当センターへの精神疾患事案の相談は多いが、多大な労力を使っても結果が得られるとは限らず、多くの人は労災保険の請求をあきらめざるを得ない。
しかしそんな中でも、本人努力や労組の支援で労災認定を勝ち取ったケースがあったので、報告する。
予定外の引継業務で長時間労働
Yさんは工業高校卒業後、ビル管理会社に就職し技術職員として働いてきた。また職場は自治労が組織する労働組合があり、組合の活動にも積極的に参加し後に委員長にも選出され、充実した日々を送っていた。
ところが、管理するビルでトラブルがあり、管理会社は責任を問われた。ビルの所有者組合と管理会社との間で話し合いが行われたが解決せず、訴訟に発展する事態となった。そのため会社は当該ビルの管理業務も辞退することになった。
Yさんは技術職員として、ビル組合との話し合いにも何度も出席し、さらに管理業務が終了するのに伴い、引き継ぎ業務を行うことになった。1年後の3月末で引継ぎを終えなければならなかったが、通常業務に加えて引き継ぎ業務を行うことで、Yさんは多忙となった。会社が管理するビルはいくつかあったが、当該ビル管理事務所の職員は所長を含めて5人で、Yさんは唯一の技術職、その上、当該ビルの管理業務に配属されたのが現在の所長や副所長より早く、一番経験が長かった。
Yさんは引き継ぎ業務を開始したが、簡単ではなかった。まず、ビル管理を始めた当初からの資料50年分が、未整理のまま大量の段ボール箱に詰め込まれていた。この整理だけでもかなりの時間がかかる。また引継ぎの内容や方法について会社本部に指示を仰いでもまったく返答がなく、何をどこまでやればいいのか、手探りで始めなければならなかった。
一度、所長と相談してYさんが管理業務に関する資料を作成し、それをもとに所長が会社側に支援を求める書類を作成して提出した。しかし、会社からは何の返答もなかった。
3か月ほどして派遣社員1人が送られてきて、大量にある古い資料の整理を担当してもらうことになったが、整理するにしても資料の内容が分かるYさんが段取りや指示を行う必要があり、Yさんの業務が軽減されることはなかった。また資料を取り出して整理するにしてもそれを行うスペースがなく、ビルの貸し会議室が空いている時間に段ボール箱を持ち込んで行っていたが、このようなやり方では遅々として作業が進まなかった。
年が明けて管理業務が終了する年度末が近づくと、Yさんの残業時間は1か月85時間を超えた。会社からYさんが85時間、副所長が54時間、同僚1人も64時間となったとして、超過勤務について注意喚起する書面が届いた。Yさんは労働組合の委員長でもあったので、これまでに対策できなかったことを組合員に申し訳なく、自責の念を持った。
翌月も残業が30時間を超えると、毎日のように会社からメールで残業の時間数が知らされ、注意された。Yさんからすれば、引継ぎ作業に関して計画も示さず、十分な増員もせずに残業時間数をとがめられて、とてもつらい気持ちになった。
理解のない上司に追い詰められて
その少し前の3月半ば、会社の取締役が事務所を訪問し、引き継ぎ業務の進捗について確認されたときに、Yさんは業務量に対して時間も人員も足りていないことを訴えた。取締役からそれなら引継ぎ書面を作成せずに引継ぎは口頭でやるように指示された。Yさんは、業務すべてを口頭で引継ぐのは難しく、また口頭では他社への引継ぎなので余計に手間がかかるし、不十分な引継ぎでビルの所有者にも迷惑をかけてしまうと意見したところ、取締役は迷惑など考えなくていいと主張して、口論となってしまった。
Yさんにとって口頭での引継ぎは精神的にも辛く、口頭で行うように強く言われたために追い詰められて「辞めるしかない…」という言葉を漏らした。それに対して取締役から「脅してるのか」と強く責められ、最後は口頭での引継ぎを了承させられた。
この出来事も、Yさんを精神的に追い詰めた。
そして3月も終わろうとしていたある日、会社に行くことができなくなった。涙が止まらず、呼吸も苦しい、胸がつぶれそうな不安を感じた。
その後、クリニックを受診してうつ病の診断を受け、現在も休業中である。
労災請求手続きへ
Yさんから相談を受けた自治労大阪府本部の中村研さんから当センターに労災請求について相談があったのは、5月の事だった。休業中の給与の補償について当面問題はなかったが、私病扱いでは今後の雇用継続について不安があるので、労災認定を取りたいというのがYさんの希望だった。
Yさんの話を聞くと、やはり通常業務に加えて引継業務を任されたこと、それに伴う多忙と業務が捗らないストレス、会社からの支援の不足、そして年度末という期限が迫ってくる焦燥感、取締役との口論などが病気の原因と考えられた。
しかし、労災認定されるにはこれらの出来事の事実関係と心理的負荷の強度が「強」であると証明しなければならない。
まずは実労働時間を割り出して、会社がIDカードで出退勤管理している時間との差を埋める作業が必要だった。Yさん自身が初診日から遡って1か月毎に1年前まで、詳細な労働時間集計表を作成した。その表によると、初診日から1か月前の時間外労働は87時間、2か月前は111時間という計算になった。IDの記録にない休日出勤が3回あったこと、また昼休みや休憩時間が規則通りに取れていなかったことなどを証明する必要があった。
幸い職場の職員2人が証言を書いてくれた。2人のうち1人は組合員で、もうひとりは管理職になって組合を抜けたが元組合員で、協力的だった。
昼休みは来訪者への対応や電話対応で、職員全員が10分程度しか休憩を取れないことが常態化していたこと、定時の終業時間後、残業を開始する前に15分の休憩を取ることが決められているが、早く仕事を終えたいために15分休憩は取っていなかったことなどを証言した。
また取締役と口論になったときの状況も、覚えている範囲で書き、2人ともYさんが矢面に立つ形になったことに同情的だった。
精神障害の労災認定基準では、心理的負荷となった出来事表に当てはめ、その負荷が「強」と判断されなければならない。
労働時間では、最長は2か月前の111時間であるが、時間外労働は月120時間以上なければ「強」と判断されず、これだけでは負荷強度は「中」である。
しかし心理的負荷となる出来事の前後に恒常的に100時間以上の時間外労働があれば「強」と判断される場合がある。
そこで引継業務が発生したストレスと長時間労働を「仕事内容・仕事量の大きな変化を生じさせる出来事があった」という出来事、取締役との口論を「上司とのトラブル」、そして取引先ビルの関係者から頻繁に苦情電話が入っていたことを「顧客や取引先、施設利用者等からの著しい迷惑行為を受けた」としての3つの出来事を労働基準監督署に申し立てた。
会社は労災保険請求書の事業主証明を拒否したが、証明なしで申立書と証拠資料を揃えて9月に天満労働基準監督署へ労災請求した。
時間外100時間への急増で労災認定
請求から約6か月、Yさんに労災支給決定通知が届いた。
この間天満労働基準監督署の労災担当者とは何度かやり取りがあった。最初は会社に対して時間外手当の算定に一部誤りがあるとの指摘があり、後には、Yさんが休憩時間を規定通りに取れていなかったことが確認できたので賃金額を是正して報告するようにということだった。支給決定を行うしばらく前には、実労働時間について監督課と協力して確定させようとしているとも聞いていた。そのため、Yさんのケースについては、長時間労働についてかなり認められたのではと推測された。
決定通知が届いてすぐに、詳細を知るために情報開示請求を行った。
実地調査復命書によって明らかになった内容は次のようなものだった。
出来事として評価したのはひとつだけ。「仕事内容・仕事量の大きな変化を生じさせる出来事があった」で、評価は「強」、これで業務上と認定した。
発症時期は初診日の前月、3月ごろで「うつ病エピソード(F32)」を発症したとし、発症1か月前の労働時間は101時間50分でその前月の36時間12分に比べ65時間38分増加したと認定し、出来事「仕事内容・仕事量の大きな変化を生じさせる出来事があった」の「強」の具体例である「仕事量が著しく増加し時間外労働時間数がおおむね倍以上に増加し、1月当たりおおむね100時間以上となり、業務に多大な労力を費やした」に該当するとして負荷評価を「強」と判断した。
他にYさんから申し立てた上司とのトラブルや顧客からのハラスメントという2つの出来事については、他に「強」となる出来事があったために、評価しないとした。
我々支援者としては、とりあえず、労災認定という結果が得られて安堵した。
しかし内容を細かく見ると、残念な点はいくつもある。
労働時間について、おおむね認められたとはいえ、IDカードで記録しなかった3回の休日出勤については、他の職員が証言した1時間以外は、現認者がいないとして労働時間と認めなかった。しかし、交通ICカードの記録を提出しており、その間会社にいた事はほぼ間違いないので認めるべきだろう。休日にわざわざ家から会社の最寄り駅まで何をしに往復するというのか。12時間ほど労働時間と認められなかったことになる。
ただ所定の休憩時間が取れていなかったことをきちんと認めたことは評価する。複数の同僚証言が得られたことが大きい。また会社に是正する様に指導したことも労基署を評価する。
今回Yさんのケースは残業時間がぎりぎり1か月100時間超えたことで、「強」の評価となり労災認定された。しかし、精神障害の労災認定が難しいことには変わりない。
またYさんの会社では、数年前に代表取締役が変わってから何人か精神的な不調により休業する人が出ているということで、そのことも自治労に頑張っていただきたい今後の課題である。
Yさんについては、業務上となったことで雇用についても心配がなくなり、あとはしっかり療養して職場復帰を目指してほしい。
(Yさんコメント)
うつ病になりました。
私は、建物の管理業務をしております。
会社の一部事業の撤退に伴い、通常の業務に加えて、今まで経験のない業務内容が多く発生し、業務密度が上がるにも関わらず、会社からの支援や協力がない状態が続き、それに加え状況を何も把握しようとしない会社に、更に負荷をかけられる状況に追い込まれるようになり、精神的にも、身体的にも、大きな負担かかかり、このままでは、会社に自身を潰されると思いました。
長年務めている会社で、会社に対して貢献意欲も高く、頑張ってきましたが、職場の労働安全衛生が著しく欠如した環境や、36協定等の違反やその是正、適切な対応を行わなかった事や、過重労働や会社役員からの叱責、顧客からの嫌がらせ等により、心身ともに辛くしんどくなり、勝手に涙が出たり、息苦しさ等を感じるようになり会社に出社できなくなりました。
そして、業務に起因してうつ病を発症しました。
このままでは、自身のこの先を失ってしまうと強く感じ絶望的になりました。
会社のマネジメントが疎かであり、業務に起因して発症したうつ病により出社できなくなった事から、労働組合を通じて、自治労大阪府本部へ、労災の申請の相談を行いました。労災関係の専門機関である、関西労働者安全センターをご紹介頂き、労災申請に向けて打ち合わせをする事にしました。
精神疾患による労災認定は約30%と認定率が低く難しいとお聞きしましたが、業務に起因した事に間違いはないため、様々な資料やヒアリングを基に説明をし、労災申請の申立書を作成して頂きました。
それを基に労災申請を行いました。
労働基準監督署の聞き取り調査を経て、数か月後、労災申請に基づいた労働基準監督署のきちんとした調査の結果、今回の事例は労災と認定する旨の連絡があり、一安心しました。
時間と労力はかなり要しますが、労災認定の基準に当てはまっていれば、正しい結果がついてくるものだと思いました。
労災の申請から認定、会社へのご対応、その後のフォロー等、右も左も分からない私へ、多大なるご支援をいただきました、自治労大阪府本部及び関西労働者安全センターのご対応に対しまして、心から感謝申し上げます。
今後の事ですが、まだ、体調が良くならず自宅療養の日々が続いております。失われた時間は決して戻ることはありませんし、このまま自宅療養が続けば続くほど、人生において様々な不利益を被る事になります。
会社からの謝罪等は何もありません。
労災に認定された事が唯一の救いです。
今は、只々治療に専念し、社会復帰出来るようになりたいと願います。
(自治労大阪府本部 中村研さん)
Yさん労災認定のご支援に心より感謝を申し上げます。
昨年4月23日に、Yさんから個人アドレスでメールが届きました。仕事が原因でうつ病になったこと、心身不調で社会復帰できるか不安なこと、会社に不信感を感じていて、会社との話し合いが精神的に辛いことが綴られていました。
先立つ2月1日に春闘オルグで労働組合の執行委員長としてYさんにお目にかったところでした。労災申請のご相談にとても驚きました。Yさんが働く会社では複数名が休職されてきたこともあり、労組執行部から労働安全衛生やメンタルヘルスの問い合わせを何度か受けていました。Yさんが労災申請に思い至ったのは、これまでの労働組合の活動があったためかもしれません。
Yさんの相談を関西労働者安全センターにつなぐことができましたが、本当に労災が認められるのか心配でした。体調が思わしくない時期にも関わらず、労災申請を準備されたYさんには頭が下がる思いです。また、同僚から証言をいただけたのは、Yさんを見捨ててはいけないという雰囲気が職場にあったからだと推察します。きっと、労組委員長として環境改善に率先してこられたYさんの人柄を職員みんなが理解していたからでしょう。
Yさんの労災は無事に認められましたが、Yさんの体調回復と職場復帰がこれからのテーマです。労組執行部はYさんや私と連絡を取りながら、Yさんの療養に必要なサポートを考えています。労働組合として「働く者の助け合い」という本来の役目を果たされていることに敬服するばかりです。職場課題は尽きませんが、職場に労働組合があることは本当に良いことです。
今の通常国会には、カスタマーハラスメントの防止などハラスメント対策強化や労働者数50人未満の事業場でのストレスチェックの実施義務などの法案が提出されています。法改正を追い風にして、Yさんの職場でも環境改善にむけて企業別労組と連携していきます。
Yさんには療養の日々がまだまだ続きますが、お身体をご自愛ください。ご快復をお祈り申し上げます。
関西労災職業病2025年5月565号