塗装工のばね指で労災審査官が立入検査/沖縄

ばね指

被災者は小柄な女性で、2023年1月から沖縄の塗装会社で働きはじめ、約半年後の7月中旬にばね指の診断を受けた。
ばね指は指の腱鞘炎が悪化したものであり、日本整形外科学会のウェブサイトによると、「指は腱によって曲げ伸ばしをすることができます。手を握ったりする強い力を発揮する筋肉は前腕にありその力を腱が伝えます。その通り道で指を曲げる屈筋腱が浮き上がらないように押さえているのが靭帯性腱鞘と呼ばれるものです。」「靭帯性腱鞘が終わる指の付け根付近に力がかかり炎症を生じやすいところがあります。その部分の腱や腱鞘が炎症を起こし、腱鞘炎になり、さらに進行すると引っかかりが生じばね現象が起こります。」と解説されている。
塗装作業は塗装用ローラーのハンドルを握り続けて作業をするほか、塗装前の汚れ落としの際に高圧洗浄機を用いた水洗作業もある。また、研磨作業にはグラインダを使うなど、強い力で機材を握り続ける作業が多い。
これらの作業を続けることでばね指が発症したと本人は訴えたが、那覇労働基準監督署は、上肢障害の認定基準における①上肢等に負担のかかる作業を主とする業務に相当期間従事した後に発症したものであること、②発症前に過重な業務に就労したこと、③過重な業務への就労と発症までの経過が医学上、妥当なものと認められること、のうち、調査の結果②について認められなかったと判断した。③についても、被災者が上肢障害の認定基準を満たす過重な業務は認められないことから、本件傷病と業務内容に相当因果関係があるとは言い難い、という。一方で、原処分庁は同僚である男性労働者と労働時間を比較し、同種労働者の労働時間を100%としたとき、請求人については以下の表の通り、85~109%と確認している。

冒頭で述べた通り請求人は女性であり、発症月とその前月は男性労働者よりも多く働いている。しかし、「同一事業場における同種の労働者と比較して、おおむね10%以上業務量が増加し、その状態が直前3か月程度にわたる」ことにはならないため、過重な労働はないと判断した。

監督署の誤り

那覇労働基準監督署の「過重な業務」に対する評価方法は誤りで、「『過重な業務』における『同種の労働者』については、同一事業場内を基本とするが、同一事業場における同種の労働者が存在しない場合には、他の事業場における同種の労働者との比較を参考とすること」と事務連絡に記載されている。通達上の同種の労働者とは「同一企業の中における同種の労働者であって、作業態様、年齢及び熟練度が同程度のもの」であるから、同一事業場の労働者であっても性別の異なる労働者で比較してはならなかった。
また、監督署は本人から作業についてほとんど聴取を行っていない。事業所に「上肢作業に基づく疾病に係る報告書」を作成させているが、業務量の詳細についてほぼ空欄であったにもかかわらず、追加の調査も行わずに過重な業務がなかったと判断した。実際には、事業所では発症3カ月前にベテランの職人が退職し、これまでそのベテランが行っていた作業を請求人が行わなくてはならなくなってしまっている。同じ塗装や洗浄の工程でも、最も負担のかかる作業を請求人が行っていたということまで監督署は把握できていなかったのである。
一方、事業所は報告書の中で、過重な業務の判断について業務量以外の評価対象である「過大な重量負荷、力の発揮」があったことを認めている。しかし、監督署は「報告書に添付された写真の方から、過大な重量負荷、力の発揮を認めるような内容はなかった」と判断した。作業中にどのような力がかかるのか、写真から判断できるようなものではないので、被災者は審査請求を通じて改めて自らが行ってきた作業について改めて訴えることにした。

審査請求と「審理のための処分の申立」

審査請求に先立って、被災者は毎日の作業について改めてその負担を検討した。事業所では1件ごとの現場につき、作業管理シートが作成されており、作業日、入場者、作業内容が記載されている。発症3カ月前にベテランが退職したことで現場に入る人数も減っている一方、業務量が減ったわけではないことも含め、残った職人の負担が増えたことを詳しく述べた。ひとつひとつの作業についても、工具をどのように用いるか、その際にどのような負担があるのか調べてみると、ローラーを用いた塗装作業だけではなく、発症直前にグラインダや高圧洗浄機など、力を入れて握り続けなくてはいけない作業が多かったことが判明した。
審査官は被災者の訴えを真摯に聞き、塗装作業がいかに指に負担のかかる作業であるのか現場を見て確認してもらいたいという請求人の希望に沿って、鑑定を行うことにした。その際に提出した書面が「審理のための処分の申立」であり、事業所に行って実際に作業工具を扱い、上肢に掛かる負担を実感してもらいたい旨を申し立てた。
事業主も協力的で、当日は作業中の現場に案内してくれた。さらに、審査官や請求代理人も高圧洗浄機とグラインダを操作する機会を得て、短時間ながらその負担を実感することができた(写真)。高圧洗浄機の操作中はトリガーを握っているだけではなく、水圧に負けないよう上腕に力を入れて支える必要があること、2㎏以上のグラインダが発する振動を抑えながら研磨作業を行わないといけないことなど、審査官も実感し、「手にきますね」と帰り道に感想を述べていた。冒頭に述べたようにばね指は指の腱鞘炎が悪化したものであり、腱鞘炎については「作業従事期間が6か月程度に満たない場合でも、短期間のうちに集中的に過度の負担がかかった場合には、発症することがあるので留意すること」と認定基準にも記載されているように、手指に負担がかかる作業を行っていて、他に原因となるものがなければ本来であれば認められる傷病である。監督署も、被災者が上肢に負担のかかる作業を行ったと認めるのであれば、事業所からの報告書と写真だけで判断するのではなく、過重な業務について深く探るべきだったのではないだろうか。
審査請求については今後主治医の意見書を提出する予定であるが、被災者としては、ようやく自分の傷病にまともに向き合ってもらえた、という気持ちである。審査官もぜひこの気持ちに応えてほしい。

実地検証にて

関西労災職業病2025年4月564号