胆管がん発症者22名に~SANYO-CYP社~「和解」後も続く被害発生/職業性胆管がん労災認定は56件に(2023年度末現在全国計)
職業性胆管がん2023年度労災認定状況
職業性胆管がんの2023年度の労災認定状況が判明した。
胆管がん労災請求事案について、厚生労働省はすべて「印刷事業場で発生した胆管がんの業務上外に関する検討会」で業務上外を判断している。直近では2023年12月18日(第36回)に開かれている。2024年はここまで未開催。
検討結果についてはHP上での公表がされていないため、基本的に開示請求をしないと入手困難という不当な状況であるが、当センター独自のルートで2023年度の認定状況データを入手した(表1、表2 いずれも厚労省データから作成)。
2023年度は大阪局で1件認定
2022年度については2件が業務外とされ業務上は0件だったが、2023年度は印刷業において1件が認定された。
この1件は大阪労働局管内で認定されていて、職業性胆管がん事件の震源地「校正印刷会社SANYO-CYP」での最近までの新規発症者状況などの情報から、この1件は同社の労働者又は元労働者と推測される。
SANYO-CYP社からさらに5名発症
SANYO-CYP社における職業性胆管がん多発事件について、これまで多くの学術論文において報告されてきた。
このたびは、英文雑誌「Industrial Health」(発行元:(独)労働者健康安全機構労働安全衛生総合研究所)早期公開版において、「大阪(日本)の印刷会社における1,2-ジクロロプロパンおよび/またはジクロロメタンへのばく露による胆管がんのその後の発症」(原題:Subsequent development of cholangiocarcinoma caused by exposure to 1,2-dichloropropane and/or dichloromethane in the printing company in Osaka, Japan)が、2014年に報告された17名発症のあと、2023年末までに発症した5名の胆管がん患者の詳細を報告した。(掲載URL https://www.jstage.jst.go.jp/article/indhealth/advpub/0/advpub_2024-0159/_article/-char/ja)
論文は、筆頭著者・久保正二医師(大阪公立大学大学院医学研究科肝胆膵外科学講座)らによるもので(以下、久保論文)、グループには胆管がん事件の端緒から関わる熊谷信二氏(元産業医科大学教授)が含まれる。
大阪公立大学大学院医学研究科肝胆膵外科学講座は、胆管がん事件発覚後、SANYO-CYP社などの胆管がん患者の治療、研究に精力的にあたってきた。とりわけ、免疫チェックポイント阻害薬オプジーボ医師主導治験により職業性胆管がん患者の治療に大きな光明をもたらしたことは特筆に値する。
◆職業関連性胆道がん対象の医師主導治験 免疫療法(免疫チェックポイント阻害剤<オプジーボ>)で実施、がん研究センター東病院と大阪市大病院で実施開始(https://koshc.jp/archives/1708を参照)
以下が久保論文冒頭の「要約」(Abstract和訳)である。
2014年、大阪の印刷会社で1,2-ジクロロプロパンおよび/またはジクロロメタンの高濃度ばく露により職業性胆管がんを発症した17名の患者が報告された。その後、新たに5名の患者が同様の胆管がんと診断された。
このうち4名は定期健康診断や肝機能障害の経過観察中に胆管がんが発見された。5名の患者のほぼ全員において、診断時のγ-グルタミルトランスペプチダーゼ(γ-GTP)活性の上昇、腫瘍による閉塞を伴わない肝内胆管の局所的拡張、慢性的な胆管損傷、胆管上皮内腫瘍(ビリウム内腔上皮性腫瘍)や胆管内乳頭状腫瘍などの前がん病変/早期がん病変が胆管のさまざまな部位に認められた。これらの所見は、以前の17名の患者と類似していた。
合計で、印刷会社で1,2-ジクロロプロパンにばく露された95人の作業者のうち22人が胆管がんを発症した。胆管がん患者22名のうち18名は、19名の高ばく露群労働者(累積ばく露量≧1500-ppm年)の一員だった。これらの所見は、1,2-ジクロロプロパンが職業性胆管がんを引き起こすことをさらに裏付けている。
発がんリスクが長期間持続する可能性があることを示唆しており、1,2-ジクロロプロパンおよび/またはジクロロメタンにばく露される作業者の定期的な健康診断は、このような胆管がんを早期発見するために必要である。
論文の分析対象となった追加発症5名のプロフィールは以下の表の通り(表3:久保論文より作成)。
高ばく露群の95%が発症
久保論文は累積ばく露量(ばく露濃度にばく露期間(年換算)を乗じた数値を合計)と胆管がん発症との関連について、DCP累積ばく露量1500ppm-年以上を「高ばく露労働者」としたとき、2023年末において
- 1499ppm-年以下であった76名(男性60名、女性16名)のうち、胆管がん発症者は4名(全員男性)
- 1500ppm-年以上(高ばく露労働者)であった19名(男性18名、女性1名)のうち、胆管がん発症者は18名(男性17名、女性1名)であり、今回の追加5名はすべて高曝露労働者に入っていた
としている。
つまり、高ばく露労働者の95%が発症、ということが確認されたわけだ。
これはもちろん、当時のSANYO-CYP工場(大阪市中央区)が異常に劣悪なばく露状況にあったためである。
まことに驚愕すべきSANYO-CYP事件であったことを改めて想起しなければならない。
なお、女性が1名発症されたのであるが、発症率に性による有意な違いはないとしている。
5名中4名が治療奏効、オプジーボが効果
胆管がんは早期発見が難しいなど様々な要因で予後の悪いがんとして知られている。
久保論文の5名については、ステージⅣの進行期で発見されたことで対症療法のみしかできなかったため死亡した1名(表1患者番号2)を除いて、4名はいずれも治療が奏功し生存されている。
4名は治ゆ的な切除手術、補助化学療法を受け、うち2名が再発したが上記の医師主導治験により投与された免疫チェックポイント阻害薬「オプジーボ」(一般名:ニボルマブ)が奏効した。
職業性胆管がんでは、がんの遺伝子変異が多いことがオプジーボ治験実施の契機であったと上記の治験案内に記載されており、そのアイデアが的中したのである。
定期健康診断の有用性明確
職業性胆管がん事件をうけて、厚生労働省は、DCPを特化則の指定物質とし、事業者に対して年2回の定期健康診断を義務付けるとともに、2年以上(当初の「3年以上」を2015年11月から変更)のDCPばく露業務従事歴のある元労働者に対して、申請にもとづいて健康管理手帳を交付し年2回の健康診断が無料で受けられることとした(2013年10月1日施行)。この点に関連して久保論文は次のように報告している。
2013年12月以降、厚生労働省は、DCPに少なくとも2年間ばく露された労働者を対象に、年2回の定期健康診断を開始した。この診断には、血液検査(AST、ALT、γ-GTP、CA19-9の測定)および超音波検査やCTを含む診断画像検査が含まれている。
本研究の5名のうち4名は、厚生労働省や会社による定期健康診断、または肝機能障害(高い血清γ-GTP活性)のフォローアップ中に胆管がんが発見され、外科手術が実施されていた。一方、患者2は黄疸と食欲不振を理由に受診したが、診断時点で進行期(ステージIV)であったため、根治的切除は不可能だった。
久保論文は、DCPやDCMによる化学物質ばく露によるとみられる「慢性胆管損傷」ががんの主要病変から離れた部位を含む胆管全体で認められ、全肝臓にわたる胆管損傷を示していて、このような広範囲にわたるDNA損傷や前がん病変の存在は発がんリスクのある箇所が多数あるということである、との趣旨を述べている。
5名のうち4名が定期健診等による健康管理の網によって早期発見され、治療が奏功し今日に至っている。ただし、すでに発症し療養中の方を含めて、発症した胆管がんを成功裡に切除したとしても(他の箇所からの)発がんリスクは依然として高いままであることから、今後、長期にわたって定期健康診断等による健康管理が不可欠ということなのである。
患者番号2の方は2017年に受診し、発症が確認されている。
2012年5月からSANYO-CYP社における胆管がん事件報道が相次ぎ、2013年秋以降に健康管理手帳制度も開始されたあとの発症診断だっただけに非常に残念であり、胆管がん事件を語る上では常に忘れてはいけない哀しい出来事だ。
あらためて久保論文の結論部分を引用する。
2014年の報告で示された職業性胆管がんの患者17名に続き、2023年末までに、同じ印刷会社でDCPおよび/またはDCMにばく露された5名の労働者に新たに胆管がんが検出された。この新たな5名の臨床病理学的所見は、以前の17名の患者と類似していた。高ばく露グループにおける胆管がんの有病率は極めて高く、これらの結果はDCPが職業性胆管がんを引き起こすという理論をさらに支持する。
DCPおよび/またはDCMにばく露された労働者に対する定期的な健康診断や肝機能障害のフォローアップは、胆管がんを早期に検出するために有用である。また、胆管がんのリスクは長期間にわたって持続するため、長期的な検査が必要である。
SANYO-CYP社における胆管がん多発に端を発した職業性胆管がん事件はいまだ終息していない。
胆管がん被害者やばく露労働者に対する同社の責任が、同社における安全衛生管理責任に止まらないものであることは、同社の胆管がん被害者の現状を踏まえれば明らかだろう。被害者組織との「和解」がなされたことによっても、被害者とその家族に対する社会的、道義的責任を消し去ることはできない。
そして、全国の職業性胆管がん労災認定事案の数は、SANYO-CYP社の認定数を超えており、この点からも2012年以降に社会的に明らかになり、その後の化学物質管理の在り方が変化していく大きな原因となった「職業性胆管がん事件」は現在進行形であることを銘記しておきたい。(事務局 片岡明彦)
関西労災職業病2024年11・12月560号
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