最高裁判決:事業主に労災決定の取消を求める資格なし/2024年7月4日

2024年7月4日、最高裁第一小法廷は、札幌中央労働基準監督署が決定した労災保険の給付支給決定に対して、事業主である「あんしん財団」が取消を求めていた訴訟について、「あんしん財団」は取消を求める「原告適格」を有しないとの判決を下した(https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/169/093169_hanrei.pdf)。
労災認定を受けていた当該労働者、労働組合等の関係者の他、我々のような労働安全衛生にかかわる活動家、弁護士など多くの人が注目していた裁判で、正当な結果が得られて一同安堵した。

この事件の概要はこうだ。

一般財団法人「あんしん財団」は、女性労働者9人に遠隔地への配置転換を命じ、うち4人が東京管理職ユニオンに加入した。そのうちの2人が配置転換や過大なノルマを課されたことなどから精神疾患を発症し、労災認定された。
労災認定された1人の労災補償の支給について、「あんしん財団」が取消を求めて審査請求したが却下されたため、国を相手に労災保険給付の取消訴訟を起こした。「あんしん財団」は、労災認定を受けた労働者は「虚偽」を申請したと主張した。
その訴訟は、2022年4月の東京地裁判決では、使用者の原告適格を認めず、国が勝訴した。しかし、「あんしん財団」が控訴し、2022年11月の東京高裁判決では、一転して使用者の原告適格を認め、東京地裁への差し戻しを命じた。
国はこの高裁判決について最高裁に上告し、今回の判決となった。

東京高裁判決が出る直前の2022年10月、厚生労働省は「労働保険徴収法第12条第3項の適用事業主の不服の取扱に関する検討会」を開催した。

検討会の主旨・目的には、「労災保険給付を生活の基盤とする被災労働者等の法的地位の安定性についての十分な配慮を前提として、メリット制の適用を受ける事業主が労働保険料認定決定に不服を持つ場合の対応を検討することとする。」とあった。つまり、労災認定された被災者は補償を受けられる状態を保ちつつ、メリット制適用の事業主による労働保険料について不服にも対応するということだった。この検討会はわずか2回の開催で12月13日には報告書がまとめられ、2023年1月31日には、基発0131第2号「メリット制の対象となる特定事業主の労働保険料に関する訴訟における今後の対応について」という通達を発して、事業主による労災保険料に対する不服申立が認められた場合でも、労災保険の支給決定処分を取り消すことはしないとした。
しかしながら、通達を出そうとも、今後も労災保険料の不服申立の中で、労災決定そのものを争って訴訟を起こす事業主が現れる可能性は高く、東京高裁判決のように使用者側に原告適格を認め、労災の判断が覆される様なことがあれば、労災被災者の早期の救済や安心して療養する権利が脅かされることになる。
そもそも「あんしん財団」による訴訟は、労働争議の中でのスラップ訴訟の一つだった。
会社は労働者を一方的に遠隔地に配置転換し、それに反抗した労働者に嫌がらせを行い精神疾患を発症させた。労災認定されてもそれを認めずに、虚偽の労災請求をしたとして労働者に損害賠償請求訴訟を起こし、労災休業中の労働者を解雇している。
労災認定されればメリット制によって労災保険料が増加するという理屈はあるが、根本は会社に従わない反抗的な労働者への報復と思われる。
東京高等裁判所が、使用者に原告適格を認めたことによって、今後も「あんしん財団」のような使用者に訴訟を起こされ、被災労働者が救済されないということがあってはならない。そのため、最高裁には、被災労働者の代理人が補助参加した。

最高裁判決は、「あんしん財団」に原告適格を認めず、今後は使用者が労災認定に対して、国を相手に労災ではないので取り消せ、との訴訟を起こすことはなくなると思われる。
一方で、今回のことでメリット制の弊害についてもクローズアップされることとなった。
これまでも、労働災害が起これば、メリット制によって割り引かれていた労災保険料が一気に増額して不利益を受けることを避けるために、かえって労災隠しの原因となっていると批判されてきた。
メリット制で労災保険料は最大40%の減額もしくは増額し、その減額された保険料は、正当な保険料率で保険料を納めている他の企業が負担している形になっている。メリット制の適用事業所は労働者100人以上などの条件を満たす一部の企業であり、その分、メリット制の対象でない中小企業などが負担しているとすると、一部の企業に限って割引する余裕があるのならば、保険料率を見直して全体の負担を下げればいいのである。
メリット制の目的のひとつと言われている、企業の安全対策を促進するという役割については、効果は証明されておらず、反対にメリット制のために労災隠しをした事案は無数にある。
ひとまず、最高裁判決が出て、使用者が労災認定を取り消せと申し立てることはできなくなったが、今後もメリット制については、廃止を目指していく。

関西労災職業病2024年8月557号

労災認定、事業主は「不服申し立てできない」 最高裁が初判断(朝日新聞デジタル)

「事業主、労災認定に不服申し立てられない」 受給者側「蒸し返されず安心」 最高裁判決(朝日新聞)

労災、事業主の不服申し立て認めず 最高裁が初の判断「法の趣旨損なう」(産経新聞)