アスベスト除去現場の声~作業員A氏に聞く~

ベテラン作業員A氏

2024年3月17日、実際のアスベスト除去現場の状況を知るという目的で、とある解体業者に勤めるA氏を安全センターの事務所に招いて懇談会を行った。彼は、アスベスト除去作業の作業員を6年以上やっており、彼の従事した現場の状況について話してもらった。

A氏への聞き取りは、2023年5月17日にNHKの「解体キングダム」という番組で放映された「解体工事の難敵 アスベストを攻略せよ」という回を見て、除去方法や視覚的な資料の参考としながら、A氏の現場の状況を尋ねるという形で行った。番組では、新宿にあるビルの外装の耐火ボードを除去する様子が放映されていた。

「割ります」 番組とA氏の現場の違い

事前に番組を一通り見たというA氏から最初に一言あった。「この番組の作業は、テレビ用に丁寧にやっていると思う」だそうである。そんな先制パンチを食らいながら、解体キングダムの映像を一緒に見た。

まずは養生についてである。養生の内容は、番組中ではアスベストが飛散しないようにビニールシートで全面を覆っていると言っていたが、それはA氏の現場でも同様だ。また、床と壁の養生シートの隙間を作らないため、床の養生は30cm以上床からはみ出して壁に沿わせないといけないなど、法令でいろいろ決まっており、それはちゃんと遵守しなければならないとのことだ。法令で決まっているから、市役所等から現場へ監査(立ち入り検査)が来るのである。(監査員は、特にこの30cmはみ出しをよく見るとのこと。)

だが、番組を見進めると、次第に現場と違う点が指摘された。番組では、外装の耐火ボードをはがすだけでも、内装外装両方養生すると言っていたが、A氏の現場では内装だけ、または外装だけの作業の場合、片方だけ養生し、両方養生なんてことはしないそうだ。なぜかと言うと、アスベストを除去している部分以外は、別の業者が他の作業をしているので、その邪魔になるということである。作業前に現場内外の大気のアスベスト濃度を測定して密閉されていることを確認するので、健康被害が出る可能性は低いと考えられるが、本来なら、アスベスト除去している時は、他の業者はその現場近くで作業しなくてよい段取りになっているべきだろう。だが、現在の工程はそうなっていない。

次に防護服について。番組では、防塵マスクをつけて、防護服、手袋、足袋を付けた後、養生テープですべての隙間をふさいで密閉していたが、これはA氏の現場でもやっている。また、番組中で、現場から戻る際の処理で、エアシャワーで粉じんを取り除いたり、防護服を全て捨てているシーンが流れた。A氏のところでも、現場から休憩室に行くときは同様にしているとのことだったが、日に3回ある休み時間の度に防護服を破棄するため、1日で計4回防護服を着脱していると言っていた。手間的にも資源的にも大変な話である。また、密閉するから夏場は大変じゃないかという質問をすると、その通りと同意して、多分服の中は40℃ぐらいになっているんじゃないかと言っていた。また、夏場の休憩について、今勤めている会社では、会社が現場に設置する休憩スペースにクーラーが設置され、塩キャラメルや飲み物が置かれているそうだが、前に勤めていた会社(ここでもアスベスト除去をしていた)では、そんなスペースはなく、暑い中休んでいたそうだ。去年の夏も、防護服の中と言わず、そもそも気温だけで40℃を超えるような日があったので、対策していない現場には、せめてスポットクーラーの設置などを訴えていかないといけない。

さて、いよいよ作業についてである。番組では、ビルの外装に張り付けられたケイ酸カルシウム板(以下ケイカル板)を、割らないように、バールでゆっくり端をこじって、一枚一枚外していた。A氏にこのあたりはどうかと聞いてみると、「割ります」というシンプルな答えが返ってきた。一枚一枚割らないように外すのは遅すぎるとのことだ。ケイカル板なので、保護具を適切に着用しているなら、よっぽど粉々にするのでもなければ粉じんのばく露は少ないだろうが、ワイルドな話である。また、番組では、ケイカル板が張り付けられていた接着剤の残りもはがしていたが、それもA氏はやっておらず、接着剤の付着部分は普通の廃棄建材として処理されているとのことだ。これに関しては、接着剤の種類や、具体的な処理方法など、少し気になるところである。

また、ケイカル板の廃棄についてだが、番組内では取り外した一枚板を広いスペースに持ってきて、二重にビニールで包み、アスベスト廃棄物と書かれたシールを貼って出していた。だが、A氏の職場では、板を割っているのでそんなことはできず、アスベスト廃棄物用の黄色いビニール袋に詰めて、それをもう一重透明なビニール袋に入れて出すということだった。ちなみに、番組中でも、現場の掃除中や防護服を廃棄する場面に黄色いビニール袋が映っており、A氏もこれですと言っていた。

環境測定、つまりは空気中のアスベスト量の測定は、毎日行うのではなく、その現場の作業前と作業完了後に行うとのことだ。作業完了後は当然として、作業前は、現場がちゃんと密閉されているかのチェックのために行う。作業中の測定は行っていないとのことだった。

ここで解体キングダムの視聴を終えたが、懇親会はしばらく続いた。その中で、A氏が転職を考えているという話があった。理由は2つある。まず、年齢的な問題で肉体労働が辛くなってきていること。実際番組でも現場はかなり狭いスペースで仕事をしており、A氏もまた似たような状況で作業しているとのことだが、その不自由な中で、さらに業務によっては中腰でずっと作業したりするとのことなので、かなり過酷な作業なのだろう。次に、保護具のところでも少し触れたが、自分と家族の健康被害が心配ということだった。昔の石綿工場の作業で、家族にまで被ばくして発症したという事例を重く見ているようで、それについては、保護具も無しに作業していた時代の話で、A氏の保護具の扱いや作業内容、現場の状況を聞く限りでは、過度に心配する必要はないと伝えたが、それでもやっぱり不安だそうだ。

焦らない社会へ向けて、焦らず急ぐ

A氏は、番組でやっていることは丁寧すぎると言い、実際の現場との違いをいろいろ話してくれた。そして、その違っている理由を聞くと、基本的には工期に間に合わせるためという話になる。現実には、A氏の現場のやり方で健康被害は出ないのかもしれないが、当のA氏が健康被害のことを不安に思っている。本来なら、そんな不安が起きないぐらい、番組と同等かそれ以上に丁寧にゆっくりやれる方が良いのだろう。ついでに、現場への快適な休憩スペースの設置や、作業時間の短縮などもついでに行えるようだとなおいい。

とある漫画のネコ型ロボットが、作中で友達のN太に、「焦らず急げ!」と言っていた。制御できない焦りの状態ではなく、制御できる急ぎの範疇でできるだけ早くということをコミカルに表した言葉だが、今の建築現場の工期は、制御できないぐらい焦って設定されてはいまいか。落ち着いてじっくりアスベストを剥がす余裕のある社会を変えていかないといけない。焦らず急いで活動を続けていく。(事務局:種盛真也)

某倉庫の吹き付けアスベスト(本文とは無関係です)

関西労災職業病2024年5月554号