エスカレーターの安全利用実験

大阪は左、東京は右。エスカレーターの片側を開放し、急ぐ歩行者のための通路を確保することがある程度社会の習慣となっていた。

一方、2023年7月24日から8月末まで、全国の鉄道事業者56社局・4団体や空港施設、商業施設、自治体と共同で、「エスカレーター『歩かず立ち止まろう』キャンペーン」が実施された。一般社団法人日本民営鉄道協会の発行したキャンペーン案内によると、「お客さまがエスカレーターをご利用になる際に、ご自身でバランスを崩して転倒されたり、駆け上がったり駆け下りたりする際に他のお客さまと衝突し転倒させるなどの事象が発生しています」と具体的な事故の例を挙げる。

事故の例示は、立ち止まっている人の横を通り抜けようとして接触することにより発生する事故に加えて、発車に間に合うべく慌てて駆け上る、あるいは駆け下りることで転倒してしまう乗客がいることを示している。日頃走ることのない人間がエスカレーターの力を借りて走るとなれば、昇降に限らずたいへん危険である。日本エレベーター協会の発表によると、エスカレーター事故は2018年1月から2019年12月までの2年間で1550件も報告されている。報告されているものが重大な事故だと仮定すると、ハインリッヒの法則にあてはめたとき、昇っている最中に足がもつれて転倒した、降りているときに足が付いて行かなくて踏み外した、などの軽い事故は4万5千件程度発生していることになる。高齢者の多いわが国では、転倒が骨折につながると警戒されており、エスカレーターはこのリスクを過分に含んだ機器であると認識されていると言える。大阪メトロ社は、各エスカレーターに「エスカレーターでは2列で立ち止まってご利用ください」と各駅のエスカレーターにステッカーを貼り、注意喚起を始めた。

さて、関西労働者安全センターによる今回の安全利用実験は、エスカレーターを設置している事業者の運動にあわせて、左側を立ち塞ぎ、もってエスカレーター上を2列に並ぶことを促そうというものである。実験場所は大阪メトロ四つ橋線肥後橋駅北改札昇りエスカレーターにした。実験期間は2023年11月13日から2023年12月16日までの33日間中、24日間、午前8時から11時までの間で行った。また、実験に用いたエスカレーターは15m程度のエスカレーターである。このエスカレーターを立ち止まって昇ったところ、移動時間に19秒を要したが、エスカレーターを歩いて昇ったときは8秒、すなわち10秒ほど移動時間を短縮できる。長いエスカレーターほど歩いて昇ろうとする人は少なくなる傾向があるが、この距離であれば比較的多くの乗客が歩いて昇っていく。もっとも、隣の階段を歩いて昇っても移動時間は10秒しかかからず、エスカレーターを歩いて昇るときと2秒しか変わらない。

24回の実験のうち、立ち塞いだ左側にも右側同様列ができた回数は4回に過ぎなかった。しかし、後続の乗客がふさがった左側を避けて右側を歩くようになるという現象はまったく発生せず、いずれの回でも右側は立ち止まって移動する乗客しかいなかった。停止して昇っている20秒程度の間にも、スマホのチェックなどが可能であり、立ち止まって昇ることに抵抗を示す乗客はいない。単に「左側はあけるものだから」という理由であけられているのではないだろうか。小さな子供連れやアベックなど、もともと並んでエスカレーターに乗ったにもかかわらず、この理屈で無理矢理右列に入れようとする方が危険なので、手をつないで並んで乗った以上は最後までその格好で昇り切ることが望ましい。

近年は自治体でも「エスカレーターの安全な利用の促進に関する条例」が制定され、「エスカレーターを利用する者は、立ち止まった状態でエスカレーターを利用しなければならない」(埼玉県条例)、「右側か左側かを問わず、エスカレーターの階段上に立ち止まらなければならない」(名古屋市条例)と、罰則はないものの立ち止まって利用することを義務化している。今回の実験では、後続の乗客が左側に列を作り、両側とも立ち止まって昇っていく環境を作ることができたのは4回に過ぎないが、高齢者社会にあわせてエスカレーターでは立ち止まって移動するということが新たな習慣になっていく機会になっていってほしいと思う。(事務局 酒井恭輔」)

関西労災職業病2024年3月552号