これからの労働安全衛生運動の課題は?3つのテーマでパネルディスカッション/関西労働者安全センター50周年記念集会開催 2023年11月18日

関西労働者安全センターは、1973年9月22日、京都大学で開かれた「安全センターをめざす、反公害・労災・職業病闘争討論集会」にて設立され、今年で50年となった。これまで50年、共に運動に携わり、ご支援・ご協力していただいた方々に感謝し、50周年記念集会を開催した。

2023年11月18日、9時半から始まり17時まで、その後記念パーティで50年を祝った。長時間の集会に参加いただいた方お祝いに駆けつけてくれた方々に感謝したい。

集会は、議長の浦功弁護士の挨拶の後、事務局の西野方庸と片岡明彦が写真を見せながら、駆け足ではあるが50年の振り返り解説を行った。その後、これから取り組んでいこうとしている課題を共有し、知恵を出し合えるものにしたいという事務局の希望で選んだ3つのテーマで、1日使ってパネルディスカッションを行なった。

議長の浦功弁護士
事務局・片岡明彦の写真解説
目次

■第一セッション/個人事業者等の安全衛生対策

日本の労働力人口は2022年平均で6902万人である。そのうち、建設労働者の中で一人親方等として働いている人の人数は156万人、農業従事者で基幹的農業従事者は136万人、さらにフリーランスで働いている人が460万人いる。現在は副業でフリーランスワーカーである人もいるし、農業については専業農家とばかり言えないため、実際に「個人事業者等」と呼ばれる勤労者がどれほどいるのか明らかではない。しかし、少なくともこの数を併せると750万人を超え、日本の労働力人口のうち1割強が労働基準法上の労働者ではない働き方をしているといえるのではないだろうか。

第一セッションでは、これだけ多くの労働者が、労働安全衛生が法的に確保されていない状況で働いているということについて、3つの視点、すなわち建設業、フードデリバリーをはじめとするフリーランスワーカー、そして農林業労働者について議論し、提言を行った。

建設業の問題点:大島秀利(毎日新聞大阪本社専門編集委員)

大島秀利さん

はじめに、毎日新聞社の専門編集委員である大島秀利さんが建設労働者の一人親方問題について解説をした。

労働者災害補償保険は、労働者以外でも、その業務の実情、災害の発生状況などからみて、特に労働者に準じて保護することが適当であると認められる者を補償するべく第2種特別加入制度を設けている。また、建設アスベスト訴訟最高裁判決において、労働者と同一現場、同一の作業環境下で同一の建築作業に従事する一人親方等は、作業現場における危険に対して労働者と等しくリスクを負うことから、労働安全衛生法(22条及び57条)は労働者以外の者も保護の対象とすると判示された。

業務上災害に対する補償を行うこと、そして建設アスベスト訴訟の判決に従って安衛法上の対象として、事業者である請負人に対して自社の従業員以外への安全配慮や措置を義務付けるだけで十分な安全対策が取られていると言えるだろうか。大島さんは取材を通じて建設労働者が置かれている現状に着目した。これまで精力的に取材され、2023年中に何度も記事になった偽装親方問題について、労災保険に特別加入しているというだけで常用労働者が一人親方扱いをされている事件から問題を掘り下げていく。取材対象は厚生労働省だけではなく、国土交通省にもおよび、同省によって2012年に「下請指導ガイドライン」が策定されたこと、その結果偽装一人親方が増加したことに対し、現在国土交通省が問題視していることに行き着く。もともと国土交通省は、建設業の人手不足を解消するためには労働条件などの待遇を改善しなくてはならないと考え、社会保険の完備や、モデル賃金なども含めたキャリアアップシステムを開発した。しかし、この政策によって下請重層構造の最も下層で働いている作業員の待遇が向上することはなく、かえって彼らが社会保険等のコストを自ら負担しなくてはならない環境を作ってしまった。偽装一人親方問題はこの流れの中で発生しており、事業所が負担しなくてはならないコストを回避するため、常用労働者を全員一人親方に仕立て上げ、中には入職したばかりの10代の労働者まで一人親方扱いにされてしまうのである。

国土交通省の抱える危機感と比べ、厚生労働省はそれほど事態を問題視していない。それは、先にも述べたように特別加入制度で業務上災害に対する補償を行い、安衛法により安全を保障する体制を整備したということで十分と考えているためではないだろうか。実際には補償は実際の賃金を反映したものではなく、また建設現場では必要な安全対策が取られているとは言えない。

フードデリバリーなどの問題点(天野理:NPO法人東京労働安全衛生センター)

天野理さん

フリーランスワーカーというと、文字通り自分で仕事を選び、関心のある仕事に注力することができる一方、下手をすると事業主の都合に合せてこき使われることもある。前項の建設業でも職人として独り立ちした親方もいれば、被雇用者でありながら事業主の都合で一人親方扱いされている者もいる。最近目立つフードデリバリー配達員も、自分たちが労働基準法上の労働者であるのか、自営業であるのか自らの評価が分かれている。

ウーバーイーツユニオンとともにフードデリバリーサービスに従事する配達員の事故調査を行った東京労働安全衛生センターの天野理さんは、彼らの働き方を通じて、働く場と参加する仕組みだけを提供していることになっているプラットフォーム企業が、配達ルートを示す(実質的な作業指示)、配達先からの評価次第でプラットフォームの利用が認められない(解雇)など、実は指揮命令に近い形態で配達員の就労にかかわっていることを指摘する。そして配達員の労働安全衛生に対して責任を問われるべきでありながら、その議論がないがしろにされたままフリーランス保護法が成立(2023年4月)していることを批判した。

安全衛生に関しては、労働契約を締結していないという理由で業務上の災害に責任を負わないという姿勢を示すプラットフォーム企業に対し、運動を通じて民間保険会社を用いた傷害見舞金制度や事故サポートアプリの導入を勝ち取ってきたが、その一方で天野さんは配達員を労災保険の特別加入の対象にすることについては大いに懸念を示す。すでにふれたように、プラットフォーム企業は労働者に対し本来であれば使用者としての責任を問われる立場でなくてはならない。しかし、その責任をあいまいにしてしまうのが特別加入制度であり、事故報告についてもプラットフォーム企業が行うのではなく、たとえばウーバーイーツを利用した注文者(特定注文者)や、配達中の路上で発生した事故であれば道路管理者(災害発生場所管理事業者)が義務を担うことになり、事故発生の把握すらできない者が行うことになってしまう。

先述のフリーランス保護法も、その目的はフリーランスワーカーに対する報酬支払の適正化が主たるものであり、安全な働き方を目的とするものでないほか、監督官庁たる公正取引委員会は全国460万人のフリーランスワーカーを保護するにはあまりに機関として脆弱ではないかと天野さんは考える。労働者として労働安全衛生法の対象とする必要があるのではないかというのが天野さんの意見であった。

農林業労働者の問題点(西野方庸:関西労働者安全センター)

事務局・西野方庸

農林業従事者に関する記録がかくも不明瞭であるとは想像もつかなかった。

5年毎の全数調査である農林業センサスや毎年標本調査として実施される農業構造動態調査の結果は報告されているが、農業労働力に関する統計を調べてみると「農林業経営体」とか、「基幹的農業従事者」と聞き慣れない言葉が多い。これは統計が日本の農業生産構造や経営状況、農山村地域の現状を把握することを目的としているためである。「国連食糧農業機関(FAO)の提唱する世界農林業センサスの趣旨に従い、各国農林業との比較においてわが国農林業の実態を明らかにすることを目的とする」と説明されており、労働安全衛生の視点は元々ない。

農業の安全衛生問題については、当センターから西野方庸が登壇し、農林業における作業に大いに危険が内在しているにもかかわらず、災害防止対策が十分でないこと、特別加入制度を設けているものの活用されていないことなど、災害の実例を交えつつ、農林業従事者側の視点も含めて掘り下げて論じた。

特筆すべきは、令和2年に業務上災害として報告されている農業従事者の死亡人数が17人であるのに対し、農作業事故による死亡者が270人にもおよぶことである。また、その多くが農業機械作業にかかわる事故であり、各種機械のうち、乗用型トラクターの転落・転倒が最も多かった。

農林水産省もまったく無策ではなく、農作業安全対策ページをウェブ上で公開している。農作業安全ポスターや、「現場猫」まで動員したステッカーなど安全対策に関心を持ってもらうような取り組みを行うほか、春と秋には農業機械メーカーも取り込んだ農作業安全確認運動を実施している。しかし、業務上災害として事故の背景も分析されないうえ統計も取られず、守るべき安全とその方策が適切ではないため、現場の農作業従事者に届いていないのではないだろうか。

また、労災保険法上、暫定任意適用事業とされていることについても疑問が呈された。統計上雇用者として110万人が算定されているが、常雇い(あらかじめ、年間7か月以上の契約で主に農業・林業経営のために雇われた人。外国人技能実習生を含む)は15万6千人。ほとんどは手間替え・結(ゆい)と呼ばれる労働交換を含む臨時雇いである。伝統的な相互扶助システムが生きている一方、機械化も進んでいるのだから、いつまでも暫定任意適用事業にしておくのは確かに異常である。使用者がいる以上、使われる側は安全衛生法の対象となり、発生した事故は業務上災害として扱われなくては、農業事故の実態把握は遠ざかるばかりである。

事務局・酒井恭輔

論点 特別加入団体

3つの報告に共通して出てきたものは、特別加入団体であった。特別加入団体とは、地方労働局長の承認を受けて設立される組織である。大島さんは取材を通して建設労組が本来であれば労働者として扱われるべき被災者を一人親方として処理してしまうケースを目の当たりにしたし、マンションの一室で営業している本当に存在するのかどうかわからないような特別加入団体も発掘した。西野によると、ウェブ上で営業をしているものが数えきれないほどあるという。実際に検索してみると、早い、安いをうたった特別加入団体が、既存の労働組合などを批判しながら月500円の会費で加入を促している。特別加入団体の要件として、労災保険法施行規則において「…業務災害の防止に関し、当該団体が講ずべき措置及びこれらの者が守るべき事項を定めなければならない」と規定されているものの、たとえば建設の事業については安衛規則等の規定のうち、建設の事業の災害防止に関係のある規定に準じた措置を「当該団体が構成員に守らせる旨の誓約書を提出」すれば措置及び事項を定めたことになっている。「自動車を使用して行う旅客又は貨物の運送の事業」に至っては、道路交通法などにより安全に関する規制が行われているので、団体はすでに措置・事項の定めをしているとみなされている。これではほぼ自己責任であると言っているに等しい。このまま特別加入の対象を拡げていくだけの国の方針では、働く人の安全はまったく顧みられることはないだろう。

今後起こり得る事態に対し、労働者保護の観点から今日の労働者性と使用者性の議論を広く喚起していくことや、特別加入団体の要件に、「加入者に適切に災害防止のための教育を行い、その結果を厚生労働省に報告する」などの要件を加えることも運動で進めていく必要があると考える。全国センターで特別加入団体を設立するという提案も行われ、モデルとなる特別加入団体の運営が期待される。(セッション司会・文責:酒井恭輔)

■第2セッション/地方公務員災害補償制度の諸問題

第2セッションは地方公務員災害補償制度の問題をとりあげた。民間の労災保険制度が、労働基準法で定めた使用者の災害補償義務を根拠にした制度であり、労働者保護のため、強制保険により使用者を規制する立場であるのに対し、公務災害の場合、使用者は悪いことをしない官公署ということになる。したがって、制度を運用するのは国家公務員の場合当局そのものであり、地方公務員の場合は地方公共団体が集まって作った地方公務員災害補償基金(以下「地公災基金」)だ。

とくに地方公務員の災害補償問題についての相談は、各地の地域安全衛生センターに寄せられており、労災保険とは異なる制度上の問題について指摘されることが多い。そもそも公務上外の認定をはじめ、行政処分の判断をするのは、都道府県と政令指定都市ごとにおかれた地公災基金の支部長、つまり知事や市長であり、実務を行うのはその職員となる。

労災保険なら給付請求に対して支給か不支給かの処分をするために、使用者とは違う第三者の労基署職員が調査をすることになるが、公務災害の場合は所属長をとおして役所の総務担当部局から基金の支部へ認定請求を行い、調査も文書によりその逆ルートを通って回答が求められる手続きとなる。まるで伝言ゲームのような書類のやり取りが地公災基金の手続きでは普通に行われている。

こうした地方公務員災害補償制度の問題点を浮かび上がらせるべく、3人のパネリストの報告をもとに討論を行った。

化学物質過敏症の取り組み事例/ブラックボックスの調査過程(森田洋郎:社会保険労務士・行政書士)

森田洋郎さん

まず森田洋郎さんは、横須賀市の医療技術職職員として働き、職場の労働組合活動に取り組んだ後、社会保険労務士、行政書士として神奈川労災職業病センターとともに公務災害補償問題に取り組んだ経験があった。

森田さんは、「病院職場におけるホルムアルデヒドばく露による化学物質過敏症災害」と題し、公務災害認定請求の具体例をもとに報告を行った。

医療機関の病理検査室でホルマリンやキシレンなどの化学物質が原因で化学物質過敏症(シックハウス症候群)を発症し、公務災害として認められた事例としては2020年の宝塚市の事案があるが、まだまだ氷山の一角といえる状況だ。

森田さんが相談を受けた事例は、自治体立病院で検体の切り出し、解剖作業などでホルムアルデヒドやキシレンのばく露があり、皮膚障害、気道障害をはじめ様々な症状が出現、結果として化学物質過敏症の確定診断を受けたのは退職した後のことで、やっと公務災害の認定請求を行い、23年11月現在審査中の状態。

因果関係の判断が難しい公務災害事案は、都道府県の支部では対応せず、本部に照会すべきとされ、当事者からはまったくブラックボックスとなってしまっている。必然的に処分が決まるまでに1年以上かかることにり、3か月以内等の標準処理期間の設定などの通知があるが、「困難な事例」は「やむを得ないこと」とされている。

公務災害認定請求の特徴としては、公文書公開条例があり個人情報開示請求ができることから資料収集は比較的しやすいという利点はある。しかし、認定請求の手続き自体、職場の上司の証明が求められる原則がある。もちろん所属長からのパワハラが原因の精神疾患など上司の証明が必須とはならないが、制度上所属長を通すという矛盾がある。

仕事が原因と本人が考えても、因果関係等の問題が複雑な場合、認定請求に至らない場合がおそらく相当数あり、一人で悩まず地域センターの窓口へ相談をと周知をはかることが大切と結んだ。

単純な事例に公務外/審査や裁判でやっと公務上(川本浩之:NPO法人神奈川労災職業病センター)

川本浩之さん

つぎに川本浩之さん(NPO法人神奈川労災職業病センター専務理事)が、「教職員の公務災害」について、事例を通して問題点を指摘した。
県立高校図書館司書(50代女性)のケースではストーブを運んでいるときに転倒して「第3腰椎椎体骨折」という単純な災害なのに、認定請求して返ってきたのは「公務外」。大したことない衝撃で骨が折れたのは骨粗しょう症が原因だという処分。数年前に腰痛で受診したとき「骨粗しょう症の疑い」として痛み止めの薬が処方されたという記録があったからという。もちろん主治医は丁寧に意見書を書いてくれ、支部審査会の審査で処分が取り消され、公務上となった。
基金支部は担当となった職員がマニュアルに沿って手続きを行い、医学的なことは基金支部の委嘱する専門医の見解に基づいて判断する。その先生はどこの誰だかわからないというおかしな話。
体育の先生、30代女性。バスケットボール部の顧問で練習の最中に膝を痛め、「前十字靭帯断裂、半月板損傷」という大けが。ところがこれもまさかの既往症理由の公務外。主治医は審査請求の代理人になり、スポーツで一回でも膝を痛めたらその後は公務外などというのは一体どういうことかと逆に質問をする場面も。
結局、裁判まで行って横浜地裁で公務上となり、東京高裁でも維持されて確定した。
そのほか、精神疾患の事例も紹介した。労災保険なら労基署が本人や関係者から聴取を行い、それらが食い違えば慎重に判断するのは常識だが、地公災基金支部の調査は本人や同僚には全く聴取など行わない。裁判になって初めて事実経過について、同僚に聴取を打診するなどということがある。
地公災基金の支部は、姿のみえない「専門医」の医学的見解をもとにして、書類による審査で時間を散々かけた挙句、公務外の認定を作り上げてしまう。やむを得ず審査、再審査、行政訴訟と時間ばかりが経過し、その間に被災者は職場がかわったり、退職したりなどの不利益がある。なんとか公務災害認定の仕組みを変えなければならないのではないか。

例外扱いの非常勤職員/請求権さえ法律で担保されない?(西野方庸:関西労働者安全センター)

関西労働者安全センターの西野は、「地方公共団体非常勤職員の災害補償」について報告を行った。

地方公共団体で働く人はいろいろいる。法律の規定で区分けをすれば、地方公務員法第3条の一般職と特別職だが、災害補償となってくると、少々ややこしい。

地方公務員災害補償法の補償を適用するのは第2条でいう「職員」で、「常時勤務に服することを要する地方公務員」以外に、「常時勤務に服する地方公務員と同等以上勤務した日が月のうち18日以上ある月が引き続いて12月を超えるに至った者で、その超えるに至った日以後引き続き勤務するもの」とされている。

そうではない、勤務時間の短い非常勤職員はどうなるかというと、労災保険法第3条は「…官公署の事業(労働基準法別表第一に掲げる事業を除く)については、この法律は、適用しない。」となっているので、労基法別表第一に列挙された業種の非常勤職員は労災保険が適用されることとなる。

では、別表にない「官公署」とは何かというと市役所や消防署、警察署などの本庁だ。その本庁に勤務する非常勤職員は、地公災法も労災保険法も適用されないので、そういう職員の災害補償制度として地公災法第69条は、地方公共団体ごとに条例を制定しろとなっている。

この条例は、各地方公共団体ごとに定める「議会の議員その他非常勤の職員の公務災害補償に関する条例」ということになる。
以上、簡単に紹介するだけでこれだけの文章を費やすのが非常勤職員の災害補償問題だ。

この非常勤職員の数は全国でどのぐらいか。総務省のHPにある数字では令和2年4月現在で69.4万人とされている。労災保険が適用されない非常勤職員のための条例制定が必要な可能性のある地方公共団体は全国でいくつあるかというと、市町村と特別区で1741、地方事務を扱うために設置された一部事務組合は1320、その他都道府県が47、地方独立行政法人が149。全部で3000を超えている。

問題の所在はどこにあるだろうか。

まず、これらの非常勤職員が本体の地公災法の補償の例外扱いになっているということだ。条例にもとづく補償制度は、本体の地公災法の補償内容や労災保険制度との均衡を失してはいけないとされているが、各地方公共団体の条例は、現在の複雑な補償制度の運用を間違いなくできているかという問題がある。たとえば地公災法で運用されている福祉事業の種類は「外科後措置に関する事業」をはじめとして18種類ある。これらの制度をおそらくはその地方公共団体で少数である本庁の非常勤職員について間違いなく運用できるだろうか。

そもそも地公災法の補償水準は、労災保険と異なる歴史をもち、たとえば「障害特別援護金(第1級で1540万円)」「遺族特別援護金(1860万円)」などという制度は労災保険にはない。つまり、労災保険の適用となる本庁以外の非常勤職員は、もともと差別されているわけだ。

その矛盾を解決するために、たとえば大阪府高槻市は特別に差を埋める条例を設けているが、そのような地方公共団体は他には見かけない。

また条例による補償の場合、制度自体が探知主義をとっているという問題点がある。地公災法本体や労災保険法は被災者や遺族の請求権が明確に規定されているが、条例には請求自体の仕組みがない。総務省が示している条例案に、施行規則で公務災害の「申出」が追加されたのは、なんと2018年のことだ。

労基法別表第一列挙の事業について、非常勤職員は労災保険の適用になるはずだが、はたして労災保険か条例か、判断が不安定という状況がある。労働基準法と地方公務員法の適用対象の仕分けなどと災害補償制度の仕分けが交錯し、地方ごとに誤った適用になってしまうというケースが後を絶たないという問題がある。

結局制度の複雑さで非常勤職員の泣き寝入りが促進されているのが現状であり、根本的な対策が必要といえるだろう。

全国安全センター公務災害問題検討会でさらなる取り組みを

討論では、公務災害の認定請求では、制度上の問題が山積しており、改善のためのアプローチを、たとえば国会で取り上げるなども含んで、活発に行うべきという意見が出された。また、神奈川労災職業病センターでは、県と政令指定都市の各基金支部に、取扱い状況について質問して回答を求めるなどの取り組みを進めている。

さらに非常勤職員の災害補償では、すべての非常勤職員について、地公災法の本体の補償制度の組み入れ、例外をなくすべきとの解決策も示された。もし制度改正の障害があるとしても、現在の不合理さの解決が優先されるべきだろう。

これからの公務災害対策は、全国安全センターの公務災害問題部会を中心に、取り組みをより強化することとした。(セッション司会・文責:西野方庸)

■第3セッション/メンタルヘルス対策

メンタルヘルス対策は、あらゆる業種、あらゆる職場で、早急に取り組まなければいけない課題である。

厚生労働省のメンタルヘルス関連の対策には、「労働者の心の健康の保持増進のための指針」、「ストレスチェック制度」、「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き」などがあり、最近ではいわゆる「職場のハラスメント防止対策法」が施行され、事業者に措置義務が課された。これまで「労働者の心の健康の保持増進のための指針」や「労働安全衛生マネジメントシステムに関する指針」などほとんど指針であるために、あまり職場に取り入れられることもなく、中小企業のほとんどがそのような指針があることも知らない状態である。

しかしながら、職場でのメンタルヘルス問題は深刻で、長時間労働やハラスメント、人間関係などで、メンタル不調になる労働者は多く、その対処も難しい。

現実的にどのような対策なら取り組むことができるだろうか。現場を知る労働組合と共に考えるのがこのセッションの目的である。

ストレスチェックと職場改善(田島陽子:関西労働者安全センター、平野敏夫:NPO法人東京労働安全衛生センター)

事務局・田島陽子

「ストレスチェック制度」は実施が義務付けられており、きちんと活用すれば職場改善に役立つとして作られた制度である。個人の結果は本人のみに通知され、集団分析結果は事業者に通知される。法律では、年一回のストレスチェックは義務であるが、この集団分析とそれによる職場改善は努力義務となっている。

最初に、関西労働者安全センターの田島陽子から、「ストレスチェック制度」が作られた経緯や内容について簡単に説明した。

東京労働安全衛生センター代表理事で医師の平野敏夫さんには、「ストレスチェックと職場改善」と題して、産業医としての経験も交えて、ストレスチェック制度の実施状況や職場改善へどう活かすかを話してもらった。

平野敏夫さん

ストレスチェック制度が開始して8年になるが、厚生労働省は昨年「ストレスチェック制度の効果検証に係る調査報告書」を公表した。それによると8割の事業場でストレスチェックが実施されているが、実施が努力義務である労働者が50人未満の事業場では7.5%と非常に少ない。高ストレス者と判定された人の割合は5~20%でそのうち医師の面接指導を受けたのは5%未満の事業場が多かった。

集団分析はしているが、職場改善に活かしている事業場は4割台後半で、管理職主導型でおこなっている。

実際に平野さんが産業医をしている事業場の状況では、集団分析結果が労働安全衛生委員会に報告され議論されるが、改善につながることは多くはないという。ただし、高ストレス者の割合が高い職場の実態を聞いてみると、最近配置換えなどがあり落ち着いていない状態であったり、管理職が現場状況に無関心であったりといった問題のある職場だった。

労働者側には、ストレスチェックが改善につながっているという認識はなく、実際の成果を示さないと受検率は下がっていくことになる。

ではストレスチェックを職場改善に活かすにはどうすればいいか。

労働安全衛生委員会では集団分析結果を共有し、きちんと対策を議論すること、さらには、アクションチェックリストによるグループワーク、参加型職場改善活動などを取り入れる方法がある。安全センターでも参加型改善のワークショップなどを実施している。

労働安全衛生委員会のない50人未満の事業場はどうすればよいのかというと、労働組合がストレスチェックの集団分析結果の情報提供を事業場に要求し、職場改善に取り組んでほしい。

普段からの取り組みが大事であるが、ストレスチェックの結果は、職場の実態を数値で可視化しているということで労働組合にとっても利用しやすい。ストレスチェックの集団分析結果をもとに、事業主に団交を通して具体的改善対策を要求するなどの取り組みをすることができる。

職場での実態は?

その後は現場からの報告を受けた。

ストレスチェック協定書に関する全港湾の取組み(林繁行:関西労働者安全センター)

林繁行さん

元全港湾大阪支部組合員の林繁行さんは、ストレスチェック制度の開始に当たって、協定書案の作成に取り組んだ経験について話した。当時、全港湾関西地本の労職対委員長だった林さんは、協定書案を起案し、全港湾関西地本はストレスチェック制度開始の翌年に協定書案をもって約250社相手に統一集団交渉を行った。

大阪支部では48社中10社と協定を結んだ。しかし、50人未満で組合員が20人くらいの職場が多かった。

8年が経って、現在の状況はどうか確認してきたが、36社中、協定を結んでいるのは12社だった。2社しか増えていなかったと嘆きつつ、組合員が少なくても非組合員を入れると50人以上の職場もあるので、ストレスチェックの実施はしている。港湾職場など、先輩後輩の関係が厳しく、馴染まない制度かもしれない。50人未満の職場については、やはり努力義務なので実施されないのが残念ですが、組合員にはもっと理解を求める必要があると思うと述べた。

郵便局のストレスチェックをめぐる状況(日置孝:JP労組明石支部)

日置孝さん

JP労組明石支部の前支部長の日置孝さんからは、郵便局の実態について報告があった。

労使関係について、40年前は点検摘発型の労働運動で、活発に使用者側に物を言ってきたのが、このところ労使協調型に変化していると感じている。

ストレスチェックについては、労働安全衛生委員会に組合の三役などが入れていないこともあり、会社主導で行われている。これまでストレスチェックの結果を求めるという発想がなく、これを機会に、ストレスチェックについて各支部から情報を集めたところ、ストレスチェック結果を入手して送ってくれた支部があった。少人数の局なので、上司の支援という項目が悪ければ、明らかにその上司のことと分かる結果となっている。

明石支部では、労働安全衛生に関わる課題も直接交渉で取り組んできた。例えば、この夏も熱中症アラートが連日出る猛暑だったが、配達量が明日は少ないと分かると、局は配達員に有給休暇を消化させることで人員を減らす。その結果、配達量が少ないという余裕はなくなり、暑い中同じ配達量をこなさなければならなくなる。これは熱中症対策としてどうなのか、といった課題などで交渉を行った。

また、郵便局は人手不足で、労働強度を下げて、ゆとりのある職場を作らないと人材確保も出来ない状態だ。

郵便局の支部によっても雰囲気が違っていて、明石支部は労働者の物差しで交渉する。別の支部では、会社主導の仕事物差しで何事も行われ、メンタル不調で休む人が多いということがある。

全国同じ協約であるが、局によって労働条件の格差は大きい。業務上のことを労働者の責任にされ、なんでも労働者がなんとかしないといけないと思い込まされているので、会社に無理だ、会社がなんとかしてと言える職場にしていきたい。安全衛生についても、会社主導を組合主導にできるようにしていきたい思うと述べた。

メンタルヘルス労災相談・ハラスメント対策ほっとラインの報告(西山和宏:NPO法人ひょうご労働安全衛生センター)

西山和宏さん

ひょうご労働安全衛生センターの事務局長である西山和宏さんは、10月9、10日に実施した「メンタルヘルス労災相談・ハラスメント対策ほっとライン」の結果について報告し、職場の現状について改善するには労働組合の力が必要と話した。

全国9ヶ所に拠点を設けておこなったホットラインには、合計218件電話があった。昨年の97件から今回大幅に増加したのは、一部の拠点を除いて全国フリーダイヤルの同じ番号で利用しやすかったことと、NHKなどのテレビニュースの報道、地方紙への掲載などからだった。50代60代からの相談が多かったのは、やはりテレビ、新聞の効果で、若い世代はネットの方が情報を得やすいだろう。

ハラスメントの6類型別の件数は、身体的な攻撃が13件、精神的な攻撃が91件、人間関係からの切り離しが14件、過大な要求が27件、過小な要求が7件、個の侵害が11件だった。

西山さんが注目したのは、身体的な攻撃の内容だった。上司の気分で丸刈りにされ、新品のYシャツのボタンを全部ちぎられた、上司に首根っこを掴まれて壁にぶつけられた、こめかみを掴んで倒され暴力を振るわれて失神した、など犯罪である暴力が職場で起こっている。

職場内のギスギスした人間関係も見て取れる。労働者同士のコミュニケーションがない、PC作業ばかりで隣の人と話さない状態。また雇用形態の違いから、労働者同士も分断されている。同じ職場で同じ仕事をしていても賃金や労働条件が違うため、そのことについて話し合うことはなく、逆に隠してしまうのが今の状況だ。いじめ・嫌がらせの相談は多く、電話があると30分40分と時間がかかるが、ユニオンへの加入や労災認定につながることは少ない。パワハラの3要件になかなか当てはまらず、その場合の対応に二の足を踏むなど、取り組みが進まず、職場で問題が滞留している。

しかし、中心になって取り組んでもらいたいのは労働組合で、職場で話し合える環境をどう提供していくのか取り組みが必要だ。ストレスチェック制度についても、実施率は上がっていても職場改善につながっていない。これをどう改善が必要か智恵を出し合っていかなければならないと思う。努力義務であっても、組合が活用し、ハラスメント防止対策法についても、形だけ整えるのではなく実効が伴うよう組合で要求していく必要があると話した。

このセッションとしては、全国の労働安全衛生センターのメンバー、各労働組合の参加者と、職場でのメンタルヘルス対策が必要なこと、ストレスチェック制度の安全衛生委員会での活用もそのためのひとつの手法であることが共通認識となった。そのためにも労働組合の取り組みが重要なことが確認された。さらに最後に、今後も安全センターと労働組合、そして医療関係者、研究者、弁護士などの専門家が協力して取り組んでいこうということも、共通認識できた。(セッション司会・文責:田島陽子)

感謝と激励に応えてこれからも

18時から行われた記念パーティにも、たくさんの方の参加があり、年に一度しか会わない地域の活動家や安全センターや労組のOBの方々にも会うことができ、それぞれお祝いや激励の言葉をいただいた。この50年、たくさんの方に支えられてきたことを実感した日でもあった。

その感謝と共に、今後の活動について一層励む所存、よろしくお願いいたします。

関西労災職業病2023年11・12月549号