精神障害の労災認定基準改定~心理的負荷の出来事を統廃合、一部基準緩和も~

改正概要

2021年12月からはじまった精神障害の労災認定基準に関する専門検討会(以下、検討会)は、2023年7月報告書をまとめた。その後、パブリックコメントを経て、2023年9月1日、心理的負荷による精神障害の認定基準は改定された

7月に報告書がまとまった段階で、マスコミは認定基準が改定されることを報道したが、9月1日に改定された時点での報道は少なかった。

2011年に「心理的負荷による精神障害に係る業務上外の判断指針」から「心理的負荷による精神障害の認定基準」となってから、負荷となる出来事を付け加えるなどの小さな改定はあったが、今回は出来事表がかなり変わるなど、大きな改定となった。

新認定基準「心理的負荷による精神障害の認定基準について」(基発0901第2号令和5年9月1日)

どのような改定点があったか見ていこう。

厚生労働省が公表している「改正概要」(下表)は大きく3点をあげている。

  1. 業務による心理的負荷表の見直し
  2. 精神障害の悪化の業務起因性が認められる範囲を見直し
  3. 医学意見の収集方法を効率化

他にも改定点はあるが、これに沿って説明する。

心理的負荷による精神障害の労災認定基準の改正概要

業務による心理的負荷表の見直し

精神障害の認定の心理的負荷強度を判断するにあたって、別表1「業務による心理的負荷評価表(以下、評価表)」を使用する。まずは、「特別な出来事」とされる「心理的負荷が極度のもの」「極度の長時間労働」に該当する出来事が認められるかどうかを判断し、「特別な出来事」が認められる場合、心理的負荷の総合判断は「強」と判断され、業務上とされる。
「特別な出来事」が認められない場合は、評価表の「具体的な出来事」に当てはめて総合評価を行う。この「業務による心理的負荷評価表」の出来事を追加、あるいは類似した出来事を統合した。

改定前の出来事の数は37であったが、改定されて29となった。また、「心理的負荷の総合評価の視点」として書かれている項目が増え、詳しくなった。認定調査に当たって「実務要領」というものがあるのだが、そこに各項目の評価点として書かれていたような内容が、「視点」に追加された。「心理的負荷の強度を「弱」「中」「強」と判断する具体例」でも、「弱」の場合、「中」の場合、「強」の場合それぞれに、以前より記述が詳しくなった。

出来事「会社の経営に影響するなどの重大な仕事上のミスをした」は出来事「自分の関係する仕事で多額の損失等が生じた」と統合し、「多額な損失を発生させるなど仕事上のミスをした」と改め、「平均的な心理的負荷の強度」を「Ⅲ」から「Ⅱ」へ下げ、具体例も「中」とし、倒産を招きかねない損失などの場合を「強」とするとした。

出来事「達成困難なノルマが課された」と「ノルマが達成できなかった」は統合して出来事「達成困難なノルマが課された・対応した・達成できなかった」とした。

出来事「顧客や取引先から無理な注文を受けた」と「顧客や取引先からクレームを受けた」は統合して「顧客や取引先から対応が困難な注文や要求等を受けた」となった。この項目はあくまで業務上の内容とし、これとは別に新たに「顧客や取引先、施設利用者等から著しい迷惑行為を受けた」を負荷強度「Ⅱ」として設けた。これまでも問題となってきた「カスタマーハラスメント」と言われる業務の範囲を超えるようなハラスメントをこの項目で評価する。

仕事の量や質に関する出来事で、新たに「感染症等の病気や事故の危険性の高い業務に従事した」が設けられた。負荷強度は「Ⅱ」である。この項目は新型コロナウイルス感染症に対応した医療従事者などを想定したものであるが、他に危険性のある化学物質に曝される業務に従事するといったこともこの項目で評価する。過労死の労災認定状況の解説(本誌2023年8月号)でも触れたが、「医療・福祉」従事者の労災認定がここ3年急増しており、新型コロナウイルス感染症への対応の影響があったのではないかと思われる。2023年度にこの出来事で認定される件数がどのくらいあるかで、この関係性も少しわかるかもしれない。

出来事「配置転換があった」と「転勤をした」は統合し「転勤・配置転換等があった」とした。

出来事「非正規社員であるとの理由等により、仕事上の差別、不利益取扱いを受けた」は、「雇用形態や国籍、性別等を理由に、不利益な処遇等を受けた」に改められ、雇用形態以外での理由による差別的な取扱いも出来事とした。

「大きな説明会や公式な場での発表を強いられた」(負荷強度「Ⅰ」)、「仕事のペース、活動の変化があった」(負荷強度「Ⅰ」)も他の項目で評価できるとして表からなくなっている。

出来事「早期退職制度の対象となった」は、「退職を強要された」に統合された。

出来事「上司等から、身体的攻撃、精神的攻撃等のパワーハラスメントを受けた」については、2020年の改定で設けられた項目であるが、設けられて以来出来事の中で毎年請求件数も認定件数も一番多い。今後も増加する可能性が高いが、パワーハラスメントの判断については、どの程度であれば「強」と判断されるのか、争いが多い。今回、パワーハラスメントの6類型と言われる6項目を具体例に記述し、パワーハラスメントにあたるのか判断しやすくなり、その程度が強ければ、総合判断「強」となりやすいと思われる。

出来事「上司が替わった」と「同僚等の昇進・昇格があり、昇進で先を越された」は「上司が替わる等、職場の人間関係に変化があった」に統合された。

複数の出来事評価

本誌2022年10月号でも触れたが、検討会では複数の出来事の評価についても議論された。

これまで通り、単独では「強」と評価できない場合、それら複数の出来事について、関連して生じているのか、関連なく生じているのかを判断した上で、総合的な評価を行う。関連せずに出来事が複数生じている場合については、出来事が生じた時期の近接の程度、各出来事と発病との時間的な近接の程度を考慮して判断するのはこれまでと同じであるが、各出来事の継続期間、各出来事の内容、出来事の数等によって、総合的な評価が「強」となる場合もあり得ることを踏まえつつ、事案に応じて心理的負荷の全体を評価する、となっている。

これは単に出来事の数で足し算できるものではないという検討会の委員の意見を踏まえ、より事案の内容を精査して判断するよう促した文になっているように感じる。さらに、「それぞれの出来事が時間的に近接・重複して生じている場合には、「強」の水準に至るか否かは事案によるとしても、全体の総合的な評価はそれぞれの出来事の評価よりも強くなると考えられる」としている。

出来事が複数ある事案は多いと思われるので、これからは「強」になる出来事がなくても、複数の出来事が次々起こった場合など、それぞれの影響でより負荷が強くなることを考慮して、判断するように地方労災医員や各労働基準監督署は改めてほしい。

精神障害の悪化の業務起因性が認められる範囲を見直し

これまでの認定基準では、精神障害を発症して治療しながら就労している労働者について、疾病が悪化した場合、負荷評価表の「特別な出来事」があった場合のみ、悪化した部分について業務起因性を認めるとしていた。今回それに加えて、特別な出来事がなくとも、悪化の前に業務による強い心理的負荷が認められる場合には、当該業務による強い心理的負荷、本人の個体要因と業務以外の心理的負荷、悪化の様態やこれに至る経緯等を十分に検討し、業務による心理的負荷によって精神障害が自然経過を超えて著しく悪化したものと精神医学的に判断されるときには、悪化した部分について業務起因性を認める、とした。

これまで、「特別な出来事」がなければ、認定されることはなかったのが、少なくとも心理的負荷が「強」と評価されるような出来事があり、医学的にその負荷が疾患を悪化させたと認められれば、業務上と判断されることになる。

これは大きな改定と言えるだろう。

当センターで受けた相談でも、精神障害で投薬治療しながら働いている労働者が、長時間労働やパワーハラスメントにあって精神障害が悪化しても、「特別な出来事」の月160時間以上の時間外労働にあたらず、労災不支給となったケースがあった。しかも、最初の精神障害の発症も、長時間労働が原因で発症したと思われるが、当時、労働時間の記録がなく、長時間労働の証明ができずに労災請求できていなかった。

今後はそのようなケースが、労災認定される可能性が出てくる。

医学意見の収集方法を効率化

医学的意見と認定要件の判断については、1.主治医意見による判断、2.専門医意見による判断、3.専門部会意見による判断の3通りがある。

しかし、心理的負荷が「強」にあたる出来事があったことが明確で、主治医が判断した発症時期やその原因に合致する場合、1の主治医意見による判断となるが、件数の割合は少なく、ほとんどの場合は、出来事の心理的負荷の判断について2の専門医の意見か3の専門部会に意見を求めて判断する。特にハラスメントなどの案件や、出来事が複数ある場合などは、地方労災医員協議会精神障害専門部会の医師3名が合議して意見をまとめ、それに基づいて判断する。主治医の意見のみで判断した場合は、明らかに「強」と思われる出来事があるケースなので、ほぼ100%が業務上認定されるが、専門医意見、専門部会の意見の場合は業務外と判断される割合が高い。特に専門部会の合議にかかる事案で、業務上と判断される件数は非常に少ない。

今後は、専門医の意見で判断される事案が増えることになる。検討会の当初の目的のひとつ、調査の迅速化は図れるとは思うが、専門医が合議でないことからより業務上と判断することにより慎重になることも考えられるので、業務上外の判断になんらかの影響があるかもしれない。

治ゆの考え方

療養及び治ゆという項目に、療養期間について言及した部分がある。そこで「例えばうつ病の経過は、未治療の場合、一般的に(約90%以上は)6か月~2年続くとされている。また適応障害の症状の持続は遷延性抑うつ反応(F43.21)の場合を除いて通常6か月を超えず、遷延性抑うつ反応については持続性は2年を超えないとされる」と治ゆの目安を示している。

実は検討会の議論の中では主治医に対して、傷病名による治ゆまでの期間の目安を示すという案があった。長期療養者を減らし、社会復帰を促す狙いであったようだが、全国労働安全衛生センター連絡会議として、主治医が目安に従って労災を打ち切りにしなければならない、もしくはそれ以上は労災が適用されないという誤解をする恐れがあり、被災者が充分な治療を受けられないなどの悪影響を与える可能性があること、また、打ち切れば被災者のその後の生活をどうするのか、就労できない場合の補償や職場復帰について十分な支援があるかなど先に対応すべき問題が多く、療養期間の目安を示すことに強く反対すると意見を送った。そのためかどうかはわからないが、とりあえず、治ゆの期間についての記述は、上記のように目安に触れているものの、主治医に目安を考慮して打ち切るように示すということにはならなかったので、よかった。

以上のような改定があったわけだが、施行後年度末まであと7か月あるので、労災認定状況にどのような影響があったかは、来年わかることだろう。

今後、実務担当者のために実務要領も作成されるので、そちらも入手して再度詳細を検討したい。

関西労災職業病2023年10月548号