激増する転倒災害:急がれる転倒防止・腰痛予防対策強化

政府の対策で歯止めはかかるか

休業4日以上の死傷災害で最も多いのは、「転倒」だ。2022年は35,295人で、全体(132,355人)の26.7%を占めている。2005年以降トップを占め続けている。しかも「動作の反動・無理な動作」(15.8%)とともに、こうした行動系の災害は、著しい増加傾向を示している(下図)。

業種別で調べると小売業や介護施設等での増加が大きく、いわゆる第三次産業で増加が著しいことがわかる。そして労働者全体に占める高年齢者の割合が増加していることは、増加に大きく寄与しているのは明らかだ。
4月にスタートした第14次労働災害防止計画でも、行動系災害の防止対策推進が重点対策の一つとして取り上げられているが、本当に政府による対策などによって歯止めをかけることができるのだろうか。ここ数年、厚生労働省はこの問題について、いくつかの取り組みを進め、その経過を公表している。

転倒対策は「指導」から「育成」へ

一つは有識者ヒアリングを実施しまとめた「職場における転倒・腰痛等の減少を図る対策の在り方について【提言】」(2022年3月31日)がある。

提言は次のようなものだ。

  • 転倒・腰痛等を取り巻く課題や背景要因の的確な把握
    転倒・腰痛等の予防対策の普及を効果的にするため、物理的要因や心理的・内的要因なども含む災害情報に基づくリスク要因の深掘りや、災害予防を促進する要因・阻害する要因の把握など、エビデンス等を収集・調査研究すべき。
  • 企業・労働者の行動変容を促すための情報発信と関係者との連携
    (1)現状分析とその周知を十分に行った上で、ポジティブなキーワードを用いて転倒・腰痛等予防の取組を推進すべき(安全衛生対策を経営上のコストと捉えている企業にも経営に有効であることを認識・経営に反映してもらうことが必要。)。
    (2)関係機関・関係団体との連携を強化するとともに、周知啓発に協力してもらえる専門家を育成・活用することが必要である。
    (3)行政機関の意識を「指導」から「育成」にシフトしていく意識改革が必要。
  • 企業、労働者、関係団体の主体的な取組の促進と、必要な制度等の見直しと新たな切り口による取組
    (1)これまでの行政における取組状況と効果を検証し、転倒・腰痛予防対策を効果的、実効的に推進するために、効果のあった取組については継続しつつ、低調なものについては見直しを推し進めるべき。
    (2)現場の実態に即した、企業の主体的取組による災害予防の取組や効果の高い予防対策が促進されるよう、安衛法令をはじめ現行制度の見直しを検討すべきではないか。
    (3)企業の自主的な取組を促進させる支援、インセンティブ制度を拡充させるべき。
    (4)具体的かつ効果的な普及啓発の在り方を検討し、推進していくべき。
    (5)その他

労働安全衛生法にもとづき、事業者に義務付けられた災害防止のための措置を中心に据えた、厚生労働省の施策について、そもそものところから検討が必要なものが含まれる提言といってよいだろう。

たとえば、労働安全衛生法第24条は「事業者は、労働者の作業行動から生ずる労働災害を防止するため必要な措置を講じなければならない。」としているが、これをやれという具体的な措置は省令でも示していない。第20条で「次の危険を防止するため必要な措置を講じなければならない。」として、省令で様々な機械や設備などについてとるべき措置を規定しているのとは大きく違う。

かろうじてそれらしい省令としてある労働安全衛生規則第544条(作業場の床面)は、「事業者は、作業場の床面については、つまづき、すべり等の危険のないものとし、かつ、これを安全な状態に保持しなければならない。」となっている。これ以上の表現はしようがないだろうが、やはり具体的な措置義務を読み取りにくい。

また、行政機関(労働基準監督署)の意識を「指導」から「育成」にシフトしていく必要というのはどうだろう。たしかに個々の職場の状況に対する取り組みとしてはリスクアセスメントの手法の取入れは、指導より育成ということになるだろう。

具体的な「措置」とは多岐にわたる転倒・腰痛対策

そして厚生労働省はこの提言に引き続く形で、2022年5月13日に「転倒防止・腰痛予防対策の在り方に関する検討会」を設置した。同年8月30日まで4回の検討会を開催し、中間的なまとめとして「検討事項の中間整理」を公表しているので、その全文を稿末に紹介する。

この中間整理によれば、スマホでの報告を可能にするなど労働者死傷病報告の仕組みの大幅な改善により、対策強化につなげることや、モジュール化した動画も活用した安全衛生教育など、従来の安全衛生行政の手法にとらわれない方法の活用も提案されている。また、高年齢者の転倒による骨折災害など、療養休業期間の長期化により、事業経営自体にも影響を及ぼす状況について見える化を図ることなど、これまでの施策で何ら取り組みがなされてこなかった点についても多く言及するものとなっている。

また、この検討会は、継続して行われることとされており、転倒対策についての措置義務の具体的内容の提示方法などは今後の課題とされている。

さらに、安全・衛生委員会等についても、設置義務のない事業場の安全衛生管理の在り方についても、労働者の声をより反映しやすくする観点から引き続き検討するとしている。

10月10日(10=テン月10=トウ日)は日本転倒予防学会が制定する「転倒予防の日」だそうだ。転倒激増の現状からすると、記念日?もあながち笑い話とはならない。とりあえずは、この中間整理で打ち出された施策の具体化と、さらに検討会の議論の進捗に注目したい。

転倒防止・腰痛予防対策の在り方に関する検討会
検討事項の中間整理

令和4年9月27日

1 検討会の趣旨・目的、開催状況等

(1)検討会の趣旨・目的

国は、第三次産業における労働災害防止対策を第13 次労働災害防止計画における重点事項の1つに位置付け、その推進を図ってきたところであるが、計画期間中を通して労働災害は増加しており、特に増加が顕著な小売業や介護施設等を中心に、その対策の見直しが喫緊の課題となっている。中でも大きく増加している「転倒」や「動作の反動・無理な動作」といった作業行動に起因する災害については、骨折や後遺症を伴う重大なものが散見される、対策が重要な災害である一方、その発生メカニズムは労働者の個人要因の影響も大きいため、従来型の災害と同様の対策では、十分な成果を挙げることができていない状態にある。このため、関係者や有識者の参画を得て、転倒防止・腰痛予防対策の在り方及び具体的な対策の方針について、規制の見直しも念頭に置いた検討を行うこととする。

(2)検討会構成員《略》
(3)これまでの開催状況《略》

2 これまでの検討結果

以下の取組について、次期労働災害防止計画の内容として位置付けて進めていくべきである。ただし、(3)ア及び(4)アについては、その在り方等について本検討会において引き続き検討を行うこととする。

(1)エビデンスに基づいた対策の推進

転倒・腰痛等の予防対策の基礎となる課題やニーズを的確に把握し、エビデンスに基づいた対策の推進のため以下の取組が必要である。

ア 労働災害統計の基となる労働者死傷病報告(以下「報告」という。)について、デジタル技術の活用により、災害が発生した状況、要因等の把握が容易となるよう見直すべき。具体的には、スマートフォン等でも「労働安全衛生法関係の届出・申請等帳票印刷に係る入力支援サービス」から直接、電子申請が可能となるよう必要なシステム改修を行うことにより、報告は原則として電子申請とし、報告者の負担軽減や報告内容の適正化、統計処理の効率化等をより一層推進すべき。

イ 厚生労働省と独立行政法人労働者健康安全機構労働安全衛生総合研究所との連携の下に、上記アによって収集した情報の分析や、転倒や腰痛の発生・予防と密接に関係がある分野の研究者との連携も含め、必要な体制を構築した上で、転倒・腰痛の減少を目的とする調査・研究を総合的に推進していくべき。

ウ 「労働安全衛生調査」等も活用して、報告のみでは収集できない情報(事業場における取組、労働者の意識に係る情報等対策に必要な情報)も収集・分析していくべき。

(2)安全衛生教育の在り方、関係者の意識改革

小売業や介護施設をはじめとした第三次産業では、人手不足により業務多忙が常態化していること、顧客や利用者への対応が最優先とされる慣習があること等から、労働者への雇入時教育等の安全衛生教育が適切に実施されているとはいえない実態がある。また、転倒や腰痛は、重篤な災害ではないという思い込みの広がりや、日常生活でも発生し得る災害であることから、事業者や労働者が職場の問題として対策に取り組む必要性の認識が低い傾向にあるため、事業者や労働者の意識改革を図り、取組の動機付けとなるよう、以下の取組が必要である。

ア 労働者への雇入時教育等の安全衛生教育やその責任者への教育については、一定時間の座学等の既存の手法にとらわれず、教育内容をモジュール化して短時間の動画にして、アプリ等も活用して短時間で効率的・効果的に教育を行うことができる方法を提示するなど、業界の実態や就業者の特性も踏まえたものにしていくべき。なお、新たな教育ツール等の作成に当たっては、行政においてこれまでに様々なツールを作っているものの活用されていない理由(業種のミスマッチ等も含む)も分析した上で作成する必要がある。

イ 転倒・腰痛災害による経済的損失等の「見える化」を図り、企業や業界にとって経営上対処すべき課題であることとの認識が深まるよう取り組むべき。その際、労災保険の情報を基に実休業日数等についても「見える化」を図るべき。

ウ 単に転倒・腰痛等の労働災害の防止が事業者の責務であることにとどまらず、取組が生産性の向上等経営上のメリットにも繋がることも事業者に訴求していくべき。

エ 「健康経営」等の関連施策と連携し、具体的取組メニューの提示と実践に向けた支援等を図ることにより、企業における転倒・腰痛対策の促進を図るべき。

オ 取組が進むよう、ナッジの活用等行動経済学の手法を取り込んでいくべき。なお、労働基準監督署は指導だけでなく、企業の自主的な取組を支援する存在であるべき。

(3)業種や業務の特性に応じた取組

転倒・腰痛等の防止のための具体的な手法等を定め、労使による取組を促進していくため、以下の取組が必要である。

ア 転倒災害防止のため、転倒から被災に至るまでのメカニズムに着目し、それぞれの段階におけるリスクの見える化とそれを踏まえたハード・ソフト両面からの対策等、事業者が講ずべき具体的措置の手法を明示すべきである(労働安全衛生法第24条に基づき、労働者の作業行動に起因する災害の防止を事業者に義務付けている一方、具体的な内容について厚生労働省令で示されていないという点や、労働安全衛生規則第544条に基づき、作業場の床面については「つまずき、すべり等の危険のないもの」とすることが規定されているが具体的な内容までは示されていない点なども踏まえ、その具体的方法については、本検討会において引き続き検討する。)。

イ 転倒・腰痛災害防止のため、事業者が労働災害防止対策に取り組む必要性や意義の説明に加えて、小売業や介護施設をはじめとする第三次産業において取組が進んでいない基本的対策を、業界の実態に応じ、事業者及び労働者が理解して取り組める形(例えばチェックリスト等)でとりまとめて周知することで、取組の定着を図っていくべき。

ウ 介護職員の身体の負担軽減のための介護技術(ノーリフトケア)や介護機器等の導入など既に一定程度の効果が得られている腰痛の予防対策については、積極的に普及を図るべき。

エ 腰痛予防のため、作業管理、作業環境管理、健康管理及び労働衛生教育等の取り組むべき対策を示した職場における腰痛予防対策指針があるが、効果的な対策を講ずるために、腰痛の発生が比較的多い重量物取扱い作業等について、事業者や研究者の協力を得つつ発生要因をより詳細に分析し、効果が見込まれ、かつ実行性がある対策を選定すべき。あわせて、事業者等の協力を得つつ実証的な取組を行い、効果が得られた対策を積極的に周知・普及していくべき。

オ 転倒防止のため、滑りやつまずき等を防ぐよう、まずは段差の解消や清掃などの基本的な取組を徹底した上で、既存の技術で開発が可能なのにもかかわらず第三次産業向けの開発が進んでいない器具や設備等の開発促進・普及を図るべき。あわせて、転倒・腰痛予防に資する新たな技術・テクノロジーについても調査し、職場での普及を図っていくべき。

(4)職場における対策の実施体制の強化

小売業や介護施設においては一般に、必ずしも店舗や施設といった事業場単位で安全衛生管理を行う環境が整っていないことや、シフト制により業務に従事する労働者が多い実態等を踏まえ、実効ある安全衛生管理の確保のため、以下の取組が必要である。

ア 現行の安全・衛生委員会等に加えて現場の労働者の声をより反映しやすくする補完的な取組や、企業全体として安全衛生水準を向上させようという事業者を後押しするため、安全・衛生委員会の設置義務のない事業場の安全衛生管理の在り方について検討すべき(本検討会において引き続き検討する。)。

イ 職場における対策の効果的な推進のため、労働局における「+Safe(SAFE)協議会」の枠組により自治体の健康増進事業等と連携した取組を推進すべき。あわせて、自治体によっては「ノーリフトケア」等に取り組む介護施設等優良事業場を公表し、安全衛生水準の底上げを図ることで人材の確保につなげているところがあるため、そのような好事例の展開を図るべき。

(5)労働者の健康づくり等

転倒災害や腰痛などの労働災害は、事業者が適切な作業環境を確保し、適切な作業方法を定めることにより、その発生リスクを低減させることが第一であることはいうまでもないが、これらの災害は、加齢による筋力低下や認知機能の低下、焦りや注意力の欠如等個々の労働者の心身の状況が大きく影響しており、労働者ひとり一人が事業場における取組や地域における取組も活用しながら心身の健康の維持・向上に努めていくことが重要である。このため、国として以下取組を進めることも必要である。

ア 労働災害防止のため事業場において理学療法士等も活用して労働者の身体機能の維持改善を図ることは有用であり、国はそのための支援体制を拡充すべき。

イ 若年期から運動やスポーツを通じて筋肉量や持久力などを維持していくことが必要。このため、スポーツ庁(「Sport in Life プロジェクト」等)と連携してスポーツの習慣化を進めるべき。

ウ 労働者自身による健康状況の継続的な把握と、骨密度、「ロコモ度」、視力等の転倒災害の発生に影響するリスクの「見える化」により労働者の健康づくりを促進すべき。その際、自治体・保険者等が提供する健康増進事業等の活用を促し、ヘルスリテラシーを高めるなどの方法も考えられる。

(6)中小企業等事業者への支援

労働力の更なる高齢化を見据え、身体機能の低下を補う設備・装置の導入等について、中小企業等事業者を国が引き続き支援していくべき。

関西労災職業病2023年7月545号