アウトプット指標、アウトカム指標で労働災害減少達成へ~第14次労働災害防止計画がスタート
第13次災防計画の数値目標達成状況は?
厚生労働省は2023年4月を起点とし、2027年度が終わる2028年3月までの5年間を計画期間とする第14次労働災害防止計画を策定、3月に公表した。
労働災害防止計画は、昭和20年代の戦後復興期以降、労働災害が急増し続けていた1958(昭和33)年に閣議決定によって策定された「産業災害防止5ヵ年計画」が最初で、その後1964年に制定された「労働災害防止団体等に関する法律」により、法律に定めのある制度となった。さらに労働安全衛生法が制定された1972年には、同法に引き継がれ、「第2章 労働災害防止計画」の第6条~第9条に規定される計画となっている。つまり、今年3月までの第13次で65年間にわたり、日本の労働災害防止のための施策推進の長期的な指針が定められてきたということになる。
労働災害防止計画は5年という長期計画なので、当初より目標となる数値が設定されてきた。たとえば前年の労働災害死亡者数が5621人だった第1次災防計画は、死傷災害発生件数を5年で半減させると目標をたて、次の1963年の第2次では労働者千人当たり死傷災害発生率を概ね半減させるとした。この時期の日本の労働災害発生状況は厳しい状況にあり、目標を達成するには至らず、以降の計画では目標を「大幅な減少を図る」のような表現が目立つようになる。
しかし2003年の第10次災防計画あたりからはより具体的な数値目標の設定がなされるようになる。たとえば同計画では「計画期間中における労働災害総件数を20%減少させること」とした。
さらに2008年の第11次災防計画では、「ア 死亡者数について、2012年において、2007年と比して20%以上減少させること、イ 死傷者数について、2012年において、2007年と比して15%以上減少させること。ウ 労働者の健康確保対策を推進し、定期健康診断における有所見率の増加傾向に歯止めをかけ、減少に転じさせること。」とより具体的な設定となった。
労働安全衛生マネジメントシステムに関する指針が策定されたのが1999年であり、労働安全衛生施策においても、目標達成へむけてPDCAサイクルを回す観点から、明確に数値目標が掲げられるようになったといってよい。
第13次災防計画で掲げられた数値目標は次のようなものだった。
①死亡者数を2017年と比較して、2022年までに15%以上減少させる。
②休業4日以上死傷者数を5%以上減少させる。
③重点とする業種の目標
・建設業、製造業及び林業について、死亡者数を15%以上減少させる。
・陸上貨物運送事業、小売業、社会福祉施設及び飲食店については、死傷者数を死傷年千人率で5%以上減少させる。
④ 上記以外の目標
・仕事上の不安、悩み又はストレスについて、職場に事業場外資源を含めた相談先がある労働者の割合を90%以上(71.2%:2016 年)とする。
・メンタルヘルス対策に取り組んでいる事業場の割合を80%以上(56.6%:2016年)とする。
・ストレスチェック結果を集団分析し、その結果を活用した事業場の割合を60%以上(37.1%:2016年)とする。
・化学品の分類及び表示に関する世界調和システム(GHS)による分類の結果、危険有害性を有するとされる全ての化学物質について、ラベル表示と安全データシート(SDS)の交付を行っている化学物質譲渡・提供者の割合を80%以上(ラベル表示60.0%、SDS 交付51.6%:2016年)とする。
・第三次産業及び陸上貨物運送事業の腰痛による死傷者数を死傷年千人率で5%以上減少させる。
・職場での熱中症による死亡者数を2013年から2017年までの5年間と比較して、2018年から2022年までの5年間で5%以上減少させる。
歯止めが利かない死傷者数増加傾向
第13次の数値目標の達成状況はどうなったかというと、死亡災害は2017年の978人に対し2022年で774人(新型コロナウイルス感染症へのり患によるものを除いたもの、死傷者数についても同じ)なので、21%の減少となり、目標の15%を上回った。死亡者数について、業種別で重点目標となった建設業、製造業、林業の各業種については、それぞれ13%、13%、30%の減少となっており、目標値と近い数字を示すものとなった。
しかし、休業4日以上の死傷者数については、2017年の120,460人に対し、2022年は132,355人で10%の増加となり、5%減少させるという目標とは相反する結果となった。
死傷者数の横ばい又は漸増傾向は、2000年頃から続いており、とくに2022年は増加の程度が大きく、過去20年で最多となっている(図1参照)。
2306第14次災防計画図1これを事故の型別で分析すると、「転倒」が最多で腰痛等の「動作の反動・無理な動作」が次に多く、合わせて全体の4割を超え、さらに増加している。年齢別では、60歳以上が全死傷者数の約4分の1を占めていて、増加している。
これらの特徴から死傷者数全体の増加傾向は、転倒などの行動系の災害と、高年齢の労働者の災害の増加がその要素となっていることが分かる。
検証重視、第14次災防計画の指標設定
さて、この4月からスタートした第14次労働災害防止計画は、第13次の総括をもとに次の8つの重点対策を掲げている。
(1)自発的に安全衛生対策に取り組むための意識啓発
(2)労働者(中高年齢の女性を中心に)の作業行動に起因する労働災害防止対策の推進
(3)高年齢労働者の労働災害防止対策の推進
(4)多様な働き方への対応や外国人労働者等の労働災害防止対策の推進
(5)個人事業者等に対する安全衛生対策の推進
(6)業種別の労働災害防止対策の推進
(7)労働者の健康確保対策の推進
(8)化学物質等による健康障害防止対策の推進
そして第14次災防計画がこれまでと大きく異なっているのは、これらの重点目標について、アウトプット指標とアウトカム指標をそれぞれについて示していることである。これまでのように目標となる結果の数値を示して、そのための対策を列挙するだけというスタイルはとらない。
アウトプット指標として設定する数値について「事業者は、後述する計画の重点事項の取組の成果として、労働者の協力の下、これらの指標の達成を目指す。国は、その達成を目指し、当該指標を用いて本計画の進捗状況の把握を行う。」とし、指標の位置づけを明確にする。
そして「アウトプット指標を達成した結果として期待される事項をアウトカム指標として定め、本計画に定める実施事項の効果検証を行うための指標として取り扱う。」とする。つまり、施策として事業者や国が行動し、その結果として現れることが予想されるのがアウトカム指標だ。
したがって「アウトカム指標に掲げる数値は、一定の仮定、推定又は期待の下、試算により算出した目安であり、計画期間中は、従来のように単にその数値比較をして、その達成状況のみを評価するのではなく、当該仮定、推定又は期待が正しいかどうかも含め、アウトプット指標として掲げる事業者の取組がアウトカムにつながっているかどうかを検証する。」としている。
計画の進捗状況はアウトプット指標によって把握し、予想した結果の数値にどのようにつながるかを期間中に検証しつつ計画は進められる。
増加する行動系災害への対策強化は?
重点対策の「(2)労働者(中高年齢の女性を中心に)の作業行動に起因する労働災害防止対策の推進」は、近年の死傷病報告件数の「事故の型」別のトレンドから導き出された対策である。労働災害といえば、かつては「はさまれ・巻き込まれ」等の設備によるものであったり、「墜落・転落」が代表的なものだった。
1990(平成2)年まで「はさまれ・巻き込まれ」がトップで翌年から「墜落・転落」がトップになるが、両方とも順調に減少していく。やがて2005(平成17)年には「墜落・転落」に替わって「転倒」がトップに躍り出、そのまま現在に至る。しかも「転倒」は減少するどころかその後、増加の一途をたどっている。また同じように増加する「動作の反動・無理な動作」とともに、ついには全死傷災害の4割を超えるまでになっている(図2参照)。
2306第14次災防計画図2「転倒」災害を年齢別、男女別に分析すると、女性の場合60代後半は20代の約16倍となっていて(図3参照)、また業種別の死傷災害件数では介護職場を含む医療・福祉職場や小売業が顕著な増加を示し続けている。
2306第14次災防計画図3
これらの状況から示されたアウトプット指標は次のとおりだ。
・転倒災害対策(ハード・ソフト両面からの対策)に取り組む事業場の割合を2027年までに50%以上とする。
・卸売業・小売業及び医療・福祉の事業場における正社員以外の労働者への安全衛生教育の実施率を2027年までに80%以上とする。
・介護・看護作業において、ノーリフトケアを導入している事業場の割合を2023年と比較して2027年までに増加させる。
これを受けて設定されたアウトカム指標は次のとおり。
・増加が見込まれる転倒の年齢層別死傷年千人率を2027年までに男女ともその増加に歯止めをかける。
・転倒による平均休業見込日数を2027年までに40日以下とする。
・増加が見込まれる社会福祉施設における腰痛の死傷年千人率を2022年と比較して2027年までに減少させる。
「歯止めをかける」「減少させる」と数値目標を掲げていないが、ここ毎年5%増加しているものを減少に転じさせるという指標は具体的なものということになる。ノーリフトケアというハード面の対策や、卸売り・小売業で非正規社員の安全衛生教育実施の比率など、まずは確実なアウトプット指標の履行がどう実現できるかが問題となるだろう。
高年齢労働者の労働災害対策は?
「(3)高年齢労働者の労働災害防止対策の推進」はどうだろうか。高年齢者雇用安定法の改正により、企業は65歳までの雇用を確保し、70歳までの就業機会を確保する努力が求められている。当然職場における高年齢労働者の比率は増えることとなり、全年齢の死傷者数にしめる60歳以上の割合はさらに増加している(図4参照)。
2306第14次災防計画図4年齢別・男女別の死傷年千人率をみると、65~74歳は30歳前後の最小値と比べると、男性で約2倍、女性で約3倍となっている(図5参照)。
2306第14次災防計画図5アウトプット指標は、「高年齢労働者の安全と健康確保のためのガイドライン」に示されている職場改善等の取り組みを実施する事業場の割合を50%以上にするというものだ。これに対応するアウトカム指標は、「60 歳代以上の死傷年千人率を2027年までに男女ともその増加に歯止めをかける。」とされている。
ガイドラインの存在は、2021年のアンケートで「知っており、かつ、当該ガイドラインに基づいて取り組んでいる」事業場の割合は11.2%だったという。これをこれからの5年間のうちに50%に引き上げ、結果となるアウトカム指標としては死傷年千人率の増加に歯止めをかけるとする。ある意味野心的な指標設定といえるが、期間中の検証が大事な項目といえるだろう。
計画期間中に検証が大事
8つの重点対策として掲げられたアウトプット指標、アウトカム指標は次ページ表1のとおりだが、今後5年間の国による施策の展開と事業者の行動、そしてその効果の期間中も含めての検証が期待されるところだ。もちろん公表されるその時点での数値等にもとづき、各界から計画の修正につながるような議論が起こっても良い。今後、注目されるところだ。(事務局・西野方庸)
230619第14次災防計画表1関西労災職業病2023年6月544号