労災受給の権利を事業主から守れ!/メリット制廃止の院内集会参加レポート●東京
まさに五月晴れだった5月22日、衆議院第一議員会館にて、「労災被災者の生活と権利を守り、労災保険料のメリット制の廃止を!!」と題された院内集会が開催された。
当日、議員会館に入ってすぐの待合スペースで、犬が3匹ほど行儀よくしていた。犬もメリット制に反対なのかと感心していたら、トレーナーらしき人たちに連れていかれた。どうやら、メリット制の院内集会の隣で、介護犬の扱いに関する集会が行われていたようである。メリット制とは関係なかったが、犬も活動家になる時代なのだ。
それはさておき、メリット制廃止への院内集会の話。今回の集会の目的は、議員やマスコミに、メリット制のせいで起こっている問題を認識してもらうことだ。なので、集会の内容は、集まってくれた人々の前で、メリット制があることによって起こる問題について数名が講義をし、質疑応答して終了というものだった。
講義の内容はややこしいので、後で私なりにまとめるとして、集会には、社民党の福島みずほ議員、立憲民主党の岸まきこ議員と、石橋みちひろ議員の秘書、日本共産党の宮本徹議員が参加し、また、共同通信、朝日新聞等のマスコミも数社取材に来ていた。目的であった議員やマスコミへの問題周知と顔つなぎとしては、成功だったと思う。
さて、講義+質疑応答の内容を、私なりにまとめてみる。私も集会に参加するまで、今回の問題がどこにあるのかよくわかっていなかったので、このまとめで、読んだ方々の問題意識を喚起できれば幸いである。
まず、そもそも労災保険料のメリット制とは何か。これは、一般の保険にもよくあるシステムで、要は、労災が起こってない会社は保険料を安くし、労災が起こっている会社は保険料を高くしますという制度である。実はかなり古くからある制度で、1951年に運用が始まっている。
ではなぜ、そんな昔からある制度に対して、今さら廃止を求めているのか。発端は、2022年12月13日の厚労省から出た、「労働保険徴収法第12条第3項の適用事業主の不服の取扱いに関する検討会」報告書という報道発表である。
まず、事業主が、労災の支給決定に対して不服を申し立てしたとしても、事業主は処分を受けた当事者ではないので、厚労省はこれを受け付けられない。これは、今までもこれからも変わらない。だが、2022年12月の発表によると、事業主が、「労災の支給決定については文句言いまへん。せやけど、この事故、わてのところには責任おまへんでっしゃろ。メリット制に反映させて、うちの保険料上げるのは勘弁してくれまへんか?」という主張をするなら、厚労省としては、当事者なので、審査請求を受け付ける、というのである。
メリット制に反映させるのを勘弁するというのは具体的にどういうことかというと、一旦支給が決定したこの事故が、実は支給要件を満たしていなかったとして決定をひっくり返すことである。要は結局、メリット制が適用されている企業の事業主は、労災の支給決定に対して、文句を言うことができるようになってしまったのだ。ただし、厚労省が2023年1月に出した通達では、行政訴訟で決定が逆転したとしても、労災給付決定を取り消すことはしないとしており、被災者には影響がないように思える。
ところが、被災者にかかわる大きな問題が三つあるのだ。
一つ目の問題は、この被災者の、上乗せ補償が要求しにくくなることである。通常、休業時に労災保険から補償される金額は給与の60%分であり、それ以上の40%分をもらおうとすると、企業に談判するしかない。(正確には、被災者は休業補償にプラスして特別支給金が20%もらえるので、それも考慮した話し合いになることも多い。)その際、労災の決定が揺るがないものなら、国が企業の責任を認めているわけなので、交渉も有利に進められる。しかし、労災の決定が変わる可能性があるなら、企業は、最後まで責任の所在について争ってくるだろう。
二つ目の問題は、今後の労災の支給決定がされにくくなるということである。労災請求について、労働基準監督署の担当者が、のちに行政訴訟を起こされることを憂慮し、事業主の主張に沿った対応や検討に重きをおいてしまうことが予想される。また、支給が間違えていましたとなった場合、それより後に起こる類似の案件は、支給の決定がされにくくなるだろう。
三つ目の問題は、将来的に、本当に通達通りに被災者の補償が守られるのかということである。労災支給決定に、事業主は口を出せないという、労災保険制度が始まったときから続く労働者保護の大原則を、たった2回の研究会で反転させてしまうような政府だと、いつ、被災者に、やっぱり支払った労災支給金を返還してくださいと言い出すかわかったものではない。また、現在も係争中の、あんしん財団事件では、この2023年1月の通達が出る前に、メリット制での保険料への影響を理由に、事業主に、労災支給決定に対する裁判の、原告適格が認められてしまっている。よってこの裁判では、被災者の補償が守られない可能性がある。この判決次第では、今後の、支給金の保護がなし崩し的になくなったりすることも考えられる。
このような問題をはらんだ報道発表や通達を厚労省が出してしまったため、それを見た有志が、なんとかこれを撤回させねばならん、ということになったのであるが、公式の通達として出ているうえ、あんしん財団事件を筆頭とするいくつかの事件で司法が事業主の介入を認めてしまっているため、この不服申し立てに関する変更自体をやめさせるのは困難である。ではどうするのか。
だったら、メリット制自体を廃止にすればよい。そうすれば、事業主は労災支給決定に不服を言う根拠を失うはずだ。これが、今回のメリット制廃止運動の流れである。
メリット制自体も、施行当時からたびたび問題になっている制度である。
よく争点になるのは、①労災防止の動機付けに本当になっているのか、②労災隠しの動機付けになっていないか、③メリット制は、ある程度以上の規模の会社でないと適用されないルールになっている。そして、労災というのはそんなたびたび起こることでもないので、適用された会社の9割は保険料が安くなっている。これは、中小企業の負担を間接的に増加させていないか、④もともとメリット制は労災の赤字を何とかするために作られた制度だが、黒字転換している現状、目的が形骸化していないか、などである。
今回は、その辺のことや、その他の問題点を徹底的に突いて、メリット制を廃止させ、ひいては事業主が労災支給決定にちゃちゃを入れるのを防ごう、ということである。
以上が、講義の内容を私なりにまとめたものだ。読んでいておかしい点があったら、関西労働者安全センターまでご連絡をください。話し合いましょう。
実は、私自身は、メリット制自体は、そんな喫緊に廃止しないといけないほどの悪い制度とは思っていない。ただそれが、決定した労災支給を取り消されるようなことにつながるのであれば、それを防ぐ手段として、廃止しちゃう分にはいいと思う。70年以上も続いてきた制度なので、そう簡単にはいかないだろうが。
全国安全センターの、今後の活動方針として、まずはこの制度を利用した不服申し立ての裁判記録を、議員を通して質問して集めて、メリット制廃止の筋道をたてようとしているところである。私も可能な限りお手伝いしていく所存だ。(事務局 種盛真也)
労災保険制度における事業主不服申し立て制度の導入に反対する緊急声明 2022年10月31日/全国労働安全衛生センター連絡会議
労災認定自体でも保険料認定を通じてでも、労災認定に対する事業主不服申立制度には反対-根本的な対応はメリット制の廃止(2022年12月20日)全国安全センター
関西労災職業病2023年6月544号