酪農技能実習生が牛に顔面蹴られ重傷、治療費しか労災にせず●青森

外国人技能実習生のAさんは、2020年に来日し、青森県B町のC社という牧場で働いている。業務は乳牛の搾乳であったが、2021年3月12日の早朝、作業をしようとしたところ牛の後足で顔面を蹴られ重傷を負った。幸い脳に異常がなかったものの、600キロ以上の生き物に全力で蹴られて無事でいられるはずもない。左目の下が大きく裂け、その縫合痕が残ったほか、視力の低下も認められた。

事業所は就業中のケガということで、労災保険の療養補償給付請求を行い、休業したはじめの3日間について休業補償を行っている。そこまでは問題ないのであるが、負傷当初は痛みで起き上がることもできなかったため、しばらく自宅で安静し、ケガの状態を確かめるために、近医を受診した際に就業に差し支えないかどうか確認してようやく職場に復帰した。

その後再診はなく、症状固定といえる状態にまで回復したが、目の下の大きな傷跡は顔の腫れが回復するにしたがって目立つようになってくる。さらに、事業所と監理団体であるD協同組合は結託して誤った情報をグエンさんに伝えていた。

すなわち、休業補償は最初の3日間しか支給されないと言うのである。

業務上負傷・疾病を理由で休業した場合、労働基準法によると事業所が休業補償を支払わなくてはならないことになっているが、その負担を軽減するのが労働者災害補償保険である。休業開始後3日間の補償が労働者災害補償保険から出ないということは、最初の3日間くらい会社で責任を取れ、という意味で、支払い能力が十分あるのであれば、その後の休業補償も事業所で負担すればよいのである。労災保険の休業補償給付の請求もしてもらえず、事業所からも休業補償も支払ってもらえなかったAさんはさぞかし心細い思いをしたことだろう。

最初にAさんから相談を受けたのは2022年1月23日であった。

受傷後10か月が経ち、先述のとおり障害が残っているものの、事業所も、事業所で適正な技能実習が行われているか監督する役割を担う監理団体もまったく関心を払ってくれないため、当方に相談することにした。オンラインで負傷の現状を聴取し、現在残る症状について申立書を作成した。そして、休業補償給付支給請求書と、障害補償給付請求に添付する診断書の様式、医療機関への依頼状を自宅に郵送したのだが、本人が受け取る前に事業所に取り上げられたうえ無断で開封されてしまった。その結果、Aさんは監理団体であるD協同組合から叱責を受ける。監理団体から届いたLINEメッセージを見せてもらうと、「グエンさんは何も得られるものはないのに、いったい何をしようとしているのか」という文言が見られる。更に直接口頭で、会社の外の人間に相談するのであれば、会社も監理団体も協力しないと言われたという。

それでは自分たちですべてやろうと、十和田労働基準監督署の協力も得て本年3月に休業補償給付と障害補償給付請求を行った。

Aさんの労災請求を阻止できたと安堵していたC社とD協同組合は、監督署の調査が開始されたことによりAさんが本当に労災請求を行ったことを知って驚愕し、その後もAさんに翻意を求める。

果ては「監督署の調査に協力しない」などと仄めかしてきたが、Aさんは本年9月末に障害等級12級の14、すなわち顔面の5cm以上の線状痕をもって「外貌に醜状を残したもの」と認められ、少額ながら障害補償給付を受給した。

不可解なことは事業所と監理団体の姿勢である。

本件に限らず、外国人技能実習生からの労災相談で頻繁に寄せられるものの中に、業務上災害で重傷を負ったものの、何か補償はないのか、というものがある。

手指を切断して療養補償給付については受給したものの災害発生後3日後には職場に復帰し、包帯を血で染めながら働いているとか、足場材が落ちてきたために足を骨折して入院したがボルトを埋めたまま症状固定になったとか、障害補償給付を受給できる可能性があるケースでありながら、事業所と監理団体は本人からの質問に対して「それくらいのケガでは障害にならない」と適当な嘘をつく。療養補償給付の請求書には事業主として証明をしているのだから、最後まで面倒をみてやればよいにもかかわらず、障害については及び腰になる事業主が多い。

このような事業主に直接問いを投げかけると、一番多い返答が、「労災補償制度のことをよく知らなかった」というものであった。C社にいたっては、未だに何も分からない、何も知ろうとしないという姿勢を最後まで貫き通した。

外国人技能実習生が来日して働くためには長い期間母国で研修を受け、受入企業のセレクションを通過しなくてはならない。新たに設置された特定技能外国人労働者は日本語能力試験や、職種ごとの試験まである。来日してくる外国人労働者には日本で働くためのハードルを設けているのだから、同じように受入企業にも外国人労働者を受け入れるための資格試験が必要なのではないだろうか。

関西労災職業病2022年11-12月538号