「患者救済のための基金活用」を!妨害図る環境省+御用学者、業界代表にはマケナイぞ/石綿健康被害救済小委員会<報告1>

「根本問題」と「いのちの救済」を目指して

労災補償の対象とならない石綿被害者(一人親方・事業主、環境被害者、家族ばく露者など)を救済するための法律「石綿健康被害救済法」。

この救済制度の見直しについて議論する中央環境審議会石綿健康被害救済小委員会がが6月6日にはじまり、第2回が8月26日(第3回は10月21日)に開かれた。

被害当事者委員として、中皮腫患者の右田孝雄氏(NPO中皮腫サポートキャラバン隊理事長、中皮腫・アスベスト疾患・患者と家族の会全国事務局)が、石綿対策全国連絡会議推薦により参加することになった。

救済法は2006年3月の施行以来、数度の改定を経て今日まできた。部分的改正はなされたが、救済法の根本的問題点は今日に至るも解決されていない。

その最たる点は、遺族の救済制度がまったくないこと、療養中の給付(療養手当)が法施行以来ビタ一文増額されていないこと、である。

被害者本人に対しては、治療費の自己負担分、月10万3870円の療養手当が申請に基づいて支給される。ご本人が死亡した場合はすでに支払われた治療費と療養手当の合計額を280万円から差し引いた額と葬祭料19万9000円が遺族に支払われる。ご本人が申請前に死亡した場合は、遺族に280万円と葬祭料19万9000円が支払われる。つまり、遺族には、わずかばかりの葬祭料と生きていれば本人が受け取れたはずであろう給付が支給されるだけなのである。

療養中の患者への給付については療養手当として月々定額が支払われていのであるが、「入通院にともなう交通費などの諸経費的な部分や、介護手当的な部分」という名目で、労災休業補償とは比較にならないほどの超低額に据え置かれたままなのである。

この問題に加えて、今回の見直しに向けて中皮腫・アスベスト疾患・患者と家族の会などから出されている「『いのちの救済』のための石綿救済基金の活用を行うことができる法改正・制度改正を」という要求は大きな注目点である。

アスベストに特有のがんである「中皮腫」は希少がんであるために、医療・治療研究が遅れており、いまだに発症から短期で命を奪われる被害者が後を絶たない。最大の原因は、研究資金の不足である。

これまで「救済」といえば経済的救済だけのように認識されてきたが、その限定的認識自体が間違っているのではないか、「いのちの救済」が見落とされている、患者のいのちを救うために石綿救済法のもとに集められている石綿救済基金(現在残高約800億円)を使おうではないか、というのが患者と家族の会の要求であり、言われてみれば至極当然のことである。(治療研究への基金活用をはじめとする患者と家族の会の要求の詳細については、次の当サイト記事を参照していただきたい。)

第一回会議、基金活用に支持の声相次ぐ

中皮腫などの病気を克服するために治療研究に公的支援の必要性や石綿救済基金の活用に対して支持する声は拡がっている。

石綿救済法における時効延長法案を可決した参議院環境委員会(2022年6月10日)は法案採決の際、

「国は、石綿による健康被害者に対して最新の医学的知見に基づいた医療を迅速に提供する観点から、中皮腫に効果のある治療法の研究・開発を促進するための方策について石綿健康被害救済基金の活用等の検討を早急に開始すること」

を含めて附帯決議を行っている。

石綿による健康被害の救済に関する法律の一部を改正する法律案に対する附帯決議(2022年6月10日、第208回国会参議院環境委員会)

日本石綿・中皮腫学会は2022年4月20日付で「悪性中皮腫に対する既存治療薬の適応拡大と、さらなる診断・治療法の開発研究に対する公的支援を要望します」と題して声明を発表している。

患者と家族の会が行った都道府県へのアンケートに対する回答においても、治療研究への関心を示す回答が相当数みられた。

こうした情勢のなか第一回救済小委員会では、委員長を除く七名の委員のうち、五名から治療研究への基金の活用を支持する発言がなされたのである。

環境省、基金活用の声封殺を策動

ところが、第2回会議を直前にした右田委員への事前説明において環境省事務局は、すでに事実上内定していた医学専門家や法律専門家のヒアリングを「やらない」とする一方で、第一回までは決まってもいなかった救済基金財政の将来予測についての専門家ヒアリングを実施するとしてきたのである。

8月26日第2回会議では、環境省事務局が作成した救済基金財政の将来予測が示されたが、それは令和17年頃に残高がゼロになるといったこれまで見たこともないシュミレーションだった。環境省によばれた専門家たる明神大也氏(奈良医大公衆衛生学)は以前おこなった中皮腫死亡の将来予測の説明をした上で「基金の将来予測はこんなもんかと思うが、断言はできない」云々となんとも頼りない話をして帰っていったのである。

そのうえで、石綿基金は「救済」のために集めたものだから目的外になる利用研究への活用は難しい、とか、反対だとかいう、仕込んだとしか思えない委員の発言【岸本卓己(労働者健康安全機構)、新美育文(明治大学名誉教授)】があった。お決まりの御用学者である。(岩村有弘(経団連)が基金へお金を出す側として「目的外支出には反対」というのはわからないではないが。)

第2回会議では、右田委員から環境省の強引な運営への批判や重要な論点についての議論が文書をもって提起され、加えて、患者と家族の会推薦の3名などの被害者ヒアリングがあり極めて真剣な雰囲気のなかで行われただけに、環境省事務局やその意をくんだ浅野直人委員長(福岡大学名誉教授)の強引な運営、御用学者らの発言の滑稽さが際だったといえるだろう。

「このままでは基金財政は枯渇する」という環境省事務局シュミレーションは、治療研究への基金活用だけでなく、救済給付の充実は無理、と言わんがための「プロパガンダ」にもなっており、その「根拠レス」な点について、患者と家族の会では根拠をもって指摘する反撃をおこなっているところである(下の「見解と声明」参照)。

第3回10月21日は、中皮腫の臨床研究などに関する専門家ヒアリングが予定されており、さらに佳境に入っていくことになっている。

多くのみなさんの注目とご支援を訴える。

以下は、第2回会議後に、患者と家族の会が9月14日付で出した見解と声明。(患者と家族の会ホームページ )

2022年9月14日

中皮腫・アスベスト疾患・患者と家族の会
会長 小菅千恵子

中央環境審議会環境保健部会石綿健康被害救済小委員会の運営の在り方に関する見解と声明

2022年8月26日に中央環境審議会環境保健部会石綿健康被害救済小委員会(令和4年度第2回)が開催されました。前回、6月6日に開催された第1回の会合では、多数の委員から石綿健康被害救済基金の治療研究支援への活用に関する賛同の意見が出されました(参考1)。

第2回会合では、患者や家族からのヒアリングが予定されていました。しかし、開催前の8月中旬、私どもに環境省石綿対策室の木内室長から「小委員会でのヒアリング候補として、数名の医学・法学の専門家を提示いただいていましたが、同じく医学・法学の専門家の参加している委員同士の議論を充実させて、審議時間を十分確保するため、これらの専門家のヒアリングについては行わないこととします。」とメールで連絡が寄せられました。

これ以前の5月24日に、私たちは吉住前室長から、国立大学病院と近畿の私立大学の医療関係者にそれぞれ連絡を取っていること、9月16日の第3回会合でヒアリングを実施する予定である旨を伺っていました。第1回の事務局が提示した資料にも、8月頃に第2回目、9月頃に第3回目の会合の開催とヒアリングを行う予定であることが確認され、委員会でも了承されました(参考2)。しかし、小委員会の会合で何の確認・合意もなく8月26日の会合資料からはヒアリングの予定が削除され、会議日程が変更されるなど、不透明な事務局主導の運営がされています(参考3)。

さらに、第2回の会合前日に事前説明を受けましたが、事前段階では実施しないと連絡を受けていた専門家のヒアリングを実施(奈良県立医科大学 明神大也氏)することとあわせて、基金残高が枯渇するという将来予測に関するグラフデータ(参考4)などの資料を提示することの説明を受けました。

会合当日に環境省が示してきた当該グラフデータは、2013年時に環境省自身が作成した資料(参考5)と大きく乖離しており、作成根拠となった具体的データも示されず、全く信用することはできません。当事者らのヒアリングの前に委員会の議論を恣意的に偏った方向性に導こうとするもので、このような事務局の姿勢は看過できません。

加えて、第2回の委員会では、当会の中皮腫患者である右田孝雄委員の発言希望を取り扱わない、遮るなど、浅野直人委員長の差配が目立ちました。右田委員は当事者として患者・家族の意見をひろく委員会で共有し、前向きな議論を進めようとの気持ちがあったと思います。本委員会も、被害を受けた患者・家族をとりまく石綿健康被害救済制度について議論を深め、より充実した制度への改善や制度運用を図るために実施されているはずです。

これらの経過を踏まえ、私たちは次のように考えています。

  1. 環境省自身が実施を内定させていた専門家へのヒアリングは実施しないと当方に連絡してきた一方で、他の専門家のヒアリングのみを実施したことは当方との信頼関係を大きく損なうものです。
  2. 加えて、委員会で確認したヒアリングの予定を事務局が一方的に削除・変更するという運営のあり方は問題が大きく、到底容認できません。
  3. 中皮腫治療における臨床試験やレジストリデータの構築など、今後の中皮腫治療戦略の構築と石綿健康被害救済基金の活用は密接に関係しているにも関わらず、その議論を回避することは、中皮腫をはじめとするアスベスト被害の困難性に向き合おうとせず、行政としての役割と責任を放棄するものです。
  4. これら課題については、参議院環境委員会での附帯決議や全国知事会からの要望が出されていることからしても、この間の環境省の対応は国会や地方自治体の意思決定を軽視するものです(参考6)。
  5. 環境省事務局をはじめとする関係者による委員会運営は公平性を著しく損なっており、活発な議論を妨げています。

ここに強く抗議するとともに、次回以降の委員会運営の改善を求めます。

参考1:​​​​アスベスト健康被害 国の救済基金 “治療研究などにも活用を(NHK)

参考2:建設アスベスト給付金制度施行に係る石綿救済制度の対応等.pdf

参考3:石綿健康被害救済小委員会の今後の進め方.pdf

参考4:前回頂いた御指摘事項に関する資料(基金関係)

参考5:2013年時に環境省が作成していた資料

参考6:​​2022年6月10日の第208回国会参議院環境委員会で「石綿による健康被害の救済に関する法律の一部を改正する法律案」が審議・可決され、「石綿による健康被害の救済に関する法律の一部を改正する法律案に対する附帯決議案」が全会一致で決議されました。決議事項には、「国は、石綿による健康被害者に対して最新の医学的知見に基づいた医療を迅速に提供する観点から、中皮腫に効果のある治療法の研究・開発を促進するための方策について石綿健康被害救済基金の活用等の検討を早期に開始すること。」が含まれています。https://www.chuuhishu-family.net/733/

2022年8月25日、全国知事会(環境・エネルギー常任委員会 阿部本部長兼委員長(長野県知事))が令和5年度国の施策並びに予算に関する提案・要望(政策要望)【環境関係】の「6 アスベスト対策の推進について」において、「石綿健康被害救済制度の充実を図るとともに、中皮腫などアスベスト関連疾患の診断や治療法確立に向けた研究・開発を推進すること。この際、制度の見直しが生じた場合は地方公共団体に費用負担を求めないこと。」を要望しました。https://www.chuuhishu-family.net/1099/

関西労災職業病2022年10月537号