手すりにつかまり、立ち止まろう~エスカレーターの安全対策

2015年から続く安全な乗り方キャンペーン

毎日の通勤で、必ず乗るエスカレーター。段差が大きい階段が動いているところに人が列をなして乗り、終点に来たら降りる。誰でも利用できるが、動力機械でむき出しの金属製の階段を動かして、人を昇降させるのだから、考えてみれば相当危ない。

ちょっと調べてみると、日本エレベーター協会の資料では、エスカレーターの事故が2013、2014年の2年間に1,475件、そのうち交通機関で設置されているエスカレーターで751件と約半数を占めるという数字がある。また東京消防庁によると、2011年から2013年までの3年間で、3,865人がエスカレーターの事故で救急搬送されているという。

そんなことで、エスカレーターの安全な乗り方の呼びかけは、ずいぶん前から行われている。2015年の夏には「みんなで手すりにつかまろう」というキャンペーンが、日本全国の鉄道事業者51社局や空港をはじめとした公共施設などにより、また国土交通省と消費者庁も後援して大々的に行われている。この取り組みはその後毎年続けられ、昨年10月は「歩かず立ち止まろう」キャンペーンが実施された。

こうしたキャンペーンで利用者に呼び掛けられる安全対策をまとめて示しているのは、2019年のキャンペーンのスローガンだ。「みんなではじめようエスカレーター乗り方改革」と題したポスターは、「手すりにつかまる、歩かず立ち止まる、黄色い線の内側に立つ、荷物をしっかり持つ」と乗り方を指南する。

「片側を空けて立つ」は正しい乗り方ではないのだが…

さて、こうしたキャンペーンは、どのぐらい効果があがっているだろうか。

階段を上り下りするときに手すりを持つことは、安全対策上明らかに効果がある。職場の安全対策で「手すりをもって」とか「おつかまりください」などというステッカーを貼るのは定番だし、商品も販売されている。ましてや動く階段で、手すりをもつという対策は当然すぎるぐらいだ。ところがコロナ禍以来、手すりをもつ人は減っているし、電車に乗ってもできるだけつり革を持たない人が増えているようだ。ただ、感染症対策は手洗いの徹底などで十分対応可能であり、安全対策が優先するのは言うまでもないだろう。

「歩かず立ち止まる」というのはどうだろう。これはもうほとんど守られていないといってよい。そもそも、2人並んで乗る幅のエスカレーターを利用するときは、片側を歩行する人のために空けておくというのが常識になっている。右側を空ける全国標準(?)と左側を空ける大阪標準という地域の違いはあっても、まるでエチケットのように一般化している。もし混雑する駅の通勤時間帯に2人並んで立ち止まろうものなら、「非常識もの」という視線が突き刺さり、手で除けられるかもしれない。

そもそもエスカレーターは、階段を上下する労力を軽減する乗り物だから、動かずに足腰を休めるのが本来の使い方ということになる。だから普通の階段より、一段の高さはエスカレーターのほうが高く、階段よりつまずきやすい。

しかし、上下に動いている階段を移動すれば、階段より早く移動できる。急ぎたい人はエスカレーターの役割を速さに求めているわけだ。この二つ目の役割を設置者自身が認めていたため、いまの「立ち止まろう」キャンペーンが始まるずっと前は、大阪の阪急梅田駅で「お急ぎの方のため左側をお空けください」などというアナウンスもされていた時期があるという。(大阪で「左側を空ける」というのは、1970年の大阪万博で徹底されたという説もあるようだ。)

結局、「立ち止まる」という対策を徹底するためには、「速く移動する」という役割を明確に否定するキャンペーンが必要ということになる。

大阪の地下鉄でエスカレーターを利用すると。毎日「2列で立ち止まってご利用ください。Osaka Metro」というステッカーを目にする。しかし労力軽減の役割を求める利用者は1列に並んで右側に乗り、左側を速さの役割を求める利用者が歩いていく。そして歩く利用者の持つショルダーバッグの端が、立ち止まっている利用者の杖に引っ掛かって転倒災害などという事態が起こるわけだ。

大切なのは「速さ」を求めることの不当さを周知すること

「2列で立ち止まって」といわれても、かつて求められた「急ぐ利用者への配慮」が不要であるということがあらためて周知されない限り、いまの状況が続くのではないだろうか。その意味では昨年の「立ち止まろう」のスローガンは一つの進歩ということにはなるが、さらに進化が必要だ。

とりあえず、エスカレーター利用者にとっての安全対策は「手すりにつかまり、立ち止まる」ということであり、これから必要なのはエスカレーターの役割で「速さ」を求めるのは、安全対策上不当であることを周知することということになるだろう。

関西労災職業病2022年6月533号